第百九十四話 一般の人々を脅すな
「ぶぎゃぁああああ!」
悲鳴を上げながらゴロゴロと床を転げまわるムンジェコフに。
「おっと、このままじゃ出血多量で死んじまうな」
和斗は静かに呟くと。
「メディカル」
ムンジェコフの出血を魔法で止めてやった。
ところで。
メディカルは肉体を完全回復させる魔法だ。
発動させた瞬間、どんな怪我も元通りになる。
たとえ瀕死の重傷だろうと。
しかしレベルが上がった為だろうか。
和斗は、治療のレベルを思い通りに出来るようになっていた。
だから和斗は、死なない最低限の処置だけ行う。
つまり傷口はそのままで、出血だけ止めるというギリギリを見切って。
そして和斗は。
「ひえ! ひえ! ひえ! ひえ!」
左肘を押さえて悲鳴を上げるムンジェコフにニヤリと笑ってみせる。
「おい、逃げた方がいいぞ。次は左腕を肩から切り落とすから」
ここで初めて、ムンジェコフは和斗の戦闘力に気付いたのだろう。
「オ、オレが悪かった! た、助けてくれ! この通りだ!」
ムンジェコフは床に頭を擦り付けながら命乞いを始めた。
「何でもする! 店も弁償する! だから助けてくれぇぇぇぇ!」
鼻水を垂らしながら泣き喚くムンジェコフに、和斗はニコリと笑う。
「おいおい、どうせお前は、そうやって懇願する人達を笑いながら酷い目に遭わせてきたんだろ? なのに自分だけは許してくれ? ふざけるな。今までの自分の行いを後悔しながら苦しみ抜いて死ね」
そして和斗は、朗らかな笑みを浮かべたまま。
ザシュ。
「はぎゃぁあ!」
ムンジェコフの左腕を肩から切り落とした。
もちろんメディカルで出血を止める事も忘れない。
「さて、次はドコを切り落とそうかな~~?」
和斗の笑みが、残酷なものに変わるのを見て、ムンジェコフは。
「わひゃぁあああああ!」
必死の形相で逃げ出した。
のだが、右足首を失っているからだろう。
本人は走っているつもりかもしれないが、笑ってしまうほど遅い。
もちろん、そんなムンジェコフに追いつくのは簡単だ。
でも、それでは気が済まない。
親切なオバサンに、あんな顔をさせたのだ。
心をへし折られ、もがき苦しんだ挙句、惨めな死に様を晒す。
それが、ムンジェコフに和斗が下す罰だ。
だから和斗は、敢えてユックリと歩いてムンジェコフの後を追う。
恐怖がより大きく、そして長引くように。
「うわぁ。こんなに怒ったカズトさん、初めて見たわ」
「本当。絶対に怒らせたらいけない人だっんですね」
奈津と花奈の呟きにリムリアが頷く。
「そうだね。あんなに怒ったカズト、ボクも久しぶりに見た。おっと、それよりナツ、カナ。カズトの後を追うよ」
リムリアはムンジェコフを追いかける和斗の後に続く。
その和斗だが、ユックリ歩きながらも。
「そらそら。早く逃げないと。今度は右足の膝から下を斬り落とすぞ」
「ひぃいいいいいいい!」
ムンジェコフを、執拗に脅し続けていた。
とはいえ、ムンジェコフの体力は限界に近い。
逃げる速度も、少しずつ遅くなっていく。
しかしその度に。
「おいおい、右膝はいらないのか? ほら、急げ、急げ」
和斗は脅し文句を口にし。
「ひぃ! ひぃ! ひぃ!」
ムンジェコフに休む暇と、心の余裕を与えない。
ところで。
ムンジェコフが泣き喚きながら逃げているのは、この街の大通り。
だから当然の事ながら。
多くの人間が、泣きながら逃げ回るムンジェコフを目にすることになる。
「おい、あれってムンジェコフじゃないか?」
「あ、本当だ」
「は? ムンジェコフって、あのラシャダッキ一家の?」
「正確にはラシャダッキ一家内、ホイコー組の幹部だな」
「え? 狂暴な事で有名な、あのムンジェコフ?」
「そうそう。ラシャダッキ一家の中でも3本の指に入る武闘派らしいぜ」
「そのムンジェコフが、なんで街中を這ってるんだ?」
「しかも泣きながら」
「おいおい、しょんべんまで漏らしてねぇか?」
「へっ。ざまあみろだ。オレの親父はアイツに殴り殺されたんだからな」
「俺の兄貴もだ! ちょっとショバ代が遅れただけなのに」
「私の妹なんか体を汚された挙句、面白半分に殺されたわ!」
「でも、どんなに酷い目に遭わされても、耐えるしかなかった……」
「なのに今、目の前でムンジェコフが痛めつけられている」
「ああ、こんな日が来るなんて……」
「ざまあみろ!」
「死んじまえ!」
「やっとお前が殺される番が来たな!」
憎悪の言葉を浴びせる人々にムンジェコフが吠える。
「おい! 今言ったヤツ、どうなるか分かってるんだろうな!」
しかしその声は裏返り、かつてあったろう迫力の欠片もなかった。
負け犬が八つ当たりしている事が、丸分かりだ。
しかし、それでもホイコー組の幹部という肩書は恐怖の対象らしい。
ムンジェコフの惨めな恫喝にも。
『ひ』
多くの人々は顔色を変えた。
が。
「一般の人々を脅すな」
和斗は、そう口にすると縮地斬を放った。
と同時に。
「はえ?」
ムンジェコフは、カクンと膝をついた右足に目をやり。
「な!」
膝から下が切り落とされている事を悟り、息をのんだ。
「斬られた? なんで? ヤツとはかなりの距離があった筈……なのに何でオレの足が無くなってるんだ……?」
ムンジェコフは恐怖で混乱した頭を抱える。
意味が分からない。
アイツとは100メートルは離れていた筈。
なのに突然、右足の膝から下を失った。
アイツは100メートル先からでも相手を切り裂く事が出来るのか?
いや、あり得ない。
そんなの人の技じゃない。
でも。
それなら何故、オレの足は無くなってるんだ?
と、そこでムンジェコフは、目の前に立っている和斗に気付く。
「わひゃぁあああ! いつの間に、こんな近くに!?」
顔面蒼白になるムンジェコフに。
「あの建物の屋根を見ろ」
和斗はそう口にすると、1キロほど離れた場所にある建物を指さす。
そして和斗は、縮地でその建物の屋根に移動して。
「見えたか!?」
とんでもなく大きな声でムンジェコフに叫び。
「俺は瞬間移動できるんだ」
再びムンジェコフの前に縮地で戻り、そう口にした。
「そ、そんなぁ……それじゃ、どう足掻いても逃げられねェじゃねぇかよ……」
呻き声を漏らすムンジェコフに、和斗は冷酷な笑みを浮かべる。
「じゃあ、逃げ回るのを止めるのか? それならそれで構わないが、楽には殺さないぞ。手足を切り落とし、内臓を全て掻き出して道に並べ、頭蓋骨を切り裂いて取り外し、剝き出しになった脳ミソをグチャグチャに潰してやる。もちろん途中で死んだり、発狂しないように魔法で回復しながらな」
「わひぃいいいいい!」
流石に、そんな殺され方は嫌だったのか。
ムンジェコフは、四つん這いになって逃げだした。
もともと妖狐だったからだろうか。
左腕と、右足の膝から下が無いのに、結構速い。
そんなムンジェコフの必死に、和斗の笑みが残酷なものに変わる。
「そうそう、その調子、その調子。逃げろ、逃げろ。逃げて逃げて、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いてから死ね」
さっきの人々の言葉からして。
ムンジェコフは、とんでもない数の人々を不幸にしたに違いない。
なら、その人達の分まで罰を与えてやる。
和斗は心の中で、そう呟くと。
「う~~ん……そうだな、こうしよう! 10数えてから左の足首を切り落とすとしよう!」
和斗はポンと手を打つと、カウントを始める。
「じゅ~う~~、きゅ~う~~、は~ち~~……」
和斗の声は、ムンジェコフには地獄から響いてくるように感じた事だろう。
「ひぃい! ひぃい! ひぃい! ひぃい!」
涙と鼻水を垂れ流しながら、今までの倍の速度で逃げ出した。
そんなムンジェコフに和斗は。
「ほう、速い速い。ガンバレ~~」
パンパンと手を打ってから。
「な~な~~、ろ~く~~、ご~お~~」
カウントを再開する。
和斗はユックリ歩いているので、ムンジェコフとの距離は離れていく。
しかし和斗は焦らない。
