第百六十五話 1000倍強化日本刀
「うわ、なにコレ? 怖い顔してるうえ、剣まで持ってるよ」
祠を覗き込んで顔をしかめるリムリアに、雫が笑いながら説明する。
「不動明王様や。アンタ等の言葉やと神様やな」
「こんな怖い顔してるクセに神様なの? 目付き悪いし、剣持ってるし、牙が生えてるよ?」
「怖い顔しとるんは、明王様が、悪を打ち砕く神様やからや。仏の多くは人々を救うてくれる、慈悲と赦しの優しい神様なんやけどな」
「ふうん。で、この怖い顔した神様がどーしたの?」
「正午に、この不動明王様の祠を礼拝するんが、万斬猛進流の里に入るんに必要な手順なんや。せやさかい、さっき雷心が姿を消したんは、この祠を礼拝する為やったんや。そろそろ正午やさかい」
「入る為に必要な手順?」
首を傾げるリムリアに、雫が頷く。
「せや。万斬猛進流の里ちゅうんは結界の中にあるさかい、この手順を踏まな、入れへん様になっとるんや」
「そんな大事なコト、初対面のボク達にペラペラしゃべって大丈夫なの?」
心配するリムリアに、雫が微笑む。
「大丈夫や、この事は、秘密でも何でもないさかい」
「それじゃ結界の意味ないんじゃないの?」
「まあ聞き。さっき万斬猛進流の里まで20日、言うたやろ? あれは歩いて20日の距離、ゆう意味やのうて、全部の手順を終えるのに20日かかる、ゆう意味なんや」
「正午に祠を礼拝しなきゃならないから?」
リムリアの言葉に、雫が満足気に頷く。
「せや。結界を通過する為に礼拝せにゃならん祠の数は20。しかも正午に礼拝せんと効果が発揮されへんようになっとる。ちゅうワケで、万斬猛進流の里に入るにゃあ最低でも20日かかる、ちゅうワケなんや」
「つまり、そこまでして入りたい人なんて、そうはいないってワケだね。……ううん、そこまでして入りたい理由があるかどうかを判断する為の結界かな?」
リムリアの呟きに雫が微笑む。
「せや。そこまでする理由があるモンだけ里に迎え入れるんや。ま、それに結界を通る為の祠が祀られてあるんは8里ごとや。かなり急いで旅せえへんと20日じゃあ回り切れんで」
日本では、1里は4キロメートルだ。
それと同じなら、8里は32キロメートル。
時速4キロで歩いたとして、毎日8時間も歩く必要がある。
普通の人間にとっては、かなりハードな旅だ。
しかし。
「雷心と雫なら楽勝だね」
リムリアが口にしたように、この2人ならピクニックみたいなモンだろう。
もちろん和斗とリムリアにとっても。
だから。
「じゃあ、次の祠目指して、楽しい旅行の始まりだね」
リムリアは、楽しそうに笑ったのだった。
朝から晩まで時速4キロで歩き続けるのは、成人男性でもかなり大変だ。
ましてや女性や子供の足では、不可能なペースといえよう。
だから多くの場合、2里ごとに休憩場所が設けられている。
小さな茶屋の場合もあれば、宿場の場合もあるのだが。
日が沈みかけた今、和斗達が到着したのは大きな宿場町だった。
「へえ、これが宿場町? けっこう賑やかなトコだね」
リムリアが楽しそうに、アチコチに視線を向ける。
建物は全て木造だ。
その殆どは2階建てで、屋根は瓦葺。
店先に並ぶ提灯は思ったより明るく、薄暗さを感じさせない。
行きかう人々が身に付けているのは、どう見ても和服。
時代劇に出て来る、宿場町そのものだ。
「いろんな店があるね。食堂に酒場に宿屋、それに旅に必要なモノの店かな? でも食堂かぁ。どんな食べ物があるのかな? 楽しみだな~~」
リムリアは歓声を上げるが、ふとそこで問題に気が付く。
「あ、カズト! ボク達お金、持ってない!」
そう。
和斗とリムリアの所持品は、マローダー改に積まれているモノだけ。
当然ながら、この世界の通貨など持っている筈がない。
「あっちゃあ、そりゃあマズいな」
和斗は頭を抱える。
宿屋に泊れなくても、マローダー改で寝ればイイ。
食料庫にも食べ物満載だから、食べる事にも困らない。
ヘタな宿屋に泊るより、ずっと快適に過ごせる筈だ。
しかし旅の大きな楽しみは、その地の暮らしを味わう事。
現地の宿屋に宿泊し、美味しい物を食べる事だ。
