第二百十話 楽しかったですねぇ
ラスプーチンが放った攻撃魔法=核爆発。
爆発によって発生した熱が全てを焼き尽くし。
つぎに発生する衝撃波が、あらゆる物を瓦礫に変えていく。
この核爆発の魔法には、魔力切りは役に立たないだろう。
確かに爆発のきっかけは、魔法だったかもしれない。
しかし核爆発自体は物理現象なのだ。
でも、熱と衝撃波なら風切りで打ち消せる。
さきほどの5グラムの核爆発は、風切りで簡単に打ち消せたのだから。
しかし、今回の爆発は30000グラムの質量が引き起こすもの。
広島に投下された原爆の3万倍の破壊力を、風切りで打ち消せるだろうか?
全力で風切りを放ったら、切り裂けるかもしれない。
だがこの核爆発という魔法はラスプーチンの切り札らしい。
なら万斬猛進流の奥義の1つを試してみよう。
和斗はそう決断すると。
「千手観音斬!」
1000の斬撃を同時に放った。
1本の刀で1000の斬撃を全く同時に放つ。
それは人間では不可能な事。
それを可能とするのは神の力だ。
ところで神、この場合『仏』には4つの階級が存在する。
1番下の階級は『天』。
帝釈天、毘沙門天、韋駄天、弁天などの天だ。
その上が『王』。
不動明王、閻魔大王など。
『王』の上が菩薩。
観音菩薩、地蔵菩薩、文殊菩薩、そして千手観音菩薩などの菩薩だ。
ちなみに『菩薩』の上、つまり最上級の階位は『如来』
阿弥陀如来、薬師如来、大日如来の如来だ。
話を戻そう。
つまり千手観音斬とは。
万斬猛進流の創始者=不動明王より格上の仏の力を行使する剣技。
仏の格から考えると、万斬猛進流最上級の斬撃といえる。
その万斬猛進流の奥義は、全方向から核爆発に斬撃を叩き込み。
発生した灼熱を切り裂き、衝撃波を切り裂いた。
熱が周囲を蒸発させ、衝撃波が全てを瓦礫に変える前に。
そして千手観音斬は核爆発そのものも切り裂き。
まるで核爆発など無かったような静けさが場を支配した。
その静寂の中。
「核爆発を斬ったというのですか……爆発事態を斬って、破壊力そのものを無効化したというのですか……有り得ない……」
ラスプーチンが茫然自失状態でブツブツと呟く。
「広域真空魔法を斬り、レールガンを斬り、重力を斬り、レーザーを斬り、メテオを斬り、轟雷嵐を斬り、核爆発すら斬るですって……それは人間の、いえ生物が操れる技では無いでしょう……」
そしてラスプーチンはカッと目を見開く。
「千手観音斬……仏の力を行使する剣技ですね? ならば私も神の力を解放しましょう。コレを使う気はなかったのですが、こうなったら仕方ありません。邪神の力に染まりし剣よ! その姿を現しなさい!」
その叫び声を共に、1本の剣が出現した。
刀身の長さは80センチほど。
ヌラリと不気味な光を放つ、細身の剣だ。
「異世界の神の剣で、元の世界ではカラドボルグを飛ばれていた剣です。その神剣に邪神の力をタップリと吸収させたのが、この剣です。神剣カラドボルグから邪神剣カラドボルグに生まれ変わったと言っても良いでしょう」
ラスプーチンは、そう口にすると。
「私では制御が難しい程の力を蓄えてしまったので、異空間に収納していたのですが、もうそんな事を言っている場合じゃありませんね。邪神剣カラドボルグの力で貴方を倒してみせましょう」
カラドボルグを手に取ってヒョイヒョイと振るった。
それだけで。
ピシィ。
周囲を取り囲んでいる鉄の壁がバラバラに切断され。
ゴカカカカカカカァン!!!