「よ~~ん~~、さ~ん~~、に~い~~」
ノンビリとカウントを進めると。
「い~ち~~」
最後のカウントを口にし。
「ぜ~ろ~~」
そう口にすると同時に。
「縮地斬」
和斗はムンジェコフの左足首を切り落とした。
「ぎゃああああ!」
左足を押さえてゴロゴロと地面を転がるムンジェコフに。
「おお、左右の足首が無くなって大変だな。コレを使え」
和斗は道端に転がっていた棒を差し出した。
「これを杖にしたらいい」
ニッコリ笑う和斗。
その笑顔は慈愛に満ちたものだが、その下には残酷な悪意が満ちていた。
しかしムンジェコフは右膝から先と左足首を失っている。
逃げる為には、杖が必要なのは間違いない。
だからムンジェコフは恨みがましい目を和斗に向けてから。
「ちくしょう……」
棒を杖にして、よろめきながら逃走を再開した。
そんなムンジェコフの情けない姿に、人々は再び罵声を浴びせる。
「ざまぁみろ!」
「いい気味だ!」
「今まで偉そうにしやがって!」
「姉さん、ヤツに罰が下ったわよ……」
「オレの親父の分まで苦しめ!」
「弟の分もよ!」
「もっと苦しめて、ホイコー組に殺された人の恨みを晴らして!」
この人々の魂の叫びに。
「ちくしょう、覚えとけよ。なんとか生き残って、貴様ら全員、この手でなぶり殺しにしてやるからな」
ムンジェコフは血走った眼を向ける。
その狂気に染まった眼に睨まれ。
『ひ!』
人々は怯えた声を上げた。
それを耳にした和斗は。
「縮地斬」
ムンジェコフの右足を付け根から切り落とした。
そして。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃ!」
右足を失いながらも、何とか杖にしがみ付いて転ばなかったムンジェコフに。
「人々を脅すな、と言ったのを忘れたのか?」
和斗は、そう質問した。
ムンジェコフは和斗には恐怖しながらも、まだ人々を脅せるらしい。
もっともっと心をへし折る必要がある。
和斗はそう判断すると。
ドス。
「げぼぉ!」
ムンジェコフの背中に、深々と刀を突き刺した。
そして和斗は、ゴボッと口から血を吐くムンジェコフに告げる。
「人々を脅す度に、お前の背中を刺す。ま、刺し傷だけはメディカルで回復してやるから、脅したければ脅したらいい。けど、脅す度に刺す回数は増えていく。次に人を脅したら2回刺す。その次は3回刺す。分かったな」
「は、はい……」
慌てて頷くムンジェコフをメディカルで回復してやると。
「じゃあ、鬼ごっこを再開しよう」
和斗は子供の様に無邪気な笑顔をムンジェコフに向けた。
「今度は左足の膝から下を切り落とす。今度こそ、逃げ切れるといいな」
そして和斗は笑顔のまま、そう口にすると。
「じゅ~う~~、きゅ~う~~、は~ち~~」
またしてもカウントを始める。
「もう1回言うけど、10数えたら足首斬るからな。あ、逃げるのを諦めたら拷問を繰り返すから、俺は逃げた方がイイと思うけど。ま、好きにしたらいい」
笑みを残虐なものに変えた和斗に。
「うぐぅううう……」
ムンジェコフは顔を歪めて、逃走を再開した。
もちろん、希望など殆ど無い事くらい分かっている。
しかし絶対など、この世には無い。
奇跡が起こって、この地獄から逃げ出せるかも。
ムンジェコフは生まれて初めて、神に祈る。
助けて下さい。
助かったらホイコー組をやめます。
もちろん、簡単にやめられないだろう。
が、このままなぶり殺しにされるよりマシだ。
山にこもって、大人しく余生を送ります。
だから神様、助けてください!
ムンジェコフの必死の祈りが天に届いたのか分からない。
しかしムンジェコフの目に希望が蘇る。
何故なら。
このまま50メートル進めば、ホイコー組の事務所が見えてくるからだ。
だからムンジェコフは。
死力を振り絞って、その50メートルを駆け抜けたのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ




