第二十三話 装鎧
リムリアを痛めつける。
そう口にした白銀ワーウルフの前に、和斗は立ち塞がる。
「させるか!」
しかし白銀ワーウルフに軽く押されただけで、和斗は30メートル以上も吹き飛んで、岩壁に叩き付けられてしまった。
「ぐ……メディカル」
痛みと衝撃で、メディカルを唱えるのが少し遅れてしまう。
そんな和斗にチラリと視線を向けてから、白銀ワーウルフはリムリアに、その鋭く尖った爪を振り下ろした。
「あああああああああ!」
腕を切り落とされて悲鳴を上げるリムリアを目にして、和斗は慌てて叫ぶ。
「リムにメディカル!」
「成程ね。自分以外の者でも、やっぱり一瞬で回復か。あ、そうだ。こういうのはどうかな?」
白銀ワーウルフはニィッと笑うと、爪をリムリアの腹に突き刺した。
「ぎゃぁああああああ!」
絶叫を上げるリムリアに、和斗はメディカルを発動させるが。
「おげぇええええ!」
腹に突き入れられた爪をグリッと捻ねられて、リムリアが大量の血を吐いた。
「こうやって内蔵を切り刻み続けたら、いくら回復しても無駄だろ? うん、やっぱり女の子の悲鳴の方が、耳に心地いいね」
「ふざけんなコノヤロウ!」
和斗はⅯ16で白銀ワーウルフを思いっ切り殴りつけるが。
「今、ナニかしたかい? 残念ながら人間ごときの力じゃ、オレに傷一つ付けるコトはできないよ」
白銀ワーウルフは微動だにしない。
「ま、そこで見てたらいい。自分の無力さをかみしめながら、ね」
白銀ワーウルフは楽しそうにそう口にすると、リムリアに突き刺した手をグリグリと動かした。
「あぎぃ! ひぎぃ! いぎぃ! えげぇ!」
グチャ、グチャ、と耳を覆いたくなるような音が響く度に、リムリアの華奢な体がビクンビクンと跳ねる。
「止めろ! 止めろ! 止めろぉおおおおおおお!」
和斗は何度も何度も何度も何度もⅯ16で白銀ワーウルフを殴りつけた。
しかし白銀ワーウルフがリムリアを拷問する事を止められない。
「くそぉ、どうしたら……何か……あ!」
心が折れかける和斗だったが、そこでふと、マローダー改を呼び出すのに十分な広さがある事に気付く。
「俺は何をやってたんだ、こんなコトにも気が付かないなんて!」
自分の間抜けさに怒りを覚えるが、今はそんな無駄なコトに時間を割いている場合ではない。
「サポートシステム、ポジショニングだ!」
マローダー改をこの場所に呼び出して、白銀ワーウルフをぶち殺してやる。
と、怒りに燃える和斗の頭の中で、サポートシステムの声が鳴り響く。
《そのオーダーは実行不可能です。地面に乱立している鍾乳石が障害となって、ポジショニングを発動できません》
「なんだって!? チクショウ! チクショウ!! チクショウ!!! どうしたらイイんだ!」
ギリリ、と歯を噛み鳴らす和斗の脳裏に、再びサポートシステムの声が響く。
《ポジショニングは使えませんが、レベルが55を超える事によって獲得した魔力効果、装鎧を使う事ならできます。装鎧なら今の状況を逆転できるでしょう》
「装鎧って何だよ!」
《文字通り、マローダー改を鎧の形で身に纏って戦える魔力効果です。一秒あたり10のⅯPを消費しますが》
そんなやり取りの間にもリムリアの悲鳴は小さくなっていく。
こうして話をしている時間すら惜しい。
「わかった、直ぐに装鎧の効果を発動させてくれ!」
《了解しました。魔力効果『装鎧』発動します》
サポートシステムが答えると同時に、和斗の全身をガシャンと何かが覆った。
今の和斗を、この世界の者が見たなら、妙に角ばった重装甲鎧を装備している、と思うに違いない。
「何が頭を覆ってるのか分からないけど、視界はイイんだな」
和斗は自分の頭を覆っているモノの内側が、全方向を見渡す事ができるスクリーンになっている事に驚いた。
しかし直ぐに、ある事に気付く。
「マローダー改の武器コントローラーゴーグルと同じだ。なるほど、これがマローダー改を身に纏うってコトか」
見下ろしてみると、手も体も足も分厚い装甲で覆われている事が分かった。
「凄く重そうだけど、これで動けるのか?」
試しに動かしてみると、全く重さを感じなかった。
分厚い装甲で覆われているクセに、動きを一切邪魔しない。
邪魔しないどころか和斗の動きを、凄まじいパワーで補助してくれるようだ。
サポートシステムの説明によると、装鎧とは、マローダー改を身に纏って、マローダー改のステータスを使う事が出来る能力のコトらしい。
そしてマローダー改の性能は。
最高速度 3050 キロ
加速力 3969 %
登坂性能 145 度
車重 3910 トン
装甲レベル 18200 メートル級
ⅯP 3560
これなら、白銀ワーウルフにだって通用するだろう。
実際のところ、この凄まじいパワーなら白銀ワーウルフなどに負けはしない、と本能が告げている。
「これなら……いける!」
和斗は小さく呟くと、白銀ワーウルフへと1歩を踏み出した。
その瞬間。
ドン!
和斗の体は弾かれるように加速し、一瞬で白銀ワーウルフとの距離をゼロにする。
「な!?」
白銀ワーウルフが、瞬間移動なみのスピードで接近されて目を見開く。
が、そんなコトには目もくれず、和斗はリムリアを突き刺している白銀ワーウルフの腕を掴むと、無造作に引き千切った。
「ぐわ!」
ブシュ!
と血が吹き出す腕を押さえて飛び下がる白銀ワーウルフを視界の端に捕らえながら、和斗はリムリアに突き刺さった腕を引き抜く。
「リム、痛むぞ。ごめん」
「あが!」
悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちるリムリアをそっと受け止めると、和斗はメディカルを発動させる。
「カズト……もうダメかと思ったよ」
「済まなかったな、リム。でも、もう大丈夫だ。直ぐにこのクソヤロウをボコボコにするから」
そして和斗は視線を白銀ワーウルフに戻すと。
「女の子にあんな酷い事を平気でやるようなヤツ、生かしておく理由はないよな」
そう吐き捨て、白銀ワーウルフの顔面に拳を叩き付けたのだった。
「へぶ!」
ゴパァ!
殴られた勢いで吹っ飛んだ白銀ワーウルフの激突で、鍾乳石が砕け散った。
しかし直ぐに白銀ワーウルフは、砕けた鍾乳石をかき分けて這い出してくる。
「平民がこのオレ様を殴っただと!? あり得ない! あり得ないだろ! 殺してやる! 殺してやる!! ブチ殺してやるぅぅぅぅぅ!!!」
口から泡を吹きながら絶叫すると、白銀ワーウルフが飛び掛かってきた。
ワーウフルロードの動きも速かったが、それとは比べ物にならない程のスピードだ。
ドン! と衝撃波が発生したので、おそらく音速を超えている。
今までの和斗だったら、瞬殺されていたに違いない。
しかし装鎧とは、マローダー改の性能を全て使いこなせるもの。
つまり戦闘機を撃ち落せるバルカン砲対空システムの能力も使いこなせる訳だ。
戦闘機を捕捉して撃ち落せる反応速度を自分の能力としている和斗にとって、白銀ワーウルフの動きなどスローモーションに等しい。
「そらよ」
和斗は気の抜けた声と共に、白銀ワーウルフの拳をヒョイと躱すと、軽く拳を突き出した。
そう、突き出しただけ。
決して殴った訳ではない。
しかし突き出しただけの和斗の拳に、白銀ワーウルフは超音速で激突した。
盛大な自爆だ。
その結果、自分から腹に和斗の拳をメリ込ませる事となり。
「ぐぇええええ……」
白銀ワーウルフは、腹を押さえて地面に膝を着く事になった。
しかし、さすが腕が黒焦げになっても瞬時に再生する回復力の持ち主だ。
白銀ワーウルフは直ぐにダメージから立ち直ると、和斗に攻撃を仕掛けてくる。
「おら! おら! おら! どうだ! これが最強のドラクルが全力で創造したワーウルフの力だ!」
いつの間に再生したのだろう。
引き千切った腕が元通りになっている。
が、その攻撃もバルカン砲対空システムの前には止まっているのと変わらない。
和斗は白銀ワーウルフの攻撃の全てを、軽々と受け流す。
「くそ! 何だよ、そりゃあ! 何でオレの攻撃が当たらないんだ! 当たりさえしたら一発なのによ!」
「へえ、そう思うのか?」
和斗は防御の手を止めると、白銀ワーウルフの攻撃をワザとまともに受けてみる。
ズゴン!
白銀ワーウルフの拳が和斗の胸を直撃し、そして。
「ギャン!」
白銀ワーウルフが、砕けた拳を抱えて悲鳴を上げた。
「な、何だ、その硬さは! チクショウ、なら斬り裂いてやる!」
今度は爪で斬りかかってくる白銀ワーウルフだったが。
パキン!
「何だとォ!」
装鎧に命中するなりツララのように簡単に砕け散った爪に、白銀ワーウルフは目を丸くしながら絶叫した。
まあ、それも当然といえば当然。
マローダー改の性能そのままという事は、鋼鉄18200メートルに相当する強度の装甲を纏っているという事だ。
どんなに凄まじいパワーが込められた拳だろうが、ミスリルすら切り裂く爪だろうが、厚さ18キロもの鋼鉄に叩き付けたら、砕け散るに決まっている。
「オレのパワーとスピードはワーウルフで1番なんだぞ! オレの爪はミスリルの盾すら切り裂くんだぞ! なのに何でキサマはオレの攻撃を受けて平気な顔してんだよ!」
白銀ワーウルフの口調が、最初の気取ったものからチンピラのものに変わっている。
おそらくこのチンピラ口調が、白銀ワーウルフの本性なのだろう。
それはリムリアも感じたらしく、軽蔑そのものの声を白銀ワーウルフに叩き付ける。
「皇子を名乗ってるワリに、人格は薄っぺらなんだね。ま、それも当然か。ヴラド姉さんを薄汚い手段で騙した間男が、かすめ取った力で得意げな顔してたダケなんだから」
そして白銀ワーウルフを嘲笑う。
「実力のないカスのクセに、ナンの根拠もないプライドだけは高い。クズの中のクズだね」
「何の根拠もない、だとぉ! オレ様は最強のワーウルフだ!」
本当の事を言い当てられて激高する白銀ワーウルフに、和斗が冷たく言い放つ。
「自分の力で勝ち取った強さじゃない。その証拠に、せっかくのパワーもスピードも使いこなしていない。肉体のポテンシャルに振り回されているだけの、中身スカスカ野郎だ」
和斗の言葉に余程腹を立てたのだろう。
白銀ワーウルフは暫くの間ワナワナと震えた後、狂気に染まった目を和斗に向けてきた。
「こ、このオレ様を、ここまでコケにした愚か者はキサマが初めてだ。なら見せてやる! オレ様の本気をな!!」
白銀ワーウルフはそう怒鳴り散らすと、和斗に殴りかかってくる。
それは今までとは比べ物にならないほど激しいものだったが。
「ふん、やっぱりド素人の動きでしかない。マローダー改のステータスを得た俺にとって、アクビが出る攻撃だぜ」
和斗は白銀ワーウルフの攻撃を、今度は全て『受け』る。
ちなみに和斗はスポーツではなく武道としての空手の黒帯だ。
そして武道空手の『受け』とは、自分は無傷で敵にダメージを与える為のもの。
その空手の受け技を使いこなして、和斗は白銀ワーウルフにキッチリとダメージを与える。
殴りかかってきた白銀ワーウルフの肘関節に手刀を叩き付けて、攻撃を無効化すると同時に肘の健を断ち切る。
またしても殴りかかってきた白銀ワーウルフの踏ん張った膝関節を、カウンターで合わせた蹴りでへし折る。
蹴りかかってきた白銀ワーウルフの脛の一番弱い部分に、膝蹴りを合わせて脛にダメージを与える。
膝蹴りと繰り出してきた白銀ワーウルフの太腿部分に肘打ちを叩き込んで、太腿の筋肉を叩き潰す。
当然の事だが、白銀ワーウルフの回復力は凄まじい。
和斗が与えた傷は直ぐに癒えてしまう。
しかし何度攻撃しても、その度にカウンターで肉体を破壊され、白銀ワーウルフは目に見えて勢いがなくなってきた。
それも当然だろう。
凄まじい回復力を持っていても、傷を負った時の痛みがなくなるワケではない。
そして鍛える事も努力する事もなかったクズに、そんな痛みに耐える根性などあるワケがないのだから。
こうして痛みに負けて、遂に立ち尽くして動かなくなった白銀ワーウルフを、和斗は嘲笑う。
「分かったか? 自分の無能さが」
リムリアを拷問した白銀ワーウルフを徹底的に打ちのめし、そして回復不可能なくらい心をへし折る。 それが和斗の目的だ。
だから和斗は白銀ワーウルフを罵り続ける事にした。
2020 オオネ サクヤⒸ