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   第百七十三話  縮地斬





 突進斬の稽古場所となる牧草畑の奥行は3キロほど。

 その3キロを、百矢払いを行いながら駆け抜ける。

 これが突進斬の稽古だった。


「あ~~疲れたぁ~~」


 突進斬を1時間ほど稽古して、リムリアは大の字に寝転がった。

 そのリムリアを、雷心が穏やかな声で指導する。


「リムリア殿。疲れたのは体に無駄な力が入ってしまったからでござる。百矢払いだけを行った時のリムリア殿は、もっと脱力が出来ていたでござる。次は、その脱力状態を維持したまま前進してみるでござる」

「うん、ガンバル」


 フンスと気合を入れるリムリアだったが。

 両手も両足も、鉛の様に重くて動かせない。


「よーし、こうなったらメディ……」


 魔法で体力を回復させようとするリムリアだったが。


「リム、ストップ!」


 そんなリムリアを、和斗は慌てて止めた。


「リム。今は雷心さんと同じ条件で稽古するんだろ?」

「あ、そうだった」


 リムリアは和斗に言われてテヘ、と舌を出す。


「同じ条件でライシンを追い抜かないとボクの勝ちじゃないもんね」

「いつの間に、そんな勝負になったのでござる」


 苦笑する雷心をスルーして、リムリアは和斗に目を向ける。


「じゃあ今度はカズトの万だね。早くライシンを追い抜いてね。ボク等の勝利のために!」

「いや、だからそんな勝負、するといった覚えはないでござる」


 リムリアにイジられているとは思いもしないのだろう。

 人の好い雷心が困り切った顔になっている。

 でもこれがリムリアと雷心のコミュニケーションらしい。

 だから和斗は2人に暖かな目を向けた後。


「よし、やるか」


 表情を侍のモノに変え、木刀を構えた。

 そして。


 ヒュオン! 


 1度だけ脱力体捌き百矢を行うと。


「シィッ!」


 リムリアよりも遥かに鋭い呼気と共に、突進斬を繰り出した。

 和斗は日本で空手を学んでいたことがある。

 だから習得速度は、リムリアよりも早い。

 しかし武道に百点満点はない。

 より早く、より力強く、より正確に、より高みを目指して稽古を重ねる。


 という事で和斗は。

 リムリアが百矢払いに成功するまで、更に百矢払いに磨きをかけた。

 その稽古は、ちゃんと実を結ぶ。


 ズパァ!!!!!!!!!!!!


