第三十一話 登録試験 その2
ボルドーの街から徒歩で1時間ほどの場所。
そこにダンジョンはあった。
そびえ立つ岩山の壁に口を開ける、縦横5メートルほどの洞窟。
これがダンジョンの入り口らしい。
その大きな入り口で。
「まさかこの距離を、1分で到着するとは思いもしませんでしたが」
受付嬢が驚きの声を漏らした。
まあ初めてマローダー改に乗ったのだから、そう思うのも無理はない。
「全速なら数秒だけど、さすがにそのスピードじゃあ危険ですので」
「数秒!?」
和斗の言葉に絶句する受付嬢をリムリアが促す。
「そんなコトより、早くダンジョンに行こ!」
と、そこで和斗は質問を口にする。
「え~~と、入り口が広いから、このままマローダー改に乗ったまま入れそうなんですけど、どうしましょう?」
「いえ。このマローダー改でしたか、に乗ったままでは、リムリアさんの試験になりません。カズトさんが必要な時に使用するのは構いませんが、リムリアは徒歩でダンジョン攻略を行ってください」
「分かりました。では全員、マローダー改から降りてください」
という和斗の言葉に。
「え~~? もっと乗っていたかったですねぇ」
ジェノスが穏やかな笑みを浮かべたまま、残念そうな声を上げた。
なかなか器用な人物だ。
ちなみに。
ギルドの規定によると、登録試験の試験管は受付嬢だけで良いらしい。
なのに何故かギルドマスターのゴリアテと、ジェノスまで付いて来ている。
ギルドとしての責任感からかな、と和斗は思っていたが。
ジェノスの言動を考えると、どうやら違うようだ。
そんな和斗の耳元で、ジェノスが笑顔のままソッと囁く。
「この際だから、マローダー改に乗ったままダンジョンに入ってみません? モンスターが現れたら、外に出て戦うという事で」
そんなジェノスに、受付嬢がズイッと詰め寄る。
「副ギルドマスター。個人的興味で規則を捻じ曲げられては困ります」
「は、はい! ……その通りです」
急にシュンとなるジェノス。
どうやら受付嬢に頭が上がらないらしい。
しかし穏やかな笑みを浮かべたままシュンとするなんて、本当に器用な人物だ。
と、そこで
「ふん!」
ゴリアテが、和斗をギロリと睨む。
見た目は30歳くらいの、ドラクルの一族の男だ。
「ワシも受付嬢に賛成だ。個人の力を公正に試験する為には、マローダー改に乗ったまま、というワケにはいかんだろ。まあ、ワラキアの姫はともかく、たかが人間がクーロン帝国をたった1人で撃退したなど、疑わしい話だがな」
ゴリアテの一言に、リムリアが可愛らしいオデコに青筋を浮かべる。
「ボクの一族がウソの報告をしたって言いたいの?」
怒りを隠さないリムリアに。
「いいえ、そうは申しておりません。ただ、危機を乗り切った喜びで、表現が少々大袈裟になっていた可能性もある、と申し上げているだけです」
ゴリアテは、打って変わって丁寧な口調で答えた。
「ふうん。じゃあカズトの実力、しっかり試験してね」
「もちろんです。まあ、本当にそれ程の戦闘力を持った人間が存在するか疑問ではありますが」
口調だけは丁寧だが、明らかに挑発的なゴリアテの前に受付嬢が割り込む。
「ギルドマスター。これから試験をするのですから、ここで無駄な会話に時間を費やす必要はないでしょう。それに試験に、個人的な先入観を持ちこむ事は慎んでください」
「ぐぬ!」
顔を歪めるゴリアテを無視して、受付嬢が静かに口を開く。
「ではリムリアさん、カズトさん。ダンジョン攻略を開始してください」
その言葉で。
「カズト、行こ!」
「おう!」
リムリアと和斗の、初めてのダンジョンチャレンジが始まったのだった。
この世界最大のダンジョンは、ランス地下迷宮と呼ばれている。
フロア型の積層ダンジョンで、フロア自体がとんでもなく広い。
確認されているのは地下37階まで。
地下何階にラスボスのフロアがあるのか不明だ。
そんなランス地下大迷宮の地下1階は。
「見渡す限り、森だね」
リムリアが呟いたように、地下とは思えないほど広い森だった。
高さ100メートルもある大木が乱立していて、見通しは悪い。
そんな森林タイプのフロアを見上げながら、レムリアが声を上げる。
「天井まで300メートルってトコかな。さすが世界最大のダンジョン。ファーストフロアだってのに、とんでもない広さだね」
そしてリムリアは、楽しそうなフロアを見回す。
「このフロアのどこかに、地下2階の入り口があるってワケだね。よーし、頑張って探すぞぉ!」
「張り切ってるな、リム。でも見つけるのは大変だぞ。なにしろ、とんでもない広さみたいだから」
キョロキョロと周囲を見回す和斗に、リムリアがニヤリと笑う。
「ボクがサーチの魔法を使えるの忘れたの? この程度の広さを調べるくらい楽勝だよ!」
「あ、そうか」
和斗はヴラドのダンジョンの時の事を思い出す。
あの時リムリアは、サーチの魔法により正しいコースを進んでいった。
きっと今回も、正しい道を教えてくれるだろう。
「じゃあリム、頼むな」
「任せて!」
そしてリムリアはサーチの魔法を発動させると。
「え~~とね、カズト。ちょっとマズいかも……」
引きつった笑顔を和斗に向けた。
「ひょっとしたら、このフロアのモンスターって魔力に敏感なのかも。一斉にコッチに向かって来ちゃった」
「え!?」
和斗が絶句すると同時に。
『ギャギャギャギャ!』
大木の間からゴブリンの群れが襲いかかって来た。
大人より一回り小さな体。
緑色の肌。
醜い顔。
映画やゲームに出て来るゴブリンそのものだ。
そんなゴブリンの大群に視線を向けながら、ゴリアテが声を上げる。
「さて、さっそく戦闘開始だな。クーロン帝国を退けたキミ達の実力、しっかりと見せてもらうよ」
偉そうに言い切ったゴリアテをジロリと睨んでから、受付嬢が説明を始めた。
「地下1階のモンスターはゴブリンだけです。一般に、ゴブリンはザコモンスターと思われています。でも気を付けてください」
受付嬢は、厳しい顔で続ける。
「このフロアには武器を使いこなすゴブリンファイター、弓矢を使いこなすゴブリンアーチャー、魔法を使うゴブリンメイジ、それらの上位種ハイゴブリン、群れを指揮して効率的な攻撃を仕掛けて来るゴブリンジェネラル、そしてゴブリンとは思えない戦闘力を持つゴブリンキングなど、様々なゴブリンが生息しています」
受付嬢は、そこまで説明すると。
「第2レベル軍用結界!」
自分とジェノス、ゴリアテを護る形で防御結界を発動させた。
つまり。
和斗とリムリアだけで対処しろ、という事らしい。
「アリの大軍が、ドラゴンを倒す事もあります。十分に気を付けてください。では試験開始です」
という受付嬢の宣言に。
「いきなりかよ」
和斗はボヤきながら、リムリアの前に立ち塞がった。
ゴブリンの数は500匹くらいだろうか。
棍棒を持つゴブリン。
剣を構えるゴブリン。
弓を構えているゴブリン。
ナイフを持ったゴブリン。
素手のゴブリンもいる。
が、この程度なら焦る必要もないだろう。
「装鎧」
和斗はマローダー改を身に纏うと。
「バルカン対空システム!」
冷静にそう口にした。
と同時に。
ガシャン!
左肩にバルカン砲が現れ、そして。
「サポートシステム、よろしく頼む」
――了解です。
和斗が命令した直後。
ブォ――――――――――――!
サポートシステムが射撃を始めた。
その、毎分12000発も発射される20ミリ砲弾は。
『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!』
正確にゴブリンを撃ち抜き、粉砕。
ゴブリンの大軍を、3秒でミンチに変えたのだった。
その直後。
和斗の耳にサポートシステムの声が響く。
――ゴブリン527匹を倒しました。
経験値527
スキルポイント527
オプションポイント527
を獲得しました。
ゴブリンのポイントは、たった1だった。
まあ普通の人でも倒す事は可能らしいから、こんなモンかもしれない。
などと考えながら。
「装鎧、解除」
――了解
和斗は、直ぐに装鎧を解除した。
なにしろ装鎧は一秒で10ポイントのⅯPを消費するのだ。
マローダー改のⅯPは6200もある。
普通の戦闘なら十分過ぎる程のⅯPだ。
しかし装鎧だと、620秒でゼロになってしまう。
ずっと装鎧状態でダンジョンアタックなど、できるワケがない。
というより、ゴブリン相手に装鎧は必要なかった。
あきらかにオーバーキルだ。
それにゴブリンの獲得ポイントは、たったの1。
装鎧で戦うには、コスパが悪すぎる。
だから本当に必要な時以外、個人携帯武器で対処すべきだろう。
なにしろこの先、何が待ち構えているか分からないんだし。
などと和斗が反省していると。
「たった1人でクーロン帝国軍を退けたとは聞いていましたが、これ程とは思いませんでしたね」
ジェノスが、驚きの声を上げた。
しかしそこに、ゴリアテが口を挟む。
「ふん! この程度の事など、B級の冒険者でも出来る事だ。驚く程のコトではなかろう」
ふんぞり返るゴリアテを、受付嬢が睨む。
「それは違うでしょう。たしかにB級冒険者の戦闘力は軍隊1000人相当。しかし、そのB級冒険者でも僅か3秒で500匹のゴブリンを倒すなど不可能。そのくらい貴方でも分かるのでは?」
「……ち」
受付嬢の言葉に、ゴリアテは舌打ちして黙り込んだ。
「なんなのアイツ!」
ゲシゲシと紙面を蹴りつけるリムリアに、受付嬢が耳打ちする。
「家柄だけでギルドマスターの地位に就いた、実力もないクセにプライドだけ無駄に高いカスです。昔は向上心に溢れた好人物だったのですが、性根が腐りはてた今となっては、相手にするだけ人生の無駄です」
「ホントに容赦がないね」
苦笑するリムリアに、受付嬢が花のような笑みを浮かべた。
「正当な評価だと思いますよ」
「確かに」
クスクスと笑うリムリアに、受付嬢が真顔に戻って尋ねる。
「ところで魔石はどうしますか?」
「魔石?」
訳が分からない、といった顔のリムリアに受付嬢が説明を始める。
「ドラクルの姫が知らないのも無理ないかもしれませんが、そもそも……」
魔石とは。
ダンジョンに生息するモンスターを倒したら出現する。
しかしダンジョンの外に生息するモンスターは落とさない。
ドラゴンを例にとると。
ダンジョンでドラゴンを倒せば、レアな魔石に変化する。
ダンジョン以外の場所で倒せば、貴重な素材が手に入る。
どちらの儲けが大きいか、はモンスターの種類によって違う。
「ちなみにノーマルゴブリンの魔石の値段は5000ユルです」
そう付け加えた受付嬢に、和斗は質問してみる。
「5000ユルって、どの位の価値なんですか?」
「そうですね。安宿に素泊まりするくらいでしょうか。あるいは1日分の食費よりちょっと上ですね。贅沢をしなければ、ですが」
もうちょっと詳しく聞いてみると。
パンとスープの朝食が500ユル。
それに玉子とハムとサラダをプラスしたら600~800ユル。
昼の定食は800~1000ユル。
ステーキとサラダは1500ユル。
これが大衆食堂の一般的な値段らしい。
つまり、ほとんど『円』と同じ感覚でいいだろう。
「そういや、ダンジョンで金を稼ぐのは当然だったっけ。これで金銭問題は一気に解決だな」
和斗はニンマリと笑ったのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