第二百三話 裏切り
「では全戦力を庭に整列させて下さい」
イミョシェンコが、そう指示を出した5分後。
妖狐9万3千5百匹の妖狐が、屋敷の庭に整列していた。
その妖狐達が、和斗達を目にして騒めく。
「おい、あれ人間だよな?」
「ああ、妖狐じゃない」
「何で人間がこの場にいるんだ?」
「どの一家も構成員は妖狐だけの筈だろ?」
ヒソヒソと話す妖狐達を前に、イミョシェンコが声を張り上げる。
「この方がラシャダッキに圧勝したカズト新総長だ! このカズト新総長の圧倒的な戦闘力によりラシャダッキ一家は、カンウザーク一家とフッケンポフ一家を配下に収め、そしてフォックス連合を支配する力を得た。この力でフォックス連合を支配する!」
そしてイミョシェンコは和斗達に視線を向けると。
「まずは我々が戦います。カズト新総長は、戦いを見守っていて下さい」
そう口にした。
和斗個人としては、フォックス連合に何の恨みもない。
もちろんチェンシェンコにも、フォックス連合の会長にも。
だから積極的にフォックス連合と戦いたいとは思っていない。
なのでイミョシェンコの言葉に、和斗は即座に頷く。
「分かった。みんなもそれでイイよな」
和斗の問いに、リムリアも奈津も花奈も無言で頷いた。
と、その時。
パアッ!
和斗、リムリア、奈津、花奈の足元に魔法陣が現れ。
ピシィ!
和斗達4人の動きがピタリと止まった。
まるで銅像の様にピクリとも動かなくなった和斗達を目にして。
「おい! 新総長に何をするんだ!? 瞬殺されちまうぞ!」
「イミョシェンコ。どういうつもり?」
カンウザークとフッケンポフが顔色を変えた。
が、イミョシェンコは、そんな2人には目もくれない。
「きひひひひひひひぃ!」
今までとは別人のような下品な顔で笑い声をあげた。
いや、別人みたいなのは顔だけではない。
「人間めぇ、ざまあみろぉ! 時間停止の魔法陣だぁ! これでお前らは死んだも同然! オレの企みに気付く事さえなく、永遠に止まってろぉ!」
声も喋り方までもが、下劣極まりない。
が、ラシャダッキ一家の妖狐達は驚きもしないどころか。
「やっぱりイミョシェンコの兄貴、コイツ等を騙してたんスね」
「話し方が、いつもと全く違うから、何か企んでると思ってたっス」
「でも安心しやした。本当に人間を総長にする気じゃなくて」
「やっぱ兄貴は兄貴だった」
悪人の顔で、歓声を上げていた。
「おい、まさか?」
「最初から?」
目を白黒させるカンウザークとフッケンポフに、イミョンシェンコは。
「何を驚いていてやがるんだぁ? コイツ等を時間停止の魔法陣に閉じ込める。それが当初からの計画なんだよぉ」
チンピラの口調で、説明を始めた。
「ほら、人間どもを見てみな。銅像の様にピクリとも動かないだろ? コイツ等の時間は完全に止まっているんだ。もちろん時間が停止しているから、コイツ等は何も出来ねぇ」
そしてイミョシェンコは、ラシャダッキ一家の妖狐達に向かって。
「これでこのオレ、イミョシェンコ様こそがラシャダッキ一家の正当な新総長だぜぇ!」
そう宣言した。
このイミョシェンコの言葉にラシャダッキ一家の妖狐達は。
『おおおおおおお!』
大歓声を開けた。
「うむ」
イミョンシェンコは、この大歓声に満足そうに頷くと。
「カンウザーク一家とフッケンポフ一家ぁ! お前らもそう思うだろぉ! オレ達妖狐よりも遥かに劣った種族である人間を、ラシャダッキ一家の新総長にするなんてありえないってなぁ!? そうだろ?」
カンウザーク一家とフッケンポフ一家の妖狐にも問いかけた。
この言葉に、2つの一家の妖狐達も声を上げる。
「当たり前だ!」
「その人間はラシャダッキ一家とは何の関係も無い!」
「ラシャダッキ一家の新総長はラシャダッキ一家から選ぶのが筋だ!」
そんな中、更にイミョシェンコが声を張り上げる。
「妖狐より劣るコイツを新総長とおだて上げたのは、コイツの戦闘力を利用する為だったんだ! まさに忸怩たる思い、ってヤツだったぜぇえ! しかしラシャダッキ一家、カンウザーク一家、フッケンポフ一家が1つになった今! コイツ等は邪魔者でしかねぇ! だから時間停止の魔法陣に閉じ込めてやったぜぇ!」
そしてイミョンシェンコは、カンウザークとフッケンポフに視線を向ける。
「カンウザーク、フッケンポフ。お前らも、オレと同じ考えだったんだろ? その証拠に『ラシャダッキ一家の下につく』と口にした。普通なら『カズト新総長の配下になる』とは言う這うなのによぉ。つまり、どれ程強くても、人間に従う気など最初から無かった。そうなんだろ?」
「ほう」
「見抜いてたんだね」
急に態度を変えたカンウザークとフッケンポフにイミョシェンコが続ける。
「当たり前だろ? オレは妖狐だぞ。どれ程強かろうが人間ごときに従えるワケがないだろ。利用するだけ利用して、最後には始末する。それが劣等種族である人間に相応しい扱いだ。お前らもそう思うだろ?」
邪悪な笑みを浮かべるイミョシェンコに、カンウザークも邪悪な笑みで返す。
「しかし、そうなると儂らがラシャダッキ一家に従う理由はなくなるぞ。カズト新総長の戦闘力を恐れてラシャダッキ一家の下についたのだから。そしてイミョシェンコよ。儂の戦闘力はお前より遥かに上だ。このままお前を叩きのめして、カンウザーク一家がラシャダッキ一家を吸収する事も出来るのだぞ」
威圧を高めるカンウザークに。
「ち、ち、ち、ち」
イミョシェンコが人差し指を立てて、左右に振ってみせる。
「それは賢いやり方じゃねぇな、カンウザーク。オレを殺した瞬間、コイツ等を閉じ込めた時間停止の魔法陣は消滅するように細工した。つまりコイツ等は、いきなりオレをお前らが殺す場面を目にするんだ。オレはコイツ等に、それなりに信用されるように行動してきた。そんなオレを殺して無事に済むと思いうか? ムンジェコフがどんな目に遭ったか忘れてねぇよな?」
「う!」
「確かにアレは勘弁して欲しいね」
ムンジェコフの悲惨な最後を知っているのだろう。
カンウザークとフッケンポフは顔色を変えた。
そんな2匹の顔を、イミョシェンコが覗き込む。
「せっかく3つの一家が手を組んだんだ、仲良くやっていこうぜ。オレはラシャダッキと違って、共存共栄出来れば良いと思ってんだ。問題ばかり起こすチェンシェンコを始末し、連合の会長を排除し、私達でフォックス連合を支配しねぇか?」
イミョシェンコの声は決して大きなものではなかったが。
聴力に優れた妖狐達は、シッカリと聞き取って騒ぎ出す。
「そうだ!」
「賛成!」
「人間なんかに支配されてたまるか!」
「妖狐の誇りを捨ててたまるか!」
「妖狐に命令できるのは妖狐だけだ!」
「妖狐、万歳!」
などと口々に叫ぶ妖狐達に、カンウザークとフッケンポフが。
「分かった! 妖狐だけの新連合を打ち立てるぞ!」
「フォックス連合は今日から僕達のものだ!」
高らかに宣言した。
と同時に妖狐達が口々に叫ぶ。
「やったぁ!」
「いいぞ!」
「それでこそ妖狐だ!」
「新連合、万歳!」
大騒ぎを始めた妖狐達にイミョシェンコが声を張り上げる。
「ではフォックス連合の本部を包囲してチェンシェンコを始末する! そしてフォックス連合の会長の座を奪い取るぞ!」
『おお!』
一斉に声を上げた妖狐達にカンウザークとフッケンポフが吠える。
「カンウザーク一家よ! 儂に続け!」
「フッケンポフ一家! 行くよ!」
『おおおおおおお!!!』
こうして盛り上がるだけ盛り上がった妖狐達は。
その勢いのまま、フォックス連合の本部を包囲したのだった。
垂直に切り立った岩山の上に築かれた砦。
それがフォックス連合の本部だ。
砦への道は1つ。
岩山に刻まれた狭い道しかない。
フォックス連合に敵対する組織は多い。
しかし、この砦の攻略に成功した組織は1つもない。
この細い道を駆け上がる前に魔法で撃退されたからだ。
難攻不落の砦。
それがこの、フォックス連合の本部だ。
しかしイミョシェンコが得た情報によると。
チェンシェンコと共にいる手下の数は5千程度らしい。
そして本部に常駐する妖狐の数は、数十匹程度。
対して、イミョシェンコが率いる妖狐は9万3千5百匹。
一般的に、砦を落とすには3倍の数の兵が必要とされる。
だが、フォックス連合との戦力差は約20倍。
絶対に負ける筈が無い。
という事で、イミョシェンコは声を拡大する魔法を発動させると。
「フォックス連合本部に要求する! チェンシェンコを我々に引き渡し、フォックス連合会長の座をこの私、ラシャダッキ一家総長イミョシェンコに譲り渡せ!」
要求を突き付けた。
「現在のフォックス連合本部の戦力は5千程度! 9万を超える我々と戦っても無駄死にするだけだ! 大人しくチェンシェンコを差し出し、フォックス連合会長の座を渡せ! 大人しく要求を呑めば、チェンシェンコ以外の者には危害を加えない事を約束する!」
さて、この要求にどう出る?
とイミョンシェンコが大きく息を吐いた時、フォックス連合本部では。
「ちくしょう! なんでラシャダッキ一家とカンウザーク一家とフッケンポフ一家が手を組むんだよ!」
チェンシェンコが青い顔でそう叫んでいた。
ここはフォックス連合の本部を取り囲む城壁の上。
5千の手下をずらりと並べて戦闘に備えている。
「しかし、3つの一家が総出で攻めて来るなんて、そんなのアリかよ! 会長が怖くないのかよ!」
チェンシェンコは、そう口にすると砦の本丸へと目を向けた。
「フォックス連合の会長の魔力は尋常じゃないんだぞ。あのラシャダッキですら手を出す事を決心できないでいた位なのに、それが分からないのか!? 馬鹿なのかアイツ等は!」
そう叫びながら、チェンシェンコは会長の言葉を思い出す。
『チェンシェンコ。まさかアナタ、いきなり保護してくれ、なんて言う気じゃないですよね? 戦うだけ戦って、死力を尽くした上で助けてくれ、というのなら考えてみても良いでしょう。しかしキミはまだ無傷だ。戦う前から勝つことを諦めるヤツなどフォックス連合には必要ありませんよ』
そう口にした会長の目が語っていた。
役に立たないなら自らの手で潰す、と。
と同時にチェンシェンコは悟る。
それを実行するだけの強さを、会長は持っていると。
「くそ、フォックス連合の会長の座を譲り渡せだと? 会長の強さを理解してない馬鹿どもが!」
そう叫んでからチェンシェンコは大きく息を吐いた。
「ま、いいか。フォックス連合本部は難攻不落の砦だ。こうなったら地の利を生かしてラシャダッキ一家、カンウザーク一家、フッケンポフ一家を打ち破って、オレがフォックス連合のトップになってやる!」
たとえ打ち破れなくても。
とりあえず撤退させる事が出来れば、後は会長が粛清してくれる筈。
その強大な魔力で。
なら勝てなくても良い。
相手が態勢を整え直す為に一時撤退するまで耐える。
これなら5千の戦力でもなんとかなりそうだ。
なにしろフォックス連合本部は、地形を生かした天然の要塞なのに加えて。
外からの魔法攻撃を軽減し、外への攻撃魔法を増幅する造りになっている。
しかも城壁の上には魔導砲500門を配備。
これなら20倍の戦力差でも持ちこたえられる筈だ。
チェンシェンコは自分にそう言い聞かせると。
「これはチャンスなんだ! このオレが、フォックス連合の最高幹部になるチャンスなんだ! いいか、お前ら! 本部に反旗を翻したバカ共に、自分がどれ程無道な事をしでかしたのか思い知らせてやれ!」
5千匹の手下に、そう気合を入れた。
ちなみにチェンシェンコ一家の妖狐達は、半分洗脳されたような状態だ。
暴力、薬、脅し、催眠術、あらゆる手段で思考を奪われている。
チェンシェンコを神のように崇めており、その言葉1つで命を投げ出す。
完全な狂信者だ。
だから、こんな状況にも拘わらず。
「おおおおおおお!」
「チェンシェンコ総長!」
「チェンシェンコ一家、万歳!」
「命を惜しまず戦います!」
「敵を地獄に叩き落せ!」
チェンシェンコ一家の妖狐達の戦意が一気に高まった。
その目は死走り、正常な判断が出来るとは思えなかったが。
「うむ、その意気だ!」
チェンシェンコは満足げに、そう呟いたのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ




