第百九十二話 40秒で支度しな! グズは嫌いだよ
「これでチャナビエトを迎え撃つ準備は整ったな」
そう和斗が呟いてから10日後。
和斗とリムリアは、まだ奈津達と万斬猛進流の稽古に打ち込んでいた。
現世ではたった10日だが、万斬猛進流の里では10年が経過している。
その10年で、和斗達は更に上達していた。
「カズトさん、また縮地斬を見せてよ」
和斗に、そう声をかけてきたのは奈津。
今ではすっかり和斗に懐いている。
最初の頃は、和斗の事をカズト殿と呼んでいたが。
「気楽に呼んでいい」
と伝えたトコロ、頬を赤く染めながら。
「じゃあカズトさんって呼んで良いですか?」
と聞いてきた。
そしてそれ以来、奈津は和斗の事をカズトさんと呼ぶようになっている。
加えて、たまに甘えた仕草を見せる様になった。
それが可愛くもあるのだが。
「カズト、デレデレし過ぎ!」
ヤキモチを焼いたリムリアに背中を蹴飛ばされるのが悩みといえば悩みか。
努力する後輩は可愛いと思うが、愛してるのはリムリアだけだ。
そう言い切ると、顔を真っ赤にして黙り込むのが可愛らしいトコだが。
まあ、それは置いといて。
「よし、良く見てろよ。目標はアレだ」
和斗は気楽な声で20キロ離れた山の頂を指さすと。
「むん」
縮地斬を使って山頂の大岩を真っ二つに切断した。
「何度見ても学ぶトコ、多いわ」
奈津はそう口にしながら、和斗に輝くような笑顔を向ける。
「やっぱりカズト先生の縮地斬は別格ですね」
そう声をかけてきたのは花奈。
彼女もまた、和斗に輝くような笑顔を向ける1人だ。
というか、和斗を慕っている。
上達の速い奈津と花奈を和斗が教えるようになったのは50年前。
その50年で、この2人は和斗の腕前に驚き、尊敬し、憧れ。
人として、男として、父として、兄として好意を抱いていた。
正確に言えば、そのどれもであり、そのどれでもない。
が間違いないのは、和斗の為なら何時でも迷い無く死ねる事。
そして一生傍に居たいと思っている事だ。
話は変わるが。
10年も余分に稽古出来た事は実にありがたい事だ。
実に有り難い事なのだが。
「ねえカズト。まだチャナビエトは攻めてこないんだね」
リムリアの言葉に、和斗は改めて考え込んだ。
「そうだな。誤差があるのは当然だけど、それにしても10日も侵攻が遅れるモンだろうか。あれだけ派手に面子を潰されたんだから、一刻も早く攻め入りたい、と思ってる筈なのに」
この和斗の独り言が聞こえたのだろう。
雫が話に加わってこいた。
「ウチもそう思うで。計画の立案、軍の招集、兵站の準備、船の確保やら諸々を綿密に計算した結果が3カ月、90日後に攻めて来る、ゆう結論やったんや。1日や2日程度なら誤差の内かもしれへんけど、それが10日も狂うなんぞ、何かが起こっとるとしか思えへん。良い事か悪い事か分からへんけど」
「でも手を打つなら早い方がイイ。そうでしょ」
リムリアの言葉に雫が頷く。
「せや。早いほどエエ。とくに情報は速さが命や」
雫の答えに、リムリアがキラーンと目を輝かせる。
「ならカズトとボクが偵察してこようか?」
「偵察って、どうする気や?」
乗り気の雫にリムリアが即答する。
「マローダー改ならポジショニングで一瞬でいける」
もう少し詳しく説明すると。
ポジショニングを使えば、マローダー改を好きなところに呼び出せる。
そして呼び出せる場所は、和斗がハッキリと認識している場所。
つまり神の眼であらゆる場所を見通せるようになった今。
どんな所にもテレポートできるようなモンだ。
まあ神の眼があるのなら、神の眼で偵察すれば良いようにも思うが。
やはり現地に出向いた方がより多く、より深く情報収集できる筈だ。
と、そこで。
「なるほど、それは名案でござるな」
「そんな事まで出来るのか!?」
いつの間に現れたのだろう?
雷心と彩華まで話に加わってきた。
「ところでリムリア殿。質問でござるが、一瞬で行けるという事は、一瞬で戻って来れるという事でござるか?」
「もちろん」
もう1度、説明するが。
ポジショニングは、マローダー改を任意の場所に出現させる事が出来る。
そして『神の眼』は、どんな遠くも見通す。
つまりどんな場所であろうともポジショニングで瞬間移動できるワケだ。
とはいえ、そんな事を雷心に説明しても理解できないだろう。
だからリムリアは、瞬時に返って来れる、とだけ雷心に伝える事にした。
「行くのも戻るのも、瞬きするより速いよ」
「ふむ。それならば、何の問題もないでござるな。カズト殿とリムリア殿の戦闘力なら偵察に行っても危険など無いでござるし、抵抗軍に万が一の事態が発生しても雫殿の音伝えの呪術で救援を要請すれば助けてもらえるでござろうし。そうでござろう、彩華殿?」
「そうだな。雷心殿の言う通り、何の問題も無いな」
彩華はそう答えると、和斗とリムリアに真剣な目を向ける。
「ではカズト殿、リムリア殿。偵察の任務をお願いできるだろうか?」
「任せて!」
「もちろん」
リムリアと和斗は即答するが、それと同時に。
「ワタシも行かせて下さい!」
「私も行きたいです!」
奈津と花奈が声を上げた。
「抵抗軍の侍大将を務めた身としては、この目で直接チャナビエトの地を見てみたい。それに1人でも戦える力は身に付けたと思います。お願いします、ワタシも偵察に行かせて下さい!」
「カズト先生とリム先輩の外見では目立ってしまうかもしれません。でも私なら現地の人と見た目は変わらない筈。きっと役に立ちます!」
それが建前である事は明白。
奈津の目も花奈の目も、恋する乙女のモノだった。
抵抗軍の指揮を執るものとして、本来なら許可できる事ではない。
しかし少年少女全員が万斬猛進流を身に付けた今。
恋する乙女を後押しするくらいの余裕はある。
和斗とリムリアが一緒なら危険は無いだろうし。
などと一瞬で考えをまとめると、彩華は2人に頷く。
「よし、ならば許可する。奈津、花奈。カズト殿とリムリア殿と共にチャナビエトを偵察してこい」
「「はい!」」
そして彩華は、最高の笑顔で答える奈津と朋子に目を細めると。
「カズト殿、リムリア殿」
和斗とリムリアに向き直った。
「勝手に決めてから依頼するのは礼儀に反するが、奈津と花奈を偵察に同行させて貰えないだろうか?」
「え~~? 邪魔だな~~」
リムリアは、嫌そうな声を上げるが。
「いいでしょ、リムちゃん。友達は助け合わなくちゃ」
「リム先輩。私もカズト先生の役に立ちたいんです」
奈津と花奈に言い寄られて。
「仕方ないなぁ」
口元を緩めた。
なにしろ50年も一緒に稽古しているのだ。
もうリムリアと奈津と花奈は、親友以上の関係といえる。
「じゃあナツ、カナ。40秒で支度しな! グズは嫌いだよ」
妙にテンションの高いリムリアのセリフに。
「分かってるわ!」
「40秒あれば十分です!」
奈津と花奈は嬉し気に答えると。
「準備完了!」
「すぐに出発できます!」
ホントに40秒で戻って来た。
縮地でも使ったのか?
