第二百五話 マジかよ……
リムリアが、砂煙に包まれると同時に苦しみだした妖狐達を見て。
「どしたのかな?」
首を傾げた。
「転送された壺が落下して割れて、砂をまき散らしただけだよね? その只の砂煙に包まれただけだよね? ナンでチェンシェンコ一家は苦しんでの?」
などとリムリアが口にしている間に。
「あ。倒れて動かなくなった。ひょっとして死んじゃった? ナンで? 砂煙に包まれただけなのに?」
この疑問に和斗が答える
「たぶんだけど、あの壺を焼いてたからだろうな」
「壺って、粘土を焼いて作るモンじゃないの?」
リムリアの反応に苦笑しながら和斗は説明を始める。
「そういう意味じゃなくて、さっきの壺は息を吹きかければ舞い上がるくらい細かな砂を詰めてから、真っ赤になるまで焼いたモノだと思う。そこまで熱したら中に詰めた砂は、触れたら皮膚が焼けるくらいの高温になる。その灼熱の砂が、壺が割れると同時に舞い上がる。そして、その砂を吸い込んだ妖狐達は、肺を焼かれて死んだんだと思う」
「うわ~~、苦しそうな死に方だね。あ、でも『大人しくチェンシェンコを差し出してフォックス連合会長の座を渡せば、チェンシェンコ以外の者には危害を加えない事を約束する』なんて言ってたクセに、そんな兵器を用意してたって事は、約束守る気なんか最初から無いってコトだよね」
顔をしかめるリムリアに奈津と花奈が頷く。
「そうね、清々しい程クズね」
「私達を平気で裏切り、今度も約束を守る気さえない。やはり皆殺しにすべき生き物共です」
武士に二言はない。
侍は二君に仕えず。
武士道とは死ぬ事と見つけたり。
などといった侍としての生き方に、奈津と花奈は誇りを持っている。
そんな2人にとってイミョシェンコの皇后は許しがたいものだった。
もちろん和斗も同感だ。
約束を守る。
そんな最低限のルールさえ守れないヤツに生きる資格は無い。
空気を吸わせる事すら、もったいない。
ましてやこんなヤツらが飲み食いするなど食料と水の無駄使いだ。
この戦いでイミョシェンコが勝利したら、その瞬間。
万斬猛進流の技で切り刻んでやる!
などと和斗が密かに決意をしていると。
「よし、チェンシェンコ一家は片付いた! 残る敵は、本部に常駐している数十匹だけだ! 全員、下がれ!」
イミョシェンコが叫び、妖狐達が20キロほども後退する。
それを見たリムリアが。
「あれ? ココは一気に攻め込むトコだと思ったけど、どしたんだろ?」
不思議そうな声を上げるが、その疑問は直ぐに解消する。
「魔力消失結界、解除! 作戦通り、ありったけの魔石を使ってゴーレムを作成しろ!」
イミョシェンコの命令が響き渡ると同時に。
ボコボコボコボコ!
地を埋め尽くすほどのゴーレムが地面からわき出した。
凄い数だ。
数百万、いや1千万体以上いるかもしれない。
殆どがサンドゴーレムにロックゴーレムにアイアンゴーレム。
2メートルから50メートルくらいのゴーレムが多いが。
フォックス連合本部に直接攻撃が届くサイズだ。
100メートル級ゴーレムが1000体ほど。
200メートル級が300体ほど。
300メートル級が50体いた。
他にもミスリルゴーレムとアダマンが見える。
しかし、その数は少ない。
ミスリルゴーレムが100体ほど。
大きさは3メートルから20メートルくらいだ。
大きさを犠牲にして高性能のゴーレムを生み出したのだろう。
アダマンゴーレムに至っては6体しか確認できない。
大きさも10メートルほどだ。
フォックス連合本部を中心とした直径40キロを埋め尽くすゴーレム。
普通なら、いくら魔力があっても不可能な事だ。
が、イミョシェンコが叫んだように大量の魔石によって可能にしたらしい。
この事からも、最初から皆殺しにする気だった事が分かる。
この津波のようなゴーレムの大群を眺めながら。
「なるほどね」
リムリアがフンと鼻を鳴らす。
「チェンシェンコ一家が全滅した以上、フォックス連合本部の生き残りは数十匹しかいない。魔導兵器はまだ残ってるんだろうけど、いくら数が多くても、操れるのは生き残った妖狐の数だけ。その程度の魔法攻撃なんか気にするほどじゃないから魔力消失結界を解除して1千万を超えるゴーレムを作成。数の暴力で一気に攻め滅ぼすつもりなんだ」
リムリアの呟きに、奈津もフンと鼻を鳴らす。
「合理的といえば合理的ね。自軍に1匹の被害も出さずに勝つ戦法だもの」
「でも美しくないです。信念も誇りもない。ただ狡賢いだけ。」
嫌悪を含んだ言葉を口にする花奈に奈津が頷く。
「私もそう思うわ。敵をなぶり殺しにする戦法なんて。残酷で残虐で残忍で狡猾で卑怯で情け容赦無い騙し討ち。見るに堪えないほど醜い戦い方だわ」
奈津がそう吐き捨てた時だった。
「ゴーレムを進軍させろ!!」
イミョシェンコが叫び、ゴーレムの大群が動き出した。
が、最初の1歩を踏み出したところで。
「そうはさせない」
落ち着いた、静かな声が響き渡った。
大きな声ではない。
なのに不思議な事に、この変えはこの場にいる全員の耳に響いた。
イミョシェンコ達だけではなく、和斗達の耳にも。
そして。
「防御力強化」
再び落ち着いた、静かな声が響き。
キュイン。
フォックス連合本部が、まばゆい光を放った。
「これで、その程度のゴーレムではフォックス連合本部を壊す事は出来ませんよ」
またしても静かな声が響き渡った直後。
「レールガン」
落ち着いた、静かな声がそう告げ。
ドッカァァン!
ゴーレムの群れが50メートルに渡って、一直線に打ち砕かれた。
その破壊の起点は。
フォックス連合本部へと続く、狭い道の入り口に立ち塞がる1人の男だった。
年齢は不明。
20代と言われても40代と言われても不思議ではない。
身長は180センチくらいで、ホッソリとした体つきをしている。
先程の攻撃魔法から判断して、凄い攻撃魔法の使い手なのだろう。
が、その肉体からは強靭な空気を感じる。
きっと肉弾戦でも高い戦闘力を発揮するに違いない。
その男が落ち着いた、静かな声で語る。
「フォックス連合の会長を譲り渡せですって? 不出来な冗談ですが……まあいいでしょう、その茶番に付き合ってあげます」
「ダレ?」
男の言葉に、思わずそう呟いたリムリアに。
「おお、これは紹介が遅れました。私の名はラスプーチン。フォックス連合の会長を務めております」
ラスプーチンは、そう口にした。
「え? ボクの声、聞こえてるの?」
目を丸くするリムリアにラスプーチンがほほ笑む。
「もちろん聞こえてますよ。おっと、話は後程」
そこでラスプーチンは前進を続けるゴーレムの群れに目を向けると。
「レールガン」
またしても攻撃魔法を放ち。
ドカァァァァッ!
今度は100メートルに渡ってゴーレムを打ち砕いた。
「変わった魔法だね」
このリムリアの呟きに、ラスプーチンが説明を口にする。
「土魔法と雷魔法と冷魔法を組み合わせた複合攻撃魔法です。土魔法で強化した弾丸を音速の8倍の速度で発射する。威力は込めた魔力により変わりますが、即時発動なら、まあこの程度の威力です」
「説明ありがと。でもイイの? 呑気に説明なんかしてて」
「はい。この程度の妖狐なんか余裕ですので」
ラスプーチンはそう言うと、再びレールガンを発射。
今度は50メートル級ゴーレムを撃ち砕いた。
しかし、それを目にしてもイミョシェンコは顔色一つ変えない。
「何体ゴーレムを失っても気にするな! たった1人で、この数のゴーレムは破壊できない! 何度でもゴーレムで攻撃しろ! 攻撃の手を休めるな!」
この命令通り、妖狐達はゴーレムを前進させる。
そのゴーレムの津波に、ラスプーチンは。
「ふむ。数が多過ぎるな。ならこちらも手数を増やしますか」
そう呟くと左手をゴーレムに向けて、攻撃魔法の名を口にする。
「ファイヤーバルカン」
それと同時に。
ボパパパパパパパパパパパパパパパパ!
ラスプーチンの左手から物凄い数の、炎の弾丸を発射した。
弾丸の発射速度は毎分6000発。
まさにバルカン砲だ。
その夥しい数の炎の弾丸はゴーレムを穴だらけにしていく。
ストーンゴーレムの石の体を簡単に撃ち抜いている事から考えて。
石を一瞬で溶かす程の、とんでもなく高温の弾丸なのだろう。
だが命無きゴーレムは恐れない。
周囲で何体もゴーレムが破壊されようと前進し続ける。
どんなにダメージを追っても黙々と前進を続けるゴーレムの大群。
普通なら心が折れてしまう光景だ。
しかしラスプーチンは顔色一つ変えない。
「なら、そのゴーレムの津波を正面から止めてみせましょう。ふむ、何の魔法が良いかな……よし、これにしますか。ストーンバルカン」
再び左手から毎分6000発の速度で弾丸が撃ち出した。
もちろん今回発射したのは炎の弾丸ではない。
ストーンバルカンの言葉通り、岩の弾丸……ではない。
土の魔法で作り上げた、鉄の弾丸だ。
弾丸の重さは30キロ。
5メートル級ゴーレム程度なら1発で。
50メートル級ゴーレムも数発で撃ち砕く。
そして100メートル級ゴーレムですら100発ほどで砕け散っていく。
100発と言えば凄い数に思えるが。
ストーンバルカンなら、たった1秒で発射出来る数でしかない。
だが、ラスプーチンの攻撃は、これで終わりではなかった。
左手でストーンバルカンを撃ちまくりながら。
「レーザーバルカン」
右手からレーザーを毎分6000発の速度で発射した。
「このレーザーの焦点温度は5万度。さっきのファイヤーバルカンとは、桁違いの威力ですよ」
ストーンバルカンの重量級の弾丸がゴーレムを吹き飛ばし、打ち砕き。
レーザーバルカンのレーザーが、光の槍となってゴーレムを撃ち抜いていく。
両方合わせて毎分1200発の攻撃がゴーレムを寄せ付けない。
そんな状況の中、イミョシェンコが口の端を釣り上げる。
「ストーンバルカンとレーザーバルカンかぁ。凄まじい威力じゃねぇか、さすがフォックス連合の会長ってトコだな。でもよう、これならどうする?」
イミョシェンコはそう呟くと。
「キバハアリはまだ残ってるよな!? 残ったキバハアリ全部を、ヤツの真上に転送しろ!」
転送部隊に、そう命令した。
その命令は実行に移され。
ドパ。
ラスプーチンの頭上に2百万匹のキバハアリが出現した。
「どうだ! とんでもない連射力の魔法だが、この数を全て撃ち落とす事は不可能だろ!? アリに噛まれて刺されてのた打ち回りやがれ!」
キバハアリでラスプーチンを倒すつもりのイミョシェンコだったが。
「バキューム」
ラスプーチンがそう口にした瞬間。
ポロポロポロポロポロポロポロポロ。
キバハアリは地面に落下した。
かなりの数がラスプーチンにぶつかっていたのは間違いない。
なのにキバハアリはラスプーチンに襲い掛かる事なくコン、と跳ね返り。
地面に転がったまま、動く気配が無い。
「どうなってやがるんだァ!? 何であの狂暴なキバハアリが、ラスプーチンに襲い掛からないんだよォ!」
絶叫するイミョシェンコに、ラスプーチンが笑みを浮かべる。
「私の周囲を真空にしたからです」
「真空!? アリを窒息死させたのか!?」
驚くイミョシェンコに、ラスプーチンが首を横に振る。
「いいえ。まあ窒息もあるかもしれませんが、真空にすると気温が急激に下がるんです。マイナス100度以下までに、ね。つまりこのアリ達は、超低温によって瞬間凍結されて凍死したのです」
ラスプーチンの説明に、イミョシェンコは真っ青になる。
どのくらいの範囲を真空に出来るか分からない。
しかしキバハアリを散布した範囲は直径100メートルを超えていた筈。
もしもラスプーチンがイミョシェンコの周囲100メートルを真空にしたら。
その瞬間、呼吸が不可能となる。
上位の妖狐ならマイナス100度でも生き残れるだろう。
しかし息をしないで生きていられる生物など存在しない。
もちろん妖狐も。
つまりラスプーチンの真空魔法の前では、生き残る手段は無い。
「マジかよ……」
イミョシェンコはギリッと牙を噛み鳴らしたのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ




