第百八十話 公開処刑
「ば、馬鹿な……」
たった1人の魔法使いにより騎馬3000名を失う。
その考えられない事実に、鳥取ノ国の戦大将=平井は言葉を失う。
馬は人の10倍もの食料を必要とする。
だから3000もの騎馬を運用するなど、普通は不可能だ。
しかし平井は、島根ノ国との国境近くに牧草地を用意してきた。
島根ノ国と戦になった時、常識ではありえない数の騎馬を投入する為に。
そして平井の決断は、今回の闘いで実を結ぶ。
他国は島根ノ国との戦で多数の兵の失う中、鳥取ノ国だけは。
騎馬の戦闘力により、殆ど兵を失う事なく松江城に辿り着けたのだ。
なのに、その最大戦力である騎馬は全滅。
鳥取ノ国に残ったのは足軽大将が率いる足軽200名のみ。
騎馬を壊滅させるほどの魔法を放つ魔法使いに勝てる道理など微塵もない。
だから平井は。
「撤退! 鳥取ノ国目指して駆け抜けるのだ!」
迷わず兵を引いたのだった。
こうして鳥取ノ国は、壊滅的な打撃を受けて撤退した。
が、それは岡山ノ国も広島ノ国も山口ノ国も同様だ。
50名の魔法使いに次々と襲われ、壊滅寸前で自国へと逃げ帰る。
この思いもよらない事態に。
「まさか島根ノ国を助けてくれたのか?」
松江城天守で状況を見守っていた島根ノ国の国主は、そう呟いたのだが。
「島根ノ国の住民に告ぐ! 今より島根ノ国は、我らの支配下に入る。逆らう者は皆殺しにする。無駄な抵抗はするな」
松江城中に轟いた魔法使いの声に、顔を絶望に染めたのだった。
一方ここは万斬猛進流の里。
朝日が昇ってから、日が沈むまで稽古したら。
大風呂で汗を流し、食堂で夕食を取る。
これが和斗達の日課だ。
ちなみに万斬猛進流の里の食事は精進料理。
美味しいコトは美味しいのだが、何日も続けば肉が恋しくなる。
そこで和斗とリムリアは、不動明王の許可を得て。
マローダー改の食料庫から、幾つかの料理を食堂に持ちこんでいた。
「まろーだーかいと申す鉄の箱を見せて貰った時は驚いたでござるが、積み込まれた食物には一層驚かされるでござる。このはんばーぐと申す食物、実に美味でござるし焼き肉びびんばと申すモノもとんでもなく美味でござるし、しーふーどぴざと申す食べ物もまた、素晴らしい味でござる。このかっぷめんという食物も、不思議と何度も食べたくなる味でござるな」
雷心がニコニコしながら料理を頬張れば。
「かー! このビールっちゅう酒、風呂上がりに飲んだら最高やな。チューハイちゅうヤツも美味しいし、ワインちゅう酒もサイコーや! マローダー改に乗せて貰った時も驚いたけど、この酒にはビックリや」
雫は様々な酒に手を出していた。
そんな雫に、リムリアが呆れた声を上げる。
「ねえシズク。シズクは修行僧なのに、酒なんか飲んでイイの?」
それに続いて、和斗も雷心に尋ねる。
「雷心さん、それ思いっ切り肉料理なんだけど、寺って精進料理しか食べたらダメなんじゃないのですか?」
この質問に、雫がパタパタと手を振って笑う。
「別にかまへんて。無益な殺生は禁じられとるけど、肉も魚も酒も、別に禁じられとるワケや無いさかい」
「へ? そうなの?」
目を丸くするリムリアに、雫が上機嫌で続ける。
「せや。肉やろが魚やろが酒やろが、手に入ったモンに深く感謝して、そして天と地に心から感謝して、有難く頂く。それがお師匠様の教えや」
「ふぅん、そうなんだ」
パクリとピザを口にするリムリアに雷心がほう、と息を吐く。
「しかしリムリア殿には驚かされるでござる。まさかこんなに速く、奧伝の技を習得するなど思いもしなかったでござる」
そして雷心は、和斗に目を向ける。
「ましてや和斗殿は、驚きなどという言葉の範疇には収まらないでござる。そろそろ万斬猛進流相伝、森羅万象斬を習得するのではないでござるか?」
雷心の質問に和斗は複雑な笑みを浮かべる。
「う~~ん、もうちょっとで掴めそうなんだけど……なんかこう、上手くいかないんですよね」
ちなみに今の和斗の力と速度は一般人と変わらない。
神の力で開発した、『自主規制』というスキルを装備しているからだ。
理由はもちろんステータスの頼らない為。
雷心と同じ状態で万斬猛進流を修行するためだ。
が、万が一に備えて防御力は変えていない。
「いや、それも時間の問題でござろう。ここまで才能に差があると羨ましいとすら思わないものでござるな。まあ拙者は自分に出来る事をコツコツと積み上げる事しか出来ないのは最初から分かっているので、なんとか心を折られないで済んだでござるが」
そう口にした雷心に、雫が苦笑いを浮かべる。
「いや雷心かて、その常識外れの剣椀で、この里の沢山のモンの心をへし折ってきたんやけどな」
この言葉に雷心は顔を曇らせる。
「そのような言われようは心外でござるな。拙者、努力すれば誰でも出来る事を行ってきただけでござるぞ。拙者の振る舞いに、他人の心を折る要素など微塵も無いでござろう?」
「その自覚が無いトコが余計にアカンとこなんや。チョットは反省しいや」
「雫殿の言う事は、偶に意味不明でござるな」
「そういうトコや!」
といった雷心と雫のやり取りに。
「ねえカズト。この2人、やっぱり仲イイよね」
「そうだなリム。俺のそう思うよ」
和斗とリムリアが、ヒソヒソと言葉を交わした時。
「島根ノ国が侵略されたぞ」
不動明王が話に割り込んで来た。
いつの間にやって来たんだ?
という疑問は置いといて。
「今は戦国の世なんだよね? なら侵略されるのも、するのも当たり前の事なんじゃないの?」
リムリアが遠慮なく、感想を口にした。
「リムの言う通りだな」
リムリアの言葉に和斗も頷く。
「それに雷心さんを追い出した国がどうなろうと知ったこっちゃないです」
和斗は出会った時から雷心という男を、好人物だと判断している。
そして稽古を通じて、初対面の時より遥かに気に入っていた。
お人好しで、でも剣には厳しく、自分にはもっと厳しいが他人には優しい。
そんな雷心を追い出した島根ノ国など、どうなっても気にならない。
いや、侵略されて酷い目に遭うのも自業自得。
ザマァとすら思う。
のだが。
「日ノ本の国同士の争いなら放置しておくのだが、今回、島根ノ国を侵略したのはチャナビエトという国。海の向こうの大陸の半分を支配する国であり、邪神を信仰する国でもある。そんな国がワザワザ海を渡って攻め入ってきたのだ。放置しておいたら甚大な被害がでる恐れがある。そうなってからでは遅いのだ」
不動明王の言葉に和斗は考え直す。
他国を武力で侵攻するような国。
そんな国が侵略した国で行うのは、市民の虐殺と相場が決まっている。
それに何かあった場合、雷心を助けると約束した。
だから和斗は。
「雷心よ。島根ノ国を侵略者から解放せよ。手段は任せる」
不動明王からそう言い渡された雷心に、同行を申し入れようと思ったが。
「ボクも行く」
和斗より速く、リムリアが声を上げた。
「ボク、力で善良な人々を虐げるヤツ、大っ嫌いなんだ。もしそのチャナビエトとかいう国が島根ノ国で非道なコトするのなら、ボクがブッ飛ばす!」
和斗はリムリアと初めて出会った時の事を思い出す。
あの時リムリアは、ゾンビによって滅びかけた領地を救う為。
必死に元凶を倒そうとしていた。
多分、その時の事を思い出したのだろう。
リムリアはギュッと拳を握り締めて、不動明王の前に立つ。
「いいよね」
質問ではない。
決定事項を報告しているダケだ。
そんな戦う気満々のリムリアに、不動明王が太い笑みを浮かべる。
「もちろん反対などせぬ。いや助勢してもらえるなら助かる。雷心1人では対処できぬ場合もあるだろうからな」
という事で。
和斗とリムリアは、雷心と一緒に万斬猛進流の里を後にしたのだった。
「おお、腹が減っているのでござるか。ならばこの握り飯を食べるでござる」
道端に座り込んでいる子供にオニギリを渡す雷心に。
「またかい!」
雫が大声でツッコみ、スパーンと後ろ頭を引っ叩く。
「ええか雷心、何度目やと思おとんねん! 島根ノ国は侵略されたんや! 酷い目に遭うたモンなんぞ、そこらにゴロゴロおんねん! そいつらに会うたび、メシを施しとったら、いつまで経っても松江に着かへんで!」
「確かにそうだと思うでござる。しかしそれは、目の前の者を救わぬ理由にはならないでござる」
清々しく言い切る雷心に、雫が詰め寄る。
「ええか? ウチ等は島根ノ国を侵略支配しおったチャナビエトの魔法使いを倒す為に島根ノ国の本丸はある松江の街に向かっとる。これは理解しとんのやろな?」
「もちろんでござる」
即答する雷心に、雫がフンと鼻を鳴らす。
「ほならウチ等が松江に到着するんが遅れれば遅れる程、犠牲者が増えるんも分かっとるんやろな?」
「もちろんでござる」
繰り返す雷心に、雫はズイッと詰め寄る。
「ほなら腹減らしとるモン助けるんと、命の危機にあるモン助けるんと、どっちを急ぐか分からへんのか?」
「命の危機とは物騒でござるな」