 1キロもの距離を、一直線に刈り取るという結果で。

 しかも突進速度は100メートル9秒台。

 間違いなく敵陣を突破できる速度と威力だ。

 だが。


「ち。たった1キロ進んだだけで草を斬り損ねてしまった。まだまだダメだな」


 和斗は不満げにそう口にすると、出発地点に戻って来た。

 そして。


「もう1度だ」


 そう小さく呟き。


「シッ!!」


 更に研ぎ澄まされた呼気と共に、突進斬を繰り出す。

 1キロ地点までの草は、さっき刈り取った。

 だから最初の1キロは技の復習。

 つまり素振りだ。


 この素振りで技を確認し、正確な動作を何度も行う。

 そしてその正確な動きのまま、1キロ地点より先の草に挑む。

 今度は2キロ、つまり牧草畑の端っこまで刈り取る事に成功する。


 と、思ったら。

 最後の最後、最後尾に生えた牧草数本を斬り損ねてしまった。

 切断ではなく、引き千切れてしまった牧草を見下ろしながら。


「ち! 最後だと思った途端、気が緩んでしまったか。残身は武道の心構えだというのに」


 和斗は悔し気に吐き捨てた。

 マローダー改の攻撃力はとんでもない。

 が、とんでもないが故に、万が一、倒し損ねた時に備える心。

 すなわち武道でいうところの残身が甘くなっていたようだ。


「思い上がってた、ってコトだな。反省しないと」


 和斗は自分に何度も言い聞かせると。


「よし、もう1回だ」


 更に気を引き締め、牧草が一直線に刈り取られてできた道を振り返る。


「まずはもう1度、動作を確認して」


 和斗はそう口にすると、草刈りが終わった3キロを突進斬で駆け抜けた。

 そして向きを変えると。


「よし、再チャレンジだ!」


 再び突進斬による牧草刈り。

 今度は2キロ半地点まで一気に刈り進めた。


 突進速度もアップしている。

 100メートル8秒台。

 人間の限界速度を上回る速度だ。

 自己規制で速度を25に設定したからだろう。

 何しろ常人の速度は10らしいから。


 が、人間を超える速度を出した事に、和斗は気づいていない。

 今まで光速の何倍もの速度で動いていたのだから。

 しかし、そういった事は。

 自分より横から見ている者の方が先に気付くものだ。


「とんでもないでござるな。剣速はともかく突進速度ならば、カズト殿は拙者より上でござる」


 呟く雷心に、不動明王がフォローをいれる。


「和斗殿は身体能力を人並みにしたと言っておったが、その身体能力は鍛え上げた人間の身体能力を超えておる。和斗殿にとっては誤差のような数値であろうが、その身体能力の差は大きい。が、技術で覆せぬ程ではない。雷心よ。其方は、その技術を和斗殿に見せる役なのだ」

「そのような大それた役目、拙者に果たせるかどうか分かりかねるでござるが、全力を尽くすでござる」

「うむ。雷心はそれで良い」


 穏やかに告げる不動明王の後ろで、雫が呆れた声で呟く。


「そんなトコや。そんなトコが雷心のアカンとこなんや。まったく自覚のない天才ちゅうんは質悪いで。そんなやから、心を折られるモンが後を絶たんのや。まあ、そんなコトで心折る根性なしなんぞ、どうなってもエエけど、せめて雷心と同じくらい稽古に打ち込んでからにせぇや、カスが!」


 最後は吐き出すような口調になる雫に不動明王が語りかける。


「まあ、そう言ってやるな。各々には各々の限界というものがある。当然、努力出来る量や質にもな。そういった者も見捨てずに導くのも仏の教えぞ」

「は!」

「うむ」


 不動明王は、顔を赤くして頭を下げる雫に慈愛の目を向けた。

 そして、その目を雷心に向けると。


「雷心。この調子だと縮地斬の習得も間近だな」


 少し嬉し気な声を上げたのだった。


 そして。

 和斗とリムリアが突進斬の稽古を交互に繰り返すこと10日。

 2人とも3キロの距離を、突進斬で駆け抜けられるようになっていた。

 和斗は100メートル7秒台の速度で。

 リムリアは100メートル10秒台の速度で。

 そんな和斗とリムリアに。


「これで縮地斬を稽古する下準備が整ったでござる。という事で、今より縮地斬の稽古に移るでござる」


 雷心が、そう告げた。


「突進斬を繰り出している事を思い返して欲しいのでござるが、百矢払いの斬撃はそれぞれ独立したモノではござらん。全ての斬撃は線でつながり、その線は曲面を構成して自分の周囲に斬撃の結界を形成するでござる。そうでござろう?」


 今まで意識したことは無かったが。

 確かに百の矢を切り落とす斬撃は、独立したモノではない。

 矢を切り落とした斬撃は、その勢いのまま次の矢を斬り落とす。

 その斬撃も勢いそのまま、次の矢を切断し、さらに次の斬撃となる。

 それらの斬撃の軌道は自分を中心とした球体に沿って繰り出され。

 途切れる事なく斬撃は動き続ける。


「その斬撃を繰り出しながら前進するのでござるが、その足が地面を踏みしめた瞬間、その踏みしめた力で更に斬撃を加速させているはずでござる」 


 言われてみれば、その通り。

 自然を踏み込んだ時に感じる自分の体重。

 そして、その体重を地面にズドンと落として得られる反発力。

 その反発力を上手く使って、百矢払いの斬撃を加速していた。

 ……ように思う。


「その動きを再確認するでござる。そして再確認に成功したら、その地面を踏み込んで作り出す力を、静止した状態から一気に爆発させるでござる。これが縮地の歩法でござる。そして縮地に成功したら、その縮地に斬撃を乗せるでござる。これが奧伝技、縮地斬でござる」


 雷心は間違いなく天才だ。

 和斗もリムリアも、そう思っている。


 しかし、その天才を支えているのは膨大な努力であることも知っている。

 雷心は、その膨大な努力で得た感覚を言葉にするのが上手い。

 本来、言葉にするのが難しい感覚を、分かり易い言葉にしてくれる。


 もちろん簡単に出来る内容ではない。

 だが雷心が教えてくれたことを、ユックリと咀嚼しながら繰り返すと。

 確かに体を、そのように使っているようだ。


「なら、雷心さんの指導通りに実践あるのみだ」


 和斗は小さく呟くと、百矢払いの動作に集中してみる。


「地面を踏みしめた力によって、斬撃をさらに加速している感覚か」


 そう口にしながら百矢払いを何回か繰り返すと。


「あ、これか」


 雷心が言っていた通りの動きをしている事に気付く。


「なら次は、今の力を静止した状態から一気に爆発させる」


 そして雷心の言葉通りにチャレンジしてみると。


 ばひゅ!


 和斗の体は、思いもしない速度で移動していた。

 その距離、約400メートル。

 雷心の縮地には及ばないものの、とんでもないスピードだ。


 もちろん光速に比べたら、その速度は微々たるもの。

 しかし暫く常人並みの動きに身を置いていた和斗にとって。

 今の動きは瞬間移動に匹敵するように感じた。


「すごいな、常人並みのステータスでこんなコトが出来るなんて」


 自分で自分の動きに驚く和斗だったが、すぐに思い出す。

 雷心が1キロの距離を縮地で移動した事。

 そしてその縮地で4人もの人間を移動させた事を。

 だから和斗は。


「いや、浮かれている場合じゃないな。なにしろ雷心さんの縮地には到底及ばないんだから。もっともっと稽古しないとな」


 そう自分を叱り付けると、縮地の稽古を続ける。

 だんだんコツがわかってきた。


 ドンと地面を踏んづけた反発力。

 これは踏みつける力が大きいほど、大きくなる。

 その反発力を上手く利用して体を撃ち出す感じ。

 タイミングが少しでもズレると、力がすっぽ抜けて失敗する。

 刹那のタイミングを逃さず加速を乗せなければならない。


 非常に困難な事だが、和斗は光速の50倍の世界を知っている。

 そんな和斗だからだろう。

 縮地で移動する距離はドンドン伸びていく。


 もちろんリムリアだって負けていない。

 挑戦する度に、縮地の移動距離を伸ばしていた。


 そして和斗は3日で、リムリアは5日で。

 牧草畑の端から端まで縮地での移動に最高したのだった。

 こうして3キロの縮地に成功したところで。


「では縮地に斬撃を乗せてみるでござる」


 雷心の指示で、和斗とリムリアは縮地斬の稽古を始めた

 これがまた難しい。


 敵との距離を縮地で瞬時に無にして敵を斬る。

 これが縮地斬だ。

 縮地で敵の前に到する瞬間に、敵を斬る瞬間を合わせる。

 言葉にするのは簡単だが、どうしても微妙にズレてしまう。

 縮地と斬撃の瞬間をキッチリと合わせる事は困難を極めた。


 が、これもマローダー改の速度を体験していた為だろう。

 和斗とリムリアは、たった3日で縮地斬をマスターしたのだった。


「縮地と斬撃のタイミングは、もっとタイトに出来そうだな」

「うん。もっとうまく出来る筈だよ」


 和斗とリムリアは、不満そうだが。


「いやいや、その縮地斬で悔しそうに文句を言われたら、拙者の立場が無いでござるよ。見事な縮地斬でござるよ」


 雷心に褒められ、ちょっと嬉しくなる。


「リム」

「うん、カズト」


 その喜びを、目と目で交わす和斗とリムリアだったが、そこで。


「これなら他の奧伝の稽古を始めても良さそうだな」


 不動明王が声を上げた。


「今から直ぐに取り掛かっても良いのが、他の中伝技を実戦形式で稽古するのも捨てがたい。和斗殿、リムリア殿。希望があるなら聞くが」


 その問いに。


「もちろん実戦形式!」


 リムリアは嬉しそうに即答した。


「和斗殿も、それで良いかな?」


 不動明王の確認に、和斗は迷う事なく頷く。


「リムリアが希望するのなら、俺に文句はない」

「そうか。では実戦形式の稽古をするとしよう」


 不動明王はそう答えると、楽し気な笑みを浮かべたのだった。









2022 オオネ サクヤⒸ

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