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   第百七十六話  千手観音





 和斗が阿修羅斬と千手観音斬を伝授してもらう事が決まったトコで。


「あ。それボクも習得できるのかな?」


 リムリアが声を上げた。


「ボクの本当のステータスはカズトの3分の1しかないんだ。その程度のステータスで阿修羅斬と千手観音斬って身に付ける事、出来るかな?」


 このリムリアの心配に、不動明王が迷わず答える。


「何の問題もなく習得できるであろうな。というよりリムリア殿の力が和斗殿の3万分の1でも簡単に取得できるであろう」

「あ、そうなんだ。良かった~~」


 リムリアは胸を撫で下ろすと、和斗へと向き直る。


「で、どっちから挑戦する?」


 相談しているように聞こえる。

 しかしリムリアのキラキラした目が語っていた。

 先にやりたい、と。

 だから和斗は。


「リムから挑戦したらイイぞ」


 リムリアに先を譲った。


 不動明王の話だと、和斗もリムリアも1回で取得できるハズ。

 なら少し待てば和斗の番だ。

 だからリムリアが喜ぶなら、それでいい。


 という事で。

 リムリアはワクワクした目を雷心に向けた。


「ライシン、いつでもイイよ!」

「やる気満々でござるな。では雫殿。阿修羅王様の真言を」


 元気いっぱいのリムリアに頷いてから雷心が合図を送ると同時に。


「ノウマク サマンダ ラタンラタト バラン タン!」


 雫が阿修羅王の真言を唱えた。

 そして。


「阿修羅王様! この者にお力を貸し与えたまえ!」


 雫が叫び、リムリアの頭の中に声が響く。


「我が戦いの力を受け取るが良い」


 と同時に。

 リムリアの頭の中に、阿修羅斬の感覚が伝わった。


「これが阿修羅斬?」


 呟くリムリアに雷心が頷く。


「リムリア殿は今、阿修羅斬を使う感覚を受け取った筈でござる。その感覚が残っている間に阿修羅斬を繰り出すでござる」


 雷心が、不動明王が出現させた大岩の1つを指さす。

 リムリアは、その大岩の前に立つと。


「阿修羅斬!」


 追われた通り、頭の中のイメージ通りに刀を振るった。

 すると。


 ゴゴン!


 大岩は6つの斬撃を受けて、7つに切断された。

 リムリアが刀を振るった回数は1回。

 にも拘わらず、発生した斬撃の数は6つ。

 阿修羅斬、大成功だ。


「やった―――!!」


 飛び上がって喜ぶリムリアに、雷心の厳しい声が飛ぶ。


「喜ぶのは千手観音斬を取得してからでござる」

「あ、そうだった。じゃあ千手観音斬も、お願い!」

「承知でござる」


 雷心はリムリアに答えると、再び雫に視線を送る。


「雫殿、次は千手観音様の真言を」

「まかしとき!」


 雫はグッと親指を立てると。


「オン バザラ タラマ キリク ソワカ!」


 千手観音の真言を語らかに唱えた。

 直後、リムリアの脳裏に。

 阿修羅斬の時と同じく、千手観音斬のイメージが流れ込んできた。


「よし、掴んだ! じゃあいくよ。千手観音斬!」


 リムリアは叫ぶと、残っている岩の1つに千手観音斬を叩き込んだ。

 もちろん成功。


 ズザン!


 大岩は切り刻まれて、極薄の石板に姿を変えた。

 雷心は、その極薄の石板に歩み寄ると。


「見事でござる。まだ粗削りでござるがリムリア殿は阿修羅斬、千手観音斬、共に習得した事、ここに認定するでござる」

「やった――!!」


 リムリアがピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。


「よかったな、リム。出来るとは思っていたけど、やっぱりリムが阿修羅斬と千手観音斬を自分のものに出来て俺は嬉しいよ」

「ありがと、カズト!」


 満面の笑みを浮かべるリムリアに、和斗も笑みを返す。

 が、すぐに和斗は表情を引き締めた。


 リムリアが取得できたのだから和斗も取得できるだろう。

 しかし甘えた気持ちがあっては取得できない気がする。

 だから和斗は、心を澄ませると。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ」


 呼吸を整えて、刀を構え。


「お願いします」


 研ぎ澄ませた刃のような声で、そう告げた。


「ほう。凄まじき剣気でござるな。それだけで和斗殿が、どれほど真剣に修行に打ち込んだか伺えるでござる。……もう少し、この剣気を味わっていたいところでござるが、そういうワケにもいかないでござるので……雫殿。阿修羅斬からお願い致すでござる」

「了解や! ノウマ サマンダ ラタンラタト バラン タン!」


 雫が、さっきと同じく阿修羅王の真言を唱えた。

 のだが。


「あれ?」


 和斗は、自分に何の変化も起きない事に、思わず声を漏らす。


「まさか失敗したのか?」


 と、少し不安になった瞬間。

 和斗はいきなり見知らぬ場所に立っていた。


「ここは?」


 和斗は反射的に呟く。

 が、なんとなくだが、その答えは分かっていた。

 目の前に膝をついた、4人、いや4柱の阿修羅の姿で。


「阿修羅王。でイイんだよな?」


 和斗の問いに。


毘摩質多羅ビマシッタラ阿修羅王でございます」

踴躍ユヤク阿修羅王でございます」

奢婆羅シャバラ阿修羅王でございます」

羅喉羅ラゴラ阿修羅王でございます」


 4柱の阿修羅王は、そう名乗った。


 ところで。

 仏には厳然たる階級がある。

 最高位は如来。

 次の位は菩薩。

 その次が明王(王)。

 更にその次が天。

 帝釈天とか毘沙門天などの『天』だ。


 そして阿修羅王だが。

 阿修羅『王』の『王』は、仏の位の『王』ではない。

 阿修羅の王という意味だ。

 だから不動明『王』と同じ位ではない。

 『天』の位である八部衆の1柱だ。


 そして阿修羅王だが、実は1柱ではない。

 世界の中心=須弥山の東西南北には4柱の阿修羅王がいる。

 それが毘摩質多羅阿修羅王。

 踴躍阿修羅。

 娑婆等阿修羅王。

 羅喉羅阿修羅。

 今、和斗の目の前にいる4柱の阿修羅王達だ。


 しかし、すぐに和斗は気が付く。

 自分と4柱の阿修羅王が立っている場所が、巨大な手の平である事に。

 そして和斗が天を仰ぐと、無数の腕を持つ仏と目が合った。


「ひょっとして千手観音か?」


 和斗の呟きに、千手観音が穏やかな顔で頷いた。


「その通りです。貴方様に阿修羅斬と千手観音斬を伝授する為に参りました」


 千手観音の正式名称は千手千眼自在音菩薩。

 つまり如来に次ぐ位の『菩薩』。

 かなり位の高い仏だ。


 その菩薩が、真言も唱えていないのに和斗の前にいる。

 4柱の阿修羅王と共に。


 想定外の事態だ。

 が、もっと想定外の事を千手観音が口にする。


「しかし我々が直接伝授するのです。不動明王が創造した万斬猛進流の阿修羅斬と千手観音斬とは次元の違う斬撃を伝授しましょう。4柱阿修羅王斬と真・千手観音斬を」


 そういえば、万斬猛進流は不動『明王』が創始者だった。

 が、今目の前にいる千手観音『菩薩』。

 つまり不動明王より千手観音の方が、仏としての位は上。

 その菩薩が伝授してくれるのだ。

 不動明王の万斬猛進流より強力でも不思議ではない。


「でも何でワザワザ教えてくれるんです?」


 なにしろ相手は不動明王より偉い神様だ。

 だから和斗は失礼に当たらないように言葉を選んで質問した。


「アナタは偉い神様の筈。たかが俺1人に費やす時間なんて無いのでは?」


 この和斗の疑問に千手観音は首を横に振る。


「たかが、ではありません。貴方の力は、貴方が想像しているよりも遥かに大きいのです。万斬猛進流の阿修羅斬や千手観音斬の範疇では収まらない程。その力を正しく導く。これも私の重要な役目なのです」


 そして千手観音は和斗の目を覗き込む。


「とはいえ難しい事ではありません。私と阿修羅王達の体感を、そのまま伝えるだけです。これを普通の人間に行ったら破裂して塵一つ残らないでしょうが、貴方なら余裕で受け止められますので心配しないでください」

「逆に心配になってきましたけど」

「大丈夫です。貴方の力から計算すると、海にスプーン1杯の水を加えるようなもの。影響など起こる筈がないレベルですから」

「そ、それなら……お願いします」

「はい」


 千手観音が穏やかな笑みを浮かべると同時に。


「これが4柱阿修羅王斬と真・千手観音斬?」


 和斗は悟った。

 4柱阿修羅王斬と真・千手観音斬を自由自在に操る事が出来る事を。

 そして、その威力を。


「とんでもないな。刀1本あれば、人間のステータスでも世界を敵に回して戦える技だぞ」


 ほう、と大きく息を吐く和斗に、千手観音が頷く。


「その通りです。人間の身でも世界を滅ぼす事が出来る剣技です」


 その言葉に少し不安になった和斗は、思い切って聞いてみる。


「そんなモノを俺に伝授して、本当に良かったのですか」


 という疑問に千手観音は、楽しげに笑う。


「貴方は星雲を破壊できる力の持ち主なのですよ? そんな貴方が、星1つを簡単に破壊できる技術を学んでも、なにも変わらないと思いませんか?」


 確かにそうだ。

 その気になれば、和斗は星雲を消滅させる事が出来る。

 つまり1500億の恒星と星系を瞬時に滅ぼせるのだ。

 星1つを破壊できる技を得ても、今更だ。


 となると、やはり疑問が浮かぶ。

 和斗はその疑問を千手観音にぶつけてみる。


「でも、それならどうして俺に4柱阿修羅王斬と真・千手観音斬を教えてくれたのですか?」

「その力を持っていれば、自主規制を解除する必要が無くなるからです。貴方は自主規制のスキルにより星雲すら破壊する力を人間並みにしていますよね? しかし人間並みのステータスでは対処できなきなった時、勝手に解除される事もある。その時、力加減を間違えば星など簡単に砕け散ってしまいます。だから人並みの力でも無双できる技を伝授したのです。自主規制を解除する事がないように」

「なるほど。理解しました。まあ理由はともかく、絶大な力を持つ剣技を習得させてくれた事、礼を言います」


 頭を下げる和斗に、千手観音が仏の笑みを浮かべた。


「いえ、この世界に必要な事を、私が判断した事です。それに貴方は破壊の力に溺れる心配もないので、安心して私の剣技を伝授できました。いや私の方こそ礼を言いたい。この世界に来ていただいて感謝します、と」


 その言葉の裏に不穏な物を感じ、和斗は質問してみる。


「この世界に? なにか困った事でも起きているのですか?」

「はい。人々が心穏やかに暮らす事を望み、そのための教えを説き、そして道を外れた者を導く。それが我々、仏の務めです。しかし慈愛の心では導く事が出来ない者がいる事も事実。その為に明王達が憤怒の形相で頑張っているのですが、かの者達だけでは対処困難な事案がまもなく訪れます」

「対処困難? 不動明王でも?」

「不動明王の力は、主に邪神を討ち果たす為にあります。この世界に生を受けたものを明王が直接相手にする事は、よほどのことがない限り禁止されています。だから不動明王は万斬猛進流を心清き人間に伝えたのですが、その者達では対処が難しいでしょう」

「だから俺に手助けしてほしい、って事ですか?」

「はい。お願いできますか?」


 千手観音の願いに和斗は即答する。


「善良な人々が困っているのなら」

「良き答えです。ではお願いしますね」


 千手観音がほほ笑み。

 次の瞬間、和斗の目の前にはリムリアが立っていたのだった。


「どしたのカズト? ボーっとして?」

「ああ、4柱阿修羅王斬と真・千手観音斬を伝授された」

「え、千手観音斬も? 雫が唱えたのは阿修羅王の真言だよね。なのに何で?」

「千手観音が現れて、直接授けてくれた」

「ええ!? 千手観音が直接!?」


 リムリアが驚きの声を上げるが、そこに不動明王が口を開く。


「やはりそうであったか。ところで和斗殿。雷心は、これから訪れる危機に立ち向かう事になるだろう。その雷心を助けてもらえるだろうか?」


 この不動明王の頼みに。


「もちろんです」


 和斗は即答したのだった。








2022 オオネ サクヤⒸ

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