第百七十二話 奧伝の稽古
降魔の利剣での山断ちに失敗してすぐに稽古を始めたリムリアだったが。
「ところでライシン。雫が降魔の利剣に変身できるのに、どうして普通の刀を腰に差してるの?」
ある日、急に思いついて雷心に尋ねた。
「降魔の利剣って不動明王の力が宿った、神の刀でしょ? って事は、その刀よりずっと強力なんだよね? ならいつも降魔の利剣を使ったらイイんじゃない?」
「いやいや降魔の利剣は神の刀でござるから、人と人との争いに使う事は禁じられているのでござる。人外の異形と、邪悪なるモノを切るときのみ、降魔の利剣を使う事が許されているのでござる。よってカズト殿よりもらい受けたこの刀は拙者の魂、終生の宝でござる」
「そっか。じゃあボクも雷心と同じ刀で練習した方がイイかな?」
「いや不動明王様より賜った木刀で稽古する方がよいでござろうな。何か深い考えがあるに決まっているでござるから」
「そうなの?」
首を傾げるリムリアに、雷心は穏やかな顔で頷く。
「当たり前でござる。なにしろ偉い神様でござる。拙者など考えもしない深遠なる考えの結果でござろう」
「そっか。ま、その方がイイ稽古になるんだったらコレでやるしかないね!」
「その通りでござる。何を使おうと、稽古の質と量が全てでござる。その証拠にカズト殿を見るでござる」
「カズトを?」
和斗へと目を向けるリムリアに、雷心が続ける。
「太刀筋の安定感。見事に太刀筋に乗った力と速度。にもかかわらず僅かのブレもない体幹。ズッシリと根を張った大木のような安定感。修行道具が変わっても、この動きは変わらない、というのは見たダケでわかるでござろう?」
「うん」
素直にコクリと頷くリムリアに雷心はほほ笑む。
「ならば木刀だろうと真剣だろうとやることは同じ。全身全霊をもって稽古に打ち込むのみでござる」
「うん!」
こうしてリムリアが今まで以上に気合の乗った稽古を始めたところで。
「雷心よ。和斗殿とリムリア殿の稽古は、どこまで進んでおる?」
不動明王が雷心に尋ねた。
「そうでござるな。身体能力を常人並みにした為、少しの間伸び悩んでいたでござるが、今は中伝までの技は全て習得したでござる」
雷心の報告に不動明王は呟く
「ほう、中伝まで全てか」
「そして今は、百矢払いに磨きをかけているところでござる」
ちなみに。
万斬猛進流の主要な技は、このようになっている。
万斬系の剣技(斬撃の威力を極める)
病魔払いの太刀 =病原菌由来の病気を治す=病原菌を斬る
音速剣――ただ刀を振るだけ=それだけでカマイタチが発生。
初伝
飛刃剣 =カマイタチを飛ばす。
乱刃剣 =複数のカマイタチを巻き起こす斬撃。
中伝
操刃の太刀=無数のカマイタチを正確に操り多数の敵を斬る
破軍の太刀=操刃剣を1000単位で繰り出す
風切り =音速剣の逆。大気すら切り裂く
=剣速がマッハなのにカマイタチを発生させない斬撃。
魔力切り=魔法攻撃すら斬り捨てる
&魔法結界も同様に斬る事が可能。
中伝
雷断の太刀 =雷すら斬り捨てる高速の斬撃
霊断の太刀 =霊体を切り捨てる斬撃
刻切りの太刀 =時間を斬る
破毒の太刀 =解毒=毒だけを斬る
奧伝
次元斬 =空間すら斬り捨てる斬撃
神殺斬 =神すら斬り捨てる斬撃
皆伝
森羅万象斬 =この世に存在するありとあらゆるものを切り捨てる
猛進流系の剣技(たった1人で多数の敵を切り捨てる)
百矢払い =全方向からの攻撃を切り捨てる
普通の矢による百矢払いは初伝
使う矢の速度で段を習得できる(初段~99段=マッハ1~99)
段により中伝~奧伝
奧伝
突進斬 =走りながら百矢払いを繰り出す
縮地斬 =縮地で敵との距離を一瞬で無にして放つ斬撃。
その距離は実力により変わる。
「では、その百矢払いで今、何段の矢を使って居る?」