と驚きながらも和斗は。
「よし。じゃ、ポジショニング」
マローダー改を呼び寄せた。
「わ! これがリムちゃんから何度も聞いた、マローダー改……」
「初めて見ました」
そして目を丸くする奈津と花奈を。
「さ、とにかく乗ってくれ」
マローダー改に招き入れた。
「中はこんな風になってるのね」
「リム先輩から何度も聞かされてたけど、聞くと見るとは大違いです」
奈津と花奈がキョロキョロと見回している。
和斗だって、もし初めてマローダー改に乗せられたなら。
きっと奈津と朋子と同じ反応をしただろう。
そんな2人に。
「へへ、凄いでしょ」
リムリアは胸を張って見せてから。
「じゃあライシン、シズク、アヤカ! 行って来るね!」
窓から身を乗り出して、手を振った。
そして。
「ポジショニング」
和斗が再び、そう口にし。
マローダー改をチャナビエトがある大陸へと瞬間移動させたのだった。
「へえ。やっぱ大陸だけあって、景色も雄大だね。で、あそこに見えるのがチャナビエトの街なの?」
キョロキョロと辺りを見回すリムリアに、和斗が説明を口にする。
「正確に言うと、チャナビエトの東の端っこに位置する街だな」
「東の端っこ? なんでそんなトコに? チャナビエトが何を考えてるか探るんなら首都に行くのが1番なんじゃないの?」
首を傾げるリムリアに、和斗は苦笑する。
「いや、いきなり敵の本拠地に乗り込むのは危険過ぎだろ。いや危険じゃないかもしれないけど、まず情報を集めるならこの町だと思う」
「なんで?」
尋ねるリムリアに、和斗はニッと笑う。
「島根ノ国を攻めるとしたら、この街を拠点にして船を用意する筈だからさ」
チャナビエトと島根ノ国との間には広大な海が横たわっている。
その海を乗り越えて島根ノ国に攻め入るには、船が必要だ。
大型で沢山の船が。
そして雫の情報によると、この街がその拠点らしい。
つまり島根ノ国を攻める、チャナビエトの最前線の基地と思われる街。
それがこの街=トンペぺストクだ。
……その筈だったのだが。
「港に停泊してるのは漁船ばっかりじゃない?」
リムリアが口にしたように、大型の軍艦など1隻も停泊してなかった。
たしかに港自体は大きい。
100メートルサイズの軍艦でも、50隻は停泊できるだろう。
だが港に並んでいるのは、漁船ばかり。
1番大きな船でも30メートルくらいしかない。
こんな船で島根ノ国に向かったら、遭難間違いなしだ。
「つまり、偵察する場所を間違えた、ってコト?」
がっかりした顔になるリムリアに、和斗は首を横に振る。
「いや、雫が、トンペペストクが1番怪しいと言ったんだから、とりあえず調べてみた方がいいと思う」
「う~~ん、そだね。雫がそう言ったからには、何か根拠がある筈だもん。じゃあミンナで街に入ってみようか」
という事で、マローダー改をポジショニングで目立たない場所に隠した後。
和斗とリムリアは、奈津・花奈と共にトンペペストクに向かう。
そしてトンペペストクの街に到着するなり。
「へえ、これがトンペペストクの街かぁ。チャナビエトの街だから妖狐の巣だと思ってたけど、道を歩いてるのは人間みたい。ま、人間じゃない生き物もうろついているけど、どうなってんだろ? チャナビエトって妖狐が支配してるんじゃないのかな?」
リムリアが街の入り口で、そう呟いた。
見る限りでは、中世ヨーロッパ風の街を人間が普通に歩いている。
妖狐に支配されている、という雰囲気ではない。
町の中心を貫く大通りには様々な店が並んでいて賑やかだ。
とはいえ街は平和そのものか、といえば少し違うような気がする。
人々からは、どこか警戒の気配を感じるからだ。
暴力の雰囲気を感じると言い直しても良いかも。
そんな空気を奈津も花奈も感じたのだろう。
「ふぅん。たしかに人間の気配ね。でもリムちゃんが言った通り、道を歩いているのは人間だけじゃないみたい。それに賑やかな街みたいだけど、なんか空気が荒んでいるわ」
「そうですね、目つきの悪い男がうろうろしてます。あの目つきの悪いヤツは人間じゃなさそうですね。島根ノ国を侵略した魔法使いの様に、何かの妖怪が人間に化けるみたいです。要注意です!」
警戒レベルを1つ上げていた。
が、奈津と花奈が警戒している事に気付けるのは、超達人だけだろう。
なにしろ実質100年間、万斬猛進流を修行したのだ。
気配を消すくらい、呼吸するのと変わらない。
と、その事が逆に災いしたのだろうか。
「おい兄ちゃん。ここを通るにゃあ通行料が必要なんだよ」
犯罪者の見本みたいな男が3人、和斗達の前に立ち塞がった。
「オレは知ってるんだぜ。お前らが来てるのは、東の果ての島国の服=キモノってヤツだ。そんな珍しいモン着てるってコトは、金持ってるだろ? オレ達にも分けてくれよ」
凄んで見せる男に、リムリアがゴミを見る目を向ける。
「はぁ~~、どうしよ。こんな奴らブチのめすは簡単だけど、今は目立ちたくないんだけどな~~」
リムリアが、そう口にするなり。
「攫え!」
犯罪者3人は襲い掛かってきた。
「うわぁ、キレるの早すぎない?」
リムリアはそう呟いた時には。
ドン! ×3
「「「ぐふぇッ!」」」
犯罪者3人は、和斗に突き飛ばされて盛大に吹っ飛んでいた。
* * * * * * * * *
分かる人はピーンときましたね。
はい。ドーラのセリフです。
2022 オオネ サクヤⒸ