第四話 ボクにこのトイレちょうだい!
「な、なんだ!?」
慌てて視線を足元に落としてみると。
マローダー改に下半身を轢き潰されて上半身だけになったゾンビが、和斗の足を掴んでいた。
マローダー改の車高は40センチもあるので、車体の下にしがみ付いていたのだろう。
「う、うわ!」
和斗は驚きのあまり、飛び上がった。
直接ゾンビと対面した恐怖で、頭の中が真っ白になる。
と、そこで和斗の右手が何かにコツンと当たった。
ホルスターごと腰に装備したレーザーポインター付ベレッタだ。
「これだ!」
和斗は慌ててベレッタをホルスターから引き抜いて銃口を向けると、ゾンビの眉間に赤い点が浮かび上がった。
レーザーポインターの光だ。
この赤い点にベレッタから発射された弾丸が命中するようになっている。
「頼むぞ!」
和斗がベレッタの引き金を引くと。
パン!
銃弾はレーザーポインターの赤い光に命中し、脳を打ち抜かれたゾンビはボトリと地面に転がった。
「た、助かったァ……」
和斗は、その場にヘタリ込みながら呟いく。
「ゲームしてるような感覚になってたけど、やっぱりリアルなんだ……いつ死んでもおかしくないんだ」
そこで和斗は慌てて股間に手をやる。
「よかった、漏らしたかと思ったぜ」
リムリアの前で恥をかかないで済んだコトに胸をなで下ろしたところで、和斗は重大なコトに気が付いて真っ青になる。
「ああ! もしも深夜にトイレに行きたくなったらどうするんだ!?」
そう。夜中に尿意を覚える事だってあるだろう。
そんな時、どうする?
どこからゾンビが襲ってくるか分からない暗闇の中で用を足すのか?
ありえない。
「こりゃあマズいな」
ダラダラと冷や汗を流す和斗だったが、そこでスキルポイントで出来る事の中に『リビルド』という単語があった事を思い出し、マローダー改に飛び乗ってカーナビに飛び付く。
「ええと、リビルド、リビルド……あった! リビルド=キャンピングカーを作り変える事ができる能力。大型化は10ポイントから、トイレ設置も10ポイントからか。じゃあマローダー改を1回り大きくしてトイレを新設するには……」
そこで和斗は、ドラクルの聖地に到着するまでリムリアと一緒に暮らす事になるという状況に、今さらながら気が付く。
「2人で生活するんだから、ベッドや風呂も欲しいな」
リビルド
車体大型化 10ポイント~~
定型サイズ
大型車両サイズ(3・2× 10メートル) 350
特大車両サイズ(4 × 15メートル) 700
護衛艦サイズ (10 × 40メートル) 5000
駆逐艦サイズ (25 ×100メートル) 20000
空母 サイズ 「40 ×300メートル」100000
風呂 1 人サイズ 50
2~~3人サイズ 100
5 人サイズ 200
10 人サイズ 300
トイレ ノーマル 20
シャワートイレ 50
キッチン 家庭サイズ 20
食堂サイズ 100
「今のマローダー改のサイズじゃトイレを設置するスペースがないから、まず車体を大型車両サイズに大きくして、シャワートイレを設置すると……合計400ポイントが必要か」
そこで和斗は、スキルポイントに目をやる。
「今持ってるスキルポイントは410か。10しか残らないけど……これは仕方ないかな」
和斗は大型バス化、シャワートイレ新設をタッチした。
そしてスキルポイントが残り10になると同時に。
「おお!」
マローダー改が大型バスサイズに巨大化し、後部スペースが一気に広がった。
広がった生活スペースには冷蔵庫、キッチン、シャワー室が並んでいて、その隣にはトイレが据えつけられている。
「やったぜ!」
和斗は安堵の声を漏らすと、大急ぎでトイレに駆け込んだのだった。
そして。
「はぁ~~、よかったぁ。一瞬、どうなる事かと焦ったけど、助かったぜ」
スッキリした顔で和斗がトイレから出てくると、そこにはリムリアが待ち構えていた。
「カズト、これナニ!? ナンで急に広くなったの!?」
まくし立てるリムリアにシャワートイレの使い方を説明してやると。
「ボクも使う!」
リムリアは和斗を押しのけて、慌ててトイレに駆け込んだ。
どうやらリムリアもトイレを我慢していたらしい。
まあ、女の子だから、当然といえば当然かもしれない。
そして数分後。
トイレから出てくると、リムリアはウットリした目で呟く。
「お湯が出て来て洗い流してくれるなんて、何て気持ちイイんだろ……こんな素晴らしいトイレ、想像した事なかったよ。もうこれ以外、ボク使えない」
そしてリムリアはガシッと和斗の手を握り締めた。
「ねえカズト! 元の世界に戻る時は、ボクにこのトイレちょうだい! お金なら幾らでも払うから!」
移動手段は馬やワイバーンというこの世界にシャワートイレなどある筈ないのだから、リムリアにとってシャワートイレとの出会いは衝撃的だった事だろう。
その気持ちは和斗にも十分に理解できる。
それに冷静に考えてみると、ここまで大型化したマローダー改を日本で走らせる事は出来ないだろう。
なら1億円ほど貰って、もう1度マローダーを並行輸入してキャンピングカーを作った方がいい。
「本当に金を払ってくれるのか? でも、この世界の現金じゃ困るぞ。俺の世界でも価値がある物で支払ってくれ」
「金でどう? 金で100キロ」
「金か……」
金の相場は、1グラム5000円くらいだったと思う。
なら金100キロは5億円に相当する事になる。
「よし! 俺はリムをドラクルの聖地に送り届けたら、金100キロとマローダー改を交換する。リムは俺と金を元の世界に送り返してくれ。これでいいか?」
「うん! 約束だよ」
「ああ」
和斗はリムリアが差し出した右手をガッチリと握った。
しかし100キロもの金を簡単に用意できる事から考えて、リムリアは金持ちだろう。
だが金持ちというのなら、どうして護衛もつけず一人きりで危険な旅をしていたのだろう?
これは聞いておいた方が良さそうだ。
「なあリム。何でこんな危険な旅をしてるんだ? たった一人で」
その一言でリムリアの顔が一気に曇る。
「そ、それは……長い話になるよ?」
「状況を知らないのは危険だ。時間がかかってもシッカリ聞いておきたい」
「分かった。実はね……」
リムリアの説明によると、『ドラクルの一族』と呼ばれるリムリアの種族は、世界一の魔力を持つ種族との事。
そして聖地にある魔方陣を作動させて正ドラクルになる事により、その世界一の魔力を自在に使いこなせるようになるらしい。
そんなドラクルの一族の中にあって、最強の正ドラクルと呼ばれているのが、トランシルヴァニア地方の領主でもあるヴラド・トエル・トランシルヴァニア・ドラクルだ。
ドラクルの一族は平和に国を統治していたが、ある日ヴラドは、その最強の魔力でゾンビを操り世界を支配する行動にでた。
もちろんドラクルの一族はヴラドを止めようとしたが全敗。ただ、同じ一族を殺す気はないのか、監禁されるだけで済んだのは幸運だった。
そして魔力量ならヴラドも凌ぐと噂されるリムリアに、正ドラクルとなってヴラドを止めるよう一族から命令が下る。
しかし、その旅の途中でゾンビの群れに襲われ、護衛の兵士達は全員殺されてしまった……。
「殺されたって、そのヴラドってヤツは、ドラクルの一族は殺さずに捕らえるんじゃなかったのか?」
思わず声を上げる和斗に、リムリアが首を傾げる。
「え? だってボク達ドラクルの一族は、死んで灰になっても、数滴の血を垂らすだけで蘇えるから、本当の死は迎えてないよ」
死んで灰になっても血を垂らすだけで蘇える? それじゃまるで……。
「おい。まさかドラクルの一族ってヴァンパイアじゃないだろな?」
震える声で尋ねる和斗に、リムリアが吹き出す。
「きゃははは! ヴァンパイアなんて、いつの時代の話してんの! だいたい人間の血を吸って同族に変えるなんて迷信だし」
「そ、そうなのか?」
胸をなで下ろす和斗に、リムリアがニッと笑う。
「でも、気に入った人間をワーウルフに変える事ならあるよ。生涯を共にする相手に出会ったら、永遠の伴侶としてワーウルフに変えるんだ」
「じゃあ男のドラクルは女性をワーウルフに変えて、女性のドラクルは男をワーウルフに変える、って事なのか?」
「そういうコト。ドラクルの一族は魔力なら世界一だけど肉体的な強さは人間並みだから、そこをワーウルフにカバーして貰うんだ。愛し合う2人で互いに欠点を補い合って共に生きていくんだ。ボクもそんな相手に早く巡り会いたいな」
「じゃあ、夜中にいきなり俺の首に噛み付いて血を吸ったりしないんだな?」
「あたりまえだい! ワーウルフに変えられるのは、一度きりなんだ。永い時を経ても変わらない愛の持ち主の血しか吸わないって!」
可愛らしく頬を膨らましているリムリアを見て、和斗はホッとする。
これなら、寝てる間に血を吸われる心配はないだろう。
「分かった分かった、信用してるぞ」
「あたりまえだい」
フンと鼻を鳴らしたリムリアに、和斗は冷蔵庫からスイーツを取り出す。
モンブランとチーズスフレだ。
スーパーで買った2個で330円のケーキだが、和斗は十分に美味しいと思っている。
「これを食べて機嫌治せよ」
「ナニこれ?」
「食べれば分かる」
和斗が手で掴んで口にするのを見て、リムリアもパクリと食べると……目を丸くした。
「うわ! さっきのも美味しかったけど、これは天国の味だよ!」
どうやらスイーツの効果は絶大だったらしい。
リムリアの機嫌は一瞬で直り、とろけるような表情になった。
こんな顔も可愛らしい。
思わず見とれてしまう。
「はぁ~~、幸せ♡」
まだとろけているリムリアから無理やり視線を前方に向けると、和斗はマローダー改を発車させる。
「じゃあ、またゾンビを殺しながら、ドラクルの聖地を目指すぞ」
「うん!」
こうして和斗とリムリアを乗せたマローダー改の冒険が始まったのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