第三十八話 リッチ
「出たァ!」
ミナが大声を上げた瞬間。
「わひゃぁぁぁぁぁ!」
リムリアまで悲鳴を上げた。
「うわ、ビックリした!」
ついつられて飛び上がってから、和斗は苦笑いする。
「なんだ、ゾンビじゃないか」
タン!
言うと同時に、和斗はゾンビの頭を撃ち抜いた。
バチュン!
リムリアは、胸から上が消失してドチャっと倒れるゾンビに目を向けながら。
「だって、こうして改めて見ると、物凄く不気味なんだモン」
照れ笑いを浮かべた。
「カズトと出会った時は必死だったから不気味と思う余裕すら無かったんだと思うんだけど、何でだろう? マローダー改の強さを分けてもらってズット強くなれた今の方が、すっと気持ち悪く感じる」
きっと余裕が生まれたせいだろう。
生き延びる事に必死だった頃は、気味悪いなんて思える状態ではなかった。
しかしマローダー改のステータスを得た今。
つまり安全を保証された今。
やっと普通の女の子の感性を取り戻す事ができたのだろう。
「そう考えたら悪い事じゃないかな」
怖がるリムリアも、可愛らしい。
思わず抱きしめて、全ての事から護ってやりたくなる。
やっぱ俺って、リムに惚れてるんだなぁ。
などと心の中でノロけながらも、和斗が周囲へと視線を巡らせると……。
やはりいた。
ゾンビが7体、ギクシャクした動きでコチラに向かって来ていた。
「ま、ノーマルゾンビ如き、敵じゃないんだけどな」
弾が勿体ない、と呟きながらも。
タンタンタンタンタン!
和斗は5体のゾンビを撃ち倒した。
その頃には、リムリアも冷静さを取り戻したらしく。
「アイスランス!」
攻撃魔法でゾンビを攻撃するようになっていた。
リムリアが使う、最強の攻撃魔法はプラズマランス。
その事から分かるように、リムリアが得意とするのは火属性だ。
しかし火属性の魔法には、火事を引き起こす危険が付きまとう。
だから氷の槍でゾンビを仕留めたのだろう。
うん、十分冷静だな。
と、和斗が安心した時。
「また来ました!」
ミナが大声を上げた。
「またゾンビか」
と、和斗はⅯ16を向けるが。
「ほう。変わった魔法の杖だな」
驚いた事に、ゾンビが言葉を発した。
「喋るゾンビなんて初めて見たな」
目を丸くする和斗の横でミナが叫ぶ。
「カズトさん、こいつゾンビじゃありません! リッチです!」
「リッチ?」
反射的に聞き返した和斗にミナが続ける。
「高位の魔法使い、あるいは異常なほどの魔力を持った者が、自らアンデッド化する事により、とんでもない魔力を手に入れたモンスターです! 討伐ランクSS級のモンスターが、何で街道に!」
言われてみれば、ゾンビとは服装が違う。
立派なローブを纏い、大きな宝石が付いた杖を手にしている。
きっとレベルの高い魔法使いだったのだろう。
しかしマローダー改の防御レベルは高い。
例えリッチが、どんな攻撃魔法を唱えようと、ビクともしない筈だ。
だから和斗は、真っ青な顔のミナに呑気な声で答える。
「ま、ゾンビでもリッチでも、やる事は同じだな」
言うと同時に。
タン!
和斗はリッチの眉間をⅯ16で撃ち抜いた。
しかし
バァン!
