第四十六話 圧勝
「ところで、あのF15、どうしたらイイんだろうな?」
アヴェルスとのレースに、圧倒的な勝利を収めた後。
和斗は上空を旋回しているF15を見上げながら呟いた。
いつまでも空を飛ばしておくワケにはいかない。
仮に着陸させたとしても、その後どうしたらいいやら。
なにしろ全長20メートルもあるのだ。
マローダー改に搭載できるサイズではない。
かといって。
「シャンパーニュ村で預かってもらうワケにもいかないだろうし」
すると、そこに。
――このままオートパイロットで上空を旋回させておけば問題ありません。
サポートシステムの声が。
――現在、レベル8に強化されたF15の航続距離は170500キロメートル。
巡航速度は時速919キロですから、185時間以上の飛行が可能です。
なので7日に1度、燃料満タンとレストアを発動すれば問題ありません。
「へえ、常に強力な味方が上空にスタンバイしているのか。こりゃあ心強いな。でも7日に1度じゃ忘れそうだな」
――零時1分前に自動で発動するように設定しましょうか?
マローダー改のレベルアップに伴って、更に性能がアップしたのだろうか。
解決案を、サポートシステムがドンドン提案してくれる。
もちろん和斗は、有難く提案を受け入れる事にした。
「ぜひ頼む」
――了解しです。
以後、零時1分前に、燃料満タンとレストアをF15に対して自動的に発動する様に設定しました。
「ありがとな」
和斗はサポートシステムに礼を言ってからF15を見上げる。
そして。
これから宜しくな。
そう呟いたところで。
「ぜい、ぜい、ぜい、ぜい……」
アヴェルスが、息を切らせながら着陸してきた。
「何だよ、ありゃあ。反則だろうが……」
アヴェルスはそう口にすると、和斗をギロリと睨む。
「こうなったらオレと戦え! やはり最後にものを言うのは戦闘力なんだ!」
そう吼えたアヴェルスを、雨の神が怒鳴りつける。
「見苦しいぞ! お前は自分が付きつけた勝負に負けたのだ! 自ら望んだ勝負で負けておきながら力での勝負を挑むなど、竜の誇りを忘れたか!」
「ぐ!」
ギリッと牙を噛み鳴らすアヴェルスに、和斗はアッサリと言ってのける。
「戦いで決めるというのなら、そっちの方が手っ取り早い。その勝負、受けてやるから、さっさとかかって来い」
いくら強くても、たかがドラゴンに負ける筈がない。
それを理解している和斗だからこそのセリフだったが。
「ちょっと飛行勝負に勝ったからといって付けあがるなよ! 負けて後悔しろ!」
アヴェルスは激怒して襲いかかってきた。
「殺しはしない! が、半殺し程度は覚悟しろよ!」
アヴェルスが、爪を振り回す。
言葉通り、殺す気はないらしい。
その爪は和斗の足を狙ったものだった。
が、その爪を、和斗は顔色一つ変えずに受け止める。
「何ぃ! 人間が竜ドラゴンの一撃を受け止めただとぉ!」
アヴェルスは目を見開くが。
「この人間がぁ! 吹っ飛べ!」
直ぐに尻尾を振り回してきた。
だが和斗は、その攻撃を。
バチィン!
余裕で弾き返した。
その勢いで、アヴェルスはバランスを崩して地面に転がる。
「くそ! このオレが人間ごときに!? 許さん!」
そう叫ぶと、アヴェルスはカッと口を開く。
その口の奥で、バチッと雷電が弾けたと思ったら。
パチン!
糸のように細い電光が、和斗に向かって走った。
「わははははは! さすがにウイングドラゴンが吐くサンダーブレスを浴びたら死んでしまうだろうから、手加減してやったぞ。しかし体が麻痺して動けなくなる程度の威力はあるぞ。そうだな、スタンブレスとでも名付けるか」
アヴェルスは得意げに笑うが。
「こんなしょぼいブレスで麻痺するかよ」
「な!?」
ビクともしない和斗に、固まってしまった。。
しかしすぐに立ち直ると、真剣な目で和斗を睨む。
「そうか。なるほど、手加減は必要ないってコトか。よし、なら今度は全力のサンダーブレスだ! 死にたくなかったら、全力で避けろよ!」
そしてアヴェルスは大きく息を吸いこむと。
バリバリバリバリ!!
本気のサンダーブレスを放ってきた。
しかし。
「死にたくなかったら、とか言ってたクセに、足を狙うのか」
和斗が呟いたように、ブレスは足を狙ったものだった。
どうやら和斗を殺す気はないようだ。
それを覚った和斗は方針を転換する。
アヴェルスが殺す気で攻撃していたら、半殺しにするつもりだった。
しかしアヴェルスは、殺さないように気を遣っている。
なら和斗も、アヴェルスを酷い目に遭わせないコトにする。
だから。
「負けを認めさせるダケにしておくか」
和斗はそう口にすると、サンダーブレスに自ら飛び込んだ。
「あ! この馬鹿!」
その想定外の行動に、アヴェルスは慌ててブレスを止めようとする。
が、サンダーブレスは和斗を直撃した後だった。
「くそ、殺す気なんかなかったのに!」
そこまで口にして、アヴェルスは和斗が無傷である事に気付く。
「な!? オレの最強攻撃をまともに受けたクセに無傷だと!?」
アヴェルスは目を見開くと、絶叫する。
「オレは空の王者のウイングドラゴンだよな? ウイングドラゴンで最強なんだから、空の支配者はオレって事なんだよな? なのに何故、オレは追い詰められているんだ? 何だよ、この人間は!? ここはオレが力の差を見せつけるトコだろうが!」
そのアヴェルスに、和斗がニヤリと笑う。
「じゃあ、今度は俺が力の差を見せつけてやるよ」
和斗はそう言いながらアヴェルスに駆け寄ると。
ボク!
アヴェルスを殴りつけた。
目標を破壊する正拳突きではない。
相手を吹き飛ばすだけで済むように手加減したパンチだ。
しかし、その手加減した一撃でアヴェルスは。
「ぎょばぁあああああ!」
500メートル以上も吹き飛ぶと。
ズッシィン!
「ぶぺ!」
地面に叩き付けられ、そして気を失ったのだった。
アヴェルスは、ウイングドラゴンの中でも飛び抜けた身体能力を誇る。
普通のウイングドラゴンの飛行速度は、音速を少し超える程度。
しかしアヴェルスは音速の3倍近い速度で飛行できる。
だからアヴェルスは、自信満々で父親に飛行勝負を挑んだ。
多くの神霊力を失った父親では、音速で飛行するのがやっとだろうから。
だが父親は、勝負の代理人に人間を指名する。
力を失っても、それでも父親は土地神だ。
その土地神である父親が、人間を代理に選んだ事にアヴェルスは驚いた。
しかし、タカが人間に負ける訳がない。
そう考えて、アヴェルスは人間との勝負を了承した。
もちろん、人間が空を飛べないコトなど分かっている。
その人間が、どうやって自分と勝負するのかと思っていたら。
手下でもいいか、と聞いてきた。
人間など、空では無力。
そんな無力な人間の手下が、アヴェルスと飛行勝負をするという。
その無謀な提案にアヴェルスは一瞬、怒りを覚えた。
が、直ぐに考え直す。
どうせ自分が勝つのだから、良い引き立て役だ、と。
だから人間の手下との勝負を受けた。
ところが驚いた事に、人間の手下は鉄の塊だった。
形は、矢の鏃のよう。
尖った三角形をしている。
こんなモノが空を飛ぶのだろうか?
疑問に思うが、自分の勝ちは揺るがない。
空の支配者であるウイングドラゴン最速の自分の力を見せつけてやる!
そう考えたアヴェルスだったが。
「何だ、こりゃあ!」
アヴェルスは、自分の3倍もの速度で追い抜かれて絶叫したのだった。
慌てて追いかけるが、追いつけない。
いや追いつくどころか、鉄の塊との距離はドンドン広がっていく。
「バカな! オレが飛行速度で負ける? ウイングドラゴン最速のオレが? そんんなコト、有り得る訳がないだろうがぁぁぁぁ!」
絶叫するアヴェルスの視線の先で。
鉄の塊は、あっという間にゴールした。
アヴェルスに圧倒的な差を付けて。
空の支配者はウイングドラゴンだ。
飛行速度、攻撃力、どれをとっても他の飛行生物の追随を許さない。
そんなウイングドラゴンの中でも、アヴェルスは最速。
それは空では、世界最強という事を意味する。
アヴェルスの誇りだ。
そのアヴェルスの誇りは、粉々に撃ち砕かれた。
まさか人間の手下に、飛行勝負で負けるとは。
有り得ない。
悔しさで、身が千切れそうだ。
その思いは、アヴェルスを強硬手段に駆り立てた。
「こうなったらオレと戦え! やはり最後にものを言うのは戦闘力なんだ!」
気が付いた時には、そう叫んでいた。
飛行勝負では負けたかもしれない。
しかし戦闘力なら、人間など鎧袖一触だ。
ウイングドラゴンが、人間などに負ける訳がないのだ。
そこでアヴェルスは、冷静さを取り戻す。
たかが人間相手に真剣勝負とは、少し大人げなかったかも。
まあ、殺すまでもない。
ドラゴンの力の一部を見せつければ、人間などひれ伏す事だろう。
そしてアヴェルスは、手加減した戦いを始めるが。
ここでもアヴェルスは、誇りを撃ち砕かれる。
自慢の爪も牙もブレスも、何の役にも立たなかったのだから。
「オレは空の王者のウイングドラゴンだよな? ウイングドラゴンで最強なんだから、空の支配者はオレって事なんだよな? なのに何故、オレは追い詰められているんだ? 何だ、この人間は!? ここはオレが力の差を見せつけるトコだろうが!」
アヴェルスは絶叫した。
ウイングドラゴンが、人間に負ける。
そんな事、有り得る筈がなかった。
しかし、たった一発殴られただけでアヴェルスは。
「ぎょばぁあああああ!」
500メートル以上も吹き飛んだ。
そして。
アヴェルスの意識は、そこで途切れたのだった。
意識を失ってから数分後。
「オレは負けたのか」
目を覚ましたアヴェルスは、そう呟いたのだった。
「その通り。お前はカズト殿に完敗したのだ」
雨の神の言葉に、アヴェルスは苦笑を浮かべる。
「手加減のないオヤジだぜ」
そしてアヴェルスは、妙にスッキリした顔になると。
「分かった。今後は人間に危害を加えない事を約束する」
雨の神に、そう告げたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




