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   第二百一話  乗っ取ったらイイじゃん





 トンペペストクの犯罪組織を全て手下にした後。

 和斗は、ラシャダッキ一家に戻ると。


「トンペペストクの犯罪組織を統一したんだから、これでオバサン達は安全なんだよな?」


 イミョシェンコに、そう尋ねた。

 いや、尋ねるというより確認だ。

 オバサンの店の周りを狙う組織は多い。

 その沢山の組織を手下にしてオバサンの店に手を出さないよう命令する。

 これがラシャダッキ一家の総長になった理由だ。


 そして、その目的が達成された今。

 ラシャダッキ一家の総長の座を、さっさと誰か譲りたい。

 そして島根の国に奈津と花奈を送り届けた後。

 今度こそ、お気楽旅行だ。


 などと和斗は計画していたが。


「今のトコは安全ですが、先の事は分かりません」


 イミョシェンコの答えは期待とは違うものだった。


「先の事は分からない? それは俺の命令に逆らうかもしれないって事か?」


 殺気を漂わす和斗に、イミョシェンコがブンブンと首を横に振る。


「ち、違います! そうではなくて、もしフォックス連合本部から命令された一家がトンペペストクで暴れたら逆らえない、という事です」

「フォックス連合が? どういう事だ?」

「ラシャダッキ一家は他の一家とフォックス連合内の地位を争っています。そしてラシャダッキ一家と1番仲が悪いのが、チェンシェンコ一家なんですが、ラシャダッキ一家が東の島国戦略に失敗してフォックス連合の会長から謹慎を食らっている間に力を伸ばして、ラシャダッキ一家に嫌がらせをしようとしてるんです」

「つまり、そのチェンシェンコってヤツが、嫌がらせでオバサンに危害を加えるかもしれない、って事

か?」

 

 顔をしかめる和斗にイミョシェンコが頷く。


「そうです。このチェンシェンコってヤツは狂暴なのに気が小さく、器が小さいのを悟られないように、やたらと攻撃的なんです。地位に実力が追いついてない事を自分が誰よりも知っているからでしょうね」

「その可能性は、どの程度だ?」

「70、いや80パーセントってところでしょうか」

「高いな」


 不機嫌な声を上げる和斗にイミョシェンコが続ける。


「そりゃあチェンシェンコのラシャダッキ一家に対する妬みは性格異常者レベルでしたから。ひょっとしたら、もう行動を起こしているかもしれません」

「でもトンペペストクはラシャダッキ一家の縄張りなんだよな? そのラシャダッキ一家の縄張りで、そんな勝手な事が出来るのか?」

「理由なんて幾らでもでっち上げますよ、チェンシェンコなら。そしてどれほど出鱈目な理由であろうとフォックス連合の会長から許可が出てしまったら、ラシャダッキ一家はそれに逆らう事はできません」

「もし逆らったら?」

「フォックス連合を破門されます。そしてフォックス連合は前戦力を結集してラシャダッキ一家を全滅するでしょう。見せしめの為に」

「じゃ、話は簡単じゃん」


 と、ここまで黙って話を聞いていたリムリアがパンと手を叩く。


「トンペペストクの犯罪組織みたいにフォックス連合を乗っ取ったらイイじゃん」


 事も無げにそういったリムリアに。


「あ、そりゃイイな」


 和斗は頷き。


「は?」


 イミョシェンコはキョトンとした顔になってしまう。

 が、数秒後。


「はははははははは!」


 イミョシェンコは、いきなり笑い出した。 


「そりゃそうですね! そりゃあいい! 乗っ取ればいいんだ! どうして気が付かなかったんでしょう、簡単な事なのに!」


 そしてイミョシェンコは和斗に真顔を向ける。


「カズト様。さっき、そりゃあイイな、と言いましたよね。それはフォックス連合を乗っ取る為に行動を起こしても良い、という事でいいんですよね?」

「ああ。このままじゃ、オバサンに危険が及びそうなんだろ? なら、やるしかないよな」

「分かりました。ではまず、チェンシェンコ一家以外の2つの一家=カンウザーク一家とフッケンポフ一家を配下に収めようと思います。この2人は力関係を冷静に見極める事が出来ますので、カズト様をその目で見たら間違いなくラシャダッキ一家に下るでしょう」

「なるほど」


 頷く和斗にイミョシェンコが真顔になる。


「こうしてフォックス連合を構成する4つの一家の内、2つ取り込めばチェンシェンコ一家は孤立します。そうすればチェンシェンコも大人しくなるでしょう」

「ならなかったら?」


 この和斗の質問にイミョシェンコはニタリと笑う。


「ならなければ……理由をでっち上げて、叩き潰せばいいんです。チェンシェンコが今まで散々やってきた様に」

「ふうん。そのチェンシェンコって、悪いヤツなんだな」

「はい、とんでもなく」


 即答したイミョシェンコに、和斗は尋ねる。


「で、俺は何をしたらイイんだ?」

「まずはカウンザーク一家のカウンザークと会って頂きましょう。ちょうど今、隣の街に来ていますので」

「へえ、凄い偶然だな」


 感心する和斗にイミョシェンコが苦笑する。


「そんな筈ないでしょう。ラシャダッキ一家が東の島国侵略に失敗したので、その隙をついて利益を確保しようと画策していたんです」

「それって十分、敵対行為だと思うが?」

「全面戦争の1歩手前、いや2歩手前の案件ですね。でもこの位の揉め事は普通ですよ、フォックス連合を構成する一家同士の付き合い方としては」


 イミョシェンコの説明に、和斗は鼻を鳴らす。


「ふん。危険な関係だな」

「互いに利用し合う関係ですよ。利用し合っているだけなので、信頼などある筈もありませんし、利用価値が無くなれば平気で潰します。まあどの一家も戦闘力は高いですから、何らかの利用価値は常にありますが」

「そうか。ならイザとなったら遠慮なく叩き潰してイイって事だな」


 ゴキンと拳を鳴らす和斗にイミョシェンコが頷く。


「はい、それで問題ありません。それに、そのくらい強気の方が相手も理解しやすいでしょう。カズト様に従った方が長生き出来る、と」


 そしてイミョシェンコは、和斗の目を正面から見つめる。


「では明日の朝、カンウザークに会いに隣町へと出発したいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「ああ、それでいい」

「では、そろそろ夕食の時間ですので食事にされますか? それとも風呂がよろしいでしょうか?」


 このイミョシェンコの言葉にリムリアが目を輝かす。


「風呂があるの!?」

「はい。フォックス連合の会長が宿泊される事もあるので、このラシャダッキ一家の本部はトンペペストクで1番のホテルよりも高級な造りとなっています。もちろん風呂も最高級の造りとなっていますので、ぜひお楽しみください」

「やったー!」


 というワケで、飛び上がって喜ぶリムリアと共に風呂に向かってみると。

 そこは美しい自然に囲まれた露天風呂だった。


 イミョンシェンコによると、1年中花を咲かせる珍しい植物らしい。

 色とりどりの花の中には発光しているものもあり。

 繊細で幻想的な光景を作り出していた。

 湯に浸かって、この美しい光景を愛でる。

 最高だ。

 そして。


「確かにスゴい風呂だったね!」

「キレイだったわ!」

「万斬猛進流の里の温泉にも負けていませんね」


 上機嫌のリムリア、奈津、花奈と共に夕食となったが、これまた超一流。

 前の世界で食べた最高級の料理にも引けを取らない素晴らしい料理だった。


 絶妙に揚げた肉団子に甘酢ソースを絡めた料理。

 煮込んだ肉に、恐ろしく手の込んだソースをかけた料理。

 特上の肉と上質の野菜を炒めた料理。

 甘辛ソースで味わう見事なエビ。

 肉の旨味を最高に引き出す焼き加減のステーキ。

 目を見張るほど味の良い野菜のサラダ。

 具材の旨味が凝縮されたスープ。


 非の打ちどころの無い料理ばかりだ。

 フルーツも口にした途端、初めての快感が体を駆け抜け。

 見た目も完璧なケーキは、その複雑な甘さが天国に誘う。


 何種類もある酒も完璧。

 とんでもなく美味しいが、料理の味を何段も引き上げてくれる。

 芸術と言っても過言ではない夕食だった。


「では、この部屋でお休みください」


 最後に案内された部屋も超豪華。

 睡眠の邪魔にならない、落ち着いた、でも上質の調度品。

 フカフカの、天国を身近に感じるベッド。

 どうやっているのか分からないが、気持ち良い室温。

 体内の悪い物が全て浄化される気になる、澄んだ空気。

 この完璧の上をいく寝室のお陰で、和斗もリムリアも奈津も花奈も最高の睡眠を楽しんだのだった。


 こうして迎えた次の朝。

 和斗、リムリア、奈津、花奈は目覚めると、ラシャダッキ一家の庭に集まり。


「風切り!」

「魔力切り!」

「音速剣!」

「飛刃剣!」

「乱刃剣」

「操刃の太刀!」

「破軍の太刀!」

「雷断の太刀!」

「霊断の太刀!」

「時切りの太刀!」

「百矢払い!」

「突進斬!」

「次元斬!」

「縮地斬!」

「神殺斬!」


 万斬猛進の稽古に没頭していた。


 おそらくだが、1日休んだくらいでは剣の腕は衰えない。

 が、2日、3日、そして1週刊、2週間と経過すると。

 明らかに斬撃が鈍くなってしまう。


 そして常に剣に対する情熱を持ち続けないと、気が付いたら1年、2年が経過しているものだ。

 もうそうなったら、斬撃は見る影もないほど衰えている。

 元の斬撃を取り戻すのに、膨大な稽古が必要だ。

 だから余程の事が無い限り、毎日稽古を行う。

 強くなりたい、剣を極めたい、と思う限り。


 いや、奈津と花奈にとって万斬猛進流は、人生そのものかもしれない。

 島根の国を護る為には、絶対に必要なものだから。

 それ故、奈津と花奈は全力で剣を振るう。

 今の自分を超える為に。

 今以上の斬撃を放てるように。


 そして和斗とリムリアも一心不乱に剣を振るう。

 剣への情熱、強さへの情熱は破壊神級となった今でも衰えていないから。

 と、そこで。


 パチパチパチパチ。


 手を打つ音と共に。


「こうして改めて目にすると、身の毛がよだちますね」


 イミョンシェンコが声をかけてきた。


「いや、振るわれた剣を眼で捉える事すら出来ない。ラシャダッキが手も足も出せずに敗れ去ったのも納得の斬撃ですね」


 この言葉に、イミョンシェンコの後ろに控える妖狐達が頷く。


「はい、驚くべき斬撃です」

「我々ごときでは技を繰り出している、としか分かりませんが……」

「ああ、ハッキリ見えないのではない。全く見えなかった……」

「見えない、という事は回避不可能という事」

「しかも今の斬撃、速いだけではない」

「ああ。恐ろしい威力を持った何かが繰り出されていた」

「今の技、どれを食らっても命は無いでしょうな」

「いや命どころかではないだろう?」

「左様。山、いや山脈すら断ち割るとみた」

「万の軍でも撃破するに違いないぞ」

「イミョンシェンコが惨めな姿をさらす筈だ」

「イミョシェンコどころじゃないぞ」

「そうだな、ラシャダッキに圧勝だもんな」

「しかも、それほどの戦闘力を持つ者が4人もいる」

「チャナビエト本国と戦争しても勝てるんじゃないか?」

「カンウザークやフッケンポフ、チェンシェンコなんか1撃だな」


 と、妖狐の1匹が口にした直後。


「ふ。言うてくれるわい」

「弱い犬ほど、と云うヤツだね。いや、キツネかな」


 ラシャダッキ一家の門から入ってくる2人の男がいた。

 1人は、青龍刀を手にした髭面の大男。

 もう1人は腰に2振りの剣を刺した、細身の若者だ。


 どちらも普通の人間が目にしたら、意識を失いかねない圧を背負っている。

 その圧から判断して、ラシャダッキと同じくらいの強さか。

 いや、ラシャダッキの方が少し強いかも。


 それでもこの2人、イミョンシェンコより遥かに強い。

 が、この程度の戦闘力など、和斗達にとっては道端の石ころと同じ。

 だから。


「ダレ?」


 全く物怖じする事なくリムリアが尋ねた。

 この問いに。


「儂はカンウザーク。カンウザーク一家の総長だ」

「僕はフッケンポフ。フッケンポフ一家の総長だよ」


 大男と若者は、そう答えたのだった。








2023 オオネ サクヤⒸ

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