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   第二百四話  見物しないか?






 チン。


 微かに刀を鞘に納める音が響き。


 パリィン!


 和斗達を拘束していた時間停止の魔法陣が綺麗に砕け散った。


「ふん。この程度の魔法で、ボク達を閉じ込められるワケないのにね」


 そう呟いたリムリアの目が鋭くなる。


「でもイミョシェンコのヤツ最初からボク達を騙す気だったなんて腹立つ~~。しかも全部の妖狐がボク等を騙してたなんて!」


 リムリアはそう叫ぶと、和斗の手をグイっと掴む。


「ねえカズト! あのクソ妖狐、皆殺しにしよ! 生かしておいても絶対にロクなコトしなから!」


 そんなリムリアと一緒になって、奈津と花奈も怒りの滲んだ声を上げる。


「そうですね。平気で恩を仇で返す生き物など生きている価値がないわ」

「卑屈で卑怯で狡賢くて平気で噓をつく。道徳心の無い生物なんて百害あって一利なし。殲滅するべきです」


 そう言いながら刀を抜く奈津と花奈に。


「ちょっと待った」


 和斗は苦笑すながら提案する。


「とにかくフォックス連合との戦いを見物しないか? イミョシェンコは自信満々だったけど、イミョシェンコ達の方が返り討ちになるかもしれないし」

「う~~ん、まあカズトがそう言うなら、ボクはそれでイイかな」


 リムリアが難しい顔で、そう答えると。


「カズトさんがそう言うなら、それでイイわ」

「異議なし」


 奈津と花奈は、アッサリと刀を鞘に収めた。

 そんな3人に和斗は。


「ポジショニング」


 マローダー改を呼び寄せて全員で乗り込むと。


「よし。じゃあ戦見物だ」


 フォックス連合本部を見下ろせる山に陣取り。


「さてと。犯罪者同士の戦い、いやこの世界での戦いってどんなモンなのか見せてもらおうかな」


 和斗は改めてフォックス連合本部を観察する。

 岩山の上に築かれた堅牢な要塞。

 それがフォックス連合の本部だった。

 大きさは東京ドーム3つ分くらい。


 よくこんなにデカいモンを岩山の上に造ったもんだと感心する。

 切り立った岩山の高さは200メートルほど。

 2人並べる程度の幅しかない道が岩肌に刻まれている。

 岩山の上に築かれた城壁の厚さは5メートル。

 その城壁の上に整列しているのがチェンシェンコ一家なのだろう。


 妖狐の姿ではなく人間の姿なのは、何か理由があるのだろうか。

 そしてフォックス連合本部を取り囲んでいるのがイミョシェンコ達。

 本部から500メートルほど離れた位置に陣取っている。

 と、そこでイミョンシェンコが。


「フォックス連合本部に要求する! チェンシェンコを我々に引き渡し、フォックス連合会長の座をこの私、ラシャダッキ一家総長イミョシェンコに譲り渡せ!」


 大声を上げた。


「現在のフォックス連合本部の戦力は5千程度! 9万を超える我々と戦っても無駄死にするだけだ! 大人しくチェンシェンコを差し出し、フォックス連合会長の座を渡せ! 大人しく要求を呑めば、チェンシェンコ以外の者には危害を加えない事を約束する!」


 そしてイミョシェンコは、部下が用意したらしい椅子に座り込む。

 イミョシェンコも他の妖狐も、やはり人間の姿をしている。


 やはり何か理由があるのだろう。

 でも、どんな意味があるのか?

 と考え込む和斗の横で。


「イミョシェンコ達が9万3千5百、チェンシェンコ一家とフォックス連合が5千と少しかぁ。数じゃあイミョシェンコ達が有利だけど、フォックス連合の要塞は凄く堅牢みたいだし、どうなるのかな?」


 リムリアが呟いた。


「どちらが先に動くかな?」


 などと言いつつも、その手に握られているのはピザ。

 さっきレンチンしたばかりのシーフードピザだ。


「そうね。やっぱりヤル気満々のイミョシェンコ達かな」


 奈津がシュークリームを頬張りながら、そう予想を口にすると。


「少しでも敵の数を減らしておきたいチェンシェンコの方が先では?」


 花奈がフルーツサンドに手を伸ばしながら、そう答えた。

 もう完全に他人事。

 ピクニック状態だ。 

 それは和斗も同じ。

 ペットボトルのミルクティーを味わいながら、くつろいでいる。


 そんな和斗達が見物している中。

 先に動いたのはフォックス連合本部に立て籠もるチェンシェンコだった。


「撃ちまくれ!」


 チェンシェンコが叫び。


 ドン!  ドン!  ドン!  ドン!  ドン!

 バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!

 パシィ! パシィ! パシィ! パシィ! パシィ!

 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!


 城壁に設置された魔導砲から様々な砲弾を発射された。

 炎、冷気、雷といった魔力弾がイミョシェンコを狙って降り注ぐが。


 バチイッ!!


 その全てが弾かれる。


「ひゃははは! フォックス連合本部に魔導砲が設置されてる事くらい誰でも知ってるんだぜ!? 魔法結界を発生させる魔道具くらい、用意してるに決まってるだろ!」


 イミョンシェンコは大声であざ笑うと。


「さて、次の手だぁ!」


 そう叫び。


「やれ!」


 1匹の妖狐に合図を送った。

 フォックス連合本部を取り囲んだ魔導部隊2000匹の指揮官だ。

 その指揮官はイミョシェンコに頷くと。


「魔力消失結界、展開!」


 2000匹の妖狐と共に魔力を放った。

 そして魔力消失結界の名称通り。

 展開した結界はフォックス連合に設置された魔導砲を無力化。


 と同時に。


「チェンシェンコ総長! 攻撃魔法が使えません!」


 チェンシェンコの手下の1匹が焦った声を上げた。


「なんだとぉ!? どういう事だ!?」

「攻撃魔法を使おうとしても魔力を集める事ができないのです!」


 チェンシェンコに手下が報告したように。

 フォックス連合本部内で、いかなる魔法も使えなくした。

 その魔力消失結界を見てリムリアがフンと鼻を鳴らす。


「へえ、魔力消失結界かぁ。魔法を発動させる為に必要な魔力を集める事が出来なくなる結界だね。ボクならあんな結界なんか無いのと同じだけど、中途半端な魔法使いにとっては脅威かもね。でもあの結界が魔力を消失させるのなら、イミョシェンコ達が放つ攻撃魔法も結界範囲に侵入したら消失しちゃうと思うんだけど、どうする気なんだろ」


 などとリムリアが首を傾げていると。


「転送部隊!」


 再びイミョンシェンコが命令を下し。


「は!」


 500匹ほどの妖狐が魔法を発動させた。


「ん? 今のは転送の魔法っぽかったけど、アレっぽっちの魔力じゃ小さなモンしか転送できないと思うんだけど……何がしたかったのかな?」


 更に首を傾げるリムリアに、奈津が空を指さす。


「アレなんじゃないの?」

「アレ?」


 奈津の言葉に、リムリアは目を凝らす。

 奈津が指さしたのはフォックス連合本部の真上。

 別に何もないような気が……いや違う。

 何かモワッとしたものが本部の上空に漂っている。

 黒っぽいモヤみたいだが、これは。


「……アリ?」


 リムリアが口にしたようにアリだった。


 凄い数だ。

 数百万、いや数千万匹を超えているだろう。

 このアリの大群が転送されたのは本部上空200メートル地点。

 人減なら墜落死する高さだが、アリは空気抵抗でダメージを受けない。

 風に乗ってチェンシェンコ一家へと降り注ぐ。


「なんだ?」

「アリか?」

「何で空からアリが?」

「アリごときで騒ぐな!」


 などと騒ぐチェンシェンコ一家に、リムリアが呟く。


「たしかにアリなら幾ら数が多くても転送に必要な魔力は少ないけど、アリなんかが何の役に立つってんだろ?」


 という謎は直ぐに解けた。


「うわ!」

「ひぃ!」

「ぎゃぁあああ!」

「た、助けてくれぇ!」


 妖狐達がのた打ち回り出したからだ。


「何が起こってるの?」


 訳が分からない、という顔のリムリアに和斗が教えてやる。


「アレは多分、キバハアリの仲間だ」

「キバハアリ? なにそれ?」

「キバハアリってのは……」


 地球にも生息していたアリの仲間だ。

 キバの名の通り、長い牙=大アゴを持っている。

 そのアゴは鋸のようにギザギザしていて、この大アゴで噛み付く。

 そして噛みつきながら、何度も毒針を突き刺してくる。

 しかも刺す度に注入する毒量が増えていく。


 様々な種がいて、大きなもので体長37ミリほど。

 攻撃性が高く人を恐れない。

 そして攻撃を邪魔されると、攻撃を激化する。

 おまけに前方にジャンプして、髭手も追いかけてくるほど凶暴だ。


 最も危険なアリとしてギネス認定されている危険なアリ。

 それがキバハアリだ。


 この世界のキバハアリが、どの程度強いかは分からない。

 が、おそらく同じくらい危険な生物なのだろう。

 キバハアリに攻撃されたチェンシェンコ一家の妖狐達が。


「イテテテテテ!」

「止めてくれぇぇぇ!」

「誰か助けてくれ!」

「死ぬ、痛くて死ぬぅぅぅぅぅ!」


 のた打ち回って苦しんでいるのだから。

 そんなまともに動けなくなったチェンシェンコ一家に。


「次! 石弓部隊、撃て!」


 イミョシェンコの号令で放たれた矢が襲い掛かる。

 石弓とは巨大ボウガン。

 1キロ、いやそれ以上の遠距離から狙撃できる攻城兵器だ。


 魔力消失結界で魔法を無効化。

 キバハアリを転送して動きを止め。

 そこを石弓で狙撃する。


 これがイミョシェンコの計画だった。

 もちろん魔法を無効化しているのだから魔法による反撃は無い。

 ならば妖狐の姿に戻って肉弾戦に持ち込む、というのも1つの選択肢だ。


 しかし砦への道は狭い崖路が1つ。

 駆け上がる途中で、どんな攻撃を受けるか分からない。

 フォックス連合本部にだって、魔法を使わない武器はあるのだから。


 だからイミョシェンコは慎重に攻める事を選択したのだ。

 そしてその計画は見事に成功したようだ。

 もちろんチェンシェンコ達もキバハアリを何とかしようとするが。


「だめだ! 1匹引きはがす間に数十匹が這い上ってくる!」

「か、体が動かない? 毒針でせいか?」

「妖狐化したらイイんじゃないか!?」

「バカ、毛の隙間に潜り込まれて大変な事になるぞ!」


 全身を這いずるアリに、成す術がない。

 そしてそこに、石弓を撃ち込んでいくが、実は石弓は目くらまし。


「転送部隊! 次だ!」


 イミョシェンコは命令を下した。

 転送する場所は、先程と同じく砦の上空。

 転送するモノは2メートルもある大きな壺だ。

 中にはキメの細かい砂がぎっしりと詰まっている。


 その大きな壺は、城壁の上空に転送されると同時に落下を始める。

 もし気付かれても魔法を無効化しているので防ぎようがない。

 そしてチェンシェンコ一家がいる城壁の上に落下した壺は。


 ガッシャァン!


 派手にブチ割れ、壺の中身の細かな砂がまき散らされた。

 その砂は砂埃となって舞い上がり、一瞬でチェンシェンコ一家を包み込む。

 すると。


「ゴホォッ!」

「ガハァ!」

「ゴヒュゥゥゥ!」

「カヒィ!」


 チェンシェンコ一家は急に苦しみだした。

 喉を掻きむしる者。

 咳き込みながら、のた打ち回る者。

 口と鼻を両手で押さえて痙攣する者。

 悲鳴を上げながら地面を転がる者。

 苦しみからは様々だったが、やがて。

 チェンシェンコ一家の妖狐達は全員が動かなくなったのだった。


 総長であるチェンシェンコを含めて。









2023 オオネ サクヤⒸ

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