第二十四話 行こう
白銀ワーウルフの心を徹底的にへし折る為、和斗は罵り続ける。
「どうした、無能ヤロウ。故郷で誰にも相手にされないのも当然だな、こんなにクズでバカで卑屈なカスのクセに、自分が偉いと思い込んでるカン違いヤロウなんだからな」
和斗の罵詈雑言に、遂に白銀ワーウルフは駄々をこねる子供ように泣き叫ぶ。
「ウルサイウルサイウルサイ! チクショウ、オレは、俺はァァァ!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら殴りかかってくる白銀ワーウルフに、今度は和斗から先に攻撃を叩き込む。
「ほら、これがジャブだ。予備動作を無くせば、絶対に躱せない」
「ぶぎゃ!」
和斗の言葉通り、何の反応もできずに顔面を打ち向かれて白銀ワーウルフが悲鳴を上げる。
「そしてコレがローキック。脛で相手の腿を蹴る。それだけの技だが効果はバツグン。敵の機動力を殺す」
和斗の脛が白銀ワーウルフの腿に叩き込まれ、ボキンという音が響いた。
「ローキックの優れたところは、敵にダメージを与えると同時に、脚に力が入らなくなる事により敵の攻撃が効かなくなる事だ」
そう説明しながら和斗は、白銀ワーウルフの反撃をまともに受けてみせるが、当然ながらダメージはゼロだ。
「な? 本来の力が出せないだろ? あ、でも直ぐにダメージから回復するか」
和斗が指摘した通り、足が回復する事により白銀ワーウルフの攻撃がパワーを取り戻す。
が、その白銀ワーウルフの拳を、和斗は難なく叩き落とす。
「ひぎゃ!」
グチャンと拳を潰され悲鳴を上げる白銀ワーウルフに、和斗は続ける。
「さて、次はパンチの撃ち方だ。そうやって力任せに振り回すんじゃなくて、一瞬に必要な筋肉だけ爆発させるんだ」
グシャン!
和斗の突きが白銀ワーウルフの胸に命中し、ベキ、とかバキン、とかポキンとかが一つにミックスされた音が響き渡った。
その音から判断すると、10本を超える肋骨がへし折れたに違いない。
いや、折れた肋骨の切っ先は、内臓をも貫いたようだ。
白銀ワーウルフが大量の血を吐き出す。
「このオレ様が反応できないスピードだと? 世界最強の防御力を持つオンリーワーウルフの肉体を、ただ殴っただけで破壊するだとォ? 有り得ない……有り得ないだろうがよォオ!」
「それが有り得るんだよ」
和斗は今までとは違い、倒す事を意識した攻撃に切り替えた。
その攻撃は簡単に白銀ワーウルフの筋肉を潰し、骨を砕き、内臓を破裂させる。
もう白銀ワーウルフの反撃を『受け』たりしない。
マローダー改と同等の防御力を得た和斗にとって、白銀ワーウルフの攻撃など何のダメージも受けないのだから。
「シ! シ! シ! シ!」
和斗の口から鋭い呼気が漏れる度に、空手の技が繰り出され。
「うぎゃ! ぶぎゃ! あぎゃ! ひぎゃ!」
同じ数だけ白銀ワーウルフが悲鳴を上げる。
「何だ、この程度の攻撃も躱せないのか? やっぱり無能の貧弱ヤロウだな、キサマは」
「チクショウ、チクショウ、チクショウ……」
無様に泣き叫びながら、白銀ワーウルフは体を丸めた。
空手の試合で、手も足も出なくなった相手が、よくこんなカッコをしていた事を思い出す。
まあ、この態勢をとるのは、空手に限った事ではない。
もうコレ以上、痛い思いをしたくない、という時に、良くこの態勢をとる。
心が折れかけている証拠だ。
が、これで終わりにする気など、これっぽっちもない。
そんな体制になっても無駄だ。
これがもしもボクシングなら反則だったが、今はスポーツをしているワケではない。
こうやって丸まった相手には、この打撃が有効だ。
「ふん!」
ズドン!
和斗は白銀ワーウルフの腎臓を背中から打ち抜いた。
腎臓とは、殴られ慣れている筈のボクサーさえ、打たれたら痛みのあまり崩れ落ちる急所だ。
その急所をマローダー改のパワーで打ち抜かれた白銀ワーウルフは。
「がはぁ! ごぼごぼごぼ……」
口から泡を吹き出しながら、膝から崩れ落ちた。
「…………」
そして痛みのあまり、声も出せずに悶絶する。
ここで止めを刺すのは簡単だ。
頭を踏み砕いてもいいし、体をバラバラに引き千切る事だってマローダー改のパワーなら簡単だ。
しかし、それではリムリアに、あんな酷いコトをした仕返しには、ほど遠い。
だから和斗は白銀ワーウルフが、凄まじい回復力によって立ち上がるのを待つ事にした。
もちろん精神的打撃を与える事も忘れない。
「おいおい、どうしたんだ? 偉そうにしておきながら、地面を這いずりまわる事しかできないのか? これじゃあムシケラ以下だな」
まだ痛みで悶絶しているクセに、白銀ワーウルフが悔しそうな目で和斗を睨んできた。
まだ心が折れていないらしい。
なら、もっと痛めつけてやる。
泣いて謝るまで。
和斗は残虐な怒りに身を任せるとフラフラと立ち上がった白銀ワーウルフの太腿を脛で蹴りつけた。
空手ではローキックを呼ばれている蹴りだ。
見た目は地味だが、このローキックという蹴りの痛みは、心をへし折る。
他の場所なら、痛くても負けるか! と思えるかもしれない。
しかしローキックの痛みは、もうヤメて! と言いたくなる質のものだ。
「ひ! ひい! きゃいん! きゃん!」
白銀ワーウルフの悲鳴が、ローキックがヒットする度に情けないものに変わっていく。
もちろん白銀ワーウルフも、何とか躱そうとしている。
が、マローダー改の加速力を得た和斗の攻撃は、白銀ワーウルフの反応速度を超えていた。
そしてマローダー改の車重と同等の重さを持つ和斗の攻撃は、白銀ワーウルフの肉体強度を遥かに上回っていた。
グチャン!
ついに白銀ワーウルフの太腿の肉が潰れて飛び散った。
次のローキックで。
ボキン。
白銀ワーウルフの大腿骨がへし折れる。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
再び地面にぶっ倒れる白銀ワーウルフ。
その目は畏れと怯えの色に支配されたいた。
だが、まだ嫌な光がその奥に潜んでいる。
どんな汚い事でも平気で行うチンピラの目だ。
どうやら、まだ痛めつけ方が足りないらしい。
だから和斗は、白銀ワーウルフが、回復して立ち上がるのを待ち構える。
もちろん、罵りながら。
「さっさと立てよ、カス野郎。こんな弱っちいんじゃ、他の皇子にバカにされるのも当然だな」
「何だとォォォ!」
どうやら、皇子としてのコンプレックスが一番の行動原因だったらしい。
この一言で白銀ワーウルフが逆上した。
「絶対にオレを見直させてみせるんだぁぁぁぁぁぁ!」
正気を失ってる。
そう思えるほど血走った目で、白銀ワーウルフが襲いかかってきた。
が、やはり和斗には、スローモーションと同じくらい遅く感じる。
「ぬん!」
和斗は、10発近い攻撃を、一瞬で白銀ワーウルフに叩き込んだ。
もちろん、まだ殺さないように手加減をして、だ。
「オレの負け、か。なら!」
白銀ワーウルフは和斗の攻撃を受けて吹き飛びながらも何とかバランスをとって着地し、その勢いのままリムリアに突進した。
「せめてキサマだけでも道連れにしてやる!」
「え?」
ドラクルで最強とまで言われたヴラドのオンリーワーウルフだけあって、白銀ワーウルフの動きにリムリアは何の反応もできていない。
「させるか!」
和斗は白銀ワーウルフを追うが、このタイミングでは和斗の拳が届く前に、白銀ワーウルフの爪がリムリアを引き裂いてしまうだろう。
このままじゃ、リムを殺されてしまう!
という、今までの人生で感じた事のないほどの恐怖に、和斗は呑まれかけた。
が、直ぐに狂気にも似た怒りが、身体の奥底でマグマのように煮えたぎる。
そしてそのマグマは、実は和斗が完全に使いこなせてなかったマローダー改の性能を完全に解き放った。
「おおおおおおおお!」
無意識の内に咆哮を上げながら加速した和斗は、瞬間移動なみのスピードでリムリアの前に移動した。
「な!?」
まさか追いつかれるとは思っていなかったのだろう。
白銀ワーウルフが驚きのあまり棒立ちになる。
そんな白銀ワーウルフに。
「死にやがれ、このクソヤロウ!」
和斗は渾身の正拳突きを放った。
レベル59のマローダー改の最高速度は時速3050キロ。
そして加速力は8230倍になっている。
そんなマローダー改の速度と加速力を全開にした和斗の攻撃が、白銀ワーウルフの胸を打ち抜いた瞬間。
パァン!
大きな風船が弾け飛ぶような音と共に白銀ワーウルフの胸が消滅し、千切れ飛んだ腕がクルクルと宙に舞い、頭部がドチャリと地面に転がり、そして吹き飛んだ下半身が鍾乳石に衝突してブシャッと潰れた。
この世のものとは思えないほどの破壊力だ。
「ち! 最後までクソヤロウだったな」
かなり凄惨な幕切れだったが、後悔はない。
リムリアを殺そうとしたクソをぶち殺しただけだ。
(でも……リムを助ける事ができて良かった)
和斗は大きく息を吐くと、リムリアに笑顔を向けた。
「これで事件は解決、でいいんだよな、リム?」
「うん。ヴラド姉さんの傷は数滴の血で回復するだろうから、全快したヴラド姉さんにゾンビ化の魔法を解除してもらったら一件落着だよ」
リムリアもホッとした顔でそう漏らす。と、そこに。
「くくくく」
白銀ワーウルフの生首が笑いだした。
「な! まだ生きてるか!?」
身構える和斗に、白銀ワーウルフの首が口を開く。
「心配しなくても、あと数分でオレは死ぬよ。でもキミ達の命も数日で終わる」
「どうやったって勝てない事が、まだ分からないのか」
冷たく答えた和斗に、白銀ワーウルフが唇を歪める。
「十分にドラクルの国にダメージを負わせたとクーロン帝国軍に連絡した。直ぐにクーロン帝国軍は国境に位置しているワラキア領に進攻を始めるだろう」
「ち! いつの間に……」
舌打ちする和斗に、白銀ワーウルフが、声を上げて笑う。
「くはははは。確かにキサマは強い。しかし数の暴力の前じゃ、個の強さなど通用しない。キミ達の命もここまでだよ。くくく……く」
それを最後に、白銀ワーウルフの目から光が消えた。
そして…………長い沈黙の後、リムリアが顔を上げる。
「カズト。カズトは知らないだろうけど、クーロン帝国っていうのは、民を家畜か奴隷くらいにしか考えない国なんだ。その非道な国の兵士がワラキアに攻め入ってくるのなら、急いで帰らないといけないんだ。きっと父様は苦戦してるから。で、ね、カズト。その、あの……」
キッパリした口調から、急に歯切れが悪くなるリムリアの頬を、和斗は両手で包み込む。
「リムと一緒に戦う覚悟なんかとっくに出来てる。たとえ死ぬ事になろうとな。だからリムが口にするのは一言でいい。『行こう』ってな」
「カズト……ありがと」
リムリアは涙目で和斗に抱き付いた後、決意に満ちた顔を上げた。
「うん、カズト。じゃあ……行こう」
「おう!」
2020 オオネ サクヤⒸ