第四十三話 麻酔
「見てごらん」
イビルスピリットが手を掲げると、そこに1匹の虫が止まる。
どうやらテントウムシのようだ。
そのテントウムシを撫でながら、イビルスピリットが続ける。
「我が国に伝わる『式』という技術で作った使い魔だ」
そこでイビルスピリットは、ギラリと光る目を和斗に向けた。
「この使い魔の能力は、敵の能力の分析だ。殺された後で、この使い魔を調べてキミの戦闘力を知って驚いたよ。とんでもないステータスだった。あの時のオレが手も足も出なかったのも当然だ」
そこでイビルスピリットが吼える。
「しかしオレは、1000万の魂を手に入れる事により、キサマを倒せるレベルに自分を強化した! アンデッド化によりオレの体は霊体に変わった。そして霊体と化した体は、他の霊体と同化して強化する事が可能なのさ」
キサマを倒せるレベルに強化した。
その言葉に、和斗は顔色を変える。
もしイビルスピリットの言葉が本当なら、かなりマズい状況だ。
冷や汗を流す和斗に、イビルスピリットが続ける。
「今のオレの体は霊体でありながら、キサマを叩き潰せる程の攻撃力を得る事に成功した!」
そうイビルスピリットが叫んだ瞬間。
床から黒い霧のようなものが吹き出した。
いや、霧ではない。
よく見たら人の姿をした黒い影だ。
その黒い影がイビルスピリットの体に抱き付き、そして1つになっていく。
「ふははは! この城に閉じ込めておいた、全ての魂と同化した! この霊体同化により、オレはデビルスピリットに進化した! もうオレは、この世で最強の存在になったのだ! ひゃははははは!」
異様な笑い声を上げながら、デビルスピリットは和斗を睨み付ける。
「オレがここまで強くなれたのはキサマのおかげだ。だから礼をしないとな! あの時の痛みを何倍にもして返してやる!」
叫ぶと同時に。
デビルスピリットは殴りかかってきた。
「く!」
デビルスピリットの攻撃は、想像もしなかったほど速かった。
だから和斗はまともにデビルスピリットの拳を受けてしまう。
そんな想像もしなかった光景に、リムリアは思わず叫ぶ。
「カズト!」
そして駆け寄ろうとして、そこでリムリアは。
「カズト?」
和斗が平気な顔をしている事に気付いた。
「よかった、無事だったんだね」
涙目になるリムリアに、和斗が微笑む。
「ああ、死んだかと思った」
そして和斗はデビルスピリットに拳を振り上げた。
「ふ、ふははは。オレの攻撃に耐えるとは思わなかったぞ。しかしその拳で何をする気だ? オレの体は霊体だ。拳などすり抜けるだけだぞ」
「そうか?」
和斗が表情一つ変えずデビルスピリットを殴りつける。
その拳はもちろん。
どばきゃ!
「きゃいん!」
デビルスピリットを吹き飛ばしたのだった。
そして吹き飛ばされたデビルスピリットは壁をすり抜け……。
と思ったら、壁にズシンと激突した。
「あれ? 壁をすり抜けると思ったのに?」
首を傾げる和斗にリムリアが説明を口にする。
「霊体はすり抜けようと思った時だけ、すり抜ける事ができるんだよ。でないと油断したらこの星の中心までいっちゃうモン」
なるほど。
たしかに霊体も重力の影響を受けていたように思う。
常に物質をすり抜けるのなら、気を抜いた瞬間、地面に沈み込んでしまう。
などと和斗が納得していると。
ムクリと起き上がったデビルスピリットが、血走った目で叫ぶ。
「ど、どうして? どうして霊体であるオレを殴る事ができる? どうしてオレの攻撃が効かない? オレの攻撃は18200メートルどころか25000メートルの鋼鉄を叩き割れるレベルだというのに!」
その言葉に和斗は考え込む。
鋼鉄18200メートル?
ずいぶん中途半端な数字を口にしたな。
けど鋼鉄18200メートルって、どこかで聞いたような気が。
そう和斗が考えた瞬間。
――レベル55の時のステータスです。
サポートシステムの声が聞こえてきた。
「ああ、なるほど」
その言葉に和斗は納得する。
そう言われてみたら、白銀ワーウルフを倒した時のレベルは55だった。
そしてその時の装鎧のステータスは。
最高速度 3050 キロ
加速力 3969 %
登坂性能 145 度
車重 3910 トン
装甲レベル 18200 メートル級
だった。
これが、デビルスピリットが想定したマローダー改のステータスなのだろう。
しかし今のマローダー改の装甲は、鋼鉄6000キロメートル相当。
和斗のステータスは、その20%だから鋼鉄1200キロメートル相当。
たった25キロの鋼鉄しか叩き割れない攻撃など通用する筈もない。
「残念だったな。今の俺のステータスを調べなかったお前のミスだ」
「今のお前だと?」
和斗の言葉に、デビルスピリットはテントウムシを呼び寄せる。
そして使い魔に手を添えると、目を見開く。
「なにぃ! 生身のクセに鋼鉄1200キロ相当の防御力だとぉ!? 何なんだよぉ、コレはぁ? 死を賭けた上、1000万ものクーロン兵の魂を集めたってのに、何でこうなるんだよぉ!」
デビルスピリットは暫くの間、見苦しく泣き叫んでいたが。
「く、く、く、く、く……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
急に異常な声を張り上げて、笑い出した。
「コレは参った! まさかこれほどの力を手に入れても勝てないとはなぁ! しかしキサマ達もオレを倒す事は出来ないぞ!」
「何を言ってるんだ?」
そう漏らす和斗に、デビルスピリットが笑みを浮かべる。
「こういう事だ」
デビルスピリットがパチンと指を鳴らすと、1体のリッチが進み出た。
その手には縛り上げた少女が捕まえられている。
どうやら気絶しているらしい。
が、そんな事はどうでもいい。
問題は、その少女に見覚えがあるコトだ。
「「ミナ!?」」
声を揃えた和斗とリムリアだったが、その2人の目の前で。
「オレを殺せるものなら殺してみろ」
そう叫びながら、デビルスピリットはミナの体に乗り移った。
「オレの体を破壊するには、この少女の体を破壊しなければならないぞ。そんなコトがオマエに出来るのか? 甘いキサマ等には、そんな事は出来ないだろう? くくくく、くはははははははは!」
ミナの体を乗っ取ったデビルスピリットは、暫くの間笑い続けた。
と、急に真顔になる。
「しかしよく考えてみたら、キミ達と戦う必要など今のオレにはない。キミ達だって、そうだろう? なら話は簡単だ。このまま大人しく帰れ。この地を立ち去った事を確認したら、この少女を解放してやる。それでいいだろ?」
ドサリと椅子に座り込むデビルスピリットに、和斗は鋼鉄のような声で告げる。
「キサマは卑怯にも、何の関係もないミナを人質に取った。そんなキサマを許せる訳がない。いや、それ以前に、キサマがヴラドにした事、リムにした事を、俺が忘れたとでも思ったか?」
「ひぃッ」
悲鳴を上げるデビルスピリットを睨んでから、和斗はリムリアに顔を向ける。
「リム。ミナを眠らせる事は出来るか? 深い深い眠りに。痛みを感じないほど深い眠りに?」
リムリアは一瞬キョトンとなるが、直ぐに和斗の考えに気付く。
「うん、分かった! ハイパースリープ!」
しかしデビルスピリットには、分からなかったらしい。
「スリープだと? そんなものが何の役に立つんだ? 霊体であるオレにスリープ系の魔法など効かないぞ」
デビルスピリットは、余裕の笑みを浮かべた。
しかし。
「役に立たないか、よく見てろ」
ナイフを引き抜いた和斗に、デビルスピリットは訝しげな目を向ける。
「ナイフで何をする気だ? この少女の体を傷つける事は出来ても、霊体であるオレの体には傷一つ付ける事はできないぞ」
せせら笑うデビルスピリットに、和斗はニヤリと笑い返す。
「こうするのさ」
シュパ!
和斗が、目にも留まらぬ速度でナイフを振り抜くと。
ぼとん。
切断されたミナの右腕が地面に落下した。
しかし腕を失ってもデビルスピリットは、せせら笑いを崩さない。
「ふふん、言った通りだろ。この少女を傷つける事は出来ても、オレを傷つける事など不可能だ。しかし可哀そうな事をするものだ、腕を切り落とすなんて。何の効果もないのに」
床に転がった左腕をチョンと突くデビルスピリットに、和斗は右手を伸ばす。
「そうでもないぜ」
目標は、ミナの右腕があった場所。
もちろん、ミナの腕は切断されてなくなっている。
が、ナイフで霊体は切断できない。
その結果。
ミナの腕の切断面から、デビルスピリットの腕が突き出していた。
和斗が手を伸ばしたのは、そのむき出しのデビルスピリットの腕だ。
しかしデビルスピリットは、何の反応も見せない。
いや、カズトの速度は、反応を許さなかった。
そして和斗の右手は。
がし。
デビルスピリットの腕をカッチリと掴んだのだった。
「な!?」
デビルスピリットは目を見開く。
「ま、まさかこれが狙いで、この少女の腕を切り落としたのか!?」
叫ぶデビルスピリットを無視すると、和斗は。
ずりゅ。
デビルスピリットを、ミナの体から引きずり出した。
と同時にデビルスピリットを床に叩き付けると。
「ひぃッ! や、やめ……」
「うるさい」
和斗は、何かを言いかけるデビルスピリットの顔面に拳を叩き付けた。
その一撃で。
バチュン。
デビルスピリットの頭部は、アッサリと消滅したのだった。
と同時に和斗はミナに駆け寄ると、右腕を拾い上げ。
「メディカル!」
治療魔法を発動させた。
ハイパースリープを麻酔かわりにして、ミナに痛みを与えないように腕を切断。
デビルスピリットを引きずり出したらメディカルで治療。
計画通りだ。
「さすが心臓を抉り出されても元通りになったメディカルだ。傷一つ残さず治療できたみたいだな」
和斗が胸をなで下ろしてから、デビルスピリットに視線を向けると。
シュゥゥゥゥゥゥゥ。
デビルスピリットの体が、黒い霧となって消えていくところだった。
その霧を見上げながらリムリアが漏らす。
「ふん。いつの間にか蘇って悪巧みをするようなしつこいヤツだったけど、最後はあっけなかったね」
こうして。
クーロン帝国の第十三皇子は、完全にこの世界から消滅したのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