不動明王の質問に雷心が即答する。
「カズト殿は先日、4段の矢で成功させたでござる。リムリア殿も、まもなく4段の矢で成功すると思われるでござる」
ちなみに雷心も修行に打ち込み、7段まであと一歩まで迫っている。
「そうか」
不動明王は雷心の報告に目を細めると。
「ではそろそろ奧伝の稽古をしても良さそうだな。雷心よ、突進斬から始めてくれるか?」
この不動明王の穏やかな声に。
「御意!」
雷心は、それだけを口にして頭を下げる。
が、その話を耳にして。
「走りながら、百矢払いを繰り出す!?」
和斗は思わず大声を上げた。
現在、和斗は万斬流系の剣技なら中伝まで習得した。
どうやら万斬流敬の技とは相性が良いみたいだ。
しかし猛進流系の技には手こずっている。
やっと先日、4段の百矢払いに成功して程度なのだから。
でも和斗は、いずれ99段に達する事ができると思っている。
このまま稽古を続ければ、きっと到達できるハズだ。
が、それを走りながら行えと言われたら無理、と答えるしかない。
両足をグッと踏ん張って100の斬撃を繰り出す。
それが和斗の百矢払いだからだ。
走るという事は、片足どころか両足が地面から離れる瞬間がある。
そんな不安定な状態で刀を振るえるわけがない。
「出来るんですか、そんなこと?」
そう口にした和斗に、雷心が説明する。
「カズト殿は、しっかりと足を踏ん張れば、4段の矢100を斬り落とせるようになったでござる。が、それは百矢払いの第一段階に過ぎないでござる。次は体捌きと脱力で同等、いやそれ以上の動きが出来る事を目指すでござる。それが出来る様になれば、走りながら百矢払いを繰り出せるようになるでござる」
猛進流とは、1人で多数の敵を倒す技。
つまり100の矢を切り落とす剣戟を繰り出しながら敵陣を駆け抜ける。
そして敵の大将まで一直線に駆け抜け、切り倒す。
大将を切り捨てたら、そのまま敵陣を突破して180度、方向転換。
今度は敵陣の背後から、敵を斬りまくりながら駆け抜ける。
敵陣を抜けたら、また方向転換。
これを繰り返す事により、敵を全滅させる。
敵の数が何万、何十万、何百万だろうとも。
「つまり百矢払いをやりながら戦場を駆け抜ける事が出来ないと、たった1人で敵軍と戦う事なんて出来ない、ってコトか」
「その通りでござるよ、カズト殿。ついでに言うでござるが、脱力と体捌きで技を繰り出すことにより、消費体力を最低限に抑え、最後まで動き続ける事が可能となるのでござる」
「分かりました」
和斗は、それだけ口にすると、何度も刀を振るう。
脱力と体捌き。
空手で何度も稽古したことだ。
突きでも蹴りでも同じなのだが。
普通、思いっきり力を込めた方が強力だと思う事だろう。
しかしその場合、攻撃を邪魔する筋肉にまで力が入ってしまう。
結果、込めた力に見合うだけの破壊力は発揮されない。
逆に脱力、すなわち余分な力を抜き切った攻撃。
これは想像以上の破壊力となる。
その空手での経験を生かして、刀を振る。
極限まで力を抜き、その感覚で動く。
それを何度も繰り返す。
もちろんすぐに出来る筈がない。
しかし空手で出来た事だ。
刀でも出来る筈。
和斗は自分にそう言い聞かせながら剣撃を放つ。
そして何度目の挑戦だっただろう。
ズヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
「これだ!」
和斗は力を抜き切った状態で刀を振る事に成功した。
残念ながら、100の斬撃すべてを脱力で出来たワケではないが。
それでも78までは脱力状態で刀を振るえたと思う。
が、重要なのは、脱力して刀を振るえた感覚。
それが出来たのなら、同じ事が何時でも出来るようにするだけだ。
実際のところ。
普通の矢くらいなら、脱力状態で百矢払いが出来そうだ。
「よし、コレだ!」
これなら脱力百矢払いを成功させる事ができる。
そう確信した和斗にリムリアが駆け寄る。
「ねえカズト、今ナニしたの? 急に動きが鋭くなったけど」
可愛らしく首を傾げるリムリアに、和斗は満足の笑みを浮かべる。
「雷心さんに言われた脱力のコツをつかみかけただけだ」
「じゃあボクにも教えて!」
顔を輝かせるリムリアに、和斗は説明する。
「いいかリム。最初から100の斬撃全てから力を抜こうと思わないでいい。まずは体から極限まで力を抜いて、その状態で刀を振るんだ。まずは1回でいい。そして1回成功したら、次は脱力斬撃2連撃に挑戦だ。成功したら、次は3連撃。その繰り返しだ」
リムリアにそう教える和斗に雷心が頷く。
「ふむ、カズト殿は脱力をちゃんと理解してようでござるな。人に技を説明できるという事は、しっかりの理解出来ていないと出来ぬ事でござるから」
「だから俺がリムに説明するまで、口出ししなかったんですか? 俺がどこまで脱力を理解しているかを見極める為に」
「そうでござる。敢えて口を出さず、見守るのも時には必要でござるゆえ」
「ありがとうございます雷心さん」
「ボク達、ガンバルからね!」
こうして和斗とリムリアは脱力&体捌き百矢払いの稽古に没頭。
和斗は1週間、リムリアは10日で脱力体捌き百矢払いをマスターした。
というか、6段の矢で百矢払いを成功させた。
脱力と体捌きにより、より早く滑らかに動けるようになったからだろう。
となれば、今度は突進斬の稽古だ。
という事で、和斗とリムリアは今。
雷心、雫、不動明王と共に、万斬猛進流の里の外れにある草原に来ていた。
いや、草原ではなかったようだ。
「ここは言うなれば牧草畑でござる。草木が枯れ、葉を落とす冬に備えて牧草を刈り取り、乾燥させるのでござるが、突進斬の稽古にちょうど良いので和斗殿とリムリア殿に突進斬で刈り取っていただきたいでござる」
という事らしい。
「なるほど」
和斗はそう口にしてから、牧草畑を見回す。
牧草の丈は1メートルから2メートルほど。
これを突進斬で一直線に刈り取っていく。
確かに良い稽古になりそうだ。
「じゃあボクからやってイイ?」
やる気満々のリムリアに不動明王が頷く。
「うむ。リムリア殿の突進斬、しかと見せてもらおう」
「うん、しっかり見てて!」
リムリアは元気いっぱいに声を上げると。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
木刀を構えて、呼吸を整える。
そして。
「ひゅッ!」
鋭い呼気と共に、リムリアは百矢払いを行いながら前進した。
が、その速度は小走り程度。
子供が全速力で走ったら追い抜かれてしまう速度だ。
しかも20メートルほど進んだところで牧草の切断に失敗してしまう。
「ええ!? たかが草を斬り損ねるなんて!?」
思わず手を止めたリムリアに、雷心は説明を始める。
「これが実際にモノを斬る難しさでござる。素振りの時と違い、草とはいえ切断するときにわずかな手ごたえがあるでござる。その手ごたえによって太刀筋や間や刀を握る力加減などが、稽古の時とは違ってしまうと、体が覚えている通りの百矢払いではなくなってしまうのでござる」
「なるほどね。確かにナンか、体を構成する歯車が上手く喚起遭ってないような感じがしてたんだ」
納得するリムリアに、雷心が続ける。
「では元の位置に戻って突進斬の稽古を再開するでござる。草を刈り取った場所を進む間ならば稽古通りの技を繰り出せる筈。そして稽古通りの動きのまま続きの牧草刈りに挑戦でござる」
「うん!」
こうしてリムリアの突進斬の稽古が始まったのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