このままじゃあ、異世界ノンビリ旅行どころではなくなってしまう。
と、そこで和斗は、ベルトに装着したナイフの事を思い出す。
砕く、割る、千切る、潰すなどなら、素手で出来る。
しかし綺麗に切断するのは、素手では難しい。
もちろん和斗の手刀なら、どんな物でも切断できるだろう。
だが果物の皮を剝く時。
手刀で向くのは面倒だし、悪目立ちしてしまう。
料理を作る時も同様。
肉や野菜を切るなら手刀よりナイフの方がやり易い。
もちろんパッケージを開けたりするのも、ナイフの方が便利だ。
だから和斗は、腰にナイフを装着するのが習慣になっていた。
あまりにもいつもの事なので、今まで忘れていたくらいだけど。
そのナイフだが、実は1000倍に強化してある。
ノーマルの状態だと、ちょっと力を入れたら折れてしまいそうだからだ。
つまりナニが言いたいか、というと。
このナイフを売れば、それなりの金になるんじゃないか、というコトだ。
なので和斗は。
「このナイフを買ってくれる店はないかな?」
腰からナイフを引き抜いて、雫に見せてみる。
「かなりの強度を持ってるから、それなりの金にならないかな? 実は俺達、この国の通貨を持ってないんだ」
そう和斗は口にしたが。
「ちょっと待ってほしいでござる!」
雫より早く反応したのは雷心だった。
「そ、その短刀は! ちょっと見せて欲しいでござる!」
雷心は震える手でナイフを受け取ると、食い入るような眼を向ける。
そして。
「なんという業物! これほどの短刀、拙者初めて見たでござる!」
感極まった、という様子でナイフを抱えると、今度は和斗に目を向け。
「これほどの業物を売却するなど、あまりにも勿体ないでござる! 金子なら幾らでもお貸しいたす故、売却は思い止まれたほうが良いでござる!」
熱っぽく語り出した。
「しかし見れば見る程、素晴らしい短刀でござる! これほどの業物を手に入れる為ならば、全財産をつぎ込む大名が居ても不思議ではないでござる!」
これを耳にしたリムリアが、ニヤリと笑うと。
「ならライシン。旅の間の費用と、剣の修行に必要な費用全部と、このナイフを引き換えってコトでどう?」
そう雷心に持ちかけた。
この提案に、雷心が目を丸くする。
「誠でござるか!? この業物を拙者に譲ってくれるのでござるか!? いやしかし、その程度の金子では、とてもこの短刀につりあわないでござるぞ?」
という雷心の正直な言葉に、和斗は真面目な顔で返す。
「その程度のナイフなら幾らでも手に入るから、そうして貰えた方が俺達としては助かるんだけど、どうかな? あ、なんなら刀にしようか?」
刀にしようか。
この一言で、雷心の眼の色が変わる。
「刀とは、この短刀に匹敵する刀という意味でござるか?」
震える声で尋ねる雷心に、和斗は頷く。
「そう……というより、多分だけど刀の方が上だと思う」
購入に必要なポイントは、ナイフより刀の方が多かった。
なら刀の方が、武器としてのレベルは上だと思う。
「この短刀より上!? ま、誠でござるか!?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
この場にマローダー改を呼び出すワケにはいかないので。
「ポジショニング」
和斗は宿場町から少し離れた所へと移動してマローダー改を出現させると。
「サポートシステム。刀を購入して、1000倍に強化したい」
――了解です。
1000倍強化日本刀を受け取り、宿場町に戻る。
そして和斗は、雷心に1000倍強化日本刀を手渡す。
「これがそうだけど、どうかな?」
「こ、これが……」
雷心は、受け取った刀をユックリと引き抜くと。
「おお……」
刀を見つめたまま、フリーズしてしまった。
「ねえカズト。ライシン動かなくなっちゃったケド、大丈夫かな?」
リムリアが心配そうな声を上げるが。
「心配あらへん」
雫が呆れた声で答えた。
「ちゅうか、これ程の業物を手にして感極まらへん侍なんか、おらへんで。刀は武士の魂やさかいな」
「ってコトは、これからの費用、全部そっち持ち、ってコトでイイのかな?」
というリムリアの言葉に、雫は何度も頷く。
「もちろんや。ちゅうか、さっき雷心が言うとったように、そんなはした金でこんな名刀を手放してエエんか?」
「うん。さっき言ったように、幾らでも手に入るから」
「これほどの名刀が幾らでも……それは他のモンにゃあ言わん方がエエで。ヘタしたら戦争が起きても不思議やない程の業物やさかい」
「そんなに!? でも、というコトは商談成立ってコトでイイのかな?」
可愛らしく小首を傾げるリムリアに、雫がドンと胸を叩く。
「これから衣食住一切の面倒を見るさかい、安心してや」
「うん、よろしく」
ニッと笑うリムリアに、雫も笑い返す。
「こちらこそ、よろしゅう頼むわ」
そして雫は。
「ほら雷心、いつまで呆けてんのや!」
ばちーん。
刀を舐めるように眺めている雷心の後頭部をブッ叩いた。
このいきなりの暴挙に。
「雫殿、抜き身の刀を持ってる時にブッ叩くのは勘弁して欲しいでござる」
雷心は抗議の声を上げるが。
「ほならカズト、リムリア。今日は宿場町で1番エエ宿に泊まるで」
そんな雷心を無視して、雫は歩き出すと。
「さ、ここや」
言葉通り、1番大きな宿屋へと入っていった。
「聞いた、カズト!? 1番いい宿だって!」
大喜びのリムリアに、和斗も笑みで返す。
「ああ。この世界で、初めての体験だ。楽しみだな」
こうして和斗は期待通り、広い温泉や美味しい和食。
そして久しぶりの蒲団を楽しんだのだった。
そして次の日。
「では出発でござる!」
妙にテンションの高い雷心の言葉と共に、和斗達は宿を後にした。
「ふんふん、楽しみでござる!」
軽い足取りで先頭を歩く雷心を姿に。
「ねえシズク。ライシンの様子がおかしいんだけど」
リムリアは雫に耳打ちする。
「なんであんなにウキウキしてんの?」
「そりゃあ新しく手に入れた刀の試し斬りをする気やからやろな」
「試し斬り? そこらの樹でも切る気かな?」
「いや、そんな自然破壊しようとしたら、ウチが殴り倒して止めるで。木こりが生きる為に木を切るんはしゃあないけど、刀の切れ味を試す為に木を切るなんぞ許される事やないさかいな」
「へえ、雫って自然を大事にする人だったんだ」
感心するリムリアに、雫は首を横に振る。
「自然だけやないで。この世界のモン全てに感謝して、どんなモンも無駄にせえへん。それが仏の教えなんやさかい」
「そうなんだ。じゃあライシン、何を斬る気なんだろ?」
このリムリアの疑問に。
「そら悪さする妖怪やろな」
雫が即答した。
「滅多にないコトやけど、たまに妖怪が出るんや。まあ、人を驚かすだけの妖怪とか、食いモンをかすめ取るだけの妖怪の方が多いんやけど、人を食い殺す妖怪もたまにおる。そんな人に危害を及ぼす妖怪を切る気なんやろな」
「妖怪? この国には、そんなモンが出没するの?」
目を丸くするリムリアに、雫がニッと笑う。
「異国の地にかてモンスターちゅう異形が出没するんやろ? それと同じや」
「なるほど」
リムリアは納得したようだが。
この国は想像してたより、ずっと危険みたいだ。
「M500くらい装備した方がイイかもな」
そう呟く和斗の横で。
「お。噂をすれば影、ちゅうやっちゃな」
雫が声を上げ、それと同時に。
キシャシャシャシャァア!
軋むような声を上げながら、巨大なムカデが街道を塞いだ。
体長は50メートルくらい。
とんでもないサイズだ。
しかもその巨体を装甲板のような物が覆っている。
刀や槍で攻撃しても、きっと跳ね返されてしまうだろう。
まさにモンスターだ。
そんな怪物ムカデを目にして、リムリアが呑気な声を上げる。
「へえ、この国のムカデって大きいんだね。もしかして、他の虫なんかも大きいのかな?」
「いやいや、鎧ムカデを見た感想がソレかいな!? 人を食い殺す妖怪、鎧ムカデなんやで?」
「だって弱そうなんだもん」
「こら驚いた! 鎧ムカデが弱そうに見えるんか?」
雫が目を丸くするが。
「いや、確かに弱い妖怪でござる」
雷心の落ち着いた声が響き。
ぼとん。
3メートルはあろうかという鎧ムカデの頭が、地面に転がった。
2022 オオネ サクヤⒸ