Ⅿ16の弾丸はリッチの頭をすり抜け、背後の枯れ木を砕いたのだった。
「な!?」
目を見張る和斗に、ミナが大声を上げる。
「リッチの肉体は物質ではありません、霊体なんです。物質じゃないから物理的は無効ですし、魔法も聖属性以外は、殆ど効果はありません!」
「リム、そうなのか?」
尋ねる和斗にリムリアが頷く。
「うん。リッチの肉体は霊界と現世にまたがって存在するんだ。だから物理的な攻撃や、聖属性以外の魔法は効かないんだ」
物理的な攻撃は効かない。
その言葉を耳にした瞬間、和斗の背中に嫌な汗が流れた。
物理的な攻撃が効かないとしたら。
和斗が使っている武器は、何の役にも立たない事になる。
「マジかよ」
和斗は心の中で冷や汗を流しながらも、ミナの言葉を思い出す。
確かミナは『聖属性の魔法以外は殆ど効果はありません』と言った。
というコトは、聖属性の魔法は効くという事。
だから和斗はリムリアに目で合図を送った。
聖属性の魔法で攻撃しろ、と。
リムリアも、そのつもりだったらしく。
「ホーリーランス!」
即座に聖属性の攻撃魔法を撃ち出した。
……撃ち出した、つもりだったが。
「ナンで? ホーリーランスが発動しない?」
呆然とするリムリアに、リッチがニヤリと笑う。
「我はアンデッドとなる事により、魔法を極めたリッチだぞ。弱点である聖属性の魔法を発動不能にするのは当たり前であろう」
「そんな事も出来るのか!?」
驚く和斗にミナが囁く。
「リッチは自分の意思でアンデッドになったんですから、生前の知能を維持しているんです。というより、アンデッド化した後も魔法の研究を重ね、生前より遥かに高い知性を得ているのが普通なんです」
「つまり魔法じゃ勝ち目がない、って事か?」
ギリッと歯を噛み鳴らす和斗に、リムリアが悔しそうに漏らす。
「魔力量じゃ絶対に負けてないと思うけど、技術が圧倒的に違うみたい」
そんなリムリアに、リッチは楽し気な笑みを向ける。
「ほう。魔力量では負けない自信があるのか。なら、自慢の魔力量で何とかしてみるがいい。邪霊軍召喚!」
そうリッチが叫んだ直後。
平原を埋め尽くすほどの黒い影が出現した。
「どうだ? 冥界からゴースト、ファントム、レイス、スペクター、スピリットを100体ずつ呼び出した。もちろん、こ奴らには物理的な攻撃は効かぬ。聖属性以外の魔法も効果は薄い。しかし強力な攻撃魔法を使えるなら、冥界に追い返す事も出来よう。さあ自慢の魔力で追い返してみるが良い」
「ゴースト、ファントム、レイス、スペクター、スピリット? どう違うんだ?」
とまどった声を上げる和斗に、ミナが律儀に解説する。
「ゴーストは幽霊、ファントムは亡霊、レイスは死霊、スペクターは怨霊、スピリットは邪霊とも呼ばれる存在です。そして……」
ミナの説明によると。
ゴースト Fクラス
ファントム Eクラス
レイスは Dクラス
スペクター Cクラス
スピリット Bクラス
という区分らしい。
しかし1番重要なのは、その全てが霊体である事。
つまり物理的な攻撃ではダメージを与えられない、という事だ。
とはいえ、本当に無効なのか?
和斗は試しに
タン!
Ⅿ16を撃ち込んでみた。
しかし。
ヒュン!
やっぱりと言うか、予想通りというか……。
弾丸はゴーストの体をすり抜けたのだった。
「やっぱり物理的な攻撃じゃ、ゴーストにダメージを与える事は出来ないよ」
泣き出しそうな声で漏らすリムリアに、和斗が怒鳴る。
「他の魔法は発動するんだろ! 出来る事をやるんだ!」
聖属性以外の魔法も効果は薄い。
リッチは確かにそう言った。
逆に言えば、効果が全くないワケではなさそうだ。
「わ、分かった! アイスランス!」
リムリアは、今度は氷の槍を撃ち出す。
しかし氷の槍は、リッチに命中すると同時に粉々に砕け散った。
「この程度の魔法など、防御する必要もないのう」
「なら、これならどう? プラズマランス!」
シュボ!
