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   第百九十六話  コレはこう使うのさ






 犯罪者達が和斗に恐れをなして姿を消した後。


「ふん。これがイイ見せしめになったらイイんだけどな」


 和斗は小さく呟いた。

 犯罪に巻き込まれる人が、少しでも減ってくれたら。

 そんな淡い期待を込めて。

 と、その間にもムンジェコフは杖を突きながら街中を逃げながら。


「フォックス連合のモンはいねぇのか!? ラシャダッキ一家のモンは!? 誰でもいい! 助けてくれぇぇぇぇぇ!」


 恥も外聞もなく叫んでいた。

 しかしその声に応える者は1人もいない。

 それどころか。


「あ! オメェはラシャダッキ一家のモンだよな!? 助けてくれ!」

「ひ!? 悪いな、ムンジェコフの兄貴。オレじゃ無理だ!」


 同じラシャダッキ一家の組員すら逃げ出していく始末だ。

 そんな事が何度も繰り返された後。


「チクショウ……どいつもこいつもオレを見捨てやがって……なら!」


 ムンジェコフは街の中心部を睨みつけると、必死に逃げ出した。

 見違えるような速度で逃げていくムンジェコフに、和斗の目がギラリと光る。


「お? 急に元気になったな。まだ何か希望が残ってるのか? なら、その希望ごと叩き潰してやるよ」


 何が今のムンジェコフを支えているのか分からない。

 だが、まだムンジェコフに悪あがきする気力が残っているというのなら。

 全てをブチ壊して、もっと絶望させてやる。


 と、残虐性が更に研ぎ澄まされる和斗の目に。

 周囲の街並みを圧倒する、鳥居みたいなの門が見えてきた。

 高さ30メートルはありそうだ。

 その門の上には。

『ラシャダッキ一家 本部』

 と書かれた、見事な一枚板の看板が掛かっている。


 しかも、その門の先に広がる庭の広いこと。

 サッカー場5つ分くらいありそうだ。

 その広大な庭の向こうに見えるのが、首里城を思わせる宮殿だ。

 ムンジェコフが目指していたのは、あの建物なのだろう。


 しかし、ラシャダッキ一家は犯罪組織の筈。

 その犯罪組織が、なんで街の中心部に宮殿を構えているのだろうか?

 普通は、人の目につかないようにするモンなのでは?

 などと疑問が浮かんでくるが、それは後回し。

 取り敢えず今は、ムンジェコフを追い詰める事だけ考えよう。


 と、和斗が口の端を釣り上げた直後。


「オレだ! ホイコー組のムンジェコフだ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!」


 ムンジェコフが宮殿の前で大声を張り上げた。

 しかしムンジェコフは、助けてもらえるとは思っていない。


(下っ端どもは俺を見捨てて逃げやがった。って事は、ラシャダッキ一家本部もオレを見捨てるかもしれねェ。こうなったらラシャダッキ一家がどうなろうが知った事か! 見捨てられる前に、コッチが利用してやる!)


 ムンジェコフは心の中で叫びながらラシャダッキ一家本部を駆け抜ける。


(ラシャダッキ一家の奴等が、あの化け物の相手をしてる間に、裏口から逃げ出してやる!)


 そう。

 ムンジェコフの狙いは、和斗の足止め。

 この街で最強の戦力を持つラシャダッキ一家でも、和斗には勝てないだろう。


 しかし、瞬殺されるとは思えない。

 数分、上手くいったら数十分くらいは時間稼ぎが出来る筈。

 その間に姿を消そう。

 魔法で失った手足を治し、ついでに顔も変えよう。


 そしてラシャダッキ一家の金庫から金を盗んで田舎で暮らすんだ。

 暴力で生きてきた今までと比べたら退屈な生活になるだろう。

 しかし、このままなぶり殺しにされるより1億倍マシだ。

 

 と心を決めた以上、まずは傷の治療だ。

 ムンジェコフは治療魔法を使えない。

 しかし抗争に備えて、ラシャダッキ一家は優秀な治療師を確保している。

 ムンジェコフは、その治療師が待機している部屋に飛び込むと。


「治療しろ! 大急ぎだ!」


 治療士を大声で怒鳴りつけた。


「お前なら失った手足を魔法で復元するなんて簡単だろ! で、治療が済んだら俺の顔を変えろ!」


 このムンジェコフの要求に。


「ほう?」


 治療士がユラリと立ち上がる。

 30歳くらいの女性で、顔は刃物の様に鋭い。

 長身でホッソリとした体つきだ。

 が、身に纏った気が、見た目通りではないと語っている。

 そんな治療師に気圧されながらも、ムンジェコフは強気を崩さない。


「ほう、じゃねェよ! オレは急いでるんだ! さっさと治せ!」


 詰め寄るムンジェコフだったが。


「急いでる? どうして?」


 治療士から息が止まるほどの圧が発せられ、硬直する。


「な、なんだ!? お前、本当に治療師か?」


 吊り上げられた魚みたいに口をパクパクさせるムンジェコフに。


「おやおや、ムンジェコフ。ちょっと見ないうちに、このアタシの顔を忘れちまったのかい?」


 治療士が、息がかかるほど近くで囁く。


「アタシの顔?」


 ムンジェコフは、そう口にして治療師の顔を見つめると。


「あ、あ、あなたは……」


 顔を真っ青にして、カタカタと震えだした。

 そんなムンジェコフに、治療師がカミソリのように鋭い目を向ける。


「ん? どうしたんだい、ホイコー組幹部ムンジェコフ? ボケたんじゃなければアタシの名を口にしてみな」

「ラシャダッキ一家総長、ラシャダッキ様」

「そう。よく覚えてたじゃないか」


 ムンジェコフの答えに、ラシャダッキは妖艶な笑みを浮かべた。

 が、その目は笑っていない。

 鋭利なカミソリのままだ。


「ところでムンジェコフ。ちょっと気になるんだけど、さっきアンタ、顔を変えろって言ってたよね。手足の治療はともかく、この非常事態の中、何で顔を変える必要があるんだい?」

「そ、それは……」


 言えるワケがない。

 顔を変えて自分だけ逃げ出すつもりだったなんて。

 しかも金庫室から金を盗む計画だったなんて、口が裂けても言えない。


「そ、それはですね……」


 とっさに上手い言い訳が浮かんでこないムンジェコフに。


「アンタの、そんなウソの下手なトコも気に入ってたんだけど、こうなった今じゃ余計に腹が立つだけだねぇ」


 ラシャダッキはそう口にすると。


 ガシッ。


「はぎゃぁああああ!」


 ムンジェコフの髪を引きずりながら本部入り口へと歩き出した。


「アンタ、とんでもないバケモンに手を出して殺されかけた挙句、ラシャダッキ一家を囮にして、自分だけ逃げ出す気だったんじゃないかい?」

「いえ、そんな事、考えた事もありません!」


 今度はスラスラと言えたムンジェコフだったが。


「ムンジェコフ。アンタ、アタシが心を見通せる事を忘れたみたいだね」


 ラシャダッキの言葉に、ムンジェコフは息をのむ。

 和斗に殺されそうになって忘れていたが。

 ラシャダッキは、この心を読む力でのし上がってきたのだ。


「す、すんません、ラシャダッキ様……心を入れ替えて、今まで以上にラシャダッキ一家の為に働きますから……」

「……またアタシに嘘をついたね」

「いえ、嘘なんか!」


 ムンジェコフも嘘をついたとは思っていない。

 今の言葉は本心だった……のだが。


「心の底からの決意じゃない。今の言葉は、口で何を言おうがイザとなったら逃げだすヤツ独特の薄っぺらい言葉なんだよ。つまりアンタは信用できないカスに成り下がった。そんなカス、もうアタシの一家のモンじゃないよ」


 こんな話がある。


 毎日念仏を唱えていた、信心深い男が死んだ。

 男は当然、天国に行けると思っていたが、地獄行きを告げられる。

 なぜか、と問う男の目の前で。

 男が今まで唱えた念仏をフルイにかけると。

 全ての念仏はガシャガシャと砕けてしまう。

 死ぬ間際に唱えた念仏以外は。

 つまり死を迎えて唱えた念仏以外じゃ偽物だった、という話だ。


 ムンジェコフの言葉も同じこと。

 本人さえ本心だと思っているかもしれないが、簡単に砕ける偽物だ。

 だからラシャダッキは、鋼鉄のような視線をムンジェコフに向けると。


 がし。


「ぶひぃぃぃぃぃ!」


 再びムンジェコフの髪を掴んで歩き出した。


「お、お許しをぉぉぉ! ラシャダッキ様、お許しをぉぉぉぉ!」

「うるさいね、黙ってな」


 ラシャダッキは、泣き喚くムンジェコフを引きずりながら入り口に向かうと。


「へえ。アンタかい? ムンジェコフをここまで壊したバケモンは?」


 和斗を発見して、そう口にした。


「そうだったらどうするんだ?」


 チャキ! と刀を握り直す和斗にラシャダッキがニヤリと笑う。


「まあ待ちな。悪いが、その前にやらなきゃならない事が出来ちまった」


 そしてラシャダッキは声を張り上げる。


「ラシャダッキ一家! アタシの前に整列しな!」


 この声から20秒後。

 庭を埋め尽くすほどの妖狐がラシャダッキの前に膝をついていた。

 妖狐といっても、今は人間の姿をしている。

 数は1500匹くらいか。

 島根ノ国を侵略してきた妖狐より少ない。


 しかし島根ノ国を侵略した妖狐より格上の妖狐がいるようだ。

 身に纏う妖気が、それを主張している。

 そして、それらの妖狐とは比べ物にならない妖気を発している妖狐。

 それがラシャダッキだ。


 ちなみに、全員に共通しているのは腕に刺青がある事。

 この狐の刺青が、ラシャダッキ一家の印と思われる。

 ひょっとしたらフォックス連合の印かもしれないが。

 ラシャダッキの腕には無いので、やはりラシャダッキ一家の印なのだろう。


 などと刺青を見つめている和斗の顔が急にこわばる。


「こ、これは!?」


 神の眼の能力だと思うが。

 和斗には、妖狐の腕にある印がどういう物なのか、瞬時に理解できた。


「こんなに詳細に分かるなんて、まるで鑑定スキルだな。しかし、あのラシャダッキってヤツ、とんでもないクズだな」


 この和斗の言葉に、奈津が反応する。


「とんでもないクズって、あのラシャダッキって女の事? でももし島根の国を攻めたのがアイツだったら、本当に妖狐の国を作り上げていたかもしれないわね」


 ボソリと呟く奈津に、花奈が言い返す。


「雷心様と雫様なら負けないと思いますけど」

「ワタシもそう思うけど、雷心様は島根の国を追い出されていたでしょ? もしラシャダッキが島根ノ国を侵略してたら、雷心様と巡り合う前にワタシ達全員、殺されていた筈よ」

「そういえばそうですね。危ないトコロでした」


 と、花奈が胸を撫で下ろすなか。


「裏切り者に、落とし前をつけさせる!」


 ラシャダッキが高らかに宣言した。


「ホイコー組幹部、ムンジェコフはラシャダッキ一家を裏切った。裏切り者がどうなるか。全員、知ってるよね?」


 ラシャダッキの問いに、妖狐達が口々に叫ぶ。


「贄だ!」

「依り代だ!」

「人柱だ!」

「餌だ!」


 が、叫ぶ内容はバラバラ。

 いったい何をする気なのだろう?

 とリムリア、奈津、花奈が首を傾げたところで。


「ケ~~~~~~~~~~~~~ン!」


 ラシャダッキが9尾の狐に姿を変えた。

 体育館サイズの体から体長の1・5倍もある尾が9本伸びている。

 その9つの尾を扇子にように広げた姿は、まさに圧巻。

 あまりの巨大さに、感動すら覚える。


 と同時に、体から立ち上る妖気も桁違いにアップ。

 普通の人間なら気を失うレベルだ。

 これが本当の姿なのだろう。


 そんなラシャダッキにムンジェコフが土下座して叫ぶ。


「お願いですぅ! 許してくださいぃぃぃぃぃぃ!」

「ダメだね」


 ラシャダッキが冷たい声でそう告げた直後。


「ケヒッ!」


 ムンジェコフの体がピクンと跳ね。


「が、が、が……ぶがぁああああああ!」


 ムンジェコフは、獣の咆哮を上げた。

 その声はドンドン大きくなっていき、そしカン高くなっていき、そして。


「ギィイイイイイイイイイ!」


 ジェット戦闘機の排気音のように変わったところで。


 ドパッ!


 突然ムンジェコフの体が膨れ上がった。

 いや、巨大な肉の塊に変わった。

 その大きさは体育館サイズ。

 ラシャダッキと同じ位の大きさだ。

 が、様子がおかしい。


「あ~~、う~~」


 ムンジェコフは、うめき声を上げるだけで動く気配がない。


「なに? いきなり膨れ上がったけど、何が起きたの?」


 奈津の呟きを聞きつけた、ラシャダッキがニィッと笑う。


「これかい? 邪神のオーラを降臨させたのさ。これでムンジェコフは、邪神の力を宿した事になる」

「でもただの肉の塊にしか見えないけど、目的は何? そんな肉塊でカズトさんを倒せると思ってるの?」

「コレで、その男を倒す? 何を勘違いしてんのさ。コレはこう使うのさ」


 ラシャダッキはそう奈津に応えると。


 バクン!


 いきなりムンジェコフの首に噛み付いたのだった。







2023 オオネ サクヤⒸ

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