第百七十五話 奧伝
和斗の剣技が雷心と雫を驚かせた後のこと。
「ここまで万斬猛進流の技を使いこなせるようになったのなら、そろそろ万斬猛進流の奧伝を学んでも良かろう」
不動明王は、そう口にした。
「雷心、雫。阿修羅斬を和斗殿に披露するが良い。そうだな、的はこの大岩でよかろう」
不動明王の言葉と同時に。
ズズン。
家ほどもある大岩が幾つも出現した。
それを目にするなり。
「「は!」」
雷心と雫は不動明王に頭を下げると。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
雷心は1番手前の岩の前に立ち、刀を構えて呼吸を整えた。
そして雫は雷心の後ろに立つと。
「ノウマク サマンダ ラタンラタト バラン タン!」
真言を唱えた。
と同時に雷心は。
「阿修羅斬!」
気合を圧縮した声で吠え、刀を振り抜く。
斬撃の数は1回。
間違いなく1回だったと思う。
なのに。
ゴゴゴゴゴゴゴン。
大岩は7つに切断されて、崩れ落ちたのだった。
「ええ!? 切断面が6つ!? ナンで!? ねえカズト、ライシンは1回しか刀を振ってなかったよね? それともライシン、ボクに見切れない速度で斬撃を6回放ったのかな?」
驚きのあまり早口で疑問を並べるリムリアに、雫が自慢げに語る。
「いや、リムリアの見間違いやあらへんで。雷心の斬撃は、確かに1回や」
「じゃあナンで切断面が6つもあるの?」
「1振りで6つの斬撃を同時に放つ。それが阿修羅斬やからや」
「同時に6つ? そんなコト出来るわけないじゃん。そんなの、和斗だって出来ないよ」
リムリアが即座に言い切るが、それは和斗も同感だ。
和斗が本気で刀を6回振るったとしよう。
人間には同時に6つの斬撃を放ったように見えるに違いない。
しかし実際に和斗が放てるのは、ただの6連撃。
とんでもなく速いだけの6連撃だ。
だが、今の雷心の斬撃は違う。
間違いなく6斬撃が同時に発生していた。
物理的にあり得ないコトだ。
と首を傾げる和斗とリムリアに、雫がニッと笑う。
「せや。どれほど剣を極めたかて、複数の斬撃を同時に放つコトなんぞ出来るワケあらへん。せやけどそれは人間の常識。神にとって不可能なコトやあらへん。せやから神の1柱である阿修羅王様の力を借りたんや」
阿修羅王。
確か3つの顔と、6本の腕を持つ姿が有名だったと思う。
まあ腕が6本あるんだから、同時に6つの斬撃を放てるのは当然だ。
けどそれは、腕が6本あるから。
1振りの刀で、6つの斬撃を放てるのはおかしい。
という和斗の考えを察知したのか。
「あ。今、刀1本で腕6本と同じコトが出来るわけないと思ったやろ? それが違うんやなぁ」
雫がニンマリと笑った。
「阿修羅王様の本質は1度に6回攻撃できるコトや。その本質は阿修羅王様が人間の姿をとられたときも変わらへん。つまり阿修羅王様は人間の姿でも同時6回攻撃が出来るんや。その同時6回攻撃を、阿修羅王様の力を借りて再現するんが、今見せた阿修羅斬なんや」
なるほど。
同時に複数攻撃するなど物理的に不可能。
しかしそれは人間にとっての事。
神なら可能なコトなのだろう。
なにしろ光速を超える事は不可能な筈なのに。
マローダー改は光速を遥かに超える速度を得ているのだから。
「それでも6回同時攻撃なんて驚いたよ」
リムリアが、ほう、とため息をつく。
そんなリムリアに、雫はニヤリと笑って追い打ちをかける。
「いやいや、6回くらいで驚いとったらあかんで。雷心は20連阿修羅斬まで使いこなせるんやさかい」
「20連って、まさか120回同時攻撃!?」
「その通りや。せやけど120回が限界やあらへんで。千手観音様の名を聞いたコトあるか?」
「千手観音?」
「せや。正確には千手千眼自在音菩薩様やな」
リムリアが首を傾げているが、もちろん和斗は知っている。
1000の手があり、その掌に1つずつ眼を持つ。
頭を取り囲むように11の顔。(顔の数は色々)
1つの手で1つの世界を救う。
つまり1000の世界、というより無限の世界を見守っている。
1000の手には宝珠、蓮華、法輪などの『持物』を持つ。
が、剣や鉾や斧や弓などの武器を持つ手も多い。
こんな感じだったと思う。
微妙に間違ってるかもしれないが。
しかし重要なのは。
「千手観音の名が出るってコトは、ひょっとして1000回同時攻撃も可能ってコトなのか?」
震える声で尋ねる和斗に、雫がドヤ顔で頷く。
「せや。それが万斬猛進流奧伝技、千手観音斬や」
万斬猛進流では。
『~~剣』とか『~~切り』の名称の技は初伝。
『~~の太刀』という呼び方は、中伝の技。
奧伝技は『~~斬』と呼ばれる。
先ほど雷心が見せた技の名は『阿修羅斬』。
そして雫が今、口にしたのが『千手観音斬』
つまりどちらも万斬猛進流の奧伝技だ。
ついに奧伝技を教えてもらえる時がきた。
感無量だ。
と感動に浸る和斗だったが。
「ほならココから瞬き禁止や。しっかりその眼に焼き付けるんやで」
雫の真剣な声に、我に返る。
今まで見たこともないほど真剣な雫。
同じく見たことがないほど厳しい顔で1番大きな岩の前に立つ雷心。
その様子に、只ならぬモノを感じ、和斗とリムリアは息をのむ。
そんな2人の目の前で。
「オン バザラ タラマ キリク ソワカ!」
雫が凛と声を張り上げた。
話の流れから考えて、これが千手観音の真言なのだろう。
その千手観音の真言が響き渡ると同時に。
ゴォオオオ!
雷心を中心に、凄まじい力が吹き荒れた。
そしてその力は雷心へと収束していき、そして。
「千手観音斬!」
雷心が吠えると同時に。
ズパン!
大岩が紙よりも薄くスライスされて舞い散った。
とても数えきれないが、おそらく1000以上にスライスされている。
まちがいなく、1000回同時攻撃だ。
もしもこれが自分に向かって放たれたなら。
そう考えるだけで、和斗は背中に冷たいモノが走るのを感じた。
たとえ自主規制を解除して本来のスピードを取り戻しても。
同時に襲い掛かってくる1000の斬撃に勝てる自身などない。
マローダー改の速度でさえ、千手観音斬に対応できないのだ。
まあマローダー改の防御力なら、攻撃に耐えるかもしれない。
が、千手観音斬という技に負けたコトには、変わりないだろう。
恐ろしい技だ。
と、そこで和斗は、ある事に気付く。
「あれ? ひょっとして刻切りの太刀なら、千手観音斬の同時攻撃を防げるんじゃないか?」
刻切りの太刀とは、その名の通り時間さえ切り裂く剣技。
極めれば、時の流れを斬って時間を止める事すら可能だ。
そして1000回同時攻撃だろうと。
時間が止まった空間なら破れるかもしれない。
という和斗の考えを察したのか。
「ほう、その事に気付いたか」
不動明王が感心の声を上げた。
「たしかに時刻切りの太刀を極めたならば、千手観音斬を打ち破る事も出来るであろうな」
「え? 刻切りの太刀って中伝の技だよね? 奧伝の技が中伝の技に敗れるなんてコトあるの?」
すかさず疑問を挟むリムリアに不動明王がほほ笑む。
「中伝とは己の力を限界まで極めて習得する技。いわば自分自身の力で辿り着ける技でもある。対して奧伝とは、神の力を借りる事により、初めてたどり着ける技の事だ。己の力だけではたどり着けぬ境地とも言える。そして神の力を借りるのは困難を極める。だから奧伝技の取得は中伝より困難だが、技として中伝が奧伝に劣るというものではない」
「そーなんだ」
納得するリムリアに、不動明王が付け加える。
「とはいえ奧伝技は神の力が顕現したもの。生半可な威力の刻切りの太刀では、触れただけで弾き飛ばされてしまう。考えられないほどの修行を重ねないと、刻切りの太刀で千手観音斬を打ち破る事は出来ぬであろうな」
人の技で神の技を打ち破る。
普通に考えたら、そんなコト出来るワケがない。
それを可能にするのは。
修行により、人の身を神に近づける事を意味する。
理屈では可能かもしれない。
だが実現できる人間はいないのではないだろうか。
しかし。
「カズトなら出来るよね。ライシンが放つ千手観音斬を、刻切りの太刀で打ち破るコト」
リムリアが口にしたように、星雲級の破壊神の力を解放した和斗なら。
時刻切りの太刀で、千手観音斬を打ち破る事が出来るだろう。
「確かに和斗殿なら、雷心の千手観音斬を刻切りの太刀で打ち破れるであろう。そして和斗が放つ千手観音斬なら。何物にも打ち破られる事は無いであろうな」
そりゃそうだ。
神の技を人間の技で打ち破る者が放つ千手観音斬。
これを打ち破れる存在などある筈がない。
が、ふと疑問に思ったリムリアが口を開く。
「ねえカズト。阿修羅斬も千手観音斬も、神霊力による攻撃じゃないの? もしそうなら、わざわざ万斬猛進流を習わなくてもよかったんじゃない?」
和斗が万斬猛進流を学ぼうとしたのは。
特殊な力に頼らない、純粋なる技術を求めての事。
神霊力を操らなければ使えない技なら、学ぶ必要は無いとも言える
これを耳にした不動明王が首を横に振る。
「いや新霊力など使っておらぬ。そういった力に頼ることなく戦えるよう編み出したのが万斬猛進流なのだから」
「そういや辺獄の神霊力の訓練でも、複数同時攻撃の練習はなかったモンね」
ふむふむと頷くリムリアに不動明王が付け加える。
「複数同時攻撃は神霊力を使いこなして繰り出す技ではない。神、いや我々明王という存在が所持する特性なのだ。和斗殿には、神という職業が持つ、職業特性と言った方が分かり易いかもしれぬな」
なぜゲームを知っている?
いやまあ、分かり易い説明だけど。
「そして和斗殿は星雲級の破壊神を力の持つ存在。よって万斬猛進流の奧伝ではあるものの、和斗殿なら1度体験するだけで、阿修羅斬も千手観音斬も使いこなせるようになるであろう」
「ホント!?」
リムリアが顔を輝かせる。
が、そのリムリアの後ろでは。
「たった1度やて!? ウチは何年も厳しい修行の末、やっとで辿り着いた奧伝やのに、たった1度で獲得してまうんか!?」
雫が絶叫し。
「ううむ、魂が打ち砕かれるような衝撃でござるな。まさか、こんなに早く、追い抜かれる日が来るとは」
雷心が肩を落としていた。
そんな2人を、不動明王が諭す。
「雷心、雫よ。目の前の事だけに囚われるではない。確かに和斗殿とリムリア殿が万斬猛進流を学んだ期間は、其方たちよりずっと短い。しかし考えてみよ。其方らが出会った時、和斗殿とリムリア殿は既に、儂を遥かに超える力をもっていた。それほどの力を得る為に、どれほどの時間を費やしたと思う? いわば万斬猛進流を学ぶ準備として費やした時間を計算に入れたならば、どこに悲観する必要があるというのか?」
言われて雷心と雫はハッとする。
和斗とリムリアは、破壊力だけなら不動明王を凌駕する状態で入門した。
つまり基礎能力なら、雷心と雫の師匠である不動明王を超えていたワケだ。
どんな技も、直ぐに吸収できる高みに達してから入門したと言っても良い。
ならば。
そんな和斗とリムリアを相手に、落ち込む意味はない。
そして、それ以上に重要なのは。
これほどの力を得るのに、どれほどの修行を積んだのか、という事。
簡単に辿り着ける強さではない。
いや、どんな修行をしたのか見当もつかない。
和斗とリムリアが今に至る道のりを想像した、雷心と雫は。
「おのれの修行不足を棚に上げて落ち込むとは、接写もまだまだでござるな」
「せやな。ウチの修行がどれほど甘かったか思い知ったで」
「ならやる事は1つでござる」
「今まで以上に厳しい修行やな」
決意を新たにしたのだった。
そんな雷心と雫を、不動明王のが穏やかに諭す。
「その意気や良し。しかし雷心、雫よ。まだ其方らには和斗殿とリムリア殿に阿修羅斬と千手観音斬を伝授する大役が残っておる。最後まで万斬猛進流を先に学んだ者としての役目を果たすがよい」
「「は」」
雷心と雫は、同時に頭を不動明王に下げると。
「ほならウチ等が教らえる最後の技や。しっかり学ぶんやで」
「では万斬猛進流の技を伝授する役目、最後までしっかりと務めさせていただくでござる」
引き締まった顔を、和斗とリムリアに向けたのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