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   第百六十二話  雷心と雫





「あれ? 人が倒れてるよ」


 リムリアが声を上げると同時に駆け出す。

 その走っていく先に目を向けてみると。


「侍?」


 和斗が声を上げたように。

 和服に身を包み、腰には2本の刀を差した男が倒れていた。


「怪我か? 病気か? それとも疲れ果てた老人かな?」

和斗はそう呟きながらリムリアの後を追って男に駆け寄り、観察する。


 ゴツくはないが、鍛え抜かれた体格の男だ。

 年齢は20歳くらいに見える。

 想像してたよりズット若い。


 とにかく、老人が体調を崩して倒れているワケではなさそうだ。

 かといって、怪我をしている様にも見えない。

 苦しんだ痕跡もないので、病気でもなさそうだ。


 なら、どうしてこの男は地面に転がっているのだろう?

 昼寝……しているとも思えないし、さて、どうしたモノか?


『触らぬ神に祟りなし』


 という諺もあることだし、このまま放置してしまおうかな?

 でも見つけてしまった以上、それも後味が悪すぎる。

 ホント、どうしよう。

 とりあえずメディカルを発動させてみるか? 

 

 などと和斗が考えていると。


 ぐぅ~~~~~~。


 盛大な音が響き渡った。


「ねえカズト。この人、ひょっとして?」


 チョンチョンとツツいてくるリムリアに、和斗は。


「ああ。腹が減って行き倒れたみたいだな」


 そう答えると、ポジショニングでマローダー改を呼び寄せ。


「なにがイイかな」


 久しぶりに、マローダー改の食料庫に潜り込んだ。

 そして。


「着物姿なんだから、やっぱり米かな?」


 オニギリを選んで皿に乗せると。


「おい、これを食え」


 男の鼻先に差し出した。

 その瞬間。


 ふんふんふん!


 男は鼻をヒクヒクさせたと思うと。


「メシ!!」


 目をカッと開き、オニギリをワシ掴みにした。

 行き倒れるくらいだから、物凄く腹が減っている筈。

 そう考えた和斗は、5個のオニギリを皿に並べたのだが。


 ばくばくばくばくばく!


 男は、5口で頬張ってしまった。

 まあ、当然ながら。


「うぐ!」


 どんどんどんどんどん!


 オニギリを喉に詰めて、胸を叩き出す。

 が、これも予想していたコト。

 だから和斗は。


「ほら、これを飲め」


 お茶のペットボトルのキャップを開けて手渡してやった。

 そのペットボトルをひったくるようにして受け取ると、男は。


「がぶがぶがぶがぶがぶ……ぶはぁ――、美味い!」


 一気に飲み干し、そして満足そうに大息をついた。

 そこで初めて和斗とリムリアに気付いたらしい。


「ひょっとして其方らが拙者に食べ物を恵んでくれたのでござるか? いや~~誠に忝い」


 男は地面に正座すると、深々と頭を下げた。


「拙者、風上雷心と申す。このご恩、一生忘れぬでござる」


 この言葉に、リムリアが和斗に耳打ちする。


「ねえカズト。このカザカミライシンって人の喋り方って、なんかトツカの話し方を思い出すね」

「そうだな」


 そう返しながら、和斗は雷心をマジマジと見つめた。


(何度見ても、昔の浪人の姿だよな。まさか昔の日本にタイムスリップしたんじゃないだろうな?)


 という和斗の心の声に。


《ううん、間違いなく異世界だよ》


 至高神から答えが返ってきた。


(いきなりだな。っていうか、心を読むのは止めてくれ)


 不機嫌な思考を隠そうとしない和斗に、至高神が朗らかに答える。


《ボクに分かるのは、ダダ漏れの感情だけだから、心配いらないよ。ってか、心をロックしたら読まれたりしないよ。なにしろキミの戦闘力は、その世界の至高神よりも上なんだから》

(ロック?)

《こうやるんだよ》


 至高神の言葉と共に、やり方が頭の間かに流れ込んでくる。


(こんなに簡単にマスターできるのか。便利なモンだな)

《キミも立派な神の一員だからね。このくらいなら簡単さ》

(それは有難いが、その為に声をかけてきたのか?)


 和斗のジトリとした質問に、至高神の思考に笑みが混じる。


《まさか。さっきの邪神との戦いだけど、神霊力をもっと巧みに操れてたら楽勝だったんだ。だから異世界旅行ついでに修行もどうかな、って思ってね》

(楽勝だった!? そ、そうなのか? ラファエルは俺のコト、凄いって言ってたのに)

《天使レベルから見たらそうさ。でも至高神から見たら、未熟でしかない。だからキミに師匠を紹介しようと思ってね》

(師匠? 神霊力の使い方の? でも俺の戦闘力は、この世界の至高神より上なんだよな? そんな俺に教えるコトが出来る者なんているのか?)

