第百八十三話 2尾の狐
「チントウ様!」
「チントウ隊長!」
2人の魔法使いは、倒れているチントウの姿を見るなり駆け寄り。
「体力回復!」
「損傷部位回復!」
「壊死部位摘出!」
「損傷部位復元!」
「挫滅組織再生!」
「………………!」
何度も様々な魔法を唱えた。
が、さすがに死んだ者を生き返らせる事は出来ないようだ。
そしてチントウの死を覚った魔法使い2人は。
「おのれ! 貴様が隊長を……」
「チントウ様の仇、ここで!」
殺気の籠った目を雷心に向けた。
しかし、攻撃魔法を口にするまで待っている気などない。
チン!
雷心は斬撃を放ち。
とさ。
2人の魔法使いは糸の切れた操り人形のように地面に転がった。
相変わらず凄まじい剣速だ。
おそらく魔法使い達は、自分が斬られた事にさえ気づかなかっただろう。
この神速の剣技を目にして、綾香が大声を上げる。
「す、す、凄い! 風上殿ならば魔法使いを倒すことは不可能ではないと思っていたが、これほど簡単にチャナビエトの魔法使いどもを倒すとは! 風上殿に参戦して貰えれば、チャナビエトを島根ノ国から叩き出すことができるぞ!」
しかし今の闘いで、和斗は分かってしまった。
3000名の魔法使いが相手では、いくら雷心でも勝てない事を。
確かに雷心は、チントウを一瞬で斬り倒した。
そして万斬猛進流は、多数の敵を1人で斬り伏せる剣だ。
破軍の太刀以外にも、多数の敵を一気に倒す技は沢山ある。
侍が相手なら、3000名くらい瞬殺だろう。
しかし魔法使いが相手となると、そう簡単ではない。
鳥取ノ国との戦いで、魔法使いは火の壁で矢を防いでいた。
雷心の破軍の太刀では、あの火の壁を斬り裂くことはできないだろう。
もちろん万斬猛進流には、あの火の壁を切り裂ける技くらいある。
だが、あの火の壁が敵の最強の魔法とは限らない。
不動明王が使うなら、万斬猛進流は無敵だろう。
しかし人間である雷心の技は、不動明王の技に劣るのは当然。
雷心の攻撃力より、敵の防御力が高い可能性もゼロではない。
だから敵の防御力は、把握しておきたい。
もちろん敵の攻撃力も。
己を知り、敵を知れば百戦百勝。
そんな意味の諺は、この世界にもあるらしい。
なら、ここで戦っている場合じゃない。
当初の計画通り、さっさと脱出すべきだ。
のだが、そこで。
「何、これ?」
リムリアが、首を傾げた。
「どうしたリム」
「あ、カズト。これ見てよ」
「ん?」
リムリアが指さしたのは、地面に倒れた2人の魔法使いだった。
その魔法使いに、和斗だけではなく、全員の視線が集まり。
「はぁ!?」
雫が息を飲み。
「これは?」
そして雷心は顔をしかめる。
その視線の先にあるのは。
「こ、これは……猫、か?」
彩華が自信なさげな声を上げたように、2匹の猫だった。
が、只の猫ではない。
「何て大きさござろう。猫どころか虎ほどもあるでござる」
雷心は呟くと。
「しかも尻尾が2本あるでござる」
2本に分かれた尻尾を持ち上げた。
その2本の尾に鋭い目を向けた、雫が呟く。
「こら猫又、やな」
「猫又、ってナニ?」
すかさず尋ねるリムリアに、雫が説明を始める。
「猫が100年を生きると尾が2本に分かれて妖怪と化すんや。その妖怪を猫又と呼ぶんやけど、ここまで大きい、ちゅうことは、200年は生きている強力な妖怪ちゅうこっちゃ。ん?」
という説明の途中で。
シュゥゥゥーッ!
チントウの身体から、白い煙が噴き出した。
「下がるでござる!」
雷心の鋭い声に、全員が飛び下がる。
そして風に流れる白い煙に目をやると。
煙に触れると同時に草は萎れ、木も枯れ、虫や小鳥が落ちて動かなくなる。
毒だ。
しかもかなり強力な毒らしい。
慌てて風上に回り込んで煙が薄れるのを見守っていると。
チントウの身体が煙の中で、徐々に狐へと変わっていく。
「こいつもでかいな」
和斗が思わず漏らしたように。
チントウは猫又の2倍もある狐へと変化していた。
「やっぱり尻尾が2本あります」
毒の煙が晴れたところで彩華が、狐の尻尾を持ち上げる。
「これが噂に聞く、大陸の妖狐だろうか?」
「尻尾が多いほど強力や、いうヤツらの事やな」
雫がそう答えてから、顔を曇らせる。
「他の国の軍を蹴散らかした50人の魔法使いも妖狐なんやろうけど、問題なんは尾の数やな。チントウが2尾の狐やった以上、3尾より少ないちゅう事は有り得へんさかい」
「そうだな。なにしろ……」
彩華の言葉の途中で。
「そんな心配は無用だ!」
7人の魔法使いが現れた。
チントウが率いる巡回部隊の残りだろう。
「なにしろ貴様達は、ここで死ぬのだからな」
そう口にした魔法使いの姿が猫又に変わる。
「慣れない人間の姿では本来の戦闘力を発揮できなくてチントウ様は倒されてしまったが、この姿になった我々の戦闘力は人型のチントウ様より上! 鉄すら切り裂く爪と岩すら嚙み砕く牙、数々の攻撃魔法でなぶり殺しにしてやる!」
猫又が余裕の態度で前に出ると同時に。
「覚悟しろ」
「食い殺してやる」
「久しぶりに人間を食えるな」
「俺達の小隊が人間にバレないよう禁止されてたからな」
「が、今なら許されるだろう」
「骨まで食らってやる」
残った6人の魔法使いも、猫又に姿を変えた。
その7匹の猛獣を前に、雷心が立ちふさがる。
「丁度良い機会でござるので、最下級の魔法使いの攻撃力と防御力を測らせて貰うでござる」
雷心はそう言うと。
「では3つ数えた後、1000のカマイタチを飛ばすでござる。防がないとズタズタになるでござるぞ」
破軍の太刀の構えをとった。
「1つ。2つ……」
雷心が数えると、猫又7匹は。
「「「「「「「炎熱障壁」」」」」」」
声を揃えると、鳥取ノ国の矢を燃やし尽くした炎の壁を作りあげた。
雷心は、それを見届けてから。
「3つ!」
破軍の太刀を放った。
その1000のカマイタチは、炎熱障壁をボロボロにするが。
「破軍の太刀では炎熱障壁とやらを撃ち抜く事は出来ないようでござるな」
雷心が口にしたように、猫又にカマイタチは届いてなかった。
「が、もう1度放てば突破できそうでござるな」
この雷心の言葉に、猫又が叫ぶ。
「今の炎熱障壁は猫又7匹によるもの! 魔法使い全員で張り巡らせた炎熱障壁ならそんな攻撃では突破できないぞ!」
そして。
「「「「「「「炎熱障壁」」」」」」」
再び炎の壁を構築した。
が、雷心は。
「おお、また実験できるでござるな、これは有り難い。島根の国にいる魔法使い全員で作り出す炎の壁を破軍の太刀で突破するのは難しそうでござるが、この技ならどうでござる? 魔力切り!」
余裕の笑みを浮かべ、炎熱障壁を構成する魔力そのものに斬撃を放つ。
その魔力を断ち切る斬撃は。
シュパッ!
今度こそ完璧に炎の壁を切り裂いた。
「な!」
「最高の防御力を持つ炎熱障壁を切断しただと!?」
「馬鹿な!」
「しかも余裕の顔をしている!」
慌てふためく猫又達に、雷心が声をかける……いや、挑発する。
「これ以上、防御力は測るのは時間の無駄のようでござるな。では攻撃力を見せてもらうでござる。さ、好きに攻撃してくるでござる」
そして猫又達は。
「おのれ、ふざけやがって!」
「その言葉、後悔させてやる!」
「死ね!」
牙で、爪で、そして魔法で攻撃してきた。
その攻撃全てを。
「ふむ」
雷心は余裕の笑みで受け流す。
攻撃ではなく、受け流しただけだ。
「さ、どんどん攻撃してくるでござる」
雷心は猫又達を更に挑発し、その手の内を出来る限り知ろうとする。
「が、そうもいってられぬでござるか。他の巡回部隊に見つかると、面倒な事になるでござる」
雷心はそう呟くと。
「突進斬!」
猫又達の間を駆け抜け。
「「「「「「「ぎゃ!」」」」」」」
猫又7匹を瞬殺した。
「ふむ、肉体強度はそれほど高くないようでござる。侍なら斬れぬ相手でもなさそうでござるな」
そして雷心は考え込む。
「しかしまずいでござるな。魔法使いがキツネや猫又でござった事は、チャナビエトにとっては誰にも知られたくない事でござろう。それを知ってしまった我々をこのままにしておくとは思えぬでござる。急いでここから立ち去るでござる」
そう口にする雷心に。
「はい。ではこちらに」
彩華は小さく頷いてから、走り出す。
「ほんなら彩華に続くで」
雫が彩華の後を追って駆け出すが。
和斗はリムリアが2本尾の狐を見下ろしたまま、動かないことに気づく。
「どうしたんだリム?」
「なにかが引っかかるんだ。けど、それがナニか分かんなくて……」
「そうか。ならどうする? 雷心達と別行動をとるか?」
和斗の言葉に、リムリアが考え込んだのは一瞬。
すぐに。
「ううん、雷心達と一緒に行く」
そう答えて走り出したのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