第百六十六話 インダラヤ ソワカ
全長50メートルの妖怪、鎧ムカデの首を切り落とした雷心は。
「これは想像を遥かに超える刀でござるな」
1000倍強化日本刀をキラキラした目で見つめた。
「ちょっと不安だったでござるが、剣気を込めてないにも関わらず、刃こぼれ1つせずに鎧ムカデの装甲を斬り裂いたでござる! なんという剛刀! なんという切れ味! まさに天下一の名刀でござる!」
喜び全開! といった様子の雷心に、雫が声をかける。
「せやな雷心。ウチも天下一の刀やと思うわ。せやけどリムリア、ホンマにエエんか? 何度も言うけどこの刀、旅と修行の費用程度の金額で手に入るシロモンとちゃうで」
「さっき言ったけど、この程度の刀なら幾らでも手に入るから、それでイイよ」
「この程度って……ま、ええわ。この刀の価値には到底及ばへんけど、アンタ等の剣の修行、全力で手伝うさかい」
「うん、ありがと」
リムリアは満面の笑みを浮かべるが、直ぐに真顔になる。
「まだ終わってないみたい」
リムリアの呟きに、雫が頷く。
「せやな。鎧ムカデはコイツ等が飼っとったみたいやな」
そう雫が口にすると同時に。
「鎧ムカデを簡単に切り捨てるとは、人間にしてはやるな」
野太い声と共に、身長5メートルもある異形が現れた。
頭から生えた角、虎の皮の腰巻、手に握っている巨大な金棒。
昔話にでてくる鬼そのものだ。
「これって鬼だよね」
誰に聞いたワケでもないが、このリムリアの呟きに雫が答える。
「せや、鬼や。しゃあけど厄介やな。鬼ちゅうんはデカいほど強いんや。けど、それ以上に厄介なんは、角が5本もある事や」
雫の言葉に、リムリアは改めて鬼を観察する。
「そうだね、角が4本生えたのが2匹、5本生えたのが1匹だね。でも、それがどうかしたの?」
「どうかしたもなんも、鬼ちゅうんは角が1本増えたら10倍強くなるんや。つまり5本角の鬼は、1本角の鬼の1万倍強い、ちゅうこっちゃ。1本角の鬼でも退治するのに100人の侍が必要になる、ちゅうのにな」
「話の内容の割には、気楽な口調だね」
リムリアの感想に、雫がほくそ笑む。
「そらそうや。簡単に倒せる相手やさかい」
この雫の言葉に、鬼達が殺気立つ。
「ほう、人間の分際で大口をたたきおるわい」
「1度吐いた言葉は取り消せないぞ」
「簡単に倒せるかどうか、その身で確かめろ」
3匹の鬼はそう言うと。
「その自信のほど、見せてもらおうか!」
5本角の鬼の怒鳴り声と共に、一斉に襲いかかってきた。
普通の人間なら正気を失いかねない光景だったが。
「ふん、アホやな。相手の実力も分からへんのか」
雫は鼻を鳴らすと、懐から短冊のような物を取り出すと。
「インダラヤ ソワカ!」
謎の言葉を唱えた。
と同時に。
ピッシャァァン!
短冊のような物から稲妻が迸り、鬼達を飲み込んだ。
そして。
バリバリバリ……パリッ。
稲妻が消え去った後、3つの炭だけが残ったのだった。
「今、ナニしたの? さっきワケ分かんないコト言ってたけど、アレってこの国の魔法?」
リムリアの質問に、雫がニッと笑う。
「あら帝釈天様の真言を唱えて、帝釈天様の悪しきモノ全てを撃ち砕く雷撃の力を貸してもろたんや。ホンマは大呪いう、もっと長い真言を唱えんと、さっきの威力にはならへんのやけど、この呪符には予め力を込めてるさかい小呪、つまり短い真言でも強力な稲妻を使えるんや」
「帝釈天って神様の事だよね。神様の雷撃だけあって、凄い威力だったけど、シズクって色んな神様の力を使えるの?」
「当たり前や。なにしろウチは、万斬猛進流最強の雷心の相方の修験者やで。それ相応の力を持っとるに決まっとるやろ」
と胸を張る雫に、雷心が声を上げる。
「しかし1匹くらいは残しておいて欲しかったでござる。この刀の試し斬りに持ってこいの獲物だったでござるに」
残念そうな雷心に、雫が地面に転がる金棒を指差す。
「アレで試したらエエやん。鬼の金棒3本。相手にとって不足ないやろ?」
「いくらこの刀でも、それは……」
雷心は少し迷った後、1000倍強化日本刀に目を向けると。
「いや、この刀なら」
何かを確信したらしい。
金棒に手を伸ばした。
のだが。
「う~~ん、コレはとても持ち上がりそうにないでござるな。3本まとめて切れるかどうか試してみたかったでござるが、無理みたいでござる」
雷心は溜め息交じりに呟いた。
ま、それも当然といえば当然。
なにしろ長さ3メートルを超える鉄の棒なのだから。
太さだって30センチ近い。
そんな巨大な鉄の塊を、人間の力で動かせる筈がない。
のだが。
「その位なら、ボクに任せて」
リムリアはそう言うと、鉄の棒をヒョイッと持ち上げ。
「や」
ズドン! ズドン! ズドン!
3本の金棒を地面に付きたてた。
そして。
「これでやり易くなったんじゃない?」
リムリアが振り返ると。
「「……」」
雷心と雫は、口を開けたまま固まっていた。
「どしたの?」
リムリアは首を傾げるが、雷心と雫は固まったまま動かない。
そんな雷心と雫に、リムリアはト、ト、ト、と駆け寄ると。
「えい」
ピンと2人に、デコピンをカマした。
それは物凄く手加減したデコピンだったが。
「はお!」
「わきゃ!」
雷心と雫は、デコを抱えてうずくまった。
そして雷心と雫は。
「うごー、生まれて初めて体験する衝撃でござる!?」
「死ぬ~~、死んでまう~~」
涙目でのたうち回った後、フラフラと立ち上がり。
「うう、まだ頭がクラクラするでござる……リムリア殿は拳法の、とんでもない達人でござったか……」
「はうう、どたまカチ割れたかと思ったで……」
リムリアに、ちょっと怯えた目を向けたのだった。
「ごっめ~~ん、ライシンとシズクが急に動かなくなったから、どうしたのかと思って」
「いやいや、リムリア殿のように華奢な女子が鉄の棒を3本まとめて地面に打ち込むのを目にしたら、誰でも自分の眼が信じられず、唖然としてしまうに決まっているでござるよ」
「そや! あんまりビックリしたさかい、心臓が止まってもうたで! あ、ちょっとの間やけどな」
「雫殿。ここで笑いを取ろうとするのは如何なものかと拙者は思うのでござるが」
「しゃーないやろ! こら大阪ノ国の民の、本能なんやさかい」
「シズクって思ってたより愉快な人だったんだね」
というリムリアの呟きに、雷心は苦笑いを浮かべながらも、金棒の前に立つと。
「とにかく、ありがたく試し斬りをさせて頂くでござるよ」
そう口にして、刀を構えた。
そして呼吸を整えると。
「むん!」
刀を振り抜いた。
が、鉄の棒は微動もしない。
静寂だけが支配する中。
「あれ? 失敗?」
リムリアが、小さく呟いた。
と、それが合図だったかのように。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
切断された鉄棒が地面に落下した。
その落下した金棒に駆け寄ったリムリアが、感心の声を上げる。
「凄い。切ったトコ、まるで鏡みたいにツルツルのピカピカだよ。ライシンってホントに最強のサムライだったんだね」
「いやぁ、まだまだ未熟者でござる」
雷心はポリポリと頭を掻くと、真顔になった。
「なにしろ拙者、まだ万斬猛進流の相伝の剣技、森羅万象斬を習得できていないのでござるから」
「森羅万象斬?」
即座に聞き返すリムリアに、雷心が頷く。
「そうでござる。大気を切り、大陸を切り、星を切り、空間を切り、刻を切り、次元を切り、魔なる物を斬り、邪神を斬り、仏すら斬る。この世に存在する総ての物を斬るのが、万斬猛進流相伝剣技、森羅万象斬でござる」
「なんか良く分かんない」
アッサリと言ってのけるリムリアに、雷心は苦笑顔に戻る。
「ま、簡単にいえば、どんな物でも斬り捨てる剣でござる」
「ふ~~ん」
リムリアは気のない返事をしてから、あ! と目を見開く。
「ねえカズト! さっきライシン、邪神を斬り捨てるって言ったよね! コレって万斬猛進流を習得してたら、邪神を簡単に倒せたってコトだよね?」
「あ」
和斗はリムリアの指摘に、マヌケな声を上げてしまった。
つい聞き流してしまったが、確かに雷心は『邪神を斬り』と口にした。
それだけではない。
この世に存在する総ての物を斬り捨てる、とも言っていた。
つまり森羅万象斬を習得すれば、どんな敵も1撃で倒せる?
