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   第百八十一話  敵地潜入





 魔法使いが侍を焼き尽くしたところで。


「これが松江の街の現状や」


 雫が映像を消し、悲痛な声を上げた。

 そして雷心に真剣な目を向ける。


「松江の街じゃ、ぎょうさんの人が命の危険に晒されとるんや。こうしとる間にも何人もの民が、面白半分に殺されとんねん。松江じゃあ、腹が減ったどころの騒ぎやあらへんのや」


 目を真っ赤にした雫の言葉に、雷心の顔から表情が消えた。


「理解したでござる。一刻も早く松江の街に向かうでござる」


 声から抑揚まで無くなり、身に纏う空気が研ぎ澄まされたものに変わる。

 そんな雷心の様子に、リムリアが和斗をつつく。


「うわぁ。ライシン、本気で怒ってるね」

「ああ。一緒に修行してて気付いたけど、表情が無くなり抑揚が消えるのは、心の底から怒り狂ってる証拠だもんな」

「武士の習慣かな?」

「そうだな。怒りで我を忘れて暴れても、かえって戦闘力が下がるだけだ。それを避ける為なのかもしれないな」


 などと和斗とリムリアがヒソヒソ話していると。


「そんなに良いものではござらん。怒りに身を任せて暴れるのは美しくないと思うだけでござる」


 雷心が纏う空気が緩んだ。


「武士が刀を振るうのは、己の儀を貫く為でござる。そして義を貫き通す為に必要な力を得る為に、己を鍛え上げるのでござる。これが武士として美しい生き方であり唯一の在り様でござる。怒りに身を任せるのは武士の生き方とは言えない、と拙者は思う。それだけでござる」

「そっか。ま、自分の道を貫き通すのなら、それが1番だよね!」


 雷心の言いたい事を理解しているのか分からないが。

 リムリアは輝くような笑顔で、そう答えると。


「じゃあカズト。マローダー改で一気にバビュッと松江に行こ!」


 そう声を上げた。


 実際、まだ和斗の心の片隅には。

 島根ノ国の事など、どうでもイイという想いが少なからずあった。


 しかしチントウによる侍の処刑を見て気が変わった。

 力で侵略し、そして侵略に抵抗する者は虐殺して見せしめにする。

 そんなチャナビエトのやり方は、心の底から気に食わない。

 だから和斗は。


「そうだな。じゃあポジショニング」


 マローダー改を呼び寄せ、リムリア、雷心、雫と共に乗り込む。

 そして和斗は進路上に生き物がいない事を確認すると。


「いくぞ」


 マローダー改を発車させた。

 その数秒後。


「うはぁ。前に乗せて貰った時も驚いたモンやけど、やっぱこら凄いな。あっという間に松江の街が見えるトコまで来たで」


 雫は、驚きの声を漏らしていた。


「同感でござる。まさに異世界の魔法でござるな」


 雷心も目を丸くしている。

 万斬猛進流の里から松江まで、どの位の距離か正確には分からない。

 しかしこの星の南極から北極までの距離であろうと。

 マローダー改ならコンマ数秒で走破できる。

 ましてやこの程度の距離など、瞬間移動と変わりない。


 という事で、マローダー改は今。

 松江の街を見下ろせる小高い丘の上に停車していた。


「だけど道中、誰もいなかったね。おかげで一瞬で到着できたけど、これって普通じゃないよね、ライシン?」


 リムリアに質問され、雷心はブンブンと首を横に振る。


「もちろんでござる。この街道は戦の時、兵と物資を迅速に輸送できるよう、道幅も大きく造られているでござる。それゆえ島根ノ国の物流の、中心的な役割も果たしているでござる。人の行き来が無いなど考えられない事でござる」

「ってコトは、普通じゃありえないコトが起こってるってコトだよね」


 顔を曇らせるリムリアに、雫が大声を上げる。


「そらそや。ウチが術で見せたやろ? あないな惨い事を平気でやる連中が、自由に行き来をさせるワケないやろ。ちゅうか島根ノ国は今、チャナビエトの奴隷か家畜みたいな扱いを受け取るんや。街道なんぞ封鎖されとるわ」


 そして雫は、雷心に鋭い目を向けた。


「で、雷心。どないするんや? 侵略者どもを全員、雷心1人で斬り捨てるつもりかいな?」

「それは不可能でござろう」


 苦笑する雷心に、雫は真顔で返す。


「そんなコトあらへんやろ。ウチが呪術で確認したとこ、敵の数は3000人くらいや。雷心が本気になったら斬れんコト無いんちゃうか?」

「普通の兵なら斬れるかもしれないでござるが、相手は遠くから魔法で攻撃して来る魔法使いなのでござろう? いくら拙者でも1人では勝てないでござるよ」

「ほうかな? 油断さえせえへんかったら勝てそうやけど」


 本気でそう思っているらしい雫に、雷心は苦笑を深める。


「油断大敵でござる。それに敵の情報が余りにも少ないでござる。例えば侍を公開処刑にしていたチントウとか申す魔法使い、あれはかなり厄介な敵でござる。そして公開処刑人が、チャナビエト軍最強という事はないでござろう」


 確かにそうだ。

 もし和斗が公開処刑を行うとしたら。

 下っ端の中では腕の立つ方に入るかな、くらいの者にやらせるだろう。


「敵の戦力は完全に不明。そんな状況の中、たった1人で斬り込むなど愚策の極みでござる。まずは情報を集め、最低でも敵の最高戦力を確認しないと戦を仕掛けるワケにはいかないでござるよ」


 が、そんな雷心の正論に、リムリアが疑問を口にする。


「でも雷心なら自分の修行の為、相手の強さが分からなくても戦いそうだね。強き者との戦いほど己を鍛えてくれるモノはない! なんて言いながら」

「いやいや、剣士としての拙者なら、そういう修行法も有り得るでござろう。しかし今回の戦いの目的は、島根ノ国の民をチャナビエトの侵略者から解放する事でござる。故に情報を集め、兵站を整え、勝てると確信を得た時、初めて戦に踏み切る事が出来るのでござる」

「へえ、色々考えてるんだ」


 目を丸くするリムリアに、雷心は尋ねてみる。


「リムリア殿は拙者を何だと思っているのでござるか?」

「剣のコト以外は役に立たない、お人好し?」

「それは思ってても口に出すモノではないでござる」


 深く、深~~く溜め息を漏らす雷心に、和斗が初めて口を開く。


「ま、冗談はここまでにして。雷心さんは、これからどのように行動する気なんですか?」

「今のは冗談だったのでござるか!? 心の底からそう思っている感が、ハンパ無かったでござるが!?」


 珍しく口調が乱れる雷心だったが、直ぐにいつもの雷心に戻ると。


「生き残った島根ノ国の侍はチャナビエトとの戦いを諦めていない筈でござる。そのチャナビエトに抵抗する勢力と接触する事が、最初にやるべき事だと拙者は思うでござる」


 そう口にして、雫に視線を向けた。


「雫殿。反チャナビエト勢力の情報は手に入るでござるか?」

「せやな。島根ノ国の軍の中にも修験者はおったさかい、ソイツ等が生きとったら分かると思うんやけど……ちょっと待っとき」


 雫は呪符を1枚取り出すと。


「こちら雫。島根ノ国でチャナビエトと戦っている修験者と連絡を取りたい。中継を願う」


 雫は、普段とは全然違うキリッとした口調で語りかけた。

 へえ、こんな顔もできるんだ。

 と、和斗が雫の横顔を見つめていると。


――雫か!? 今、どこにいるんだ!?


 雫が手にした呪符から若い女性の声が響いた。


「お? その声は彩華かいな。ウチは今、松江の街を見下ろす丘の上におるで」


 急に口調が砕けた雫に、彩華が続ける。


――松江に来てくれたのか!? というか雫がいるってコトは、風上殿も来て下さっているのか?

「せや。手助けに来たで」

――ありがたい、風上殿がいれば1国の軍が参加してくれたも同然! これでやっと反撃に移れる!


 意気込む彩華に、雫が冷静に告げる。


「喜ぶんはまだ早いで。敵の戦力、味方の戦力、現在の状況なんかを考慮せえへんと、戦いなんぞ出来ひんで」

――む、そうだったな。頼もしい味方の登場で、つい舞い上がってしまった。では松江の街の池田屋という宿屋に来てくれ。

「了解や。話しは会うてからやな」

――ああ。待っている。


 この言葉を最後に、呪符から声が途切れる。

 それを確認してから、雫は雷心、和斗、それからリムリアへと視線を巡らせ。


「ほなら池田屋とやらに向かうで」


 そう言って歩きだした。


 そして数分後。

 松江の街全体が見えてきた。


 その街並みは、まさに城下町。

 松江城を中心に武家屋敷が立ち並び、その周辺には商業地区。

 その商業地区を取り囲むように、農業地区が広がっている。

 その松江城に向かって伸びているのが、大きな道。

 武家屋敷街から先は防衛の為、複雑に入り組んでいるらしいのだが。

 商業地区までは、一直線に伸びている。

 その道幅は、マローダー改が余裕ですれ違う事ができるほど。

 これが松江の街のメインストリートなのだろう。


 が、その入り口は封鎖されていた。

 10人の魔法使いによって。

 その魔法使いを眺めながらリムリアが呑気な声を上げる。


「どーする? 邪魔だから叩きのめす?」

「いやいや、情報を収集する、ちゅうコトに決まった今、そないな過激な事なんぞ出来るワケあらへんやろ」


 雫は呆れた声を上げてから、ニヤリと笑う。


「ここは明王様の力を借りるんが1番やろ」


 そして雫は呪符を1枚取り出すと。


「オン マユラ キ゚ランディ ソワカ」


 謎の呪文を呟いた。

 すると。


「え!? 浮いてる?」


 リムリアが声を上げたように、和斗達は宙に浮いていた。


「孔雀明王様の真言で、飛翔の力を行使したんや」

「へえ、凄いね。空を飛べるなんて」


 感心するリムリアに雫がニパッと微笑む。


「なにしろ神様の力を借りれるんやさかいな。これくらい出来ひんと、裏密教明王派の名が泣くわ」


 そう言っている間にも和斗達は空を飛んで城下町の上空へと達する。

 そこで雫は街を見下ろすと。


「ほなら目立たへんよう、路地裏にでも着陸するで」


 そう口にして、人目のない事を確認しながら路地裏へと急降下。


「オン!」


 雫が言葉を発すると、フワリと地面に降り立つ。

 そして雫は。


「孔雀明王様、ありがとうございました」


 祈りを捧げると。


「ほなら池田屋に向かうで」


 松江の街で1番大きな通りを進んでいく。

 その大通りを歩くコト、40分ほど。

 雫はひときわ目を引く、大きな宿屋の前で立ち止まった。


「カズト、リムリア。迂闊なこと喋ったらアカンで」


 そして雫は、和斗とリムリアに鋭い目を向けてから。


「特に雷心は黙ってとり。アンタは空気を読めへんトコあるさかい」


 更に鋭くした視線を雷心に向けた。


「その言い様は心外でござるな。拙者は周囲に流される事なく、己が正しいと思うコトを口にしているだけでござる」

「それがアカン、ちゅうとんねん! 世の中はもっと複雑なんや。とにかく話はウチに任せとき! ええな!」

「はいはい、了解でござる」


 雷心の返事にフンスと鼻を鳴らしてから、雫は池田屋の入り口を潜る。

 そして。


「雫や」


 それだけを名乗った。

 すると。


「待っていたぞ」


 入り口で待ち構えていた野生的な印象の美女が声をかけてきた。


 服装は雫と同様、修験者のものだ。

 年の頃は二十歳を少し超えたくらい。

 身長は180センチを超えるだろう。

 一見、細見に見える。

 しかし身のこなしから、鍛え上げられた体の持ち主である事が伺える。


「お、彩華がワザワザお出迎えかいな」


 どうやらこの美女が、さっき連絡を取った彩華という人物らしい。


「じゃあさっそくやけど状況を聞かしてくれへんか?」


 挨拶を素っ飛ばす雫に、彩華がコクリと頷く。


「ああ。こっちだ」


 彩華は背中を向けると、奥に向かって歩き出す。

 そして宿屋の1番奥の部屋に入ると。


「ここだ」


 壁に手を添えた。

 するとその壁がクルンと周り、奥へと続く通路が現れる。


「隠し部屋かいな。なかなか慎重やな」


 ニッと笑う雫に、彩華もニィッと笑みを返す。


「もう松江の地は敵地同様。このくらいの用心は当然だろう」

「確かにそうやな」


 などと話している間も通路を進み。

 かなりの大きさの広間に出た。

 50畳くらいはあるのではなかろうか。

 床と壁は板張りで、窓はない。

 壁にはズラリと扉が並んでおり、彩華はその1つをパァンと開けると。


「ここが組織の司令室だ」


 そういって胸を張ったのだった。






 はい。懐かしのFFⅩのセリフですね。







2022 オオネ サクヤⒸ

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