第四十一話 ドンペルニ
「大人しく積み荷を置いていきな。そうしたら命だけは勘弁してやる」
そう口にした大男に。
「く、くく、くくくく」
和斗は笑いを押し殺した。
「これこれ! 無双の力を得たら、まず盗賊イジメ! これこそ異世界転移の醍醐味だよな!」
「カ、カズト?」
やや引き気味のリムリアは置いといて。
和斗は馬車から降りると、大男の前に立つ。
「オマエが頭か?」
「そうだ。命まで取ろうとは思ってない。大人しく積み荷を置いていけ」
「嫌だ、と言ったら?」
内心、ウキウキしながら答えつ和斗に、大男は凄む。
「全員ボコボコにして積み荷を奪ってやる。なにしろオレの戦闘力はC級なんだからな。しかし負けると分かってて痛いメ見る必要なんて無いだろ? 大人しく積み荷を追いけや」
「う~~ん」
和斗は考え込む。
皆殺しにして積み荷を奪ってやる。
そう答えた瞬間、全員を叩きのめすつもりだった。
しかし、どうやらこの大男。
危害を加える事なく、積み荷だけを持ち去ろうとしているように思える。
つまり極悪人ではなさそうだ。
これでは問答無用で殴り倒すのも気が引ける。
そこで和斗は。
「何で盗賊なんかしてるんだ? 何か理由があるのか?」
大男に質問してみた。
「む? まあ積み荷を無理やり奪うのだからワケくらい話しておくか。俺達の村の近くには凶暴な竜が住み付いててな。そのせいで、狩りもままならず、農業もパッとしなくて、村は貧しいんだ」
そこで大きなため息をついてから大男は続ける。
「竜だけでも大変なのに、俺達の村からそう遠くない場所にある洞窟から、リッチが出てくるのを見かけた村人がいるんだ。まあ、そのリッチはどこかに行っちまったがな」
「「「リッチ!?」」」
和斗、リムリア、ミナは声を揃えた。
ひょっとして、この前のリッチは、その洞窟から出て来たのだろうか?
などと顔を見合わせている3人に、大男は続ける。
「竜に加えて、そんな化け物が出て来るようじゃあ、暮らせるワケないだろ? かといって、リッチが出て来るような洞窟をどうにかしてくれ、なんて依頼を出す金なんてあるワケがない。だから村を逃げ出す為に……」
大男は言葉を濁した。
つまり旅の商人から積み荷を奪い、その積み荷で村から逃げ出す費用を賄うつもりだったのだろう。
「悪いとは思っている。身勝手な事も分かってる。しかし、このまま座して死を待つか、犯罪に手を染めてでも生きていくか、と問われたら、犯罪に手を染めてでもオレは生きていたいんだ!」
犯罪で手に入れた金で生き抜いて幸せになれるのか?
なんて綺麗事を言う気などない。
そんなの平和ボケした日本人の戯言だ。
クーロン帝国軍との戦いで、それは嫌と言うほど思い知った。
あの全員がゾンビと化した街になるか、犯罪を犯してでも生き抜くか。
そう問われたら、和斗だって生き抜く事を選ぶ。
しかし。
和斗がここにいる以上、大男にはもう1つの選択肢がある。
だから和斗は、SSS超級の冒険者認識票を取り出した。
それを目にして、大男も周囲を取り囲む男達もパニックに陥る。
「げぇ! SSS超級の認識票だと!?」
「そういやボルドーにSSS超級の冒険者が現れたって聞いたけど……」
「偽物じゃないのか!?」
「どっから見ても、本当だろ!」
「おい、もし戦いになってたら……」
「骨すら残らねぇぞ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
「すんませんでしたぁぁぁぁ!」
「殺さないでくださいぃぃぃ!」
「許してくださいぃぃぃぃぃ!」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」
全員が土下座する中。
和斗の冷静な声が響く。
「危害を加える気はない。それどころか助けてやる」
「ほ、本当ですか!?」
言葉使いがガラリを変わった大男に苦笑しつつも和斗は頷く。
「ああ。でも今の俺はミナをドンレミの街に送り届ける依頼の途中だ。だからドンレミの街の冒険者ギルドに依頼を出してくれ。謎の洞窟を調査してくれ、とな。ドンレミの街に到着したら、俺がその依頼を受けてやる」
「でも、SSS超級の冒険者に依頼を出せるほどの金額を用意するのは、もっと無理なんですが……」
泣き出しそうな顔の大男に、和斗は微笑む。
「出せる範囲で構わないさ。ボランティアで受けてやる。だから盗賊なんて止めるんだ。っていうか、今まで何人から金を奪ったんだ?」
急に厳しい顔になる和斗に、大男はブンブンと首を横に振る。
「いえ、今日が初めてです。数日前にリッチが出現して、もう背に腹は代えられないと覚悟したのが今日ですから」
「そうか、そりゃ何よりだ。犯罪を犯したとなると、後々厄介な問題が発生するからな。じゃあ数日で戻ってくる。それまで我慢できるか?」
和斗の問いに、大男は神妙な顔で頷く。
「はい。とりあえず今のところ被害は出てませんので」
「よし。じゃあ待っててくれ。必ず戻ってくるから」
『はい!』
和斗の言葉に全員が声を揃えた。
そしていつまでも手を振る盗賊、もとい村人に見送られ。
和斗達はドンレミの街を目指したのだった。
そして数日後。
和斗達は無事ドンレミの街に到着した。
「どうもありがとうございました。これが依頼達成証明です。冒険者ギルドに持っていけば依頼料を受け取る事が出来ます。少なくて申し訳ないですけど」
本当に申し訳なさそうなミナに、リムリアが首を横に振る。
「前にも言ったけど、ボクとカズトは困ってる人の役に立ちたいんだ。だから気にしないで」
輝くような笑顔のリムリアに微笑みかえすと、ミナが尋ねてくる。
「という事は、カズトさんとリムリアさんは、シャンパーニュの村に戻られるつもりなのですね?」
シャンパーニュの村とは、大男達の村の事だ。
ちなみに大男はシャンパーニュ村の村長で、ドンペルニと言うらしい。
「ああ。ドンペルニ達が、ワラにも縋る想いで待ってるだろうからな」
生真面目な顔で頷く和斗に、ミナはもう1度、微笑む。
「そうですね。頑張ってください。ではこれで失礼します」
「ああ」
「またいつか会えたらイイね」
カズトとリムリアの言葉にミナは。
「はい」
嬉しそうに返事をすると、ドンレミの街並みに消えていった。
「よしリム。じゃあ冒険者ギルドに向かうか」
「うんカズト。まずは依頼達成の報告をしなくちゃね」
というワケで、和斗とリムリアはギルドに依頼達成を告げると。
「シャンパーニュ村から依頼がある筈だけど?」
ドンレミ冒険者ギルドの受付嬢に、そう尋ねてみた。
「ああ、その依頼ですか? リッチが出てきた洞窟があるから調査して欲しいという。まあ、リッチなんてSS級のモンスターが簡単に出現するワケないので、きっとゴーストか何かを見間違いしたのでしょう」
受付嬢は軽い口調でそう返すと、壁の一画を指差す。
「依頼書は、そこの壁に貼り出しています」
「どれどれ。あ、あった。依頼者はシャンパーニュ村の村長、ドンペルニ。依頼内容は、謎の洞窟の調査。依頼料は100万ユル。危険度は不明か」
依頼書を読み上げるリムリアに、受付嬢が続ける。
「まあまあの依頼料なんですけど、本当にリッチがいるのなら、割に合わない依頼です。この依頼を受けるのは博打みたいなものですね。まあ受ける冒険者は殆どいないでしょう」
確かに100万ユルは、報酬として悪くない。
普通の洞窟調査なら依頼を受ける冒険者もいただろう。
しかしドンペルニは、馬鹿正直にリッチを見た、と報告している。
隠し事をしない姿勢は好感が持てるが、結果は逆効果。
リスクを考えると、受ける冒険者は皆無だろう。
しかしそんなコト、和斗には関係ない。
必ず戻るとシャンパーニュ村の人々と約束したのだから。
だから和斗は。
「この依頼、受ける」
ドンペルニからの依頼書を壁から剥がすと、受付嬢に差し出したのだった。
シャンパーニュ村は、なだらかな丘陵地に囲まれた村だった。
建物の数は100ほど。
宿屋が1軒、酒場を兼ねた食堂が1軒、雑貨屋が1軒。
それ以外は、全て農家らしい。
村を取り囲む丘陵地は、全てブドウ畑。
そのブドウで作るスパークリングワインが、シャンパーニュ村の名物らしい。
「おお、本当に戻って来てくれたんですね!」
シャンパーニュ村に到着すると同時に、ドンペルニが飛び出してきた。
「約束したからな。で、早速だが、問題の洞窟はドコだ?」
和斗の問いに、ドンペルニは目を丸くする。
「到着したばかりなのに、さっそく調査に向かうのですか?」
ドンペルニが不思議に思うのも当然だ。
冒険者は、基本的に用心深い。
だから到着していきなり調査に向かう事は、まずない。
今回のように未知の洞窟に足を踏み入れる場合、まず情報を集める。
次に、必要と思われる食料やアイテムを現地で調達。
こうして、しっかりと準備を整えた後。
一泊して体力を万全にしてから、調査に向かうのが普通だ。
しかし和斗達に、食料も水もアイテムも必要ない。
なにしろマローダー改には、生きる為に必要な物が全て揃っているのだから。
もちろん洞窟に、マローダー改で入れる保証はない。
だが実は、マローダー改はレベル90になる事によって新たな能力を得ている。
その中の1つが、装鎧状態でも食料庫の中の物を自由に取り出せる能力だ。
だから必要な物があったら、装鎧状態になって物資を取りだす。
直後に、ⅯP節約する為に装鎧を解除。
マローダー改は、ポジショニングで任意の場所に移動させる。
この方法なら、無補給で長期の探索が可能だ。
「必要な物は揃ってるから、直ぐに調査に向かえる。それに、調査は早い方がいいだろ?」
和斗の言葉に、ドンペルニはコクコクと頷く。
「そりゃあもう、早ければ早いほど有難いです。なにしろ、いつリッチが出現するかと思ったら、生きた心地がしませんから」
というコトで。
さっそくマローダー改に乗り込むと、謎の洞窟に向かう事になった。
シャンパーニュ村は小さな村だったが、道は広かった。
ドンペルニによると、初代村長がブドウ収穫の為に作ったものらしい。
その道幅8メートルもある道を、マローダー改で進んでいくと。
ブドウ畑の丘陵地は、山へと変わっていった。
そして山は、険しい岩山へと姿を変える。
高さは700メートルを超えているだろう。
かなりのサイズの岩山だ。
その岩山の中腹に口を開けているのが、問題の洞窟なのだろう。
入り口の広さは縦3メートル、横4メートルほど。
かなり大きな入り口だが、残念ながらマローダー改が入れるサイズではない。
「やっぱりマローダー改で入れるサイズじゃなかったみたいだね。マローダー改で行けたら楽だったんだけどなァ」
口を尖らせるリムリアの肩を、和斗がポンと叩く。
「今の俺達なら、生身でも楽勝だろ」
「ま、そうだけどね」
リムリアは苦笑してから、和斗の手に視線を向ける。
「ソレ、持ってくの?」
ソレとは、ショットガンを装着したⅯ16の事だろう。
「もちろんだ。何がいるか分からないんだから、最低限の武器は必要だろ?」
更にツェリスカと大型ナイフを装備する和斗に、リムリアは首を傾げる。
「素手で殴ったほうが強いのに?」
リムリアの素朴な疑問に、和斗は大まじめな顔を向けた。
「たとえばゾンビを殴ったとしたら、グシャグシャになった肉と血を浴びる事になるだろ? クリーニングを発動させれば直ぐに綺麗になるけど、それでも腐った肉と血にまみれるのは気持ちいいモンじゃない」
リムリアは攻撃魔法が使えるから必要ないだろうけどな。
そう付け加える和斗にリムリアが納得する。
「うん、汚れるのは嫌だもんね」
「そういう事だ。じゃあリム」
「うん、カズト。行こう」
和斗はリムリアと共にマローダー改を降りると、ドンペルニに声をかける。
「じゃあドンペルニさんは村に戻っててください。マローダー改が突然動き出すかもしれませんから」
「は、はい!」
慌てて村に駆け戻るドンペルニを見送ると。
「さて、調査開始だ」
「うん」
和斗とリムリアは、洞窟に足を踏み入れたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




