第二百十一話 今まで通りに旅をしていただきたいのです
「いやあ、殺される覚悟をしたのですが……殺されないで済むみたいですね」
ラスプーチンが、そう口にしたところ。
「え、そうなの?」
背後からリムリアの声が聞こえてきた。
振り向いてみると、マローダー改の窓からリムリアが首を出していた。
そしてリムリアは奈津、花奈と一緒にマローダー改から飛び降りると。
「さっさと殺して、経験値にしたらイイんじゃない?」
ラスプーチンの前に立って、事も無げに言い放った。
「犯罪組織のボスなんでしょ? 生かしておいても悪い事しかしないだろうし、さっさと殺した方が世の為人の為なんじゃない?」
言い切るリムリアにラスプーチンが苦笑を浮かべる。
「恐ろしい事を平然と口にするお嬢さんですね」
「だって犯罪者の人権なんて気にする必要なんて無いもん」
即答するリムリアに、ラスプーチンが穏やかに反論する。
「犯罪者呼ばわりは心外ですね。フォックス連合は、放置していたらどんな酷い犯罪を引き起こすか分からないモノを制御するために造ったのです。たとえばラシャダッキ一家など、好き勝手にさせていたら支配した地域の人間を全て生贄にして邪神を力を得ていたでしょう」
「そう? 十分酷い事してたみたいだけど。ボク見たよ、ラシャダッキ一家の組員がオバサンに酷い仕打ちをするトコ」
疑いの目を向けるリムリアにラスプーチンが続ける。
「フォックス連合の傘下だったから、その程度しか出来なかったんですよ。もしもラシャダッキ一家が独立した組織だったら、その場で拷問して殺してましたよ」
「オバサンの一件、知ってるんだ」
「そりゃあもう」
ほほ笑むラスプーチンに、リムリアがツッコむ。
「知ってるんだったら、何か手を打てたんじゃないの?」
「残念ながらフォックス連合には、他に3つの一家がいます。その3つの一家が引き起こした事件の中には、そのオバサンの被害などママゴトに思えるほど悲惨なモノがありました。その残酷な事件に対処するだけで手いっぱいだったのです」
「でも、それってオバサンを放置してイイ理由にはならないよね」
容赦ないリムリアの指摘にラスプーチンが顔を曇らせた。
「はい、その通りです。しかし酷い被害から順番に対処している現状では、とても手が回らないのです」
「そっか……」
リムリアは、それだけ口にすると和斗に振り向く。
「で、カズト。結局、どうするの?」
「え? う~~ん、そうだなぁ……」
リムリアの質問に、和斗は考え込む。
どうやらラスプーチンなりに、頑張っていたらしい。
チャナビエトによる治安が、全く期待出来ない中。
『好き勝手に暴れる犯罪者を生業するには、どうしたら良い?』
という問題の解決策として、会長としてフォックス連合を結成。
犯罪者を力で抑え込む事を選択したのだろう。
しかし妖狐の悪辣さは、想定以上だったため、結局クーデター発生。
妖狐達はフォックス連合の会長の座を奪う為、本部に攻め入ってきた。
まあラスプーチンが圧倒的な力で妖狐達を返り討ちにはしたが。
『誰も守ってくれない人達を、どう守るか』
という問題は残ったまま。
「どうしたモンかな? ラスプーチンの話を聞いてみると、確かにラスプーチンなりに頑張ったと思うんだよな」
和斗の呟きを聞きつけて、リムリアが尋ねる。
「じゃあカズト。ラスプーチンを殺して経験値にしない、ってコト?」
「だって、どうやら悪いヤツじゃなさそうだし」
「確かにそんな感じだね。戦ってる時も殺気は放ってなかったし」
どうやらリムリアも気付いていたらしく、穏やかな笑みを浮かべた。
「じゃあ殺して経験値を稼ぐのは諦めて、帰ろっか。コイツなら凄い経験値を稼げそうだったけど」
少し残念そうにしながらも、リムリアはマローダー改に乗り込もうとするが。
「まあ、そんなに急いで帰らなくてもイイじゃありませんか」
そこにラスプーチンが話しかけてきた。
「色々と迷惑をかけた事ですし、食事でもどうですか? 最高の料理でもてなしますよ」
最高の料理。
この一言でリムリアが目を輝かせる。
「カズト! この国の最高の料理だって!」
これは止められない。
和斗はそう悟ると、ラスプーチンの視線を向けた。
「じゃあご馳走になろうかな」
この言葉にラスプーチンが満面の笑みを浮かべる。
「はい。ぜひともユックリしていって下さい。私の主も直ぐにやって来ると思いますので」
「主?」
聞き返すリムリアにラスプーチンがウインクする。
「はい。厄介なヤツですが、お付き合いください」
「ヤツ?」
リムリアは、主を『ヤツ』呼ばわりするラスプーチンに疑惑の目を向けるが。
「ま、何があっても本気出したらイイか」
そう口にすると和斗に笑顔を向けた。
「だよね、カズト?」
「そうだな。罠なら食い破ればイイだけだし」
「そっちの方がイイかも。経験値が稼げるし」
ニィッと笑うリムリアにラスプーチンが苦笑する。
「全力で戦って、アッサリ負けたのです。今更、そんなみっともない真似をする気などありませんよ」
そう言いつつ、ラスプーチンはフォックス連合の本部に目をやる。
「では転移の魔法でフォックス連合本部へとご案内したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「マローダー改も転移してくれるならイイよ」
リムリアが即答すると。
「では」
ラスプーチンはそう口にして、転移魔法を発動させた。
のだが。
「おや? 発動しない? いえ、そのマローダー改というモノが重過ぎて転移出来ないようですね。驚きました。私の魔力でも転移できないなんて、見た目通りのモノでは無いみたいですね」
ラスプーチンはマローダー改に目をやって、顔を曇らせた。
「しかし困りました。これでは招待に応じてもらえませんね」
「いや、そんな事はない」
和斗はラスプーチンにそう答えると。
「全員、マローダー改に乗ってくれ」
リムリア、奈津、花奈、ラスプーチンをマローダー改に乗車させ。
「ポジショニング」
一瞬でフォックス連合の本部建物の前に移動した。
「ここが本部か」
和斗は改めてフォックス連合本部を見上げる。
外見は巨大な要塞にしか見えない。
質実剛健。
戦う為だけに建築された建造物のようだが。
「どうぞ、中へ」
ラスプーチンの案内で中に入ってみると、そこは。
「うわ! 宮殿並み、ううん、それ以上だね」
リムリアが声を上げたように、宮殿以上に豪華なエントランスだった。
「凄いわねえ」
「こんなに豪華な建物、初めて見ました」
奈津と花奈も目を丸くしている。
が、そのエントランスの真ん中では
「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」
1人の老人が土下座していた。
「ナニあれ?」
そっけないリムリアの質問に、ラスプーチンが事も無げに答える。
「ああ、この星を担当する破壊神です」
「ふぅん、破壊神ね。って破壊神!?」
ブンと振り向くリムリアに、ラスプーチンが楽し気に答える。
「う~~ん、イイ反応してくれますねぇ。嬉しくなってしまいます」
「そんなコトどーでもいいから、さっさと説明する!」
詰め寄るリムリアにラスプーチンが説明を始める。
「破壊神とは、星がどうしようもないくらい荒廃した時、その星を破壊する役目を持ちます。もう1度、最初から星を作り直す為に。でも星を破壊したい破壊神などいません。だから星を破壊する事態にならない様に、色々と手を打ちます。その1つが私のフォックス連合だったのです」
そしてラスプーチンは破壊神に視線を向けた。
「で、如何したのです、我が主?」
「如何したも、こうしたもあるか! その方は、儂よりも遥かに格上の力を持つ破壊神じゃぞ!」
「そうでしょうね。このカズトさんからは、本気を出したら銀河ごと消し飛ばされそうな力を感じましたから」
「そんな相手にケンカを売るとは、どういう了見じゃ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ破壊神に、ラスプーチンが平然と答える。
「いえ、どうやらカズトさんは、新しく習得した技術を実戦で試したいと思っている様でしたので、場所を提供しただけです。ついでに私もちょっと楽しませて頂きましたが」
「カズトさん!? せめて『様』くらい付けんかぁぁぁぁぁ!」
「食堂はこちらです」
ラスプーチンは、絶叫する破壊神を無視すると、すたすたと歩き出す。
「え~~と、イイの?」
さすがに気になったのか、リムリアがラスプーチンに小声で質問する。
「ラスプーチンの主なんでしょ?」
「良いのです。自分では何のアイデアも出さないクセに『何とかしろ』としか言わない無能ですから」
「うわ~~、言い切っちゃったよ」
呆れた声を漏らすリムリアを、ラスプーチンは大きな扉の舞に案内した。
「ま、そんなコトより、この世界でも選りすぐりの料理を用意させました。楽しんでいただければ幸いです」
そう口にしたラスプーチンが、大扉を開け放つと。
そこにはラスプーチンの言葉通り、目を見張るような料理が並んでいた。
どうやらバイキング形式らしい。
好きな料理を自分で皿に盛り、テーブルに座って食べるようだ。
「来賓用の特別室です。さあ、どうぞご賞味下さい」
「うん!」
ラスプーチンの言葉と同時に、リムリアが料理に突進する。
それに奈津と花奈も続き。
「そんなに急がなくても」
苦笑いを浮かべながら和斗も料理に手を伸ば……そうとして。
「その前に、話を聞こうか」
和斗はラスプーチンに向き直った。
「何か頼みがあるんだろ?」
「バレましたか」
ラスプーチンは屈託のない笑みを浮かべると。
「まあ、それはそれとして。世界でも選りすぐりの料理と言ったのは本当のことですので、食べながら話しませんか?」
和斗をテーブル誘った。
「じゃあ遠慮なく。って、こりゃあホントに美味いな」
和斗は料理を口に運んで驚く。
日本でも食べた事のある料理を選んだのだが、品質が違う。
美味さの絶対量が圧倒的に上の料理だった。
そして和斗は料理の皿を空にすると。
「そろそろ話を聞こうか。俺に何をしてほしいんだ?」
2皿目に手を伸ばしながらラスプーチンに視線を向けた。
「いえいえ、そんなに難しい話しではありません。カズトさんには今まで通りに旅をしていただきたいのです」
「今まで通り、とは?」
和斗の問いにラスプーチンがほほ笑む。
「東の島国やトンペペストクの街でやったように、理不尽な暴力を叩きのめし、善良な人々の力になって欲しいのです」
「俺の目的はノンビリ旅をすることなんだけどな」
ふう、と息を吐く和斗に、ラスプーチンが真剣な目を向ける。
「でも和斗さんは、善良な人々が虐げられるのを目にしたら知らない顔など出来ませんよね? 善良な人々が虐げられていたら手助けしたい、と思いますよね。そんな和斗さんのまま、この国を旅してもらいたいのです」
「つまり困ってる人を助けろ、ってコトか?」
「助けろ、とは言いません。でもカズトさんが好きなように旅をしたら、結果的にそうなるかもしれないな、という程度です」
「ふん。で、俺がそうするとして、オマエに何かメリットはあるのか?」
和斗の質問にラスプーチンが真摯に答える。
「破壊神はあんなザマですが、私もこの星が破壊されることを望んでません。だから破壊を間逃れる為に出来る事は何でもやりたいと思ってます。宗教を創始して信仰心によって星の荒廃を防ぐ。心清きものを勇者に仕立て上げて救国の英雄として王位に就かせる、犯罪組織をまとめ上げて力で押さえつける、などなど。でもどれも大成功というには程遠い状態です」
ラスプーチンは、そこで大きく息を吸うと和斗を見つめた。
「でも私は諦めません。諦めたくありません。少しでも破壊の運命からこの星を遠ざける手段があるなら、どんな事でも行います。カズトさんは、その可能性の1つです。少しでもこの星が良くなるればイイな。その程度ですので気軽に引き受けてもらえませんか?」
和斗はラスプーチンの目を見つめると、深いため息をついた。
「はあ。断ったら、沢山の困った人々を見捨てる事になるんだよな?」
「はい」
和斗の質問にラスプーチンが楽しげな眼で、簡潔に答えた。
「俺はこの国の救世主になる気はない。視界に入った人々を助けるだけ。それでいいなら、その話、引き受けてもイイが」
「いいが?」
和斗の言葉を、そのまま問い返すラスプーチンに和斗は条件を出す。
「この料理は気に入った。俺は瞬間移動できるから、また食べたくなったら食いに来る。それが条件でイイか?」
「その程度で良いなら喜んで」
「ついでに旅の便宜も図ってくれ。この国の事、俺達は何もしらないから」
「優秀な案内人を用意しますよ」
「なら決まった」
そう答えた和斗にラスプーチンが深々と頭を下げる。
「ではその手で救えるだけで構いませんから、善良な人々を救ってください」
こうして和斗は。
チャナビエトの国を旅する事になったのだった。
予告。
やっとノンビリ異世界旅行と思ったら、神としての修業(?)を押し付けられる和斗。
そしてマローダー改の無双再び。
という展開の予定です。
ですが、新しい小説を投稿すてみたくなったので、新展開は少し遅れてしまいます。
すみません。
2023 オオネ サクヤⒸ




