第百六十四話 神の眼
「風切り?」
さらに聞き返す和斗に、雫が頷く。
「せや、風切りや。ええか? カマイタチや衝撃波が発生するんは、斬撃が空気をかき乱すからや。なら空気が乱れないように、空気も切ったらエエ。空気を一切振動させる事なく切る。それが風切なんや」
「凄い技だな」
和斗は感心する。
もしその風切りの技を、和斗も使えたら。
光速で動いても原子爆発を起こさなくて済むかもしれない。
実に興味深い技だ。
「あ、ついでに言うとくと、音速剣を使うても、仲間をカマイタチや衝撃波に巻き込むことはあらへんで。『操刃剣』を使うたらエエんやさかい」
雫によると、音速剣にも様々な段階がある、とのこと。
そして、それぞれに技名があり。
飛刃剣 = カマイタチを飛ばす。
乱刃剣 = 複数のカマイタチを生み出す。
操刃剣 = 無数のカマイタチを正確に操り多数の敵を斬る。
このように分類されているらしい。
つまり操刃剣なら、敵だけにカマイタチを命中させる事が出来るらしい。
「これらは初伝の技、つまり初歩の技やさかい、万斬猛進流の使い手が仲間を攻撃に巻き込むような無様なマネ、するわけがあらへん。ちなみに雷心なら、操刃剣を1000単位で繰り出す『破軍の太刀』かて、楽勝で使いこなすで」
「想像を絶するチート剣術だな」
溜め息交じりにそう呟いた和斗だったが、そこで。
「遠くからコッチの様子を伺ってるヤツがいるよ。コイツ等の仲間かな?」
リムリアが、1キロほど先の山の頂を指差した。
「あんなトコから?」
和斗が反射的に目を凝らすと。
「うお!?」
いきなり和斗の脳裏に、1キロ先の光景が浮かび上がった。
「な、なんだ!?」
そう和斗が口にした瞬間。
《どんな遠くでも見通す『神の眼』だよ。簡単に言えば、千里眼の究極版かな》
至高神の声が響いた。
「毎回、いきなりだな」
呆れる和斗に、至高神が愉し気な声になる。
《いや、初心者に対するチュートリアルだよ》
「ゲームかよ」
けっこう失礼な和斗の言葉を気にもせず、至高神は続ける。
《カズトくんが現在使える神の能力をマローダー改のサポートシステムにダウンロードしておいたから、暇なときに確認しておいたらいいよ。じゃあね》
「あ、おい!」
和斗は思わず大声を出すが。
もう至高神の声は聞こえなくなっていた。
「ダウンロードって、ホントにゲームかよ……ま、いっか。言われた通り、暇なときにサポートシステムに聞いてみるか」
和斗は気持ちを切り替えると、神の眼に意識を向ける。
確かに1キロ先の山頂で、4人の男が望遠鏡をコッチに向けている。
ついでに言えば、見えるだけではなく、声も聞こえるみたいだ。
さっそく何を話しているのか聞いてみようとする和斗だったが。
「え!?」
1キロ先の山頂に、突然雷心が現れた。
「ど、どういうコトだ!?」
慌てて和斗が、雷心が立っていた筈の場所へと目を向けると。
「ええ!?」
そこには雷心が立っていた。
先程と同じ姿で。
「ふむ。どうやら間者の類のようでござるな」
いや同じではない。
雷心の足元に、1キロ先の山頂にいた男4人が転がっていた。
「ナ、ナニをしたんだ!?」
驚く和斗に、雫が愉し気に説明を始める。
「縮地斬を応用したんや。ちゅうか、単に縮地を使うたダケやな。コイツ等を捕まえる為に」
「縮地って?」
即座に質問するリムリアに、雫が続ける。
「縮地斬ちゅうんは、特殊な歩法で敵との距離を一瞬で無にして斬撃を繰り出す奧伝の技や。ほんでもって、その特殊な歩法を縮地ちゅうんや。つまり雷心は縮地を使うてコイツ等を捕まえた、ちゅうこっちゃ」
「一瞬で無にって1キロも!? 瞬間移動の魔法を使わず、身体能力だけで!?」
目を丸くするリムリアに、雷心がニコッと笑う。
「まあ縮地斬は奧伝の技でござるから習ってすぐ使える技ではござらぬが、努力を惜しまねば誰でも習得できる技でござる。なにしろ拙者でも習得できたのでござるから」
「いやそれはライシンが島根ノ国最強のサムライだから出来るんでしょ」
思わずツッコむリムリアに、雷心は首を横に振る。
「いやいや拙者、剣術の才能に関しては下の下ござる。だから縮地斬などの奧伝までの技なら、努力次第で誰でも習得できるでござる」
「誰でも? ホント?」
目を輝かすリムリアに、雷心が頷く。
「武士に二言はないでござる。ただ、よくカン違いされるのでござるが『努力すれば』誰でも習得できるのであって『簡単に』習得できるのではござらんよ」
「あ、やっぱり?」
あからさまにガッカリするリムリアに、雷心が苦笑する。
「そんなに簡単に習得されたら、長い年月を修業に費やしてきた拙者の立場が無くなってしまうでござるよ」
「ま、そうだと思ったけどね。ま、今はそんなコトより」
リムリアは、視線を倒れている男達に移して呟く。
「コイツ等の目的はナンなのかな?」
「そりゃあコイツ等に聞いたらエエ」
雫は、リムリアの呟きに答えると。
「喝!」
鋼鉄すら貫通するのではないか、と思うほどの気合いを発した。
その一喝により。
「「「「ひ!?」」」」
4人の男は飛び起きた。
それを確認すると同時に雫は。
「ノウマク サンマンダ ボダナン エンマヤ ソワカ」
意味不明の言葉を発した。
「なにそれ?」
このリムリアの質問に、雫がニヤリと笑う。
「閻魔大王の真言や。これでコイツ等、嘘を言う事がでけへんで」
閻魔大王は地獄の裁判官だ。
罪人は彼の前で生きていた時の罪を聴かれ、嘘を言ったら舌を抜かれる。
……だった気がする。
が、リムリアが、そんな事を知っているワケがない。
だから。
「閻魔大王ってナニ?」
リムリアは、素直に疑問を口にした。
その言葉に。
「閻魔大王を知らへんのか!?」
雫は目を丸くするが、リムリアの銀髪に視線を向けて、直ぐに納得する。
「ま、アンタは異国の人みたいやから仕方ないか。エエか、閻魔大王ちゅうんは地獄を統治する10柱の王の1柱や」
「柱? 柱って神の数え方だよね?」
「せや。王ちゅうんはアンタ等の言葉で言うとこのキングやない。明王の王や。つまり神様やな」
「つまり今、神様の力を借りたってコト!? そんな出来るの!?」
驚くリムリアに、雫が肩をすくめる。
「そんなもん、裏密教明王派の修験者なら出来て当たり前の事やで。ま、万斬猛進流の里に到着したら、色々説明したるわ」
雫は軽い口調でそう言うと。
「ほんならさっさと吐いてもらおうかいな。アンタ等、何モンで、ナニしとったんや?」
顔つきを一変させ、ドスの利いた声で男達に問いかけた。
「素直に喋った方がエエで。アンタ等もウチ等、裏密教明王派の噂くらい聞いたコトあるやろ? さもないと……」
そして沈黙の中。
雫の圧が、ジワジワと高まっていく。
やがて雫の圧が、普通の人間なら呼吸困難に陥るレベルになると。
「鳥取ノ国の忍びだ」
「広島ノ国の忍びだ」
「岡山ノ国の忍びだ」
「オレは山口ノ国の草だ」
男達が、アッサリと白状した。
ちなみに草とは、現地の民に紛れて暮らし情報を集めるスパイの事。
……だったと思う。
マンガで読んだコトなので違うかもしれない。
などと過去の記憶を辿る和斗の横で。
「へえ。島根ノ国を取り囲む4つの国が、ナンで雷心を見張っとるんや?」
雫が鋭い声で、男達を問い詰める。
すると男達は、困ったような視線を交わしてから。
「島根ノ国最強のサムライである雷心殿を、お役御免にしたと聞き及んだからだ」
「雷心殿ほどのサムライをお役御免にする。普通なら考えられぬ事」
「故に、何か裏があるのではと思い、見張っていたのだ」
「なにしろ島根ノ国が今まで平和だったのは雷心殿の力あっての事ゆえ」
ペラペラと喋り出した。
が、その直後。
