第百六十七話 ええ!? 何で鬼が!?
「ここが万斬猛進流の里や」
雫がそう口にして道を歩き出す。
マローダー改が3台並んで通れるほど広い道だ。
両側に樹海が広がるその道を10分ほど歩くと、大きな寺が見えてきた。
東大寺の大仏殿の3倍くらいデカい寺だ。
が、大きいだけではない。
華美ではないが、荘厳にして精緻な造りの建物で、厳粛な空気が漂っている。
しかも建物は1つではない。
幾つもの建物が、回廊で繋がっている。
寺というより、寺院と呼ぶべきかも。
そして玉砂利が敷き詰められた境内も、とんでもなく広い。
東京ドームが、そのまま入りそうだ。
その広い境内のアチコチに、人影が見て取れる。
1人で黙々と刀を振るう者。
100人くらいで掛け声と共に刀を振る者。
刀を構えたまま微動だにしない者。
人数も、修行内容も、様々だ。
そんな境内を雫は抜け、正面に見える寺へと入っていくと。
「ここが万斬猛進流のお師匠様がおられる本殿や」
和斗とリムリアに囁いた。
床は頑丈そうな木の板張りで、1番には仏像が見える。
東大寺の大仏よりも巨大な仏像だ。
「この本殿の奥に祀られた阿弥陀如来様の仏像の前で座禅を組んではるんが、万斬猛進流の開祖である、お師匠様や」
雫の言葉に目を凝らしてみると、仏像の前に座り込んでいる人物が。
仏像の方を向いているので、どんな人か分からない。
男か女か、さえも分からない。
雫は、そんな万斬猛進流の開祖の背中に黙礼を捧げた後。
「ほならカズト、リムリア。お師匠様に紹介するさかい、絶対に失礼のないように頼むで」
和斗とリムリアにそう告げ。
「お師匠様! 入門希望者をお連れしました!」
今までとは別人のような、凛とした声を張り上げた。
その声に。
「うむ、ご苦労」
低い、しかし良く響く声と共に、万斬猛進流の開祖が振り返る。
その途端。
「ええ!? なんで鬼が!?」
リムリアの大声が、広い本堂中に響き渡った。
その大声に。
「ああ、なんちゅう事を! リムリア、あれほど失礼の無いように、ちゅうて釘刺したやろ!」
雫が顔を真っ赤にしてリムリアに詰め寄る。
「お師匠様は鬼やない! 不動明王様や!」
「へ?」
雫の言葉にリムリアは、改めて目の前の人物(?)を見つめる。
たしかに祠に祀られていた不動明王像ソックリだ。
「ええ!? じゃあ万斬猛進流の開祖って、神様だったの!?」
再び大声を上げるリムリアに、雫も大声で返す。
「今さらナニ言うとんや! 何度も言うたやろ、万斬猛進流は鬼神の剣やて!」
「鬼神の剣ってそういう意味だったの!? てっきりモノの例えかと!」
などと大騒ぎのリムリアと雫を、雷心が苦笑を浮かべながら窘める。
「雫殿、お師匠様の前でござるぞ」
「あ! し、失礼致しました!」
平服する雫に、不動明王が静かに告げる。
「雫よ、そう畏まる必要はないと、いつも言っているであろう?」
「いえ、ウチは裏密教明王派の修行僧! 明王様には最大限の敬意を持って接するのは当然です!」
「相変わらずカタいのう。まあ、よいか。その信仰心の深さが、雫の力の源であるのであろうからな」
「は! ありがたき御言葉!」
再び平服する雫に、不動明王は暖かい目を向けてから。
「貴方方ですかな、万斬猛進流を学びたいというのは?」
和斗とリムリアに目を向けた。
が、不動明王は、直ぐに首を傾げる。
「はて? それほどの力を持つ御仁が、なぜ万斬猛進流を学びたいと?」
この不動明王の言葉に、今度は雷心と雫が首を傾げる。
「雫殿。お師匠様は今、『それほどの力の持ち主』と仰ったでござるか?」
「雷心がそう言うちゅうことは、ウチの聞き間違いやないようやな。せやけど、お師匠様がそんな事を口にするん、初めて聞いたで」
顔を見合わす雷心と雫に不動明王が静かに告げる。
「雷心、雫よ。この御二人の戦闘力は、儂より遥かに上であるぞ」
「「は?」」
キョトンとなる雷心と雫に、不動明王は付け足す。
「分かり易く言えば、儂の力がロウソクの火だとすると、和斗殿の力は火山の噴火のようなものだ」
この例えで、やっと理解したのだろう。
「ロウソクの火と、火山の噴火でござるか!?」
「そんなん、絶望的な差やん……」
雷心と雫は目を丸くすると、リムリアに視線を向ける。
「そういえば鬼の金棒を楽々と地面に付きたてるなど、人間業ではなかったでござるな」
「デコピンかて人間業やなかったで。仏の守護がなかったらドタマ砕けとっても不思議やない威力やったさかい」
「そんな大げさな」
思わず呟いたリムリアに、不動明王が首を横に振る。
「いや、大袈裟ではない。実際のところ和斗殿。其方、星雲級破壊神並みの力を持っているであろう?」
「この世界にやって来る前にいた世界の至高神からは、そんな感じのコトを言われたような気がします」
和斗の言葉に、不動明王が何度も頷く。
「まあ、そうであろうな。で、重ねて質問するが、それほどの力を持ちながら、なぜ今さら剣術など学びたがるのだ?」
不動明王の質問に、和斗は直に答える。
「邪神と戦った事があるのですけど、倒すのに手こずりました。そして今後2度と邪神と戦う事はない、とは言い切れない。だから、この世に存在するあらゆる物を斬り捨てるという万斬猛進流を習得したいと思いました。ところで確認しておきたいのですけど、万斬猛進流なら邪神も斬れるのですよね?」
なにしろ相手は神なので、和斗は丁寧に質問した。
その和斗の問いに。
「なるほど、邪神か。確かに万斬猛進流の相伝の剣技、森羅万象斬なら1撃で邪神を斬る事が可能だ」
不動明王は胸を張る。
「なにしろ邪神を退ける為に生み出したのが森羅万象斬なのだからな。が、和斗殿に聞いておきたい事がある」
「なんでしょう?」
「もしも邪神と戦うときがきた場合、手助けを期待しても良いだろうか?」
「困っている人々を助ける為なら、いつでも」
和斗の迷いのない答えに不動明王が楽し気に笑う。
「良き答えだ。ならば全力で、其方達に万斬猛進流を伝えよう。雷心、雫。其方達も手伝ってもらえるか?」
「お師匠様の御言葉でござる、全力でお手伝いするでござる」
「ウチかて全力で手伝わせてもらいます」
即答する雷心と雫に、不動明王は満足気な笑みを浮かべる。
「では和斗殿、リムリア殿。さっそく修行を行う」
「お師匠様自ら、カズト殿とリムリア殿に稽古を付けられるのでござるか?」
驚きの声を上げる雷心に、不動明王が微笑む。
「この2人の指導が務まるのは私くらいだろうからな。それに雷心と雫も強くなり過ぎた故、指導してくれる者がいなくて困っておったところであろう? だから其方達の修行もみてやろう」
「有難き幸せでござる!」
「やったで! お師匠様直々の稽古や!」
飛び上がって喜ぶ雷心と雫に暖かな目を向けてから、不動明王が振り返る。
「では和斗殿、リムリア殿。付いて来なさい」
そして不動明王は、和斗とリムリアを本殿の裏庭へと案内した。
本殿前の境内とは違い、土がむき出しになった広場だ。
サッカー場くらいの広場で、深い森に囲まれている。
「まずは雷心に、刀の振り方を習いなさい」
不動明王は和斗とリムリアにそう告げると、雷心へと視線を移す。
「人に指導する事によって得られるものは大きい。雷心よ。和斗殿とリムリア殿に剣を指導する事により、其方が何かを掴む事を期待しておるぞ」
「は!」
雷心は不動明王に頭を下げてから、和斗とリムリアに向き直った。
「では、まずは素振りから始めたいと思うでござる。カズト殿、リムリア殿、これを使うでござるよ」
雷心が和斗とリムリアに、木刀を手渡す。
が、普通の木刀ではなさそうだ。
「万斬猛進流の里以外では滅多に目にせぬ貴重な素材、金剛樹で造られた木刀でござる。お師匠様の技により、使い手の力量により強度が変わるようになっているでござる」
雷心の説明に、リムリアが木刀を握る手に力を込める。
「へえ。確かに力を入れる程、硬くなっていくような気がする」
リムリアに続いて、和斗も木刀を握ってみる。
「あ、ホントだ。これなら本気で振っても大丈夫みたいだ」
和斗が本気で正拳を叩き込んだら、おそらく木刀は折れるだろう。
しかし振り回すくらいなら折れたりしない、と確信できる。
さすが神様。
不動明王の技には驚きだ。
と感心していると。
「ではカズト殿、リムリア殿。取り敢えず拙者の真似をして、木刀を振ってみるでござる」
雷心が木刀を振り上げ、そして一瞬の静止の後。
ひゅ。
微かな音と共に木刀が振り下ろされた。
「基本中の基本、風切りでござる」
「よく分かんないけど、思いっ切り振り下ろしたらイイのかな?」
リムリアの呟きに、雷心が頷く。
「最初は、それで良いでござる」
「じゃあ」
リムリアは木刀を振り上げると。
バヒュン!
思いっ切り振り下ろした。
その動きは、素人そのもの。
お粗末としか言いようがない。
しかしスピードはマローダー改の10パーセント。
つまり秒速150万キロ=光速の5倍もの速度の斬撃だ。
その科学的には有り得ない速度の斬撃に。
「な、なんと……」
雷心は言葉を失った。
勿論、いくら雷心でも光速は見切れない。
が、とんでもない速度だった事くらいは分かる。
だから雷心は。
「すさまじき斬撃でござる。少なくとも拙者には躱せぬ剣速でござった」
素直に賞賛の声を上げた。
しかし、そこで不動明王が声を上げる。
「リムリア殿、そのまま素振りをくりかえすのだ」
「分かった!」
リムリアが素直に素振りを始めると、不動明王は雷心に目を向けた。
「そして雷心は、リムリア殿の動きをよく見るのだ」
「は」
そしてリムリアが10回ほど素振りを繰り返したトコで。
「雷心。リムリア殿の剣を、どう見た?」
不動明王が雷心に質問した。
「そうでござるな。凄まじき剣ではござるが、衝撃波とカマイタチが発生していないでござる。音速を超えているのは間違いないのでござるが、なぜカマイタチも衝撃波も発生しないのか謎でござる。大気を斬っているようには見えないのでござるが、これはどういう事でござろう?」
雷心の感想に、リムリアが反応する。
「大気を斬っているようには見えない、ってどゆコト?」
「リムリア殿の剣は大気を打ち砕きながら進んでいるのでござる。そして打ち砕くのでござるから、衝撃波が発生して当然なのでござるが、衝撃波もカマイタチも発生していないでござる。実に不思議でござる。いや」
そこで雷心の目付きが変わる。
「ふむ。どうやら何かの力が、衝撃波とカマイタチの発生を抑えているようでござるな。その力か何なのかは分からないでござるが」
「うむ。なかなか良く見えておる」
雷心の答えに不動明王は満足気に頷くと。
「今度は和斗殿が素振りを」
和斗に指示を出した。
「了解」
和斗はそれだけ答えると、素振りを始める。
バヒュッ!
バヒュッ!
バヒュッ!
「ほう。リムリア殿よりも遥かに腰の据わった斬撃でござるな。剣を修行した様には見えないでござるが、かなりの数の修羅場を潜り抜けた剣でござる。リムリア殿と同様、不思議な、いや神聖なる力が衝撃波とカマイタチの発生を抑えているようでござる。逆に言えば、不思議な力が衝撃波を抑えているのであって、大気を斬っているから衝撃波が発生しないのでござるから、残念ながらカズト殿の剣も、風切りではござらん」
「よく分かんない」
遠慮のないリムリアに、雷心が再び木刀を構える。
「これが風切りでござる」
ひゅ。
「どうでござる? 違いが分かったでござる?」
「ゼンゼン」
相変わらずのリムリアに、今度は不動明王が声をかける。
「これを見れば分かるだろう。雷心」
不動明王が、水が入ったタライを指差した。
「なるほど、アレでござるか」
雷心は納得すると、タライの中に木刀を突っ込み。
つ。
タライの中の水を斬り裂いた。
2022 オオネ サクヤⒸ