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   第百九十話  徹底的に基本を稽古するのだ

ご感想をいただいた方、ありがとうございます。

上手く御返信できませんが、すべて読ませて頂いております。

感謝です。






 チャナビエトの妖狐を全滅させた後。

 抵抗軍は歓声に包まれていた。


「やった――!」

「勝った、勝ったぞ!」

「チャナビエトめ、ザマぁみろ!」


 肩を叩き合い、涙を流しながら喜ぶ奈津達。

 それを見つめる和斗の胸を、熱い思いが込み上げる。


 和斗が課した訓練は容易いものでは無かった。

 しかし奈津達は歯を食いしばり、泣き言1つ口にする事なく訓練に励んだ。

 そして苦労を乗り越え、チャナビエトに勝利した。

 そんな奈津達は、もう部活の後輩のようなもの。

 いや弟子のようなものか。


 上手く言葉に出来ないが、愛おしくさえ感じる。

 だから出来る事なら、一緒に喜びたかったが。


「これからが本当の試練だぞ」


 和斗は敢えて、雫と雷心に厳しい目を向けた。


「俺はチャナビエトという国について全く知らないが、面子を潰された独裁者が次に何をするかくらい想像できる。きっと全力で戦争を仕掛けてくると思うが、2人はどう思う?」

「せやな。間違いなく全ての戦力を注ぎ込んで攻めてくるやろな」


 即答する雫に雷心も頷く。


「そうでござるな。何の根拠もないくせに自分達が世界で1番偉いと思っているでござるし、自分達が世界の中心でないと気が済まない奴らでござるから、戦いは避けられないでござろうな」

「じゃあどうするの?」


 リムリアの質問に雫が考え込む。


「う~~ん、そやなぁ。カズトから武器を借りて、このまま戦うのも1つの手なんやろうけど、何時までもカズトの武器に頼るのはアカンとウチは思うんや。せやさかい、万斬猛進流の里で修行するんが1番やと思うで」

「そうでござるな。万斬猛進流の里で10年修行しても現世では10日しか経過しないでござるから、今すぐ修行を開始すればチャナビエトと合戦に間に合うと思うでござる。やはり自分の国を護るのは鍛え抜いた自分の力で、というのが筋だと拙者は思うでござるよ」


 という雷心の意見に、奈津がすぐさま反応する。


「はい! 砲術も武芸18般のうちとはいえ、侍の魂は刀! やはり刀で戦いたいと思います!」


 それは少年少女の誰もが思う事らしく。

 全員が澄んだ、しかし強い意志が宿る目で頷いた。


「うむ、見事な覚悟でござる。皆ならばきっと万斬猛進流を身につける事が出来るでござろう」


 満足げな雷心に、リムリアが声を上げる。


「なら修行を始めるのは少しでも早い方がイイよね? でも万斬猛進流の里に入る為には20日もかけて結界を解かないといけないよね? そんなノンビリしてて大丈夫なの?」


 リムリアの心配に、雫が溜め息をつく。


「もちろん、そんな余裕なんぞある筈があらへん。しゃあない。雷心に結界を斬ってもろて里に入るしかあらへんな。ま、ホンマやったら厳罰モンなんやけど、罰を受けるのは雷心やさかい、何とかなるやろ」

「何をサラリと恐ろしい事を口にしてるのでござるか!?」


 声が裏返るほど驚く雷心に、リムリアがにこやかに声をかける。


「でも奈津達を死なせない為には、それしかないんだよね? ま、不動明王だって鬼じゃないんだから、そんな無茶な罰を与えたりしないよ、きっと」

「鬼どころか鬼神なのでござるが!?」


 雷心の絶叫にも、リムリアは笑みを崩さない。

 明らかに面白がっている。


 普段冷静な雷心が、ここまで取り乱すのは初めて見た。

 さすがに気の毒だと、和斗は思うのだが。


「なあ雷心。20日を無駄にして、奈津達が20年分の修行期間を失うんと、雷心が不動明王様に折檻されるのと、2つに1つや。雷心、どっちを選ぶんや?」


 雫が雷心に悪魔のような質問を投げかけた。


「う! そ、それは……」


 その問いに、雷心が顔を苦悩に染める。

 確かに選べる道は、その2つしかない。

 ……みたいに誘導されているが、選択肢は他にもあるのでは? 

 とも思うが、雫がさらに雷心を追い詰める。


「さ、どないするんや? 結界を斬るんか? 奈津等を見捨てるんか? 雷心は侍として、どっちを選択するんや?」

「侍としてというなら、見捨てるという選択肢などないでござる」


 即答する雷心に、雫が悪い顔で笑う。


「なら決まりや! 結界を斬るで」


 こちらも間違いなく面白がってる。

 が、生真面目な性格の雷心は気付いてないらしく。


「うぐぐぐぐ……承知したでござる」


 眉間に山ほど皺を寄せながら、そう答えた。

 と、そこでリムリアが雷心に質問する。


「でも結界を斬るって、どうやるの? 今、ここで出来るものなの?」

「いや、さすがにそれは無理でござる。ふむ、リムリア殿。道端に祀られていた不動明王様の祠を覚えているでござるか?」

「もちろん。あの小さな不動明王が入ってる箱だね!」

「いや、そこまでヒドイ物ではござらぬが……まあ、その祠がある場所が万斬猛進流の里と現世との接点でござる。だから、そこまで移動した後、結界を斬って里に入る事になるでござる」

「って事は、全員で引っ越しだね!」


 という事で。

 抵抗軍は必要な物を荷車に積み込むと、1番近い祠へと向かった。

 そして雷心は、祠の前で刀を抜く。


「不動明王様。非常事態でござるので、お許しを」


 そして雷心が結界に刀を振り下ろそうとしたトコで。


「雷心さん、俺がやろう」


 和斗が声を上げた。


「カズト殿?」


 戸惑う雷心に、和斗はほほ笑む。


「雷心さんが切るより俺が切った方が、罰が軽くて済みそうだし、結界を斬るのも良い稽古になると思うんだ。だから俺に斬らせてくれないかな?」

「……お気遣い、感謝するでござる」


 スッと場所を譲る雷心に、和斗は軽く頷くと刀を構え。


「ふ~~~~」


 呼吸を整えながら、不動明王の結界に意識を集中させた。

 というか、神眼で不動明王の結界を捕えてみる。


 こうして改めて視てみると、想像以上に素晴らしい結界だ。

 堅牢で、分厚くて、均一で、しかし柔軟で、神の力が溢れている。

 かつて戦った邪神でも、この結界は破れないだろう。

 万斬猛進流を修行する前だったなら、和斗だって手こずっていた筈だ。


 しかし万斬猛進流の剣技ならば。

 不動明王の結果だろうと楽々と切り裂く筈。

 たとえ和斗のステータスが、人間並みであろうと。

 それを確かめたくて、雷心に代わってもらったのだ。


「さてと。俺は神の結界を本当に斬れるほどの腕前になったのか、ここで試させてもらうぜ」


 和斗は小さく呟くと。


「せいっ!」


 結界に刀を振り下ろした。

 その斬撃は、とんでもなく疾いものだったが。

 和斗はその一瞬で、ハッキリと刃が結界を切り裂いていく手ごたえを感じた。


「これが神の力を切り裂く感触なのか。なるほど」


 和斗の体に貴重な経験が蓄積され、そして。


 パァアアアア!


 祠の後ろの空間が左右に分かたれ、万斬猛進流の里が姿を現した。


「見事でござる。これほど見事に結界を切り裂いた者は初めてでござろう」


 と、雷心が感心するほどの斬撃を目にして、奈津達がざわめく。


「凄い……」

「神の結界を斬るなんて……」

「雷心様の剣の腕前は知ってたけど……」

「カズト殿が、これほどの腕前だったなんて……」


 が、その騒ぎもわずかな間。

 万斬猛進流の里は、言わば仙界。

 その仙界が持つ神聖な気に。


『うわぁ……』


 奈津達は息をのんで黙り込む。

 和斗とリムリアにとってはもう、見慣れた風景でしかない。

 しかし奈津達にとっては驚きの光景なのだろう。

 が、驚きはそれにとどまらない。


「よく来た」


 背後からの声に振り向いてみると。

 そこには不動明王が立っていた。


 いつの間に!?


 和斗とリムリアが声をそう口にするより早く。


『ははぁ!』


 ズザ!