「もしも本当に放逐されたのだとしたら……雷心殿、鳥取ノ国に士官して頂けまいか? 俸禄なら島根ノ国の倍、いや3倍お出しする!」
「いや、もし士官されるなら山口ノ国へ!」
「いや岡山ノ国へ! 殿は雷心殿の剣の腕前もそうだが、人格も高く評価されておられる。けっして島根ノ国のように貴殿を粗末に扱う事などない事、ここにお誓い申す!」
「いやいや士官なら広島ノ国に! 島根ノ国の5倍の俸禄をお約束致しますぞ!」
なぜか雷心勧誘大会が始まってしまった。
そんな想像の斜め上を行く光景に。
「え~~と、ナンでこーなるの?」
リムリアが、遠い目で声を漏らした。
「よく分からないけど、雷心さんって人気者だったみたいだな」
答える和斗に、リムリアが顔を曇らせる。
「でもライシンが、このままどっかに雇われちゃったら、剣を教えてもらえなくなるのかな?」
「う~~ん、それは困るな」
和斗とリムリアは、ヒソヒソ話をするが、そこで。
「士官のお誘い、誠に有難いのでござるが、御断りさせて頂くでござる」
雷心が穏やかに、しかしキッパリと言い切った。
「「「「何故でござる!?」」」」
声を揃える男達に、雷心は真摯に告げる。
「この和斗殿とリムリア殿に剣を教えると約束を致したでござる。よってお誘いは実に有難いのでござるが、侍の約束を優先させて頂きたいでござる」
これを耳にするなり、男達は言い争いをピタリと止めた。
「ならば、今は諦めましょう。約束したのならば仕方ないですから」
「そうですな、侍の約束は絶対ですゆえ」
「ならば雷心殿。約束を果たした暁には、士官の話、再考して頂きたい」
「我が国は何年でも、いや何十年でも雷心殿をお待ちしております」
「いや、何十年は長過ぎでござろう」
苦笑する雷心に、男達は一斉に頭を下げると。
「とんでもない。我が子、我が孫の世代の為、いつまでもお待ちしております」
「雷心殿の下で働けるなら、何十年でも待つ価値があります」
「さっそく殿に報告せねば」
「では失礼いたします」
男達は雷心に別れを告げると、一斉に別々の方向へと歩き出す。
きっと彼らが仕える国に向かったのだろう。
そんな侍達を見送りながら、和斗は呟く。
「しかし縮地斬か。また1つ、とんでもない技を見たな、リム」
「そうだね。ねえカズト。瞬間移動に匹敵するコトを、己の肉体だけで行えるなんて、ボク考えたコトもなかったよ」
「俺もさ。しかし万斬猛進流か。想像してたよりも遥かに凄い流派みたいだ」
「うん。ちょっと習うのが楽しみになってきた」
「そうだな」
と和斗が答えたところで。
「おっと雷心、そろそろ昼やで」
雫が声を上げた。
その言葉に雷心は。
「おお、そうでござった。では……」
目を凝らして、何かを探す。
そして。
「あ、あったでござる」
それだけを口にすると、姿を消した。
「どしたの?」
訳が分からないリムリアが雫に尋ねるが、そこで。
「いや、失礼したでござる」
雷心が唐突に姿を現した。
「また縮地を使ったの? でも何で?」
さっそく質問するリムリアに、雫が遥か先を指差す。
「見えるかいな。1里塚と、その横に祀られた小さな祠が」
雫に言われた通り。
『島根ノ国まで16里』
と刻まれた、1メートルほどの石の横に、祠が祀られていた。
「ふうん、アレの事?」
リムリアは興味を持ったらしく、それだけ口にすると。
ばびゅ。
物凄いスピードで、1里塚に駆け寄った。
全力ではない。
しかし人間である雷心と雫は目を丸くする。
「普通の少女ではないと思っていたでござるが、まさかこれほどとは」
「なんちゅう速度や」
が、雷心と雫は直ぐに縮地を発動。
直ぐにリムリアに追いつく。
もちろん和斗も遅れずに続くと。
「うわ、なにコレ? 鬼?」
リムリアが祠を覗き込んで、顔をしかめていた。
2022 オオネ サクヤⒸ