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   第百九十一話  万斬猛進流の里での稽古





「雷心よ。まずは徹底的に基本を稽古するのだ」


 この不動明王の言葉通り雷心は。

 抵抗議運の少年少女に、基本の素振りをさせる事にした。


 真上から真下、右上から左下、左上から右下への切り下ろし。

 その逆の軌道を通る切り上げ。

 右から左へと、左から右への薙ぎ払い。

 上方向、水平方向、下方向への突き。

 この11種の斬撃を、両手、右手、左手で各100本ずつ。

 合計3300回の素振りだ。


 しかも1振り1振り、全力で行う。

 より力強く、より速く、より正確に、1振りも無駄にしない。


 そんな魂を込めた稽古だったからだろう。

 全員が3300回の素振りを終えた時、既に日は暮れていた。

 まあ13歳の子供も混ざっているのだから、仕方ないだろう。

 もちろん最年長の17歳の少女達も限界を迎えている。

 そして。


「終わったぁ……」

「あ、あれ? 足に力が入らない……」

「もう立ってなくてイイのかな? なら……」


 力を出し尽くした全員が、地面に崩れ落ちる中。


「ふむ、全員、1度も手を抜く事なく3300本の素振りを終えたでござるな。皆の本気、確かに見届けたでござる。本日の稽古はここまででござる」


 雷心は穏やかな顔で、そう告げた。


「では宿舎に荷物を置いて、風呂に入って食事をとって、今宵はゆっくり休むでござる。わからない事があったら雫殿に尋ねたら良いでござる。では雫殿、皆の誘導をお願いするでござるよ」

「よっしゃ、ウチについて来ぃ!」


 そう口にした雫が、まず案内したのは。

 1000人が1度に入浴できるくらい広い、露天風呂だった。


「仏様の加護のお陰で疲労回復、体力回復、健康促進、疾病予防に治癒効果、おまけに僅かやけど肉体強化まである、ちゅうありがたい温泉や。まずはココで今日の疲れを癒しぃ」


 という雫の言葉は本当だった。


「ウソ、急に体が軽くなったわ」

「手が千切れそうだったのに、もう痛くない!?」

「足の痛みも消えたみたい!」

「はぁ~~、気持ちいい~~」


 悲壮だった少年少女の顔が、笑顔に変わる。


「よっしゃ、ちーとは余裕が出てきたようやな。ほなら次は飯や」


 そして次に雫が案内したのは、寺院の一角に設けられた大食堂だ。

 見た目は質素な学生食堂といったトコだろうか。

 簡素な建物の中には、これまた簡素はテーブルとイスが並んでいる。


 が、そのテーブルに並んでいるのは肉や魚や野菜の料理。

 そして米の飯に味噌汁に漬物。

 贅沢ではないが、栄養学的に見てバランスの取れた食事だ。

 成長期の少年少女にとって必要な者が過不足なく用意されている。


「普段は精進料理ばっかりやけど、大量の食材を持ち込んださかい、かなり美味いモンが食えるで。しっかり食べて強くなりぃや」


 そう口にすると雫は、奈津に視線を送る。


「ほなら感謝して頂きぃ」

「は、はい。では……いただきます!」

『いただきます!』


 奈津の「いただきます」に全員で声を揃え。

 少年少女達は、栄養満点の食事を欠片も残す事なく平らげたのだった。


「よっしゃ、腹一杯食うたな。なら次や」


 続いて雫が案内したのは寺院の本堂だった。

 500畳の本堂に、全員分の布団は敷かれている。


「宿舎ごとに分かれて生活してもエエんやけど、やっぱ抵抗軍は全員まとまって稽古に励んだ方がエエやろ。ここで全員、一丸となってチャナビエトのクソ共を蹴散らかせえるくらい強うなり」


 温泉で回復したといっても、やっぱり疲れ切っていたのだろう。

 雫の言葉と共に少年少女達はそろって布団に潜り込み。


「すぅ~~」

「く~~」

「か~~」

「くか――」


 僅か数秒で寝息を立て始めた。

 この穏やかな時間の中。


「よしよし、ユックリ休みぃや」


 雫は母親のような目でそう呟くと。


「絶対に強くしたるさかい、一緒にチャナビエトのブチ殺したろな」


 夜空に浮かぶ月に、そう誓うのだった。






『徹底的に、基本を稽古するのだ』


 この不動明王の言葉通り。

 基本の斬撃の稽古は3年に及んだ。


 万斬猛進流の里の1年は現世の1日なので、奈津達の見た目に変化はない。

 しかし3年分の稽古は、確実に実を結んでいた。


 初日、3300回の基本の素振りに丸1日を費やした。

 けど今は、同じ稽古を1時間で終える事が出来るようになっている。

 だいたい1秒に1度、刀を振る計算だ。

 だから午前の4回、午後に5回、基本の素振りを行う。

 これが3年経過した、奈津達の今の稽古だ。


 もちろん、もっと早く振るう事も出来るだろう。

 しかし全身全霊で刀を振るのは、この速度が限界。

 これ以上速い間隔で行うと、研ぎ澄ました斬撃ではなくなってしまう。

 だから今日も奈津達は、1本も無駄にする事の無いペースで刀を振るう。

 今の自分を超える為に。


 ちなみに現世で同じ事をやったらオーバートレーニングに陥り。

 体力か気力が続かなくなって、脱落していたに違いない。


 しかし神の加護を持つ温泉のお陰で少年少女達は。

 肉体も心も限界を迎える事なく3年間、頑張り抜く事が出来た。

 もう奈津達の肉体は世界トップクラスと言えよう。

 そんな奈津達に目をやりながら、不動明王が雷心に話しかける。


「やっと万斬猛進流を学ぶ基礎が出来てきたようだな。そろそろ初伝の稽古を始めても良かろう」

「はい、拙者もそう思っていたところでござる。しかし」


 そう口にすると雷心は、和斗とリムリアに視線を送った。

 奈津達の前で、同じく基本の素振りをする和斗とリムリアに。


「まさかあの2人も皆に交じって基本の稽古をやるとは、思ってもみなかったでござる。しかも」


 そこで雷心の目に尊敬の光が宿る。


「抵抗軍の少年少女以上の熱意と忍耐により、もともと桁違いでござった実力が異次元のものに進化しているでござる。基本の大切さは十分に理解していたつもりでござるが、目から鱗が落ちる思いでござる」


 雷心の呟きに不動明王も同意する。


「うむ。儂も目が覚める思いだ。前にも言ったが、カズト殿とリムリア殿の戦闘力は儂を遥かに超えておる。そんな彼らが本気で3年も基本に打ち込んだ剣の冴えを目にする事ができたのは、儂にとっても大きな財産である。そしてそれは、彼らも同様だな」


 不動明王が言ったのは奈津達の事だ。

 神のレベルにある和斗とリムリアの動き。

 その究極の斬撃を目にする事により、ありえない完成度の斬撃を知る。

 そして目に、脳裏に焼き付いた斬撃を手本にして稽古する事により。

 この3年で奈津達は、10年の稽古に匹敵する上達を遂げていた。


 ちなみに。

 ある動作を習得するのに10万回の繰り返しが必要だと言われている。

 バスケットやサッカーのシュート、バットの素振り、空手の突きなど。

 どれも約10万回繰り返す事により、高いレベルに到達できるらしい。


 そして今。

 奈津達は3300の素振りを1日に9回、こなしている。

 つまり1日で約3万回。

 3日ちょっとで10万回に達する計算だ。

 まあ実際にそのペースで上達したかは分からない。

 それでも奈津達の斬撃は、不動明王が認めるレベルに達したようだ。


「しかも奈津という娘と花奈という娘が、飛びぬけた腕前に育ったようだ。彼女たちなら奧伝も習得するやもしれぬ」


 感慨深げな不動明王に、雷心も目を細める。


「はい。彼女らは上達が早い上、熱意も人一倍でござるので、これからが楽しみでござる。しかし拙者も負けていられないでござるな。彼女たちと共に自分自身を鍛え直す所存でござる」

「うむ。これで雷心も壁を1つ破るであろう。精進するが良い」

「は!」


 そして雷心は、奈津達を整列させると声を張り上げる。


「皆、よく頑張ったでござるな。皆の斬撃は、カマイタチを引き起こす威力を発揮する程になったでござる。つまり皆は既に、万斬猛進流の初伝である音速剣を身に付けた、と言えるでござる」


 と、この言葉に誰よりも早く、リムリアが反応する。


「音速剣? ボク、みんなと一緒に稽古してたけど、カマイタチなんて発生してなかったよ?」

「それはそうでござろう。この稽古場には不動明王様の結界により、カマイタチが発生しても周囲に被害が出ないようになっているのでござるから」

「なんでそんな面倒くさいコトしたの? 風切りを習得してから始めたら済むコトなのに」


 首を傾げるリムリアに、雷心は説明する。


「いや、風切りはある程度の腕前があって初めて取得できる技でござる。初心者に近い状態だった抵抗軍の皆では、とても習得できなかったでござる。いや出来ない事もなかったでござろうが、とにかく全力で素振りして斬撃を磨くのが、1番上達する練習法でござるので、基本の素振りのみを行ったでござる」

「で、万斬猛進流の稽古を始めれるくらい、みんなの腕前は上がった、と?」

「そうでござる」


 リムリアの質問に雷心が答えると同時、奈津達が歓声を上げる。


「やったぁ!」

「これで万斬猛進流を学べるんだね!」

「ついに、あの最強の剣技を……」

「よーし、やるわよぉ!」


 顔を輝かる奈津達の前に、雷心が進み出る。


「ではまずは、拙者が風切りをやって見せるでござる。よく見ておくでござる」


 こうして雷心が風切りを披露し。


「では横1列にならんで、稽古を始めるでござる。失敗してカマイタチが発生しても仲間を斬らないよう、斬撃を放つ方向には十分に気を付けるでござるぞ。では各自、開始!」


 雷心の号令と共に、大気を斬る稽古が開始された。

 とはいえ、すぐ空気など切れる筈もない。

 それ以前に、透明な空気が切れたかどうかなんて分かりにくい。


 なので寺院の裏手の池へと移動。

 水面を斬る稽古に取り掛かる。

 もちろん直ぐに習得できる筈がない。

 しかし雷心や和斗やリムリアが水面を斬ってみせ。

 そしてそれを真似して斬撃を放つうちに。


「切れたわ!」

「切れました!」


 奈津、花奈が風切りに成功する。

 そして1か月後には、全員が風切りを成功させた。

 その間、奈津と花奈は更に風切りを磨き上げ。

 いつしか2強と呼ばれるようになっていた。

 そして全員が風切りを成功させたところで。


「次は音速剣の稽古でござる」


 こんどはシッカリとカマイタチを発生させる稽古が始まった。

 まずは単にカマイタチを刃にまとわす音速剣。

 これは既に全員がマスターしているので、その次の段階。

 すなわちカマイタチを刃から撃ち出す飛刃剣の稽古だ。


 そして稽古はやがて、複数のカマイタチを撃ち出す乱刃剣。

 撃ち出すカマイタチを正確に操る操刃の太刀へと進んでいく。

 もちろん全員が同じペースで取得するワケがない。


 しかし少しずつだが、全員が技を身に付けていき。

 ついに操刃の太刀を全員が使いこなせるようになった。

 まあ、操るカマイタチの数はまちまちだが、最低でも100。

 奈津と花奈にいたっては、1000ものカマイタチを操れるようになった。


「ほう。2人も破軍の太刀を身に付けるに至ったか。上達速度には目を見張るものがあるな。いや、強くなる、という執念が凄まじいからか。とにかくこれで次の段階に進んでも良いであろうな。であろう、雷心?」


 不動明王の呟きに雷心が頷く。


「はい。これで圧倒的な数の差であろうと剣技によってひっくり返す事が出来る様になったでござる。となれば次は、魔力切りに挑戦でござる。魔法使いの攻撃魔法を封じ込む事が出来なければ、全滅もありうるでござるので」


 という事で魔力切りの稽古。

 加えて和斗がやったように、飛刃剣に魔力切りを乗せる稽古を行う。

 こうして遠距離からの攻撃をマスターし。

 そして遠距離からの魔法を防げるようになると。

 次は接近戦での戦闘力の底上げだ。


 稲妻を切り落とす『雷断の太刀』の稽古により、剣速を更に速くし。

 神速の剣速を得たら、今度はその速度での連撃=百矢払いの稽古だ。

 百矢払いに成功したら、続いて突進斬。

 縮地斬にも挑戦する。


 こうして現世での3カ月、ここでは90年が経過し。

 少年少女達は全員、多くの技を身に付けた。


 放てる魔力切りカマイタチの数。

 あるいは放つカマイタチの威力。

 百矢払いに使用する矢の速さ。

 突進斬の突進速度。

 縮地斬の攻撃距離。

 これらは当然、個人差がある。


 しかし全員、十分に達人の域に達していた。

 そして奈津と花奈は。

 大岩すら切り裂く、魔力切り破軍の太刀を使いこなし。

 百矢払いは2段、すなわちマッハ2の矢100本を切り落とし。

 突進斬の前進速度は時速70キロ。

 縮地斬は1キロ先の敵を斬るまでになっていた。


 ついでに奈津と花奈は、病原菌のみ斬る病魔払いの太刀と。

 体内の毒のみを斬る、破毒の太刀もマスターしている。

 そんな奈津と花奈を眺めながら。


「なんか育成シミュレーションゲームみたいだったけど、これでチャナビエトを迎え撃つ準備は整ったな」


 和斗は、そう呟いたのだった。









2022 オオネ サクヤⒸ

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