第四十九話 ノルマンドにて
クーロン帝国は何百年も前から、世界中に侵略の魔の手を伸ばしてきた。
当然ながらエウロパ大陸にも、クーロン帝国は何度も侵略してきている。
そしてクーロン帝国の侵略軍が、1番多く上陸してきた場所。
それが、タイガが上陸した海岸だ。
そんな危険な地を護る為に、ドラクルの一族は要塞を築き上げた。
それがノルマンド城壁都市だ。
周囲は高さ100メートル、厚さ30メートルの城壁。
その中に築かれているのは機能的、かつ快適な街並み。
その街に。
30名のドラクルの一族。
30名のワーウルフロード。
900名のハイ・ワーウルフ。
15000名のワーウルフ。
1500名の冒険者。
計17460名の戦闘要員。
そして戦闘要員の生活を支える、8000名の人間や獣人や魔族。
合計25460名が暮らしている。
そのノルマンドの城壁の上に築かれた物見の塔で。
「クーロン帝国だ!」
四神の軍を発見した見張りが声を上げた。
ノルマンドの街が騒然となる中。
「ふん。性懲りもなく」
ミシェルは呟いた。
20歳くらいに見える彼女だが、ドラクルの一族なので実年齢は不明だ。
「そうだな。たった1000人程度の兵でノルマンドに攻めてくるなんて頭がおかしくなったんじゃないか?」
そう返したのはカルヴァドス。
ワーウフルロードであり、ミシェルのパートナーでもある。
ドラクルの一族10名。
ワーウルフロード10名。
ハイ・ワーウルフ300名。
ワーウルフ5000名。
冒険者500名。
計5820名で構成される隊が3つ。
それぞれ、第1隊、第2隊、第3隊と呼ばれ、三交代制で警備している。
ミシェルは第1隊の隊長、カルヴァドスは副隊長だ。
「ま、何を考えているか分からないが、やる事は同じだ。迎撃用意!」
ミシェルの号令で、第1隊が持ち場に付く。
城壁の上に据えつけられた石弓には冒険者。
普通の30倍もの威力を持つ弓を構えるのはワーウルフ。
投げ槍を持つのはハイ・ワーウルフだ。
ドラクルの一族は攻撃魔法を放つ為、魔力を高め。
ワーウフルロードは、それぞれのパートナーの傍らに待機する。
ノルマンドの戦い方はこうだ。
まず遠距離から石弓を撃ち込み、敵の数を減らす。
それでも進んでくる敵は、ワーウルフが矢を浴びせる。
矢を躱して突撃してくる敵にはハイ・ワーウルフによる投げ槍。
敵の攻撃は、ドラクルの一族が絶大な魔力で無効化。
考えようによっては、実にシンプルな戦い方。
しかしシンプルだからこそ、逆に対処が難しい。
それ故。
今までクーロンは、ノルマンドを攻略する事が出来なかった。
しかし今。
大木のような石弓の矢も。
人が操る弓より30倍も強力な矢も。
ハイ・ワーウルフのパワーで発射する投げ槍も。
「傷一つ付けられないだと!?」
ミシェルが叫んだように、玄武中隊の盾に弾き返されてしまったのだった。
ノルマンドのワーウルフの戦闘力はC級。
250人に匹敵する。
ハイ・ワーウルフの戦闘力はB級。
1000人に匹敵する。
弓矢や投げ槍は、これ程のパワーで撃ち出されている。
その威力は、鎧を装備した数十人の兵士を貫通するほど。
今まで、この攻撃を受けて、無事だった者はいない。
しかし今。
どんな敵をも屠ってきた攻撃が、跳ね返されたしまった。
その事実にミシェルは、ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
が、直ぐに立ち直る。
確かに石弓、弓、投げ槍は通用しなかった。
しかしミシェルは直ぐに見抜く。
異常なほどの防御力は、防御強化魔法によるものだ、と。
微かな青い光が玄武中隊を覆っているのが証拠だ。
ならば、防御魔法を無効化すれは良い。
「ドラクルの一族! マジックブレイクフィールド形成!」
ミシェルの号令で、ドラクルの一族は魔法を発動させた。
それにより魔法効果を打ち消すフィールドが出現。
玄武中隊を覆っていた光も消え去った。
この状況の中、ドラゴは呟く。
「さすが魔力では世界最強と言われるドラクルの一族。防御魔法をアッサリと無効にしやがる」
しかし魔法による防御力アップの恩恵を無効化されたにもかかわらず。
「このまま突っ込むぞ!」
ドラゴは玄武中隊の先頭で叫んだ。
「馬鹿な!? 突進して来ただと!?」
ミシェルは、自分の目を疑う。
防御魔法の加護を失った以上、玄武中隊の身を護るのは盾と鎧のみ。
身体強化の魔法も使っていたと思うが、それも消滅した筈。
そんな兵士を全滅させる事など簡単だ。
「無能な上官に指揮される兵は哀れだな」
ミシェルは玄武中隊に同情するが、そんな中。
「玄武中隊! 借力!」
ドラゴが叫んだ。
その声が轟くと同時に、玄武中隊が吼える。
『北方を守護せし玄武よ、その力を貸し与え給え! 神力召喚!』
と同時に、玄武中隊を黒い光が包む。
もちろん黒い光など存在するワケがない。
しかしそれは、黒い光としか言いようのないモノだった。
そして同時に白虎中隊が叫ぶ。
『西方を守護せし白虎よ、その力を貸し与え給え! 神力召喚!』
その直後。
玄武中隊を覆う黒い光に白が混ざる。
そして青黒い光に包まれた玄武中隊は、速度を上げると。
ドッコォン!!
ノルマンドの城壁に激突し、大穴を開けたのだった。
「30メートルもある城壁が!? どうして!?」
ミシェルは自分の目が信じられなかった。
強化魔法と防御魔法を無効化するフィールドは、ちゃんと作動している。
なのに玄武中隊は、明らかに強化された状態だ。
どうやったら、そんな事が可能なのだ!?
その疑問に答えたのは、城壁を突破したドラゴだった。
「我らは借力によって、神獣の力を得た。玄武の力により防御力、白虎の力により攻撃力を強化したのだ! 魔法を無効化するフィールドでは、神の力を無効化する事など出来ぬぞ!」
「く!」
ドラゴの言葉にミシェルは顔を歪める。
ドラクルの一族は、魔力では世界最強。
その最強の魔力により、敵の魔法を無効化。
そこに物理攻撃のスペシャリストであるワーウルフを投入。
圧倒的有利な戦いを繰り広げる。
これが今まで無敗を誇る、ノルマンドの戦法だ。
なのに。
戦法の根幹である、敵の魔法を封じ込めるという大前提が崩れてしまった。
しかも城壁にも大穴が開いている。
もはやノルマンドの優位は崩れてしまった。
しかしドラクルの一族はまだ、攻撃魔法を放っていない。
そしてSS級の戦闘力を持つワーウフルロードだって健在だ。
まだまだ攻撃手段は残っている。
「ドラクルの一族よ! デカいのを放て!」
ミシェルの号令で、ドラクルの一族が攻撃魔法を放つ。
「インフェルノ!」
「サンダーストーム!」
「ヘルブリザード!」
「ストーンキャノン!」
「ウインドエクスカリバー!」
鉄をも蒸発させる地獄の業火。
個人装備では防ぐ事など不可能な雷の雨。
人間を瞬時に凍結させる吹雪。
大地すら切り裂く大気の刃。
どれをとっても中隊程度なら、跡形もなく消滅させる攻撃魔法だったが。
バチィ!
玄武中隊に到達した瞬間。
ドラクルの一族が放った必殺の魔法は弾け飛んでしまった。
「な!?」
絶句するミシェルの耳に、ドラゴの言葉が飛び込んでくる。
「神獣の1柱、玄武の力による防御結界だ。確かにドラクルの一族の魔力は世界一かもしれないが、神の力には勝てんぞ」
魔力なら世界一。
その優位すら崩れてしまった。
ドラクルの一族から、見る見るうちに覇気が失われていく。
それでもミシェルは叫ぶ。
「ワーウルフ! ハイ・ワーウルフ! 討って出ろ!」
まだワーウルフ5000とハイ・ワーウルフ300が、無傷で残っている。
対して。
戦いが始まる前にサーチしたところ、敵は1200だった。
数の上では、まだまだ有利だ。
ミシェルは、そう考えたのだが。
『うおおおおおおお!!』
白虎中隊が叫びながら、城壁内に侵入し。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ワーウルフとハイ・ワーウルフを片っ端から斬り捨てていった。
「な!? 250人に匹敵するワーウルフと、1000人に匹敵するハイ・ワーウルフを軽々と!? 人間の中には勇者と呼ばれる常識外れの戦士がいると聞いた事があるが、勇者は1人の筈! それなのに、なぜ!?」
ミシェルの絶叫に、タイガがニヤリと笑う。
「もともと白虎中隊の兵は、100人に匹敵する戦闘力を持っている。その兵が白虎に力により、500倍の力を得たのだ。つまり5万人に匹敵する戦闘力だ。5万人に匹敵する白虎兵と、1000人に匹敵するハイ・ワーウルフ。どちらが勝つか馬鹿でも分かる」
「そ、そんな……」
初めてミシェルの顔に絶望が浮かぶ。
が、そんなミシェルの肩を、カルヴァドスがバシンと叩く。
「カ、カルヴァドス?」
涙目を向けるミシェルに、カルヴァドスは漢の顔を向けた。
「ワーウフルロードだって5万人に匹敵する戦闘力を持っている。そのワーウフルロードが30も揃っているんだ。借り物の力で強くなった人間ごときに負けはしないさ」
カルヴァドスはニヤリと笑うと、声を張り上げる。
「だよな!? みんな!」
『おう!!』
答えたのは、いつの間にか集まっていたワーウフルロードだった。
「よし、ワーウフルロードの戦い方を見せてやるぞ!」
カルヴァドスは、そう叫んで飛び出そうとするが。
ボパッ!
真上から降って来た焔の槍に貫かれてしまう。
「な!?」
全員が空を見上げると、そこには無数の火の鳥が舞っていた。
いや、違う。
背中から焔の翼を広げた、朱雀中隊300名だ。
「おれ達の魔法攻撃力は、朱雀の力を借りて500倍に強化されている! そのおれ達が操る焔槍撃の前じゃ、例えワーウルフロードだろうが、紙を撃ち抜くようなモンだ! さあ、神獣の力を目の当たりにして、死んでいけ!」
レッドが嘲笑い、そして300の焔槍撃が降り注ぐ。
「く! 冒険者の皆さん! 人々の避難を……」
ミシェルが口に出来たのは、そこまで。
ドラクルの一族と、それを護るワーウフルロードは焔の中に消えてしまった。
しかし焔槍撃は終わらない。
焔槍撃は何度も、ノルマンドの街に降り注ぐ。
そして玄武中隊は突進を続け、建物を打ち砕いていく。
戦いを止めないワーウルフを、白虎中隊が斬り捨てる。
そして戦闘要員が全滅したところで。
クーロン軍は、生き残った非戦闘員に牙を剥いたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