《勿論さ。パワーはキミの方が遥かに上だけど、技術では圧倒的に上の者なんて腐るほどいるものさ。まあ、その風上雷心というサムライが、そんな圧倒的技術の持ち主の1人なんだけどね》

(この腹が減って行き倒れるような男がか!?)


 驚く和斗に、至高神がニヤリと笑った気配が伝わってくる。


《キミも知ってるハズだよ。人間の中には、とてつもない高みに到達する者がいる事を。キミの空手の先生みたいにね》

(あ!)


 至高神に言われて、和斗は思い出す。

 ケンカ10段とまでいわれた空手の先生のコトを。

 その先生は、目にも留まらぬ速度でパンチを打ちだしていた。


 比喩ではない。

 本当に目では 捕らえられないのだ。

 先生は動いていないのに、バチーンと音が響き渡る。

 それで先生が放ったパンチが、相手に命中したのだと気が付く。

 そんなレベルだった。


 今の和斗なら、それ以上の速度でパンチを放てるだろう。

 しかしそれはステータスによるもの。

 ただ単に、最高速度が人間より速いというだけ。


 だが空手の先生は違う。

 普通の人間の肉体でありながら、見えない速度を発揮していた。

 今でも技術では、先生の足元にも及ばない。

 なら、その空手の先生のように。

 遥かな高みにある技術を持っている人間がいても不思議ではない。


(つまり、この風上雷心って侍から剣を学んだらイイってコトか?)


 という和斗の質問に。


《ガンバってね》


 至高神はそれだけ言って、思考を打ち切ったのだった。




「……カズト……カズト、どうしたの!」


 リムリアにユサユサと揺すられて、和斗は我に返る。


「あ、ああ、至高神から連絡がきた」

「至高神から!? ナンて?」

「神霊力の使い方を、この侍から学べってさ」


 和斗の言葉を聞きつけた風上雷心が、キョトンとなる。


「シンレイリョク? そのようなもの、拙者は知らぬでござるよ」

「じゃあ、ナニなら知ってるの」


 さっそく聞き返すリムリアに、風上雷心は言い切る。


「拙者に出来るのは、今も昔も刀を振るう事のみでござるよ」

「じゃあ、カズトに何も教える気はない、ってコト?」


 リムリアの質問に、風上雷心はブンブンと首を横に振る。


「いやいやいや、このご恩は一生忘れぬと言った言葉は嘘ではござらぬ。武士に二言はないでござる。よって、まだまだ未熟な身ではござるが、拙者ごときで良いならば、いくらでも伝授させて頂くでござるよ。ただ……」

「ただ?」


 聞き返すリムリアに、風上雷心が申し訳なさそうに続ける。


「実は拙者の剣は万斬猛進流という流派の剣なのでござるが、この剣は、極めればあらゆるモノを斬り裂く鬼神の剣。ゆえに万斬流の技を人に教えるには師匠の許可が必要となるのでござる。そこで申し訳ないのでござるが、もしも本気で拙者に剣を学びたいのならば、拙者と一緒に万斬猛進流の里までお越しいただきたいのでござるが、宜しいでござるか?」


 という風上雷心の言葉に。


「なぁんだ、そんなコトか」


 リムリアが呑気な声を上げた。


「ってか、どっちかって言うとソッチの方がイイかも。ね、カズト」


 リムリアの視線に、和斗は頷く。


「ああ。俺達の目的の1つは、この世界を見て回るコト。だから万斬猛進流の里まで旅するのは願ってもないコトだ。それに剣を本格的に習ってみたいと以前から思っていたトコなんで、願ってもない申し出だ。じゃあ風上雷心先生。よろしくお願いします」


 姿勢を正して頭を下げる和斗に、風上雷心も頭を下げる。


「礼儀正しい方でござるな。礼には礼をもって答えるのが侍というもの。なので許可さえ下りれば、拙者の持てる全ての技を全身全霊で伝授させて頂くでござる。ところで気を悪くしないで頂きたいのでござるが、全力で伝授はさせて頂くでござるが、その技を習得できるかどうかは貴殿の頑張り次第でござる」


 この正直な意見に和斗は微笑む。


「はい、それでお願いします。努力は惜しまないけど、簡単に習得できる筈がないコトも理解していますので」


 と、そこで和斗はまだ名乗っていないコトに気付く。


「おっと失礼しました、まだ名乗っていませんでしたね。お…私は寺本和斗。カズトと呼んでください。この子はリムリアといいます」


 俺と言いかけて、慌てて私と言い直す和斗に、風上雷心が微笑みを返す。


「カズト殿とリムリア殿でござるか。では拙者の事は雷心と呼んでくだされ。未熟者ゆえ、先生などと呼ばれる立場ではござらん」

「はい。ではお言葉に甘えて雷心さんと呼ばせてもらいますが……ところで雷心さん。剣の達人であるアナタが、どうして空腹で倒れていたのですか?」


 そう。

 至高神が推薦する程の剣の達人だ。

 その強さは、和斗が知る空手の先生に匹敵に違いない。

 なのに雷心は空腹で倒れていた。

 この世界では、剣の腕では食っていけないという事なのだろうか?

 と思ったら。


「いやぁ、面目ないでござる。実は、ボロを纏った子供を見かけたので、話を聞いてみたのでござる。そうしたら戦で両親を失い、僅かな土地を耕して辛うじて生きているとの事と聞き及び、持っていた食料と路銀の全てを手渡したのでござる」

「底抜けのお人好しだね」


 呆れたような声を漏らすリムリアに、雷心が豪快に笑う。


「かかかかか! 武士は食わねど高楊枝でござるよ」

「ナニ言ってるか分かんない」


 バッサリ切り捨てるリムリアに、和斗が説明する。


「どんなに腹が減ってても、武士というものは腹一杯食べたように見せかけるものだ、という諺だな。やせ我慢ともいうけど」

「それで自分が倒れてたらバカって言われるんじゃない?」

「これは手厳しいでござるな」


 リムリアの遠慮のない言葉に、雷心は苦笑を浮かべる。

 と、その雷心の背後に、いきなり高校生くらいの女の子が現れ。


「ホンマやで。まさにアホウの所業や」


 呆れたような声を上げた。


 以前、妖怪図鑑で見た、天狗そっくりの服装をしている。

 その所為で身体つきはよく分からないが、足は長い。

 短い黒髪が、整った顔に良く似合っている。

 が、体の奥底に、常人では考えられない程のエネルギーを宿しているようだ。


「……ダレ?」


 相変わらず遠慮の欠片もないリムリアに。


「この者、拙者を陰から支えてくれる修験者でござる」


 雷心が苦笑しながら答える。


「万斬猛進流は修験道と深い関係でござってな。万斬猛進流を学ぶ事を正式に認められた者は、修験者と行動を共にする事になっているのでござる」


 確かにこの少女、日本で見た修験者と同じような服装をしている。


「やっぱりナニ言ってるのかよく分かんない」


 リムリアのそっけない返事に、雷心は言い直す。


「異国で言うところの、剣士と魔法使いの関係みたいなもんでござる」

「あ、それならナンとなく分かる」


 納得するリムリアに、修験者の女の子が顔をしかめる。


「どこがや。雷心があまりにもポンコツやさかい、後始末を押し付けられたんがウチなんや。子どもにメシやって、自分が腹減り過ぎて行き倒れるやなんてアホ以外の何モンでもないわ。アンタ等もそう思うやろ?」


 いきなり話をフラれて、和斗は少し考えるてから、キッパリと言い切る。


「でも、俺はそういうヤツ、大好きだ」


 この和斗の答えに、修験者の女の子は一瞬キョトンとなるが。


「あははははははは! おもろい兄ちゃんやな! ウチは雫。裏密教明王派の修験者や!」


 大笑いしながら、和斗の肩をバンバンと叩く。


「話は聞いたで。万斬猛進流を学びたいやて? おもろいやないか! ウチが万斬猛進流の里まで案内したる」

「シズクが案内してくれるの? ライシンじゃなく?」


 リムリアの質問に、雫は盛大に溜め息をつく。


「はぁ~~~~~~、アンタ等も見たやろ? コイツと旅したら、困ったモン見つける度に食い物と金を全部渡して、その度に行き倒れる事になってまうで」


 せやから雷心には、少ししか金を持たさんのや。

 雫はそう口にしながら、金の入った袋を取り出した。


「これは地蔵菩薩の力を借りた呪術袋や。家10件分くらいの物資なら収納して保管できる、優れモンなんやで」


 あ。

 リムリアの世界でも見なかった、魔法のバッグ的なモンだな。

 と興味津々の和斗に、雫がニイッと笑う。


「この呪術袋の中に入っとるんは、普通の人間やったら300年くらい寝て暮らせる金や。島根藩で雷心が侍大将をしとった時に稼いだ金やで」


 この雫の言葉に。


「「侍大将!?」」


 和斗とリムリアは、声を揃えたのだった。







2022 オオネ サクヤⒸ

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