 抵抗軍の少年少女達は、片膝をついて頭を下げていた。


 そういえば不動明王って偉い神様だったっけ。

 ついでに言えば、戦の神でもあったような気がする。


 とにかく偉い神様が、いきなり間の前に現れたのだ。

 この奈津達の反応は当たり前といえよう。

 もちろん雷心と雫、彩華も頭を下げている。

 そんな皆に不動明王は。


「事情は知っておる。結界を斬った事も不問にするゆえ、ついて来るが良い」


 それだけ口にすると、寺院へと続く道を歩き始めた。

 これまた和斗とリムリアには見慣れた道のりなのだが。


「ここが噂に聞く、万斬猛進流の里……」

「なんと美しい……」

「さすが不動明王様が住まわれる神域……」


 少年少女達は、目をキラキラさせて感動している。

 そして修行場でもある寺院に到着すると。


「なんて神々しい……」

「荘厳だ……」

「心が清められるよう……」


 その感動はピークに達した。

 が、和斗の関心は別のところにある。


 こうして改めて抵抗軍を見てみると、圧倒的に少女が多い。

 彩華の説明によると。

 総勢238名のうち、なんと201名が少女との事。

 しかも37名しかいない少年の内、35名が13歳。

 残った2名も14歳との事だった。


 まあ、考えたら当たり前の事かもしれない。

 劣勢の中、戦える男は皆、戦に駆り出された筈。

 つまり残ったのは、まだ戦は早いと判断された、幼い者だ。


 ちなみに少女の内訳は。

 17歳が54名。

 16歳が72名。

 15歳が58名。

 14歳が34名だ。


 少年達も少女達も全員、避難するよう指示された者ばかりだが。

 家族の反対を振り切って家を出てきたらしい。

 父や兄の敵を討つために。


 その決意には頭が下がる思いだが、問題は。

 今ここにいるのは、戦えないと判断された者ばかりという事だ。

 戦いのプロである侍がそう判断したのだから、力が足りないのは間違いない。


 事実。

 和斗が武器を与えなかったら、間違いなく犬死していただろう。

 そしてそれを1番理解しているのも、奈津達だった。

 そんな奈津達が、チャナビエトの強力な軍隊に勝利する方法は唯一つ。

 常識ではあり得ない戦闘力を持つ万斬猛進流を習得する事だ。


 しかし、まだ子供といっても良い年齢の者が殆ど。

 これからの道のりが、楽である筈がない

 が、そんな事は承知の上だろう。

 なにしろ全員が武士の家の子供。

 万斬猛進流の凄まじい強さを聞いている筈だから。


 そして万斬猛進流の使い手が、極端に少ない事も。

 だから抵抗軍の少年少女達は感動しながらも、ものすごく緊張していた。

 いったい、どのような過酷な修行が待っているのだろうか、という不安と。

 絶対に乗り越えてやるという、煮えたぎるような想いと共に。


「なら俺がする事は決まってるよな」


 和斗の呟きに、不動明王が振り返りもしないで答える。


「その通り。和斗殿には彼らの修行を手伝ってもらいたい。できればリムリア殿にも。お願いできるだろうか?」

「もちろん!」


 リムリアが即座に答えたところで、不動明王が振り返る。


「感謝する。では早速だが、修行を始める」

「今から!?」


 リムリアが大声を上げるが、その背後で。


「お願いします。まずはゆっくりと体を休めて、修行は次の日から。なんて余裕など、私達にはありませんから」


 奈津が静かな、しかし強い意志を感じさせる声を上げた。


「万斬猛進流は奧伝に至れば、1つの国と互角以上に戦えるという最強の剣術。その人間の常識の外にある剣術の修行が尋常である筈がありません。だから私達も人の常識を捨てます」


 まあ現世の1日は万斬猛進流の里での1年。

 それを考えると、修行期間は僅かとは言い難い年月になるだろう。


 しかしチャナビエトに勝てる腕前になるのに、十分な年月か?

 そう問われたら、頷くのは難しい。

 もちろん抵抗軍の全員も、それを理解していた。

 だから奈津の言葉に、少年少女は姿勢を正すと。


『よろしくお願い致します!』


 見事に声を揃えた。

 そんな奈津達に満足そうな笑みを浮かべると。


「雷心よ。まずは徹底的に基本を稽古するのだ」


 穏やかに命令を下したのだった。







2022 オオネ サクヤⒸ

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