大音響と共に落下した。
カラドボルグ。
その刀身は虹の端から端まで伸び、3つの丘を切断したと伝説にある。
だが今の斬撃の威力は、そんなものではなかった。
高さ500メートル、厚さ100メートルの鉄の壁を易々と切り裂く。
伝説を遥かに超える破壊力だ。
しかしカラドボルグを握る、ラスプーチンの手が徐々に黒く染まっていく。
これが、先程ラスプーチンが口にした
『私では制御が難しい』という言葉の意味なのだろう。
ラスプーチンは、徐々にカラドボルグに浸食されていく手を眺めながら。
「このままだと10分ほどで邪神の力は私の脳に達し、私を支配するでしょう。私も邪神の力に支配されるのは嫌ですから、それまでに勝負をつけましょう」
そう口にすると。
「はっ!」
和斗に向かってカラドボルグを振り下ろした。
現在のラスプーチンと和斗との距離は2キロほど。
普通なら剣が届く距離ではない。
だがカラドボルグは刀身が伸びる剣。
しかも邪神剣をなって性能が格段に上がっている。
だからカラドボルグの斬撃は、和斗を真上から襲い。
ガッキィン!!!
和斗の刀と打ち合って、派手に火花を散らせた。
「おや? カラドボルグの1撃に耐えるなんて驚きました。今の1撃で刀ごと一刀両断するつもりでしたのに」
ラスプーチンが、丸くした目を和斗の刀に向ける。
「貴方と同じく、とんでもない刀ですね。いえ、貴方が持つ刀が、普通の刀である筈がありませんでしたね」
笑みを浮かべるラスプーチンに、和斗もニヤリと笑い返す。
「お前のカラドボルグが神の剣を更に強化したモノなら、俺の刀は敵を甲冑ごと斬り倒す為に造られた同田貫を10億倍に強化したモノだ。簡単に一刀両断できると思ったら大間違いだ」
そして今度は、和斗が攻撃する。
「飛刃剣!」
飛ばしたのは、たった1つのカマイタチ。
しかし和斗が放てる最高の飛刃剣だ。
……だったのだが。
バチィッ!
カマイタチはカラドボルグの刀身に激突すると同時に砕け散ってしまった。
「ふん。頑丈な剣だな」
鼻を鳴らす和斗に、ラスプーチンはほほ笑むと。
「邪神界の力で、神剣を更に強化した邪神剣です。簡単に切断できると思ったら大間違いですよ」
和斗の言葉をそのまま返した。
が、ラスプーチンの腕は、手首まで黒く染まっている。
さきほどラスプーチンが口にしたように。
10分後には、ラスプーチンの頭に達するだろう。
いやもう2分が経過した。
ラスプーチンに残された時間は8分ほどしかない。
だからラスプーチンは。
「このままチマチマ戦っても仕方ありません。今から私は最強の斬撃を繰り出しますから、貴方も最強の斬撃を繰り出していただけませんか?」
和斗にそう提案した。
戦いを長引かせたら、ラスプーチンは自滅する。
戦略的には、それもアリかもしれない。
しかし和斗は今、万斬猛進流の侍として戦っているつもりだ。
その誇りにかけて、相手の全力には全力で答える以外に選択肢はない。
だから和斗は。
「いいだろう。森羅万象斬を試させてもらおう」
ラスプーチンに、そう告げた。
森羅万象斬。
あらゆるものを斬り捨てる、万斬猛進流の究極奥義だ。
しかし、今まで繰り出した事はない。
使う必要は無かった事が、理由の1つ。
そして成功するかどうか分からない。
これがもう1つの理由だ。
万斬猛進流は奧伝まで極めた。
しかし森羅万象斬は別格の技。
そう簡単に習得できるものでは無い。
「森羅万象斬を放つのに、何かが足りないような気がしてたんだよな。でもこの戦いで、その何かをつかめたような気がする。やっぱり修行で振るう剣と、実戦で振るう剣では蓄積する経験値が違うのかもな」
今までの修行でも、何かが足りないという思いが消えなかった。
しかしラスプーチンとの戦いで様々な技を繰り出した。
稽古と違い、実戦の緊張感の中で多くの技を繰り出す。
その体験が万斬猛進流を1段進化させてくれたみたいだ。
スキル自主規制で力を封印して稽古に励んできた。
力ずくの攻撃ではなく、技術に裏打ちされた技を身に付ける為に。
そして森羅万象斬を習得した時。
万斬猛進流の修行は終わりを迎える。
もちろん武道の修行に終わりなど無い。
それでも1つの区切りになるだろう。
