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   第百六十八話  初訓練






「ではリムリア殿、やってみるでござる」


 雷心に促され、リムリアは木刀をタライの中の水に突っ込む。

 そして。


「や!」


 雷心のように水を切ろうとするが。


 どぱ!


 タライの水は、派手に水しぶきを立ててしまった。


「む~~」


 難しい顔のリムリアに、不動明王が静かに語る。


「これで分かったであろう。水しぶきを立てること無く水を切る事が出来れば、風切りも容易に習得できよう」

「なんかコツはないの?」


 リムリアの、欠片も遠慮を感じない質問を気にする事なく不動明王は。


「雷心をよく見て、それを真似する事だ」


 それだけ答えると、腕を組んだ。

 後は実践あるのみ。

 と全身で語っている不動明王から、リムリアは雷心に目を向ける。


「じゃあライシン。もう1回、お手本見せて」

「承知したでござる」


 相変わらずのリムリアに腹を立てる事なく、雷心が『風切り』を繰り返す。


 つ。

 つ。

 つ。

 つぅ。


 何度も水を切ってみせる雷心に、リムリアが呟く。


「ふうん。剣速で水を斬り裂く、ってワケじゃないんだ」


 その言葉に、雷心がニコリと笑う。


「その通りでござる。例えば、でござるが、料理人が食材を包丁で切る時、速さは必要ないでござろう? 料理人は食材を丁寧に切り分ける事のみに神経を注ぐでござる。風切りも同じでござる。対象を綺麗に切り分ける。それのみに集中するでござる」


 分かるような、分からないような雷心の説明に。


「む~~」


 リムリアは再び難しい顔になるが、それでも『風切り』に挑戦する。


 ばしゃッ。

 ばしゃッ。

 ばしゃッ。

 ぱしゃ。


「お! リムリア殿、水しぶきが少しでござるが小さくなったでござる。その調子で練習を続けるでござる」

「うん!」


 成果としては僅かなモノだったのだが、それでも嬉しかったのだろう。

 リムリアは顔を輝かせて『風切り』の練習を繰り返し始めた。

 それを見て、和斗も声を上げる。


「俺も練習してイイか?」


 そんな和斗に。


「おお、そうであった。では和斗殿はコレを使うと良い」


 不動明王がタライを差し出した。

 リムリアの時もそうだったが、一体ドコから出したのだろう?

 などという疑問が頭を掠めるが。


「ま、神様なんだから、そのくらい簡単なんだろな」


 和斗はそう呟くと、タライの中に木刀を突っ込んだ。

「食材を包丁で切り分けるように、か」


 和斗は雷心の言葉を繰り返すと。


「す~~、は~~」


 大きく1度、深呼吸してから水の切断に挑戦した。

 そして和斗の木刀は。


 つぅ。


 見事に水を真っ二つにするが、そこで不動明王が声を上げる。


「和斗殿、それは風切りではない。周囲への被害を無効化する神霊力の働きによって水しぶきが抑制されただけだ」

「おっと、そういやそうだった。この練習じゃ神霊力をオフにしとかないと意味なかったっけ」


 和斗は身に纏う神霊力をゼロにすると、再び風切りに挑戦するコトにした。

 のだが。


 ばっしゃぁん!


 周囲を水浸しにするほどの水しぶきを上げてしまう。

 これを見た不動明王が、和斗に語りかける。


「和斗殿よ、何に対し、どのような結果を望んで木刀を振るうのか、よく考えながら再挑戦してみるのだ」

「何に対し、どんな結果?」


 和斗は、不動明王の言葉に考え込む。


 何に対し、つまり対象となるモノは水に決まっている。

 なら、どんな結果、といえば、衝撃波を発生させる事なく両断する事。

 これは言われるまでもない。


 というコトは、結果についてもっと深く考えろ、というコトなのだろう。

 ……水の分子を振動させる事なく切り分ける、というコトだろうか?

 分子が振動しなければ、衝撃波も発生しないだろうから。


「ま、とりあえず、この考え方で再チャレンジしてみるか」


 和斗は小さく呟くと、今度は水へと神経を集中する。


「水の分子を感じ取り、その分子を振動させずに斬撃を通す感覚かな?」


 普通に考えたら、出来る筈がない。

 が、そう口にした瞬間。

 和斗は水の分子どころか陽子、中性子、電子まで認識できた。


「これってひょっとしたら神の能力なのかな? でも、これなら水分子を振動させる事なく切断できそうだ」


 和斗はそう口にすると、もう1度水を切断してみる。

 すると。


 つ。


 和斗の木刀は、僅かな乱れを生じさせる事もなく水を両断した。

 鏡のような切断面で。


「ふは~~」


 大きく息を吐く和斗に、リムリアが子犬のように駆け寄る。


「ね、カズト! 今どうやったの?」

「え~~と、それは……」


 リムリアの分子や原子のコトを話して理解できるのだろうか?

 と思いつつも、和斗はさっきの感覚をリムリアに説明した。

 すると。


「ふ~~ん。よく分かんないケド、こんな感じ?」


 リムリアは木刀を振り上げると。


「や」


 タライへと、一気に振り下ろした。


「おいおい!」


 また派手に水しぶきが上がってしまう、と和斗は思ったのだが。


 すぱ。


 タライの中の水は、綺麗に切断されたのだった。

 ……タライどころか、タライを置いた地面ごと。


「やった! 地面までキレちゃったけど、これって成功だよね!」


 リムリアは嬉しそうに笑うが、この想像もしなかった結果に。


「「「えええ!?」」」


 雷心に雫、そして不動明王までもが驚きの声を上げてしまった。

 が、直ぐに不動明王が、感心したような声を漏らす。


「さすが星雲級破壊神の力の持ち主。まさかたった1度の助言で風切りを成功させるとは」


 不動明王に続いて、雷心も感嘆の声を漏らす。


「確かにリムリア殿の斬撃、想像以上でござる。しかし、とんでもない威力でござるな。お師匠様、今の斬撃は『山脈割り』級を越えていたのではござらぬでしょうか?」

「それはそうであろう。リムリア殿の斬撃、本気を出せば『太陽斬り』すら上回るであろうからな」

「太陽斬りを、でござるか!?」


 目を見開く雷心に、不動明王が覚った笑みを浮かべる。


「さきほど申したであろうが。この方達の戦闘力は儂を遥かに上回ると」

「そ、それは確かに伺ったでござるが、まさかこれほどとは……」


 と、そこでリムリアが話に割り込む。


「ねえ。山脈割りとか太陽斬りとか、ナンのコト?」


 というリムリアの質問に、雷心が説明を始める。


「それらは斬撃の威力の階位でござる。万斬猛進流の技は、その難易度によって初伝の技、中伝の技、奧伝の技に分類されるでござる。しかし同じ初伝の技でも使い手の技量により、その威力は違うのは当然でござる。そこで技の難易度を示す初伝や中伝や奧伝といった区分の他に、斬撃の威力を表す階位があるのでござる」


 雷心によると斬撃の威力は、このように分類されているらしい。


 兜割り   鋼鉄の兜を一刀両断する。

 岩石断ち  人の身長程度の岩を一刀両断する。

 城割り   城を一刀両断する。

 山断ち   普通の城の10倍ほどの大きさの山を一刀両断する。

 山脈割り  連なる山をまとめて一刀両断する。

 大陸断ち  大陸を一刀両断する。

 星割り   星そのものを一刀両断する。

 太陽斬り  太陽すら両断する。


「つまりボクの強さは『太陽斬り』ってコト?」


 リムリアが漏らした言葉に、不動明王が真剣な顔で頷く。


「そう言っても問題ないであろうな。まあ、実際の強さは太陽斬りよりも遥かに上なのだが」


 不動明王によると。

 万斬猛進流の門下の中で最強の位階は、雷心の山断ち。

 そして不動明王自身の斬撃の位階は太陽斬り。


 だから。

 和斗やリムリアの斬撃の威力を表す位階は、万斬猛進流には無いらしい。

 なにしろ和斗は、星雲級破壊神に匹敵する戦闘力なのらしいから。


「あえて名付けるとすれば『星団割り』『星団群斬り』『宙域割り』の更に上位の階位『星雲斬り』であろうか」


 が、そこで不動明王の表情が厳しくなる。


「しかし、まだまだ力任せな部分が多い。剣技を極めれば、まったく力を入れずに今と同じ、いや今以上の斬撃を放てるようになるであろう。が、その為には厳しい修行が必要となる。いや和斗殿とリムリア殿にとって厳しいというより、気が遠くなるような反復作業であろうな」


 そこまで口にすると、不動明王は和斗とリムリアを見つめた。


「これからの修行は、ひたすら素振りを繰り返す事となる。しかも極限まで集中して行う必要があるのだ。和斗殿、リムリア殿。其方らの強さは現在の儂を上回っておる。なのにまだ万斬猛進流を習得したいと望むか?」


 万斬猛進流の修行とは、おそらく空手の稽古と同じものだろう。

 ある程度のレベルに達した時。

 常に今以上の威力を目指して稽古しないと、かえって弱くなってしまう。


 どういうコトか、というと。

 漠然と稽古をしてしまうと、技が今より甘くなってしまうのだ。

 そして、その甘い技が体に染み込んでしまう事になる。

 結果、今より弱くなってしまう。

 これが不動明王の言いたいコトだろう。


 しかしそんなコトなど、とっくに覚悟している。

 だから和斗は。


「もちろん」


 と即答した。


 今まで和斗は、マローダー改のレベルアップによって強くなってきた。

 経験値を得る為に努力した、と言えない事もない、とは思う。

 しかし空手を学んでいた和斗にとって、充実感に乏しい面もあった。


 空手の稽古によって、歯は7本折れた。

 腕、鼻、肋骨、左足親指の骨も折れ、右の鼓膜も破れた。

 これがイジメによるモノなら自殺モンだと思う。


 しかし、その厳しい稽古は楽しかった。

 この稽古を乗り越えたら、絶対に強くなれると確信していたから。

 実際、少しずつではあるが、確実に強くなっていけた。

 稽古は厳しければ厳しいほど、得られる充実感も大きい。


 後から思い起こすと。

 厳しければ厳しいほど、楽しい思い出となって蘇ってくるような気がする。


 なら。

 全身全霊を込めて万斬猛進流の稽古に没頭しよう。

 あとで楽しかった、と思えるように。


 そんな和斗の思いが伝わったのだろうか。


「よかろう。儂の全てを伝授してやろう」


 不動明王はその厳つい顔に、初めて笑みを浮かべた。


「では素振りを続けるが良い。その全てが『風切り』となるよう、全神経を集中しながらな。そして自由自在に『風切り』と『音速剣』を使い分けられるようになったならば、他の技の稽古に取りかかる」


 なるほど。

 神霊力をゼロにした状態で木刀を振るったら『音速剣』になってしまう。

 つまり衝撃波とカマイタチを巻き起こしてしまう。

 そんな状態で、和斗とリムリアが様々な技を練習したら。

 万斬猛進流の里はボロボロになってしまうだろう。


 だから神霊力をゼロにした状態で稽古しても周囲に被害を及ぼさないよう。

『風切り』を自在に使いこなせるようになる必要がある、というワケだ。

 ということで、和斗は。


「よし。じゃあさっそく始めるか」


 空気を斬り裂く。

 それだけに集中して素振りを始めた。

 そんな和斗に。


「よ~~し、ボクだって!」


 リムリアも続く。

 こうして一心不乱に素振りを続ける和斗とリムリアに。


「不動明王様、この2人、拙者が想像していた以上に熱心に稽古に打ち込んでいるでござりますな」

「攻撃力では儂を上回っているにも関わらず、この地味な繰り返しでも手を抜かずに打ち込んでおる。ここまで真剣に修行する者は、雷心以来かもしれぬな」


 愉快気に答えた不動明王に、雷心も楽し気に返す。


「これは拙者も燃えて来たでござる。では不動明王様、拙者もカズト殿とリムリア殿と共に剣を振るうでござる」


 そう口にすると、雷心は和斗とリムリアの前に立ち。


「むん! むん! むん!」


 素振りを始める。

 もちろん、これには意味がある。

 和斗もリムリアも、風切りを成功させた。

 が、それでも雷心の風切りには、遠く及ばない。


 だから雷心は風切りのお手本を見せる為。

 和斗とリムリアの前に立ってくれたのだ。

 もちろん、その意味が分からない和斗ではない。


「ありがとうございます」


 和斗は素直に礼を口にすると、雷心の風切りを真似する事に集中するのだった。






2022 オオネ サクヤⒸ

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