第百八十八話 ドンドン撃っちゃえ
Ⅿ16を2倍に強化。
言うのは簡単だが、威力が2倍になれば反動も2倍になる。
そして当然ながら、その強力な反動は少年少女の体に叩き込まれてしまう。
これはかなりの負担になるトコだったが。
「やっぱ戦闘服に肩当てを仕込んでおいて正解だったね」
リムリアが口にしたように、厚手の布の肩当てが役に立っていた。
「初めて撃った時は、銃の反動で涙が出るほど痛かったけど」
「ああ、この肩当てのお陰で、安心して撃つことが出来るぜ」
「大急ぎで作った割には良い仕事してくれてるぜ」
「ええ、反動が四分の一くらいに減ってるわ」
「よーし、ドンドン撃つわよ!」
少年少女は、そう口にしながら。
タン! タン! タン! タン! タン! タン!
Ⅿ16で妖狐を狙撃していく。
そんな戦況に彩華が呟く。
「しかし前回と違い、敵の魔法使いは妖狐の姿で突撃して来ている。当然だが妖狐の突撃速度は、人間の姿だった前回より遥かに速い。一応、我々の事を研究した上で突撃してきているな」
顔をしかめる彩華に、雫が言い返す。
「せやけど的も大きくなっとるさかい、命中率も上がっとる。しかもⅯ16の威力は2倍に跳ね上がっとるさかい、射程距離も2倍になっとる。前回より不利ちゅうワケやないで」
「それでも寺の敷地に到達する前に全滅させる事は出来ないだろうな」
彩華がそう口にしたように。
2尾の狐は塹壕まで、あと100メートルという地点まで攻め入ってきた。
その数は600ほどに減っている。
しかし逆に言えば、まだ600匹も残っている。
加えて、ここにきて急に撃ってこなくなった。
「弾が尽きたのか? そういえば火縄銃というものも、そんなに大量の弾を持ち運べなかったな。もしそうなら絶好の後期だ。この数で雪崩れ込んで、乱戦に持ち込めば必ず勝てるぞ! 総員、一気に攻め込め!」
3尾の狐は2尾の狐を鼓舞しながら突進しようとするが。
「む!」
見たことのないものを発見して、思わず足を止めた。
「なんだ、これは? 針金の柵? いや針金ではないな。棘が生えておる」
そう。
3尾の狐が目にしたのは鉄条網だ。
腕の良い鍛冶屋に特注で有刺鉄線を作らせたので、現代の物とほぼ同じ。
そしてリムリアの魔法で50倍に強化してある。
その有刺鉄線を、巨大な団子状に絡み合わせ。
ところどころ、高さ20メートルの杭に固定した。
鉄製の茨の茂みのように見えるかもしれない。
ちなみに、鉄条網を作る時には鉄杭を使う。
木の杭では強度が足りないからだ。
しかし今、使っているのは大木を斬り倒した丸太。
太さは1メートル以上あるだろう。
これなら強度も十分だと思う。
でも念のため、鉄条網と同じく50倍に強化。
その強化丸太を和斗の怪力で地面深くに打ち込んである。
これなら妖狐の体当たりにも耐えられるだろう。
加えて雫が目くらましの術を施した。
だから直前まで妖狐に気付かれなかったワケだ。
そんな鉄条網に、3尾の狐が唸る。
「むむぅ、何かの魔法で、見えにくくしているのか。ふん、危うく頭から突っ込むところだったが……」
3尾の狐は鉄条網を見上げる。
かなりの高さだ。
2尾の狐では飛び越えられないだろう。
どうすべきか?
退却するか?
いや、そんな事をしたら処刑されかねない。
なら答えは1つ。
強行突破だ。
3尾の狐は瞬時に決断すると。
「爆炎」
炎の爆発で鉄条網を破壊しようとした。
が。
ビヨンビヨンビヨンビヨン。
直撃を受けても、50倍に強化された有刺鉄線は揺れただけだった。
「おのれ、なら……」
そこで3尾の狐は、切断に特化した魔法を放とうとするが。
「マズい!」
2尾の狐達も鉄条網の前で足を止めているのを見て青くなる。
撃ってこなかった理由が、弾切れではなく弾の節約だったら。
そして、この障害物が、妖狐達の動きを止める為にものだったら。
今の自分達は、絶好の的だ。
「罠だ! 散れ!」
3尾の狐は咄嗟に叫ぶが、もう遅い。
『今だ! 撃ちまくれ!』
彩華の命令で、抵抗軍がⅯ16で狙撃を始めた。
訓練は300メートル射撃に重点を置いたものだった。
そんな少年少女達にとって100メートルは近距離。
しかも的は人間より遥かに大きい妖狐。
これで的を外すワケがない。
結果。
3尾の狐と2尾の狐600匹は、鉄条網を超える事なく壊滅したのだった。
彩華は、それを見届けると。
「さて、次はどんな手を打ってくる?」
そう呟いてから、雫に視線を向ける。
「雫。敵の残存戦力は?」
「4尾の狐50匹と、3尾の狐98匹や」
「動きは?」
「それが、魔法陣を起動させようとしとるみたいなんやが、ウチにはどんな魔法を使おうとしとるんか分からへんのや」
雫の報告にリムリアが声を上げる。
「それ、ボクにも見えるようにならない?」
「出来るで。コレをデコに張ったらエエ」
即座に雫が差し出した呪符を、リムリアは受け取ると。
「こう?」
さっそく額に張り付けた。
と同時に、リムリアの目にも雫が目にしたものが映し出される。
「あ、これ召喚魔法だね。え~~と、召喚しようとしてるのは……ミノタウロスかな?」
「みのたうろす? なんやソレ?」
首を傾げる雫にリムリアが答える。
「頭が牛の巨人のコトだよ。身長は人間の2倍から3倍くらい。熊を1発で殴り殺せるくらい力が強くて、普通の武器なんか跳ね返すくらい丈夫な体をしてる。斧を持ってるコトが多いかな」
そのリムリアの言葉が合図だったかのように召喚陣が輝き。
鉄条網から30メートルほど離れた場所にミノタウロスが出現した。
和斗も神の目で確認してみると……数は100体くらいだろうか。
身長は奈津の4倍近い。
リムリアが言っていたように、全員が斧を手にしている。
敵は鉄条網を厄介だと判断したのだろう。
だからミノタウロスを召喚したと思われる。
その斧で鉄条網を破壊する為に。
という和斗の考え通り。
『ブモォオオオオオ!!!』
ミノタウロスの大群は、大気が震えるほどの咆哮を上げると。
ドドドドドドドドド!
斧を振り上げて、鉄条網へと突進し。
ゴォッ!
有刺鉄線を斧で薙ぎ払った。
それは普通の人間なら、10人が粉々になる攻撃だったが。
ビヨンビヨンビヨン!
有刺鉄線は揺れただけ。
衝撃を吸収する様に、あえて緩く張っているからだ。
ちなみに雷心の斬撃なら、有刺鉄線を切断出来ただろう。
しかし重さで叩き切る斧では、有刺鉄線の塊を揺らすだけ。
斬るコトなど出来そうにもない。
なら、と、ミノタウロスの1匹が、斧を振り下ろす。
地面と斧で挟み込むようにしたら切れると考えたのだろう。
その発想は悪くないが。
やはり有刺鉄線の塊はクッションのように斧の威力を吸収。
地面に届く前に、斧の刃は速度を失った。
ちなみに対人間用の鉄条網の高さは1メートルほど。
その鉄条網を、高さ20メートルで作ったのだ。
しかも、その強度は50倍もある。
対してミノタウロスの身長は人間の4倍程度。
簡単に突破できる筈がない。
もちろん抵抗軍も、黙って見ていたわけではない。
ミノタウロスを正確に狙撃している。
しかし。
「額のど真ん中に当たっているのに効かない!?」
「心臓を狙ったのに……弾が筋肉でと止められた?」
「何発撃ち込んでも平気な顔してるわ!」
少年少女が口々に叫ぶように。
ミノタウロスはⅯ16の弾を身に受けてもビクともしていなかった。
いや、多少のダメージはあるようだ。
額からも胸からも出血している。
しかし弾は食い込んだだけ。
大ダメージを与えるに至っていない。
だが、この事態にリムリアは。
「なるほどね、だからミノタウロスか。でも想定外ってほどじゃないんだよね」
そう呟いてニヤリと笑うと。
「シズク、側防班に合図を」
それだけを口にした。
雫も、この言葉にニヤリと笑うと。
「第1側防班! 第2側防班! 第3側防班! 攻撃開始や!」
音伝えの呪符を通して命令を下す。
その直後。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
ドドドド! ドドド! ドドドドド! ドドドド! ドドドドド!
ドド! ドド! ドドド! ドド! ドド! ドド!
鉄条網を横から見渡せる場所から、弾丸の雨が発射された。
側防班。
その名の通り、側面からの防御を担当する班だ。
鉄条網とは敵の進軍を阻むもの。
当然ながら敵は鉄条網の前で、足を止める事になる。
そこを狙って、重機関銃で真横から攻撃するのが側防班の役目だ。
ちなみに側防班は。
Ⅿ2重機関銃を撃つ、射手が1名。
これは射撃が1番正確な者が担当する。
その射手の横で、Ⅿ2重機関銃に弾丸を装填する補給係が1名。
そして弾薬を運んだり、重機関銃を移動させる運搬係が3名。
この計5名で構成されている。
もちろん、この側防班が最初から鉄条網の横で待ち受けていたら。
直ぐに発見されて、この不意打ちは成功しなかったろう。
だから側防班は、300メートル離れた森の中に陣取っている。
そして鉄条網とⅯ16による狙撃に気を取られたからだろう。
ミノタウロスは撃たれるまで、Ⅿ2重機関銃に気付かなかった。
ちなみに。
防護壁で足が止まった敵を側面から攻撃するのは現代戦の鉄則だ。
動きの止まった標的を撃つほど簡単な事はないのだから。
しかしミノタウロスが、そんな知識を持っている筈がない。
だから鉄条網によって進行が止まったところで。
『ブモォオオオ!?』
ミノタウロスは、その頑丈な体を撃ち抜かれてしまう。
が、さすがミノタウロスというべきか。
1発や2発の弾丸を受けたくらいでは倒れない。
ちなみにⅯ2重機関銃も2倍に強化してある。
だから弾丸は、ミノタウロスの体を完全に貫通していた。
しかし1ヶ所や2ヶ所を撃ち抜かれたくらいでは絶命しないらしい。
さすが頑丈さに定評があるミノタウロスだ。
「でも、それも想定済みなんだよね。よし、ドンドン撃っちゃえ」
リムリアが呟いたように、Ⅿ2重機関銃は弾丸を吐き出し続ける。
そして1発や2発なら耐えられても。
体中に弾丸を食らったら、流石に耐えられないようだ。
1匹、また1匹と、体をハチの巣にされて倒れていく。
「よっしゃ、皆殺しにせぇ!」
雫が叫ばなくても。
側防班の少年少女は、1匹たりとも生きて返す気はない。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
第1側防班は弾幕を張り。
ドドドドド! ドドド! ドドドドド! ドドドドド! ドドド!
第2側防班は無傷のミノタウロスを狙って弾を浴びせ。
ドド! ドド! ド! ドド! ド! ドド!
第3側防班は急所を狙って慎重に発射する。
もちろんミノタウロスだって、黙って撃たれているわけではない。
側防班が隠れている森へと突進する。
が、これすら想定済み。
「第1側防班! 掃射して足止めに徹します!」
「第2側防班! 前進してくる敵から狙います!」
「第3側防班! 順次、頭を撃ち抜いていきます!」
各側防班が口にしたようにミノタウロスは。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
第1側防班の掃射により、その前進速度を鈍らされ。
ドドドドド! ドドド! ドドドドド! ドドドドド! ドドド!
第2側防班により、力を残しているモノから掃射され。
ド! ドド! ド! ドド! ドド! ド!
第3側防班により頭を撃ち抜かれ。
そして。
「ブモォォォォォ……」
体中を撃ち抜かれた、最後の1匹が地面に転がった。
2022 オオネ サクヤⒸ