第二百話 他の組織に乗り込みたいと思います
ラシャダッキ一家の総長となる事を決めた和斗をリムリアがツツく。
「ねえカズト。もう昼過ぎだし、ゴハンにしない?」
そう言われて、和斗は自分も腹ペコなのに気が付く。
「ああ、昼飯を食いにいくか。おいイミョシェンコ。美味い店を教えてくれ」
「そういう事なら、見てもらいたいモノがあります」
そう言ってイミョシェンコが案内したのは。
豪華な料理がずらりと並んだ、贅沢な造りの部屋だった。
「ラシャダッキの為に用意された料理です。あいつは何時もトンペペストク有数の店に料理を届けさせていました。もちろん今日の昼飯も。つまりコレはラシャダッキの昼飯なのですが、もしも気にしないなら召し上がりませんか? 料理自体は最高の料理人が作ったものですので」
イミョシェンコが言い終わるよりも速く。
「いただきます!」
リムリアが料理に飛びついた。
そして口に放り込むなり。
「美味しい! これホントに美味しいよ!」
リムリアは和斗に、最高の笑顔を向けた。
「そうか。なら俺も食べるかな。で、奈津と花奈。2人はどうする? ラシャダッキの為に用意された料理なんて、食う気にならないか?」
「もちろん食べるわ!」
「いただきます!」
という事で。
和斗達は、トンペペストク有数の料理人の腕を十分に楽しんだのだった。
そして食後のお茶をユックリと味わっていると。
「カズト様。さっそく他の組に乗り込みませんか?」
イミョシェンコが、そう進言してきた。
「さっさとトンペペストクの犯罪組織を統一してしまいましょう。カズト様の力なら簡単な事です」
「だめだ」
「カ、カズト様?」
まさか即座に断られるとは思っていなかったのだろう。
狼狽えているイミョシェンコに、和斗が鋭い目を向ける。
「まず、オバサンへの弁償だ。それが最優先事項だろ」
「失礼しました。確かにそれが筋ですね。では金を届けましょう」
「いや、俺が直接渡す。なにしろ原因は俺にあるんだから」
「原因はラシャダッキ一家に逆らった事だと思いますが……」
「ああ?」
ここでイミョンシェンコは、和斗が纏う気が変化した事に気が付く。
ムンジェコフを切り刻んだ時と同じ、残忍な気だ。
イミョンシェンコは、言葉の選択を誤った、と気付くと同時に。
「いえ! なんでもありません! 直ぐに用意します!」
そう叫んで部屋を飛び出し。
数秒後、大きな革袋を抱えて戻ってきた。
「カズト様! カズト様の面子に泥を塗る事の無い額を用意しました! どうぞお持ちください!」
「そうか」
和斗はイミョンシェンコから皮袋を受け取ると。
「リム、奈津、花奈。オバサンの店に戻るぞ」
そう口にして立ち上がった。
「あ、待ってください! オレも同行します!」
こうしてイミョシェンコもついてくることになり。
そして数分後、和斗はオバサンの店の前に立っていた。
オバサンの店は黒焦げになっているのは変わりないが。
店内では沢山の人が片づけをしていた。
「悪いねぇ、ミンナ。自分の店もあるってのに」
「いいってコトよ。ご近所さんじゃねぇか」
「そうそう、アタシ等が生きていくにゃあ、助け合うしかないんだ」
「生まれた時からの付き合いじゃ。最後まで家族同然じゃよ」
どうやら近所の人達らしい。
悲惨な状況の中でもテキパキと手を動かしている。
そんな中。
「オバサン」
和斗はオバサンに歩み寄ると。
「俺のせいで店を燃やされてしまって悪かったな。詫びとして、この金を受け取ってもらえないか?」
革袋を焼け残ったテーブルに乗せた。
「いや、アンタの所為じゃないさ。この街じゃ、よくある事さね」
諦めきった笑みを浮かべるオバサンだったが。
「こ、こりゃあ……」
革袋を覗き込んで、言葉を失った。
そんなオバサンを。
「どうしたんだい?」
「重そうな袋じゃな」
「詫びの金?」
ご近所さんが取り囲むが。
『はぇ?』
革袋の中を確認するなり、オバサン同様、言葉を失って立ち尽くす。
そして少しの沈黙の後。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」
「凄い大金じゃぞ!」
「店の侘びどころか、店が100件建つ金額よ!」
「一生遊んで暮らせるわよ!」
ご近所さん達の店に絶叫が響き渡った。
「ここここ、こんな大金、どうしたんだい!?」
声を裏返らせて震えているオバサンに、和斗は説明する。
「ラシャダッキ一家から迷惑料を取り立ててきた」
この和斗の一言に。
『ラシャダッキ一家ぁぁぁぁ!?』
ご近所さん達は絶叫すると、物凄い勢いで詰め寄ってきた。
「ラシャダッキ一家から金をとってきたのかい?」
「そんな事したら、後でどんな目に遭わされるか!」
「ラシャダッキ一家に目をつけられたら生きていけないよ!」
「ああ、何という事じゃ……よりによってラシャダッキ一家とは……」
「そんなに焦らなくてもイイぞ。俺、ラシャダッキ一家の総長になったから」
『はぁああああああああ!!?』
またしても声を揃えて絶叫するご近所さん達に、和斗は続ける
「ムンジェコフを痛めつけてたら、ラシャダッキと戦う事になって、そのラシャダッキを倒したらラシャダッキ一家の総長になる事になった。だから心配しなくてイイぞ。みんなの安全はラシャダッキ一家が保証するから。それでイイよな、イミョンシェンコ」
和斗に鋭い目を向けられ、イミョシェンコが何度も頷く。
「はい! オレことラシャダッキ一家の若頭、イミョシェンコの名にかけて約束しましょう! この通りに手を出すヤツがいたら、ラシャダッキ一家の総力を挙げてブチ殺す事を!」
このイミョシェンコの言葉に、ご近所さん達だけでなく。
『え?』
通りを歩いていた人達までが動かなくなった。
殆どは善良な人々だったが、中には犯罪組織の者も混ざっていたようで。
「今、何て聞こえた?」
「ラシャダッキ一家の総力を挙げてブチ殺す?」
「ラシャダッキ一家って、ついさっき総長が代替わりしたんだよな?」
「じゃあ代替わりのゴタゴタで弱体化してんじゃないか?」
「バカ! お前知らないのか! 新総長の強さを!」
「そうだぜ。ラシャダッキを圧倒的な力でブチ殺したんだ」
「マジか!? どんな猛者も瞬殺してきたラシャダッキをか!?」
「ああ、オレは直接見た。あの新総長、とんでもない強さだった」
「ラシャダッキですら絶対に勝てない相手だったんだぞ!」
「そのラシャダッキに圧勝するなんて……」
「どんなバケモノだよ」
「その新生ラシャダッキ一家が総力を挙げて?」
「こりゃあ絶対に、あの店に手を出せないな」
「近づくのもヤベェよ。何が気に障るか分からねぇんだから」
「とにかく組に報告だ」
「ああ、ヘタな事したら組ごと潰されるってな」
人相の悪い男達は、青い顔で呟き合うと。
「情報は鮮度が命だ」
「急げ」
所属する組織へと走ったのだった。
和斗は、そんな男達を見送ると、オバサンに向かい直る。
「って事で、少しは安心して暮らせると思うんだけど、何かあったらラシャダッキ一家に相談したらいい。イミョシェンコ、任せていいか?」
「はい」
「よし」
満足げに頷く和斗に、イミョシェンコが膝をつく。
「ではカズト様。ケジメもつけた事ですし、さっそく他の組織に乗り込みたいと思います。如何でしょう?」
「いいぞ。でも俺は組織同士の交渉なんて出来ないぞ」
「それはご心配なく。話はオレがつけます」
「ならイイぞ。いつ出発する?」
「今からでも」
という事で和斗、リムリア、奈津、花奈は。
イミョシェンコに案内されて、犯罪組織へと向かったのだった。
イミョシェンコが最初に訪れたのはテンアムイコ組。
主な構成員は虎の獣人で、人数は400人ほど。
妖狐達と同じく、普段は人間の姿をしている。
人間の国=チャナビエトと敵対する気はない、というアピールだ。
しかし虎の獣人の戦闘力は高く。
ラシャダッキ一家を除けば、トンペペストク最強の犯罪組織らしい。
イミョシェンコは、その最強組織の本部に乗り込むと。
「困ります!」
「お待ちください!」
「お願いですから!」
必死に止めるテンアムイコ組員を平気な顔をして押しのけ。
バキン!
テンアムイコ組の組長の部屋の扉を蹴り破った。
そしてイミョシェンコは。
「なんの騒ぎだ!」
ギロリと睨みつけてくるテンアムイコ組長の机にドカッと足を乗せ。
「ラシャダッキ一家に忠誠を誓うか、このまま喧嘩するか。今すぐ決めろ」
そう言い放った。
「テメェはラシャダッキ一家のイミョシェンコか。たった5人で乗り込んでくるとはテンアムイコ組もなめられたモンだな」
テンアムイコは凄んでみせるが。
「おいおい、テンアムイコ。この方が、ラシャダッキに圧勝した新総長様だ。いいのか、そんなデカい口を叩いて? この方がその気になった瞬間、テンアムイコ組はこの世から消滅するぜ」
イミョシェンコの脅し文句と同時に、テンアムイコは死人の顔色になった。
「そいつ……いや、その方がラシャダッキを圧倒的な力で葬ったカズト様か?」
怯えた目を和斗に向けるテンアムイコに、イミョシェンコがニヤリと笑う。
「ほう。ラシャダッキ一家が台代わりしたくらい知ってても不思議じゃないが、新総長の名前まで知っていたか」
「当たり前だ。ラシャダッキが本気で戦ってたんだ、嫌でも耳に入る。というより見に行った。ラシャダッキ一家の本部には強力な結界が張り巡らされているおかげで、安全に見物できるからな。ってか、逆らう者を公開処刑する為に、そうしてるんだろ?」
「その通りだ。ま、ラシャダッキも自分が公開処刑される場面を晒す事になるとは思ってなかったろうがな」
笑みを皮肉なモノに変えるイミョシェンコに、テンアムイコが尋ねる。
「で、もしラシャダッキ一家の傘下に入ったら、儂らはどうなるんだ? 場合によっちゃ、全滅覚悟で喧嘩するぞ」
僅かに震える、しかし虎の獣人の誇りを込めた、この言葉に。
「別に今まで通りにしたらいい」
イミョシェンコは、アッサリと言い切った。
「テンアムイコ組の縄張りは今まで通り。上納金もいらない。ただしラシャダッキ一家の方針には従ってもらう。そしてもしも大きな喧嘩が発生した場合。その時は手を貸せ。手柄を立てたらそれなりの対応をする」
「大きな喧嘩? そりゃあ、ひょっとして……」
テンアムイコの言葉をイミョシェンコが遮る。
「余計な事を言わなくていい。ラシャダッキ一家の配下になるか、全滅するか。それだけ答えろ」
「むう」
テンアムイコは小さく唸ると、和斗をチラリと見る。
別に凄んでいるワケでも威圧しているワケでもない。
しかし僅かに漏れ出す気配に触れるだけで気を失いそうだ。
勝てない。
勝てる筈が無い。
神に戦いを挑んだ方が、まだマシだ。
「はぁああああ」
テンアムイコは大きなため息をつくと、両手を上げる。
「場合によっちゃ、全滅覚悟で結果するとは言ったものの、負けると決まった喧嘩なんぞする気はないわい。ラシャダッキ一家に従おう」
「それでいい」
イミョシェンコはそう言うと、笑顔で振り向いた。
「ではカズト様。次の組に行きましょう」
「次の組? 今、手下を増やしたばかりなのに?」
というリムリアの質問に、イミョシェンコが大真面目な顔で頷く。
「はい。このまま全ての組織を回る予定です」
「……全ての組織って、幾つあるの?」
「組織をして動いているのは21、チンピラの集団が7です」
「つまり28か所も回るの?」
嫌そうな顔のリムリアにイミョシェンコがニコリと笑う。
「面倒な事はさっさと済ませた方が良いでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
リムリアは不満そうだったが。
「イミョシェンコの言う通りだ。さっさと片付けよう」
和斗がそう口にすると。
「仕方ないなぁ。じゃあイミョシェンコ。急ぐよ!」
「はい」
という事で。
28もの犯罪組織を回る事になった。
が、テンアムイコ組が無条件降伏した噂があっという間に広まった為か。
『ラシャダッキ一家に従います』
28全ての組織は、訪れると同時に配下になった。
こうしてラシャダッキ一家、いや和斗は。
僅か数時間でトンペペストクの犯罪組織を統一したのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ




