第百九十五話 それって少しマズいんじゃねェか?
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
トンペペストクは中世ヨーロッパ風の街並みと。
オリエンタルな街並みが入り乱れている、不思議な街だ。
このオリエンタルな通りに、ホイコー組の事務所はある。
周囲の建物同様、事務所は木造だ。
しかし使われている木の太さは、他の建物の倍もある。
戦いを想定した造りになっているからだ。
しかも非常事態に備えて、10人以上の組員が待機している。
そんなホイコー組の事務所に逃げ込みさえすれば、きっと助かる。
ムンジェコフは、それだけを心の支えにして街を駆け抜けると。
「おい、テメェ等! ヤツを殺せ!」
ホイコー組の事務所に飛び込むなり、大声を出した。
「ムンジェコフの兄貴!?」
「その姿は!?」
「何があったんス!?」
駆け寄る組員達に、ムンジェコフが怒鳴り散らす。
「説明してる暇はない! カチコミだ、返り討ちにしてやれ!」
ムンジェコフが何を言っているか、理解した組員はいない。
しかし兄貴分の言う事は絶対。
これがホイコー組の掟だ。
いやラシャダッキ一家の掟、そしてフォックス連合の掟だ。
だからワケが分からないながらも組員達は事務所を飛び出すと。
「動くんじゃねぇ!」
刀を手にした和斗を取り囲んだ。
そんな光景に奈津が呟く。
「ふ~~ん、全部で12人か。たったそれだけで和斗さんに勝てると思ってるなんて愚かね」
「え~~と、あいつら妖狐なんですから、12人じゃなくて12匹なのでは?」
花奈とツッコミに奈津がテヘ、と笑う。
「そうね。12人なんて人間みたいな数え方、アイツ等にはもったいないわね」
などと奈津と花奈が囁き合っていると。
妖狐達が、脅し文句を口にしだした。
「テメェがムンジェコフの兄貴を、あんな姿にしたのか? ああ!?」
「ホイコー組の幹部にこんな事して、どうなるか分かってんだろうなァ?」
「馬鹿なヤツだぜ、ホイコー組に逆らうなんてよぉ!」
「只で済むとは思うなよ」
「てーか、死を覚悟しろや」
「いや、半殺しにしとけ。奴隷として売る」
「半殺し? そんな器用な真似、出来るかよ!」
「そりゃそうか。ぎゃははははは!」
バカ笑いする組員達にムンジェコフが叫ぶ。
「バカ野郎! そんな暇があったら攻撃しろ!」
しかし和斗の恐ろしさが分からないのだろう。
「へ?」
「こんなヤツ、楽勝ですよ」
「なにしろコッチは12人もいるんスから」
「安心して見てて下せぇ」
組員達は余裕の態度を崩さない。
そんな組員の1匹に、和斗は刀を振り上げると。
ひゅ。
無造作に振り下ろして、真っ二つにした。
きっと組員達にとって、思いもしない事だったのだろう。
組員達は茫然として固まってしまう。
が、直ぐに我に返ると。
「テメェ!」
下っ端らしい、薄っぺらな声を上げて襲い掛かってきた。
いや、襲い掛かるように見えたが、そこでピタリと動きが止まり。
「遅いな」
和斗が呟くと同時に、組員達の首はゴトリと地面に落下した。
そして首を失った組員達の体から、一瞬遅れて。
ブシュゥウウウウ!
噴水の様に血が噴き出す。
と、そこで。
地面に倒れた組員達の姿に、奈津が目を向ける。
「あれ? 倒したのに殺生石に変化しない? 妖狐なのに、どうして? まさか死んでないの?」
首を傾げる奈津に、リムリアが説明を始める。
「あ、それはカズトが普通の斬撃に破毒の太刀を併用してるからだよ。破毒の太刀は毒だけを斬る剣だからね」
「それって超高等技術ですよね?」
「そう? カズトは簡単に出来たみたいだよ」
「さすがカズトさん……」
などとリムリアと奈津がコソコソと話している中。
「ち、ちくしぉおおおおお! だからあれほど言ったのに! くそ! 他に誰か居ねェのか! おい! 誰でもいい! 出てこい!」
ムンジェコフは、目を血走らせて怒鳴りまくっていた。
「おい! 誰も居ねぇのか!」
必死の形相で怒鳴るムンジェコフに、ドスの利いた声が答える。
「どうしたんだい、ムンジェコフの兄貴。そんな大声出して」
その声と共に、4人の男が事務所の奥から姿を現す。
先程の下っ端と、明らかに身に纏う空気が違う。
「おう、テメエ等か! オレに逆らったあのバカに、ホイコー組の恐ろしさを教えてやれ!」
『へーい』
気の抜けた返事をしたが、4匹の目に油断はない。
ホイコー組、斬り込み隊4人衆。
これがこの4匹の通り名だ。
ムンジェコフと共に数々の抗争で無敗を誇る、ホイコー組の最強戦力だ。
「オレでもこいつ等4人を1度に相手したら勝てねぇんだ! いくらテメエが強くてもコイツ等にゃあ勝てねぇぞ!」
斬り込み隊4人衆の後ろに隠れてホッとしたからだろうか。
ムンジェコフは急に威勢がよくなった。
まあ、それも当然かもしれない。
前後左右を囲んだ4人衆による同時攻撃。
これには、どんな強者も手も足も出せずに死んでいったのだから。
しかし。
「音速剣」
和斗が放った、超音速の薙ぎ払いは。
ドン!
岩をも砕く衝撃波を発生させ。
「「「「うぎゃあ!」」」」
4人衆をグシャグシャに潰して吹き飛ばした。
その凄まじい光景に、奈津と花奈が囁き合う。
「さっきの状況なら、百矢払いで切り刻むと思ったけど……カズトさん、音速剣を使ったわね。破毒の太刀を併用しながら」
「百矢払いだと剣速が早すぎて、素人には何が起こったか分からないからじゃないでしょうか。その点、音速剣なら衝撃波が敵の体を派手にブチ壊すので、より大きな恐怖をムンジェコフに与えられるとカズト先生は考えたのだと思います」
という花奈の考えは正しかったらしい。
4人衆の惨たらしい死に様に、ムンジェコフは息が出来ないほど怯えていた。
そんな呼吸困難で死にそうなムンジェコフに。
「この程度の奴等に、俺が負けるとでも思ったのか?」
和斗はそう口にすると、歩みを再開する。
ムンジェコフに、もっと深い地獄を味合わせる為に。
「くくくく、さて次はドコを切り落とそうかな~~」
ユックリと1歩、また1歩と進む和斗に。
「なんなんだよコイツはぁぁぁ~~!」
ムンジェコフは金切り声を上げるが、その直後。
「ふひ。ふひひ。ふひひひひひ!」
急に笑い出して、事務所の奥にある部屋に逃げ込んだ。
「どうしたのかしら」
「ひょっとして発狂したのでは?」
ひそひそと話す奈津と花奈にリムリアがフンと鼻を鳴らす。
「そんなワケないじゃん。ボクが魔法で、狂ったりショック死しないようにしてるんだから」
「そんな事してたんですか!?」
驚く奈津にリムリアがニヤリと笑う。
「あたりまえじゃん。せっかくこの世の地獄を味合わせてるのに、発狂したり突然死したら意味なくなっちゃうもん」
「う~~わ~~」
「リム先輩も怒らせてはいけない人だったんですね」
奈津と花奈がドン引きしていると。
バタン!
ムンジェコフが逃げ込んだ部屋の扉を、慌てて閉める音が鳴り響いた。
「ふひ、ふひひ、ふははははは! もうこれでオレに手出しできないぞ! なにしろこの扉は、ラシャダッキ総長の攻撃魔法にも耐える魔道具だ! いくらテメェが強くても、この扉に傷一つ付ける事は出来ねぇぞ!」
「へえ。この扉って、そんなに凄いモンなのか?」
扉をコンコンと叩く和斗に、ムンジェコフが得意げに喚く。
「当たり前だろ! チャナビエトで1番の職人に作らせた、この世で最強の防御力を持つ盾を扉に加工した逸品だ! この扉を壊せるのは、フォックス連合の会長であるラスプーチン様の、10メートル級メテオくらいのモンだ!」
10メートル級メテオ?
直径10メートル程度の隕石を召喚する魔法だろうか?
……たった10メートル?
ま、イイか。
その程度の防御力で安心しているのなら、さっそく地獄に蹴り落としてやる。
と、和斗は獰猛な笑みを浮かべると、刀を構え。
「へえ、メテオで壊れるのか。なら大したコト無いな。そら」
ムンジェコフに聞こえるようにそう口にすると、刀を扉に突き立てた。
ちなみに和斗が手にしているのは限界まで強化した日本刀。
つまり10億倍に強化された、その日本刀の切っ先は。
つ。
扉を簡単に貫いた。
手ごたえは……包丁を豆腐に突き刺した程度。
何の抵抗も無く貫通した、とも言える。
そして和斗は。
「この世で最強の防御力? とてもそうは思えないぞ」
軽口をたたきながら、ユックリと扉を切り裂いていく。
ムンジェコフが、より深く恐怖するように。
そして。
ゴゴン。
切断した扉が重々しい音を立てて倒れた先には。
「……ありえないありえないありえないありえないぃぃぃぃぃぃぃ!」
絶叫するムンジェコフの姿があった。
「なんで切れるんだよぉぉ!? 最強の盾で作った扉なんだぞぉぉ!? メテオすら防ぐんだぞぉぉ!? それなのに……なんで切れるんだよぉぉぉぉ!?」
イヤイヤしながら泣き喚くムンジェコフ。
もうどこまで正気が残っているか怪しく見える。
ムンジェコフの状態は、そのくらい悲惨なモノだったのだが。
「まさに発狂寸前ね」
奈津と花奈は、のんきな声で囁き合っていた。
「そうですね。この状態でも発狂せずに済んでいるなんて……やっぱりリム先輩の魔法は凄いですね」
完全に他人事の奈津と花奈に、リムリアが呆れた声を上げる。
「ナツもカナも、この状況に慣れるの早すぎない?」
「だってアイツは悪人だもん」
「それに島根ノ国を壊滅状態に追い込んだ犯罪組織の一員なんですから、これでも足りないくらいです」
「それもそっか」
奈津と花奈の返事にニッと笑ってから、リムリアな和斗に目を向ける。
「ま、カズトもまだ終わりにする気、無いみたいだし。もう少し悪党が苦しむトコを見物しよっか」
リムリアが言ったように。
和斗はまだまだ痛めつける気満々だった。
「さてと。一般の人に迷惑かけたらどうなるか。お前ら犯罪者には、もっと見せつけないとな」
和斗はムンジェコフにそう告げると。
ガシッ。
「はげぇぇぇぇぇぇ!」
ムンジェコフの髪を掴んで、事務所の外に投げ捨てた。
「さあ、見せしめ再開だ。善良な人に酷い事をした犯罪者がどうなるか。皆に見てもらえ!」
和斗はそう言うと、杖替わりの棒をムンジェコフに投げ渡すと。
「ほらほら。さっさと逃げないと、また手足が無くなるぞ?」
再び、地獄の鬼ごっこを再開する。
その和斗が浮かべる、悪魔のような笑みを目にして。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~」
ムンジェコフは、泣き喚きながら逃げ出した。
その顔にあるのは、恐怖に焦燥に絶望に怯え。
完全に心をへし折る事に成功したみたいだ。
その惨めな姿を、影から覗いている者達がいた。
ラシャダッキ一家以外の犯罪者達だ。
「おい。あれムンジェコフじゃないか?」
「え? ラシャダッキ一家でも武闘派で有名な?」
「そうそう、去年の抗争じゃあ敵の組を1人で潰したムンジェコフだ!」
「あ、ホントだ! ラシャダッキ一家、ホイコー組のムンジェコフだ」
「気に食わないヤツだが、強いから黙るしかなかったけど……」
「そのムンジェコフをボロボロにして追い回しているアイツは何者だ?」
「分からん。見た事無い顔だ」
「しかし途轍もなく強い事は間違いなさそうだ」
「そりゃそうだ。ムンジェコフが殺されかけてんだからよ」
「ま、アイツが誰であれ、ムンジェコフを始末してくれるなら大歓迎だ」
「違いねぇ」
「聞いた話じゃ、定食屋に火をつけて、アイツの逆鱗に触れたらしいぞ」
「オレは一般人を脅すな、と怒り狂ったって聞いたぞ」
「それで見せしめとして公開処刑されてる、ってワケか」
「ま、アイツが誰であれ、ムンジェコフを始末してくれるなら大歓迎だ」
「違いねぇ」
犯罪者達がゲラゲラと笑いだすが。
「でもよ、それって少しマズいんじゃねェか? オレ達だって一般人を食い物にしてるんだ。もしもそんなトコをアイツに見つかったら、オレ達もムンジェコフと同じ目に遭わされるんじゃないか?」
1人が口にした、その言葉で場が凍り付く。
そして犯罪者達は。
「そりゃマズいな」
「ああ、間違いなくマズい」
「どうする?」
「そりゃあ……組に戻って指示を仰ぐのが1番だろうな」
「ああ、オレもそうする」
コソコソと相談すると、闇に溶ける様に姿を消したのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