「想像してた以上に凄い剣だな。こりゃあ何年、いや何十年かかっても習得する価値があるぞ、リム」
和斗の決心に、リムリアも真剣な顔で頷く。
「そうだね。ボク達には無限の時間があるんだから、どれほど時間がかかっても習得した方がよさそうだね。よし、ガンバるぞ!」
両手をギュッと握るリムリアに、雷心が微笑む。
「気合十分でござるな、結構な事でござる。では、どちらが早く森羅万象斬を習得するか勝負でござる」
「いやボク、初めて剣の修行するんだから、ライシンに勝てるワケないじゃん」
唇を尖らせるリムリアに、雷心が首を横に振る。
「いやいや、それ分からないでござるよ。拙者は努力するしか能がない、只の凡人ゆえ」
そして雷心は、地面に付きたてられた金棒に視線を向けた。
「そんな拙者より、とんでもない身体能力を持ったリムリア殿の方が早く森羅万象斬を習得しても何の不思議もないでござる」
「だったら嬉しいんだけどね」
そう口にはしたものの、リムリアだって分かっている。
リムリアは、マローダー改の影響でステータスがアップしているだけ。
技術では雷心の足元にも及ばない。
それ以前に。
雷心が凡人であるハズがないコトくらい、バカでも分かる。
だからリムリアは。
「とにかく、これから宜しくお願いします、先輩!」
初めて雷心に、丁寧な言葉を使ったのだった。
「はは、同じ高みを目指す仲間がいる、というのは嬉しいものでござるな。こちらこそ宜しくでござる、リムリア殿。あ、あと今まで通りライシンと呼んでくれたら良いでござるよ」
爽やかな笑みを浮かべる雷心だが、そこで気になる事が。
そこで和斗は雫に、コッソリと尋ねる。
「なあ雫さん。さっき雷心さん、同じ高みを目指す仲間がいるのは嬉しい、なんて言ってたけど、万斬猛進流の里って万斬猛進流を修行する場所なんだよな? なら仲間なんて幾らでもいるんじゃないか?」
「う~~ん、ナンちゅうたらエエんか言葉に困るんやけど……そうやな、まあ、行けば分かるで」
妙に歯切れが悪い雫に、和斗は。
「そ、そう?」
それだけ口にすると、質問を諦める。
言いにくそうな相手から、無理やり聞き出す必要もないし。
雫が言った通り、到着すれば分かる事だから。
「なら雫さん、万斬猛進流の里への道案内、宜しく」
「あかんあかん、雫と呼んでぇや。『さん』付けで呼ばれるほどウチ、偉い修験者とちゃうさかい。な、和斗」
「分かった、シズク」
「ん。それエエ」
雫は満足気に微笑むと。
「ほなら雷心の試し斬りも終わった事やし、次の祠に急ごか」
というコトで、旅を開始してから20日目の正午。
「これが最後の祠や。ほれ雷心」
「承知でござる」
雷心が20個目の祠に手を合わせると。
ピキィン。
澄んだ音が響き。
ずざざざざざざざざざざ。
祠の背後に広がる竹林が2つに割れた。
その先に続く綺麗に手入れされた道に、雫は1歩踏み込むと。
「ここが万斬猛進流の里や」
和斗とリムリアに、そう告げたのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