第五十話 ピュセル
ミシェルの最後の言葉を聞くなり。
「分かったよ……」
冒険者の1人であるピュセルは駆け出した。
ピュセルは今年で16歳になる。
冒険者となったのは2年前。
わずか14歳の時だった。
冒険者としての級はE。
つまり10人に匹敵する戦闘力しかない。
それどころかE級は、すばしっこさを認められて、辛うじて与えられたもの。
攻撃力は、一般人と大して変わらない。
そんなピュセルに出来る事は、ミシェルの言葉通り、人々を避難させる事だけだ。
「みんな! コッチだよ!」
ピュセルは逃げ遅れた人々を誘導する。
彼女が他の冒険者よりも優れているのは、すばしっこさと索敵能力。
そしてノルマンドの街の隅々まで知り尽くしている記憶力だ。
その3つを駆使してピュセルは戦闘に巻き込まれる事を避けていく。
そして人々を引き連れ、ピュセルはノルマンドの街を脱出した。
誘導できたのは、1500人ほど。
ほとんどが女性と子供だ。
男は殆どいない。
女子供を逃がす為、敵わないと知りながら四神の軍の前に立ち塞がったからだ。
だが、殺されたのは男だけではない。
沢山の女性が凌辱されて殺された。
多くの子供は、遊び半分で殺された。
財産も奪われ、家には火を点けられた。
まさに地獄のような光景だ。
しかし!
それでもまだ生きている!
この人達と共に生き延びてやる!
犠牲になった人達の為にも!
だからピュセルは血が滲むほど唇を噛むと。
「みんな! ボルドー街に向かうよ!」
先頭を切って歩き出したのだった。
そして飲まず食わずで歩き続けた、2日目の朝。
行き倒れ寸前で、ピュセル達はドンレミの街に辿り着いた。
そんなピュセル達に、ガッシリした体格の男が大声を上げる。
「オレはこのドンレミの街の冒険者ギルドの責任者、マクロンだ! 一体、何があったんだ!?」
そのマクロンに、ピュセルは必死に説明する。
「私達の街に、いきなりクーロン帝国軍が襲いかかってきたんです。抵抗した男はその場で殺され、女は凌辱され、金品は奪われ、家は焼かれ、子供すら面白半分で殺されました。そんな地獄の中、私達は必死に逃げ出して、やっとこの街に辿り着いたんです。お願いします、助けてください」
「クーロン帝国軍が!? 分かった、ちょっと待ってろ」
マクロンは驚くが、さすがギルドマスター。
直ぐに水と食事の手配をする。
もちろん1500人が満足する程の量を、1度に用意する事は出来ない。
それでも宿屋と食堂から、集められるだけの食事を掻き集めると。
「みんな! 少なくて申し訳ないが、食事を用意した」
マクロンは、ピュセル達に食事を配り始めた。
切り分けた小さなパンと、コップ半分ほどのスープ。
本当に僅かな量だ。
が、それでも暖かいスープを口にして、ピュセルの心はほぐれていく。
「良かった、とりあえず何とかなった」
そう安心した途端。
「あ、あれ?」
ピュセルの目から涙が零れ落ちた。
何とか止めようと思うが、涙はボロボロと零れ落ちてしまう。
と同時に。
「うう、ミシェルさん、カルヴァドスさん、ギルド長……」
ノルマンドの街を護る為に命を落として者の顔が、次々と浮かんできた。
「ミンナ、ごめんなさい。たった、これだけしか助けられなかったよう……」
そう俯くピュセルの肩に、ポンと手が置かれる。
「たったじゃないよ。1500人も、だよ」
声の主は、ピュセルから見てもドキドキするような美少女だった。
食事を配ってくれた人々の中の1人だ。
「アナタがピュセルでしょ? ボクはリムリア・トエル・ワラキア・ドラクル。よく頑張ったね」
リムリアはそう言うと、ピュセルをキュッと抱き締める。
「ミンナが言ってたよ。ピュセルがいなかったら、生きてココに辿り着く事は出来なかったって。ピュセルは命の恩人だって」
「う、うう、ううう……」
泣き崩れるピュセルに、リムリアが語り掛ける。
「ピュセルはよくやったと思うよ。うん、胸を張っていい。1500人もの人を助けたんだって」
「でも、でもワタシ、逃げる事しか出来なかった! ドラクルの一族の人もワーウルフロードの人もワーウルフの人も、最後まで戦いぬいたのに、ワタシは叩きもせずに逃げ出すコトしか……」
ワンワンと泣き出すピュセルに、リムリアが首を横に振った。
「それでイイんだよ。戦う力がある人は戦う。戦い以外に能力を発揮する人は、その能力を活かす。各自、自分が出来る事を全うする。それが1番だと思うよ。そしてピュセルは自分の能力を限界まで振り絞った。後はボク達に任して。戦いが得意な者にね」
「戦いが得意?」
ピュセルはそう口にしたところで、リムリアが誰か気付いたようだ。
「リムリア・トエル・ワラキア・ドラクル!? ひょっとしてクーロン帝国軍1000万人を打ち破ったワラキア領に姫!?」
目を丸くするピュセルに、リムリアが力強く頷く。
「うん、そうだよ。ノルマンドを侵略してきたクーロン帝国軍は、ボク達が必ず倒してみせるからね」
「は……はい、宜しくお願いします……」
嗚咽で声を詰まらせながらもピュセルは頭を下げる。
「ミンナの……ミンナの仇を討ってください……」
「任せて」
リムリアはそう言い切ると、和斗に顔を向けた。
「ボク、クーロンが許せないよ。ワラキアの姫として。そしてリムリア個人としても。だから和斗、ボクと一緒に戦ってくれる?」
「当たり前だ、リム1人に戦わせるワケないだろ。それに」
「それに?」
首を傾げるリムリアから、ノルマンドの民に和斗は視線を移す。
「あの女の子は10歳くらいかな? 5歳くらいの女の子もいる。きっと両親はもう、生きていないだろう。こんな惨い事をやらかしたクズを、許せる筈がない」
「だよね! カズト、行こう!」
いきなり駆け出そうとするリムリアを、和斗は慌てて捕まえる。
「待った! その前にやる事があるだろ?」
「やる事?」
キョトンとするリムリアに、カズトは苦笑する。
「今、俺達は護衛の依頼を受けてる最中だろ? まずはミナの許可を貰わないと」
「あ、そっか! じゃあさっそくミナを相談しないと」
リムリアが、ミナを捜そうと走り出そうとするが。
「その必要はありませんよ」
ミナが、マクロンと共にやって来た。
「ノルマンドがクーロンに侵略されてしまった以上、ノルマンドに向かっても殺されるだけです。だから依頼は取り消します。カズトさんとリムリアさん、やりたい事をしてください」
「そう言ってもらえると助かる」
礼を口にする和斗の肩に、マクロンが手を置く。
「クーロン帝国と戦いに行くんだろ?」
「もちろん!」
マクロンの問いに答えたのは、和斗ではなくリムリアだ。
「今のドンレミの戦力じゃ、ノルマンドに向かっても全滅するダケでしょ? でもクーロン帝国と戦う戦力が整うまで待ってたら、手遅れになっちゃう。だから、ボク達が戦う。それしか方法はない。でしょ?」
リムリアの言葉にマクロンが、ガシガシと頭を掻く。
「ああ。悔しいが、その通りだ。今、俺達がノルマンドに向かっても無駄死にするだけだ。だからSSS超級の戦闘力を持つお前等に、ギルドマスターとして依頼する。ノルマンドを侵略しやがったクーロンのクズ共に、俺達の怒りを思い知らせてやってくれ!」
「任せて!」
即答したリムリアに、和斗は戦士の顔を向ける。
「話は纏まったみたいだし、じゃあリム。行くか」
「うん!」
こうして和斗とリムリアは、マローダー改に乗り込んだのだった。
マクロンの依頼を果たす為。
ピュセルの願いを叶える為。
そして何より。
こんな非道な事を仕出かしたクーロン帝国に、怒りをぶつける為に。
ノルマンドから避難してくる者が他にもいるかもしれない。
だから和斗はマローダー改を、時速100キロ程度で走らせた。
最高時速と比べると、物凄く遅い速度だ。
それでも30分もしないうちに、ノルマンドの街が見えて来る。
いや、ノルマンドだったもの、と言うべきだろうか。
ズーム機能を使って、街の様子を伺ってみると。
今までクーロン帝国軍を退けて来た城壁は、見る影もなく崩れ落ちていた。
機能美に溢れていた街並みも、瓦礫の山。
アチコチに転がっているのは、惨い有り様の死体だった。
男、女、子供に老人。
どの死体も、何の躊躇もなく破壊されている。
どんな精神状態だったら、こんな惨い事が出来るのか見当もつかない。
そして。
戦士らしき亡骸は、全て同じ方向に頭を向けて倒れている。
「最後の最後まで逃げる事なく、敵と戦い抜いんだね……」
目に涙を滲ませるリムリアに、和斗も重い声を漏らす。
「そうだな。最後まで勇敢に戦ったんだろうな。自分達の国を護る為に。でも、沢山の人々が殺されたしまった。命を懸けて戦ったのに、それでも命を守れなかったなんて、どれほど無念だった事だろう……」
和斗は戦士の躯に、暫し黙とうを捧げた後。
「あのクズ供め!」
廃墟と化したノルマンドの街の前に陣取った、四神の軍に怒りの目を向けた。
「いきなり侵略して来て、女子供まで皆殺しにする。そんなクズを生かしておく理由なんて無いよな!」
と、和斗が怒りに燃えていた頃。
ノルマンドの崩れ落ちた城壁の上から、タイガはマローダー改を睨んでいた。
そのタイガに、シャドウが囁く。
「あの鉄の塊の中に、ワラキアの姫とカズトと呼ばれる人間がいます。ではワタシの役目はここまで、という事でよろしいか?」
「ああ、好きにせよ!」
タイガの言葉を聞くなり、シャドウは姿を消す。
比喩でも何でもなく、言葉通り一瞬でシャドウは見えなくなった。
どうやらアサシンのスキルを持っているらしい。
が、そんな事には一切興味がないのだろう。
タイガはマローダー改に向かって、凶暴な笑みを浮かべると。
「ロン! ドラゴ! レッド!」
3人の中隊長を呼び寄せた。
「シャドウの報告によると、敵の武装はストーンバレットのような物らしい。だがドラゴよ、お前の玄武中隊ならストーンバレットごとき、跳ね返せるよな?」
「勿論だ」
即答したドラゴに満足気に頷くと、タイガはレッドに目を向ける。
「シャドウの報告には、こうもある。あの鉄の箱は、攻城兵器すら跳ね返すほどの強度を持っているらしい。どうだレッド、撃ち抜く自信はあるか?」
「朱雀中隊の焔撃槍なら楽勝だ。仮に一発で撃ち抜けなくても、同じ所に朱雀中隊300名の焔撃槍を撃ち込み続ければ、どれほど強度が高くても、いつかは撃ち抜けるさ」
ニヤリと笑うレッドに笑みを返すと、タイガはロンに尋ねる。
「お前の青竜中隊には攻撃力増加と防御力強化を頼みたいのだが、それだけじゃ退屈だろ? 一緒に攻め込むか?」
「そうですね。岩山すら打ち砕く必殺の正拳突きも、偶には使わないと錆びてしまうかもしれませんし。いいでしょう。攻撃力増加と防御力強化を全員に発動しながら、青竜中隊も敵に突撃しましょう。玄武中隊と共に。でもいいのですか? 白虎中隊こそ先頭を切って突撃したいでしょうに」
ロンの質問に、タイガは背中に背負った大剣を見せる。
刃渡り2メートルもある、巨大な剣だ。
「シャドウから、敵は巨大な鉄の箱と聞いてな。その鉄の箱を斬り裂けるサイズの斬鉄大剣を用意した。だが、このサイズだろ? ここまで大きいと、いつもの速度で突撃するのは難しくてな。だから1番槍は譲る」
「了解しました」
ロンの答えに満足そうに頷くと、タイガは声を張り上げる。
「では、朱雀中隊は空を進み、攻撃距離に到達次第、焔撃槍を放て! 玄武中隊は密集隊形で突撃! 青竜中隊は、攻撃力増加と防御力強化を発動しながら進軍せよ! 白虎中隊が到着するまでに勝負はついているだろう! しかしまだ形を保っていたら、その時は白虎中隊よ! 敵をバラバラに切り刻んでやれ!」
『は!!!』
気合十分の兵士に、タイガが吼える。
「では全軍、借力によって玄武、青竜、朱雀、白虎の神の力を身に宿して、クーロン帝国に逆らった愚か者に天罰を与えよ!」
2021 オオネ サクヤⒸ




