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   第百七十話 本日の練習風景・その2



 



「なにアレ?」


 リムリアは、ゾロゾロと裏庭に入ってきた男達に目をやった。

 50歳くらいの者が殆ど。

 全員、雷心と同じく質素な着物を身に付けている。

 かなりの実力者ばかりみたいだが。


「う~~ん、ライシンと比べたら、かなり弱いようだけど」


 リムリアの言葉通り、雷心より強い者はいないようだ。

 が、その1言で、周囲の空気が凍りつく。


「あれ? ボク、なにかマズッた?」


 気まずそうな顔のリムリアに。


「いや、事実だから気にする必要はない」


 男達の1人が悟ったような顔で口を開いた。


「雷心の腕は、既に我らを超えている」

「事実を認めぬほど、我らも愚かではない」

「雷心ならば、きっと我らの悲願を達成するだろう」

「そう。森羅万象斬を習得するとしたら、雷心だろうな」


 口々に同意する男達に、雷心が硬い表情で語る。


「兄弟子殿。なぜそんな言い方をするのでござる? 森羅万象斬を習得するのは万斬猛進流を学ぶ者全員の目標でござろう?」


 この雷心の言葉に。


「いや、自分の限界は自分が1番理解している」

「ああ。残念ながら、我らが森羅万象斬に届く事はないだろう」

「我らの役目は後進の者に、自分の技術を伝える事」

「未熟な技術ではあるが、な」

「そして、その中から夢をかなえる者が出て来る事を祈る事だ」

「その筆頭が雷心、お主だ」

「万斬猛進流の未来、よろしく頼むぞ」

「お主ならば、きっと辿り着くだろう」


 男達は、そう答えた。


 ある者は達観した目で。

 ある者は妙に悟った顔で。

 ある者は寂し気に。

 ある者は覇気のない声で。


 そんな男達に、雷心は熱く語る。


「生涯をかけて剣の道を極める。それが侍ではござらぬか? 命の火が消える直前まで諦めない。それが侍ではなかったのでござるか?」


 そして雷心は、和斗とリムリアを指差す。


「見るでござる! この者達が万斬猛進流を学び初めて、僅か10日あまりで繰り出せるようになった斬撃が、これでござる」


 雷心は、和斗とリムリアに燃えるような眼を向けた。

 その目が意味する事を理解し、和斗は。


「むん!」


 空に向かって、全力で木刀を振り抜いた。

 その斬撃は、カマイタチを撃ち出し。


 ズパッ!


 空を端から端まで、スッパリと斬り裂いた。


「お。カマイタチを撃ち出すコトに成功したみたいだな」


 呑気な声でそう口にした和斗に、男達は目を丸くする。


「なんだ、今の威力!?」

「まさか太陽斬りの位階か!?」

「ま、まさか!?」

「いや、間違いない」

「確かにさきほどのカマイタチは空の彼方まで届いていたぞ」

「ひょっとして今の飛刃剣、お師匠様を超えているのでは?」

「それは言い過ぎだ!」

「うむ、お師匠様に失礼であろう!」

「しかし其方らも見ただろう!?」

「確かに……」

「無礼者! お師匠様は悪を打ち砕く明王だぞ!」

「人間如きが超えられる筈がないだろう!」


 言い争いを始める男達に、不動明王が静かに告げる。


「いや、間違いなく今の斬撃、儂より上じゃ。良かったな、お前達。人間でも儂を超えられる事を、和斗殿が証明してくれたぞ」


 が、この不動明王の言葉に。


「い、いや、それは……」

「確かにその者、大層な腕前ですが……」

「そ、その、あの、私は……」


 男達は小動物のようなオドオドした目をさ迷わせると。


「そ、そうだ。弟弟子達に稽古を付けねば」

「うむ、指導者不在というのは良くないからな」

「確かに」

「弟弟子達の為にも、早く戻らねば」


 ソソクサと立ち去ってしまった。

 そんな男達の背中を見送りながら。


「なんだったのアレ? 兄弟子ってライシン言ってたけど、あの程度の腕で偉そうにしてるの?」

「偉そうではなかった思うでござるが」


 リムリアの手厳しい言葉に雷心が苦笑する。


「しかし残念ながら、心が折れてしまった者達なのは間違いないのでござる。かつては熱き想いで、ひたすら稽古に打ち込んだ者達であったでござるが」


 笑みが寂し気なものに変わった雷心に代わって雫が言い放つ。


「ようは剣を極める事を諦めさらした負け犬ちゅうこっちゃ。自分の力が及ばんのやったら、届くまで剣を振り続けたらエエだけやないかい。実力が足らんから修行するのに、実力が足らんコト理由に修行を諦めてどないすんねん」


 言いにくい事をハッキリと口にしてから、雫は溜め息をつく。


「はぁ~~。ま、確かに今のカズトの斬撃を目にしたら、どうやっても到達出来ひんと諦めてまう気持ちも分からん事もないけどな。せやけど届くか届かないか分からへん高みを目指して地道に努力を続けるんが侍ちゃうんか」


 そして雫は雷心に視線を向ける。


「実際、雷心は今のカズトのカマイタチを見て、剣の修行を止めよ、なんて思いもせえへんやろ?」

「もちろんでござる。いや、信じがたい威力の斬撃を目にする事が出来て、嬉しいくらいでござる。これで今まで以上に剣に打ち込もうと思えるゆえ」


 が、そんな雷心と雫のやり取りに飽きたのか。


「ねえカズト。今の、どうやったの?」


 リムリアは和斗に、飛刃剣のコツを尋ねていた。


「どんな感じでやったらイイの? ね、教えてよ」


 目をキラキラさせながら聞いてくるリムリアに、和斗は。


「そうだな。木刀を振ってカマイタチが発生するのを感じ取ったら、そのままカマイタチを木刀で押し出す感じかな?」

「ふーん。こんな感じかな?」


 ビュオッ!


 リムリアが再び木刀を振ると。


 シュパァ!


 今度こそ、カマイタチは空へと飛び去っていった。


「そっか! こんな感じだったんだ!」


 リムリアは顔を輝かせると。


「や! た! えい! とりゃ!」


 今まで以上に気合いを入れて、木刀を振りだした。

 その度に木刀からカマイタチが撃ち出され、雲を斬り裂いていく。

 最初は頭上の雲を斬り裂いて喜んでいたリムリアだったが。


「なんかコツがつかめてきたかも。ちょっと楽しくなってきたな。よ~~し、もっと遠くの雲まで斬ってやるぞ~~」


 言葉通り、徐々に遠くの雲までカマイタチで切断しはじめた。

 そしてリムリアが、地平線ギリギリに見える雲を切ったところで。


「ふ~~む、先程は偉そうな事を口にしてしまったでござるが、確かにこの光景を目にしたら、心が折れてしまう者が続出しても不思議ではない光景でござるな。万斬猛進流の歴史の中でも、これほどの威力を発揮した者など、存在しないかもしれないでござる」


 雷心は、綺麗に斬り裂かれた入道雲を眺めながら呟いた。

 しかしそこで雷心は重大な事に気付き、慌てて不動明王に尋ねる。


「ところでお師匠様。この調子で雲を斬り散らされては、天候に影響が出てしまうのではござらぬでしょうか? 大雨や干ばつを引き起こしても不思議ではないように思うのでござるが」

「確かに雷心の言う通り、天候を左右してしまう程の威力のカマイタチだな。という事でリムリア殿、ひとまずカマイタチを空に向かって放つのは中止してもらえるかな」

「え~~? やっと調子が出て来たのに」


 唇を尖らせるリムリアを、不動明王がなだめる。


「稽古を止めろと言っているのではない。これを標的にするが良い」


 不動明王が、そう口にすると同時に。


 ずずずずずずずずずず。


 庭に砂の柱が生えた。

 凄い数だ。

 おそらく数百、ヘタしたら1000くらいあるかも。

 まるで砂で出来た竹林だ。


「あの砂の柱を狙ってカマイタチを飛ばすのだ。砂の柱は儂の力で、切れても瞬時に再生する様になっておる。と同時に、この裏庭に結界を張っておいたから、思い切りやると良い」


 不動明王が言い終わるよりも速く。


「たりゃ!」


 リムリアが木刀を振り抜き。


 ズパパパパ!


 5つの砂柱を切断した。


「あれ? 切れたのは、たった5つ?」


 不思議そうな顔のリムリアに、不動明王が答える。


「儂が張り巡らせた結界は、周囲に被害を出さぬと同時に、斬撃の威力を大幅に削減するからだ」

「そっかぁ」


 リムリアは、少し物足りなさそうな顔になるが。


「じゃあ思いっ切り練習できるね!」


 アッという間に気持ちを切り替え、再び飛刃剣の練習を始めた。

 それを見た和斗も。


「じゃあ俺もリムに負けないようにガンバルか」


 カマイタチを飛ばす練習を始める。

 そんな和斗とリムリアに刺激されたのだろう。


「これは拙者も一層気合を入れて稽古に打ち込まねばならないでござるな。操るカマイタチの数はともかく、威力では完全に負けているのでござるから」


 雷心も目の色を変えて木刀を振るいだした。

 そんな3人を眺めながら、雫が呟く。


「へえ。こないにひたむきな雷心、久しぶりに見たわ。こらカズトとリムリアに感謝やな」


 子供を見守る母親のような表情の雫に、不動明王が頷く。


「うむ。様々なしがらみの所為で、雷心も稽古に集中できなかった部分もあるからな。和斗殿とリムリア殿が繰り出す斬撃の、異次元の威力を目にした事が良い方向に働いて、一心不乱に稽古しておる。良い傾向だ」


 不動明王は、そう口にしてから、目を見開く。


「な、なんと。リムリア殿、一度に3つのカマイタチを飛ばしだしたぞ。いや、この程度で驚いている場合ではないか。和斗殿は20も飛ばしておる。しかも正確に標的を斬り飛ばしておる。どうやらカマイタチの数だけでなく、大きさや威力までも調整できるようになったみたいだ」

「ええ!? それって操刃の太刀を習得したモンでも、上級者だけが成し遂げられるコトですやん!」


 驚きのあまり、敬語を忘れている雫に、不動明王が真剣な目を向ける。


「雫よ。当初の想定より遥かに速く、其方の力を借りる事になりそうだ」

「え!? ではもう百矢払いの修行を始めるのですか?」


 丁寧な言葉使いを思い出した雫に、不動明王が頷く。


「うむ。雷心も、己の限界を超える良い機会となるであろう」

「うわ、雷心にゃあ地獄の案件やったか。いや、雷心にとって至福の案件かもしれへんな」


 雫が呟いた時には。


「和斗殿、リムリア殿、雷心。集まるが良い」


 不動明王は、3人を呼び寄せていた。

 そして。


「雷心よ、これを」


 不動明王は、雷心に弓と矢筒を手渡した。


「は!」


 雷心は恭しく弓と矢筒を受け取るが。


「こ、これは!」


 弓を見つめて、身に纏う空気を一変させた。


「お師匠様。この弓を使う気でござるか?」


 大声を上げる雷心の横から、リムリアが弓を覗き込む。


「どしたの? 普通の弓じゃん」


 呑気に言い放つリムリアに、雷心がブンブンと首を横にふる。


「いやいやいや、これは4段の弓、つまり音速の4倍の速度で矢を撃ち出す弓でござる」

「音速の4倍の速さで矢を撃ち出す、4段の弓? どっかで聞いたコトあるような話だけど、それがどーしたの? ライシンなら音速の4倍くらい楽勝じゃん」

「いや、以前話したと思うでござるが、万斬猛進流で弓を使う修行といえば百矢払いしかござらん。つまり全方位から撃ち込まれる、音速の4倍の矢を100本、切り落とす稽古でござる」

「全方位から100本? これもどっかで聞いたような気がするけど、まあ出来るんじゃない?」

「なんでそんなに気楽なのでござる」


 余りにも動じないリムリアに、焦っているのがバカらしくなったのだろうか。

 雷心が、気の抜けた声で聞き返してきた。


「100の矢が、同時に全方向から撃ち込まれるのでござるぞ。普通の弓であっても全てを切り落すのは至難の技でござるぞ。おそらくリムリア殿が考える以上に難しい修行でござる」

「だってカズト、神霊力の訓練で同じような訓練してたもん。ま、その時使ったのはマッハ4じゃなくてマッハ20の矢だったけどね」

「まっは20とは、20段の弓という事でござるか!?」

「あ、多分ソレ」


 アッサリの言い切るリムリアに、雷心は遠い目で天を仰ぐ。


「既に百矢払いまで修めているとは、拙者、とんでもない人間と出会ってしまったみたいでござるな」


 が、すぐに雷心の眼は力を取り戻す。


「いや、負けておられんでござる。2倍3倍の努力をすれば良いだけでござる。まずは4段を目指して稽古でござる」


 こうして。

 一層やる気になった雷心と共に。

 和斗とリムリアは、万斬猛進流の稽古に没頭するのだった。










2022 オオネ サクヤⒸ

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