この雷心の言葉に、雫のデコにピキッと青筋が浮かぶ。
「ほならコレを見いや」
雫は懐から呪符を取りだし、パンと手をうち合わせると。
目の前に、立体映像が浮かび上がった。
「今、松江の街で起こっとる事や」
雫の言葉に、その映像に目を向けると。
映し出されているのは直径200メートルほどの鉄の檻だった。
その巨大な鳥籠にも見える檻の中では。
1人のローブ姿の男と、侍50名が向かい合っていた。
ちなみに侍は粗末な着物姿。
武器も手にしてないし、具足も身に付けていない。
そんな侍50人にローブ姿の男が声をかける。
「そら、好きな武器を使うがいい」
同時に大量の武器や鎧、盾などが侍達の足もとに出現した。
「く、なめやがって」
「見ていろよ、後悔させてやる」
「くっそぉ……」
「せめて一太刀……」
侍達が怨念の声を漏らしながら鎧を身に着け、武器を手に取ると。
「我が名は偉大なる魔法使い、チントウである。吾輩に一太刀でも浴びせることができたら全員を釈放してやろう。もちろん吾輩を殺しても構わんぞ。全力で攻撃してくるがいい」
チントウは、そう口にした。
と同時に、1人の侍が駆け出す。
「仲間の敵討ちだ!」
そう叫びながら突進する侍に、残った全員も続く。
『ウオオオォォォォォ!』
雄叫びを上げながら突撃する侍50名。
そんな彼らに向かってフンと鼻を鳴らすと、チントウは攻撃魔法を口にした。
「炎撃」
その直後。
直径50センチほどの炎の弾が、凄い速度で発射された。
が、侍達は見事に炎の弾を躱す。
さすが侍、中々の身のこなしだ。
しかし。
「爆!」
そのチントウの1言で、躱したはずの炎の弾が突然爆発し。
「「「「ぐは!」」」」
4人の侍が吹き飛ばされてしまった。
が、これで終わりである筈がない。
チントウは、薄笑いを浮かべながら次の攻撃魔法を口にする。
「雷光斬」
と同時にチントウの手から1本の雷が走り出た。
雷だけあって、先程の炎の弾とは比べ物にならないほど速い。
その雷によって、3人の侍が何の抵抗もできずに両断されてしまった。
「爆風」
今度は風の爆発によって7人の侍が吹き飛ばされ。
ズガン!
半球状の鉄の檻の天井に叩き付けられた。
その時点ではまだ、侍達は生きていたかもしれない。
しかし鉄の檻の高さは50メートルもある。
天井から地面へと落下した侍はピクリとも動かなくなった。
「どうした、しっかりしろ。もっともっと吾輩を愉しませてくれ」
チントウは必死の形相の侍を嘲笑うと、更に魔法を発動させる。
「炎熱砲」
今度は直径1メートルほどの焔の砲弾が撃ち出された。
『炎撃』の魔法とは桁違いの速度と威力だ。
これにより11名の侍が消滅してしまう。
そして11名を貫通した炎の砲弾が鉄の檻を直撃するが。
バチイ!
炎の砲弾は鉄の檻に激突すると同時に消滅した。
どうやら見物人に被害が出ないように、この鉄の檻は造られているようだ。
まあ、周囲に危険が及ぶなら、見に行く人間などいなくなる。
つまり見せしめにならないから、周囲の安全を確保しているのだろう。
などと和斗が考えている間にも。
残った侍25人はチントウまであとわずか、という所まで迫っていた。
「全員で斬りかかれば、何とかなるかもしれない」
和斗の隣でリムリアが小さく呟く。
しかし。
「ちくしょうがぁ!」
残った侍達が、せめて一太刀、と一斉にチントウへと殺到したその時。
「炎撃障壁」
その一言で、チントウを中心に巨大な魔法の炎が噴き上がり。
『ぎゃぁああああああああ!』
炎の壁が侍達を飲み込んでしまった。
2022 オオネ サクヤⒸ