「最初は面白半分だったんだよな。ゲームの新スキルを入手する。その程度の軽い気持ちで万斬猛進流の修行を始めたんだ。でもリムや雷心さんや奈津や花奈と一緒に稽古して、努力して強くなっていく楽しさや充実感を思い出してしまったんだよな。だから、その楽しかった修行の集大成として……森羅万象斬を成功させる」
成功の手ごたえは十分に感じている。
後は実際に森羅万象斬を放つだけだ。
和斗はそう心を定め、刀を構えた。
そんな和斗にラスプーチンは。
「カラドボルグが元々持っていた神の力に邪神の力を濃縮して纏わせました。邪神の力があまりにも強力すぎる為カラドボルグに定着させる事が出来ず、手にした者を侵食してしまうじゃけんとなってしまいました。しかしだからこそ邪神剣カラドボルグの力は絶大です」
そう口にするとカラドボルグを構える。
「この1撃に全てを乗せます。これが本当に最後の攻撃です」
ラスプーチンが気を高めると同時に和斗の体から剣気が立ち昇る。
今の和斗のステータスは、スキル自主規制で人間並みになっている。
それでも剣気の濃度と鋭さは不動明王に迫るものだった。
いや超えているかも。
「本当に規格外の存在ですね。今更ですが、本当に恐ろしい人ですね」
つう、と一筋の汗が頬を伝うラスプーチンに、和斗は返す。
「そうか? 俺は楽しくてしょうがないけどな。万斬猛進流の技を思いっきり振るえて」
獰猛な笑みを浮かべる和斗にラスプーチンが溜め息をつく。
「はぁ。こんな戦闘狂に戦いを挑んだこと、すこし後悔しますね」
が、すぐにラスプーチンも笑みを浮かべる。
「ですが全力を出し切る事が楽しい、という感覚なら良く分かります。私も初めて全力を出し切る事が出来ました。実に充実したひと時でした。なら! 最後の勝負に勝って、最高の終わり方をさせてもらいますよ!」
ラスプーチンは吹っ切れた表情になると、カラドボルグを大きく振り上げた。
「魔力で私の体を限界まで強化しました。そしてカラドボルグにも限界まで魔力を込めました。これこそ私が繰り出せる、最強の1撃です。行きますよ!」
声を張り上げたラスプーチンに、和斗も吠える。
「こい!!」
その瞬間。
「カラドボルグよ、その全ての力を見せなさい!」
ラスプーチンが己の全てを込めたカラドボルグを振り下ろした。
と同時に。
「縮地! 森羅万象斬!」
和斗は縮地で2キロの距離をゼロにし、森羅万象斬を放つ。
今まで森羅万象斬の稽古は何度も行ってきた。
しかし何かがズレて、森羅万象斬にはならなかった。
そのズレが今、カチリと正しい位置にはまった。
和斗は、そんな感覚を味わい、そして刀を振り切り。
クルクルクルクルクルクル。
根本から切断されたカラドボルグの刀身が宙を舞った。
それを目にしてラスプーチンが呟く。
「音がしなかった……余りにも綺麗にカラドボルグを切断したから、刀身と刀身がぶつかり合う音がしなかったという事ですか。何という剣の冴え……何という凄まじい技なのでしょう……」
その言葉と同時に。
ボワァァ。
ラスプーチンを覆っていた黒いモノが空気に溶け込むように消えていく。
そして黒いモノが、完全に消滅したのを見届けると。
「そうですか。邪神の力をも切り裂いたのですね」
ラスプーチンは、元通りになった腕に視線を向け大きく息を吐いた。
そして刀身を失ったカラドボルグを見つめると。
「私の負けですね」
ラスプーチンは、今までで1番の笑顔を浮かべた。
そしてラスプーチンは。
「楽しかったですねぇ」
そう口にすると、和斗に向かって両手を広げた。
まるで死を受け入れるように。
いや、自分を殺せ、と言っているのだろう。
しかし和斗にその気はない。
ラスプーチンから全く殺気を感じなかったのが1つめの理由。
互いに戦いを楽しんだ事を肌で感じたのが2つ目の理由。
そして個人的には、ラスプーチンに何の恨みもない事が3つ目の理由だ。
だから和斗は。
「俺にお前を斬る理由はない。戦いを止める、とお前が言うのなら、戦いはこれで終わりだ」
そう口にすると、カチンと刀を鞘に収めたのだった。
ご感想、ありがとうございます。
うまく返信できませんが、全て拝見させていただいております。
2023 オオネ サクヤⒸ