発射されたリムリア最強の攻撃魔法は、リッチに命中。
と同時に。
『ギャァアアアアア!』
ゴーストやファントムを巻き込んで、消滅させた。
しかしレイスやスペクターを消滅させる事は出来ない。
1番レベルの高いスピリットに至っては、揺らいだだけだ。
そしてリッチはというと。
30万度の高熱の槍に直撃されたくせに、ケロリとしていた。
「命ある者ならば、今の攻撃で生き残れる者は殆どいないであろう。しかし残念ながら霊体である我らには通用しない。ゴーストやファントム程度なら消滅させる事くらい出来るようだがな」
事も無げにそう言い放つリッチに。
「やっぱり……聖属性以外じゃ、リッチにダメージを与える事は出来ないよ」
リムリアは、泣き出しそうな声で漏らした。
そして。
「くそ!」
和斗はギリッと奥歯を噛み鳴らした。
ほんの5分前まで。
マローダー改は、世界最強だと確信していた。
そしてマローダー改のステータスの1割を得た自分も無敵だと思っていた。
もしもこれが地球だったら、その認識で間違ってなかっただろう。
しかし、この世界にはゴーストやリッチなどの霊的存在がいた。
そんな霊的な存在に物理攻撃力は無効。
つまり霊体を倒す方法が無い。
こんなコト、想像もしなかった。
クーロン帝国軍すら楽勝で滅ぼせるマローダー改の攻撃が通用しないなんて。
「どうする? どうしたらイイんだ?」
和斗は死ぬほど悔やむ。
ゾンビやドラゴンがいるのなら、ゴーストが存在してても不思議じゃない。
なのに何故、その可能性を考えなかった?
しかも。
ゴーストはFランクのモンスターらしい。
つまり、F級の冒険者なら楽勝で倒せるのだ。
それはF級の冒険者でも、倒せる方法がある事を意味する。
という事は、ゴーストと戦う為の武器は、簡単に手に入るのだろう。
もっと丁寧にモンスターの情報を集めて、対処法を整えていたら……。
と、死ぬほど後悔している和斗の耳に。
――そのまま敵を殴ってください。
サポートシステムの声が響いた。
「殴る? 素手で? そんなコト出来るのか?」
――当然です。
自信満々のサポートシステムの声に、和斗は覚悟を決める。
「ダメで元々だ!」
そう叫ぶと、和斗はレイスに拳を叩き込んでみた。
ブン!
和斗の拳は空気を撃ち抜き、そしてレイスに命中する。
その瞬間。
パァン!
レイスは破裂し、後には何も残らなかった。
「な!?」
目を見張る和斗に、サポートシステムが続ける。
――以前『車重7550tもあるマローダー改が地面にめり込まないのも、143度の角度を登れるのも、神霊力によって』と説明しました。その神霊力はスピリットなどより高位の力なのです。そしてマローダー改のステータスの10パーセントを得ているマスターも、神霊力を纏うようになっています。そんなマスターの体に、霊体モンスターが危害を加える事は不可能です。もちろんマスターの拳は霊体モンスターにダメージを与える事が可能なのです。当然ながらリムリアも同様です。
「そうなのか!?」
「そうなの!?」
サポートシステムの説明に、和斗とリムリアが声を揃える。
慌てふためいたのが馬鹿みたいだ。
しかし。
霊体を恐れる必要がないコトは分かった。
「なら」
和斗はニヤリと笑うと。
「そら!」
馬車を取り囲んでいるレイスの1体を殴りつけてみる。
パァン!
またしてもレイスが破裂して消滅する。
風船を割るよりも、遥かに簡単だった。
「焦って損したな」
そう呟いてから、和斗は自分を叱る。
「いやいや、そうじゃない。分かってて撃退できたのと、偶然撃退できたのでは天と地ほどの差がある。これからは情報を集める事を怠らず、ギルドでしっかりと聞いておかないとな」
エリに聞いたら、モンスターの事を詳しく教えてくれた筈だ。
やはり情報は重要だ。
今後はしっかりと情報を収集しなければ。
和斗は心の底から反省したのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ




