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   第二百二話  ラシャダッキ一家の下につきます





 青龍刀を持った大男=カンウザークは。


「カンウザークやフッケンポフなど一撃か?」


 先程、そう言った妖狐の言葉を繰り返した。


「本当に、そう思うか?」


 カンウザークはそう口にすると、その妖狐をギロリと睨む。


「本当に儂は、一撃で殺されると言うのか?」


 物凄い圧だったが、その妖狐は震えながらも。


「はい。いくら貴方でも、いや貴女ですらカズト様と戦って生き延びる事は、不可能でしょう」


 きっぱりとそう言い切った。

 カンウザークは、そう口にした妖狐を暫く睨みつけていたが。


「わははははははは! その通り!」


 いきなり笑い出した。


「確かにその通り! 儂ごときの腕前では瞬殺されてしまうであろうな!」


 そう言ってのけたカンウザークに。


「そうだね」


 フッケンポフが同意する。


「口惜しいけど僕の戦闘力では、時間稼ぎすら出来ないだろうね」

「悔しいがな」

「くやしいね」


 カンウザークとフッケンポフが、目を合わせてフウ、と息を吐いた。

 そんな2人の前にイミョシェンコが尋ねる。


「カンウザーク総長、フッケンポフ総長。一家を構える総長2人が、いきなり訪ねて来るなんて、一体どういう要件で?」

「そりゃあラシャダッキを一蹴したカズト、いやもう新総長か。ラシャダッキに圧勝したカズト新総長を見定めに来た」

「見定めに、ですか?」


 慎重に言葉を選ぶイミョシェンコに、カンウザークがニヤリと笑う。


「おいおい、腹の探り合いは無しにしようじゃないか。面倒な事は性に合わないんだからよ。って事で小細工無しで尋ねるが、ラシャダッキ一家はフォックス連合を乗っ取る気なんだろ? そしてお前らは隣町に来ていた儂と交渉する気だった。いや脅す気だったろ? 一家を潰されたくなかったら、ラシャダッキ一家の配下になれ、とな」


 鋭い目で、そう尋ねるカンウザークに。


「はぁ」


 イミョンシェンコは小さく息を吐くと。


「分かりました、本音で話しましょう。確かに貴方を脅すつもりでしたよ。カズト様に瞬殺されたくなかったらラシャダッキ一家の手下になれ、と」

「同盟じゃなく手下か!」


 ガハハハッ、と笑うカンウザークにイミョシェンコが大真面目な顔で返す。


「同盟とは対等な力を持ち主とするものです。しかしハッキリ言ってカンウザーク総長。貴方の力ではカズト様と対等とは言えません。なにしろカズト様がその気になった瞬間、貴方の首は地面に転がるのですから」

「むう」


 イミョシェンコの指摘に、カンウザークは一瞬渋い顔になるが。


「ガハハハ! その通りだ。カズト新総長の前じゃ、儂なんぞ子狐以下じゃ」


 すぐさま吹っ切れた顔を見せた。


「では?」


 そう迫るイミョシェンコに、カンウザークは清々しい顔で頷く。


「カンウザーク一家は、ラシャダッキ一家に従おう」

「結構です」


 イミョシェンコは、満足げに頷くと。


「貴方はどうなさいます、フッケンポフ総長?」


 フッケンポフに視線を向けた。


「ラシャダッキ一家に従いますか? と一応尋ねてみますが、判断力と分析力に長けた貴方の事です。もう結論が出ていますよね?」

「そうだね。だからカンウザークを一緒にココに来たんだ。フッケンポフ一家もラシャダッキ一家に従うよ。まあカズト新総長の腕前次第では、代替わりしてゴタゴタしてるラシャダッキ一家を支配する気だったけど……」


 フッケンポフは、そう口にすると和斗をちらりと見る。


「さっきの稽古を見て、体が凍り付いたよ。どうやっても勝てない。生き残る方法さえ見当もつかない。なら最初から敵対せず、少しでも優遇されるように立ち回るべきと僕は判断した」


 というフッケンポフの言葉をカンウザークが引き継ぐ。


「ああ。儂も新総長の腕前次第では戦いを挑むつもりだったが……カズト新総長の剣の稽古を見た以上、それがそれほど無謀な事か、心底理解した」


 カンウザークはそう口にしてから和斗に視線を向けると。


「カズト新総長に勝てるモノなど存在せん」


 ブルリと体を震わせた。


「今までどんな敵と戦っても恐ろしいと思った事などないが、カズト新総長だけは心の底から恐ろしいと思った。ならば、儂らがやる事は1つ。ラシャダッキ一家の配下になる。そしてラシャダッキ一家と共に、のし上がるだけだ」

「それはフッケンポフ一家も同じだよ」


 そしてカンウザークとフッケンは和斗の前で膝をつくと。


「カンウザーク一家はラシャダッキ一家の下につきます」

「フッケンポフ一家もラシャダッキ一家の下につきます」


 声を揃えた。


「カンウザーク一家を脅して手下にする為に出発しようとしてたのに、まさかいきなり2つの一家の総長がやってきて手下になるなんて……こんな展開になるとは思ってもみなかったよ」


 ボソッと呟くリムリアに、イミョシェンコが苦笑する。


「ラシャダッキほどの実力者に圧勝する強者が出現したという噂は、鳥が飛ぶより早く広がった筈です。なにしろ下手したら命に、いや組の存続にすら係わる情報なのですから。そして、その噂を耳にした者が選べる道な多くありません。特にフォックス連合の構成員は」


 イミョシェンコの言葉をフッケンポフが引き継ぐ。


「従うか、逆らうか。それしかないね。そしてカズト新総長の力を見た以上、逆らうという選択肢は消えた。殺されると分かっている戦いなんて、誰もしたくないに決まってる。だから僕とフッケンポフがラシャダッキ一家に従う事にしたのは当然の事だよ」


 そこでリムリアが小首をかしげる。


「じゃあ残った一家……ナンていったかな、あの分かりにくい名前の一家もカズトの手下になるのかな?」

「いえ、それはないでしょう」


 リムリアの疑問にイミョシェンコが真顔になる。


「チェンシェンコは異常に自己評価が高い性格異常者です。何の取り柄も無いクセに自分が1番褒め称えられないと気が済まないので、ラシャダッキ一家に従う事は無いでしょう。というより一刻も早くチェンシェンコ一家を潰すべきです。カンウザーク一家とフッケンポフ一家がラシャダッキ一家に下った事をチェンシェンコが知ったら、きっと汚い手をうってくるでしょうから」

「それってつまり?」


 答えの分かっている問いを口にするリムリアに、イミョシェンコが頷く。


「はい。直ぐにチェンシェンコ一家を襲撃するべきです」

「でもチェンシェンコ一家って同じフォックス連合なんでしょ? その連合を構成する一家同士が戦ったら連合の意味が無くなるんじゃない?」

「建前はそうです。しかしチェンシェンコは、今まで何度も問題を起こしてますからね。機会があったら排除したいと思っている一家は多いのです。いや、もって回った言い方は止めましょう。ラシャダッキ一家、カンウザーク一家、フッケンポフ一家は前からチェンシェンコを始末したいと思ってたのです」


 このイミョシェンコの言葉にカンウザークが頷く。


「ああ、チェンシェンコは、強引に縄張りを荒らしておきながら、儂らが文句を言うと、喧嘩を売る気なら買うぞ! と逆ギレを繰り返してきた。チェンシェンコをブチ殺す簡単のはなのだが、そうなるとフォックス連合の怒りに触れてしまう。チェンシェンコも、その辺はずるがしこく計算して、儂らのごキリンに触れるギリギリを見切って縄張り荒らしをしてきた。が、そろそろ堪忍袋の緒が切れる寸前だったのだ」


 ギリッと歯を噛み鳴らすカンウザークにフッケンポフが続く。


「一家同士が本気で争ったら、必ずフォックス連合の会長によって喧嘩両成敗の沙汰が下されるからね。だからチェンシェンコのヤツは勝てない事を知っていながら喧嘩を売ってたのさ。両成敗になるのは嫌だろ、とこちらの足元を見てね。まさに虎の威を借る狐だね。いやチェンシェンコは醜くブクブク太ってるから、虎の威を借る白豚って言うべきかな。でもそろそろ僕も、我慢の限界なんだよね」


 余程鬱憤が溜まっていたのだろう。

 カンウザークもフッケンポフも、額に青筋を浮かべている。

 そんな2人に、リムリアがウンウンと頷く。


「なるほどね、チェンシェンコって嫌われ者だったんだ。で、こうしてチェンシェンコ以外の一家が力を合わせる事になった今、チェンシェンコに好き勝手させておく理由はない。ってコトだね」


 というリムリアの言葉にイミョシェンコがギラリと目を光らせる。


「その通り。チェンシェンコの野郎をブチ殺すのは今なんです」


 これを聞くなり和斗はイミョンシェンコに尋ねる。


「具体的には、どうするんだ?」

「そうですね。チェンシェンコが無茶をする事が出来た理由の1つは、先程フッケンポフ総長が言ったように、連合内で抗争を起こすとフォックス連合の会長によって粛清される恐れがあるからです。だから3つの一家が1つにまとまった今、チェンシェンコはフォックス連合の会長に守ってもらう為に、連合本部に立て籠もると思われます。そこで」


 イミョンシェンコは、そこで1度、大きく息を吸うと。


「フォックス連合本部に、2つの要求を叩き付けます。1つはチェンシェンコを引き渡す事。もう1つは会長の座を引き渡す事です」


 そう言い切った。


「会長の座を引き渡すだと!?」

「チェンシェンコを潰すだけじゃないの?」


 驚くカンウザークとフッケンポフに。


「当然です」


 イミョシェンコが冷静な声で語りだす。


「フォックス連合を構成している4つの一家のうち、3つの一家が新たな連合を組んだのですよ? ならば、フォックス連合の会長も我々の代表が務めるべきだと思いませんか?」


 こう問われてカンウザークとフッケンポフは考え込む。


「言われてみたら、確かにそうだな。フォックス連合の4分の3が1つになったのだから、我らがフォックス連合の舵取りをするのが当然だな」

「カズト新総長の戦闘力を考慮すると、フォックス連合の主力はもうラシャダッキ一家に移ってるよね。ならラシャダッキ一家がフォックス連合の会長に就任しても不思議じゃない。というより、それが当然だよね」


 この意見にイミョシェンコが真顔で頷く。


「同意を得られて安心しました。ではさっそくフォックス連合に、今の要求を伝えます。チェンシェンコに何かを企む時間を与えない為に。なにしろアイツは、どんな汚い真似も平気で行いますから」


 イミョシェンコは、そう言い切ると部下の1人に命令する。


「聞いていたな。フォックス連合に書簡を送れ。チェンシェンコを引き渡し、フォックス連合の会長の座を明け渡せ、とな」

「は!」


 部下が一例して駆けだすと同時に。


「では我々も全組員を引き連れてフォックス連合の本部に向かいましょう」


 イミョシェンコは、そう口にした。


「返事を待たんのか!?」


 目を丸くするカンウザークにイミョシェンコが首を横に振る。


「こんな要求、素直に飲む筈がありません。だから3つの一家の全戦力を結集させて本部を包囲し、圧力をかけます。戦っても無駄だから、こちらの要求を呑むのが1番だ、と理解するように」

「「なるほど」」


 声を揃えるカンウザークとフッケンポフに、イミョシェンコが尋ねる。


「全ての戦力を招集するのに何日かかります?」

「儂は2日だな」

「僕も2日ですね」

「では3日後。全戦力を引き連れて、フォックス連合本部近くに作られた、ラシャダッキ一家の屋敷に集合してください」


 フォックス連合は年に数回、一家を集めて会合を開くらしい。

 その時、どの一家も自分の力を見せつける為に多くの手下を連れていく。

 その手下達の宿泊施設として。

 どの一家もフォックス連合本部の近くに屋敷を建てている。


 特にラシャダッキ一家の屋敷は大きい。

 力をつけたラシャダッキが、自分の力を誇示する為に増築したからだ。

 その広い屋敷に3つの一家の戦力を終結させ。

 一気にフォックス連合本部を包囲し、要求を呑ませる。

 これがイミョシェンコの計画だった。


 そして3日後、ラシャダッキ一家の屋敷には。

 カンウザーク一家とフッケンポフ一家の全戦力が集結していた。

 その屋敷の部屋の1つで、イミョシェンコは呟く。


「カンウザーク一家3万5千5百匹に、フッケンポフ一家3万6千5百匹。そしてラシャダッキ一家の、数こそ少ないが高位の妖狐1500匹と、地方からかき集めた2万匹。総勢9万3千5百匹の戦力ですか。フォックス連合を手に入れるのに十分な戦力ですね」


 そしてイミョシェンコは、部屋を見渡す。

 部屋の中央には、豪華で巨大なテーブルが1つ。

 そのテーブルの片方に和斗、リムリア、奈津、花奈が座り。

 反対側にイミョシェンコ、カンウザーク、フッケンポフが座っている。


 平然としている和斗達とは対照的に。

 イミョシェンコ達は明らかに緊張している。

 特にイミョシェンコの顔色が悪い。

 フォックス連合本部と戦う、というのは大きなプレッシャーなんだろう。

 そんな緊張感で満たされた空気の中。


「で? これからどうするの?」


 リムリアがイミョシェンコに質問した。


「フォックス連合本部を全戦力で取り囲んで要求を通すって話だったけど、ボクたちはどうしたらイイの?」

「そうですね。今から全員を庭に整列させます。そして整列し終えると同時に進軍開始。カンウザーク一家は本部の背後、フッケンポフ一家とラシャダッキ一家は本部前面に戦力を展開して本部を包囲します」


 イミョシェンコはそう説明すると和斗達に視線を移す。


「カズト新総長には同行してもらいますが、おそらくカズト新総長が戦う事態にはならないと思います。チェンシェンコ一家の戦力は全員を招集したとしても3万2千匹。本部に常駐する戦力は、たった数十匹程度ですから」


 そしてイミョシェンコが立ち上がる。


「しかし進軍の号令はカズト新総長にお願いします。よろしいでしょうか」

「ああ、分かった」


 和斗の返事に、イミョシェンコは頷くと。


「では全戦力を庭に整列させて下さい」


 カンウザークとフッケンポフに、そう指示を出したのだった。









2023 オオネ サクヤⒸ

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