第百五十七話 マジでヤバいかも
「マジでヤバいかも」
この和斗の呟きが、まるで合図だったように。
うねうねうねうね。
邪神が数え切れないほどの触手を伸ばしてきた。
その無数の触手は、全方向からマローダー改へと襲いかかって来るが。
「やられるかよ!」
和斗はマローダー改を最高速度で発車させて、触手へとハンドルを向ける。
その秒速350万キロの超光速は。
バァン!
邪神の触手にブチ当たると、跡形もなく打ち砕いた。
「よし! どうやら邪神のヤロー、マローダー改の最高速度を避けれるスピードは出せないらしいな」
少しホッとする和斗に、リムリアが呟く。
「でもカズト。避けれないけど、いくらヤラれても平気みたいだよ」
リムリアの言葉通り。
うねうねうねうね。
邪神の触手がマローダー改に絡み付いてきた。
「懲りないヤツだな」
和斗は再びマローダー改を最高速度で駆り、触手をズタズタに引き裂く。
が、そこで和斗は失敗してしまう。
邪神の様子を見る為、マローダー改を停車させてしまったのだ。
その一瞬で。
うねうねうねうね。
邪神の触手がマローダー改に絡み付き、そして。
ぐいッ。
マローダー改は宙吊りにされたしまった。
「ホント、懲りないな」
リムリアは呑気な声を上げるが、すぐに和斗の顔色に気付く。
「どしたのカズト。顔色ワルいよ?」
「どうしたもナニも……宙吊りにされたってコトは、車輪が地面に付いてないってコトなんだぞ」
「それが?」
事態が全然分かってないリムリアに、和斗はハッキリ告げる。
「つまりもうマローダー改を走らせるコトは出来なくなったって事だ。いくらアクセルを踏んでもタイヤが空回りするからな」
「あ!」
やっとリムリアも理解したようだ。
「マズいじゃん!」
叫ぶリムリアに、和斗が重々しく続ける。
「しかも全部の武装の向きが、触手によって固定されてしまった。もちろん邪神に当たらない方向に」
「……レーザーも?」
「ああ。というか、レーザー砲の向きを当たらない方向に固定するついでに、他の武器も固定したんだろな」
「マジでマズいじゃん!!」
リムリアは声を張り上げた、その時。
ズッガァン!
邪神はマローダー改を、地面に叩き付けた。
その叩き付けた速度は光速。
普通なら原子爆発を起こして、跡形もないところだが。
「あ~~、焦ったケド、ナンの衝撃もなかったね」
リムリアの言葉通り、マローダー改の中は揺れさえしなかった。
それも当然。
マローダー改の内部には、最高速度の激突すら伝わらない仕様になっている。
光速程度の衝撃が、中に伝わる訳がない。
その事に邪神も気付いたのだろう。
幾つもある頭のうち、恐竜に似た頭が口を開き。
バシュ!
閃光のようなブレスを放ってきた。
が、それも。
バチィ!
マローダー改の装甲は、楽々と跳ね返した。
と、今度は別の頭がブレスを放つ。
それも簡単に跳ね返すマローダー改。
といった状況が続くなか、リムリアが呟く。
「これって邪神の攻撃も、マローダー改には通用しないってコトだよね?」
そう。
マローダー改の防御力は、とんでもないレベルにある。
例え恒星を破壊できるレベルの攻撃すら無効にできるだろう。
確かに邪神は強大だ。
しかし、そんなマローダー改を破壊できる力があるとは思えない。
「だったら焦らずに対策を立てたらイイんだよね?」
ホッとした顔になるリムリアに、和斗が頷く。
「まあ、そうだな。動けないけど、ダメージ」も受けない。となると、この事態を動かす一手を先に指せるのはどっちか、だな」
ふーむ。
と和斗は考え込む。
どうしたらイイ?
どうやったらコイツを倒せる?
ただ現在のところ、ダメージを受ける心配はなさそうだ。
だから焦る必要はない。
ゆっくり落ち着いて考えよう。
と思った、その時。
「ヴァァァァァァァァァァァァァァァ!」
邪神の頭の1つが吼えた。
幾つもある頭の中央に位置する、1番大きい頭だ。
「ボク達を倒す手段が無くて、邪神もイラ立ってるのかな?」
とリムリアが疑問を口にするが、そこで。
「ぐはッ!」
「がぁッ!」
「ごほッ!」
オロチ、トライ、ステンノが口から血を吐いて、床に膝を着いた。
「どうしたの!?」
大声を上げてからリムリアが気付く。
トツカもザガンもムルオイもバオウも、倒れる寸前である事に。
そしてルシファーとラファエルは、何とか自分の足で立っているものの。
その顔は、冷や汗でビッショリだった。
平気な顔をしているのは和斗とリムリア、そしてヒヨとキャスだけだ。
「ミンナどうしたの!?」
リムリアの叫びに、ルシファーが苦しそうに口を開く。
「邪神が、声を叩き付けてきたのです」
「声? そんなモンでミンナ、ダメージ受けてるの?」
キョトンとなるリムリアに、ルシファーが無理やり苦笑を浮かべる。
「声、すなわち音も、これほどの大音量となると、エネルギーは膨大なものになります。その膨大なエネルギーを、生体を破壊する波長の振動波へと転換して叩き付けてきているのです。マローダー改の装甲を破壊する事は出来なくても、振動させる事くらいなら出来るのですから」
ルシファーの言葉に和斗は唸る。
マローダー改の装甲は破壊不可能のレベルだ。
熱にも雷撃にも無敵を誇る、といっても良いだろう。
しかしそんなマローダー改の装甲でも、手で叩けばゴンと音がする。
音がするという事は、振動するという事だ。
もちろん、この邪神の咆哮など和斗やリムリアにとって騒がしいだけ。
ダメージを受けるレベルではない。
しかしインフェルノ連合の幹部達には、致命的なレベルだ。
「え!? じゃあミンナ、邪神の吼え声の所為でこうなってるの!? カズト、なんとかしないと!」
リムリアが焦った声を上げるが、そこで。
「心配無用でござる」
トツカが苦しそうに、しかしキッパリと言い切った。
「拙者達が同行したのはカズト殿達の役に立つ為でござる。足を引っ張る為ではござらん。よって、例えこの場で朽ち果てる事になろうとも、拙者達に一切の気使いは無用でござる」
このトツカの言葉に、インフェルノ連合の幹部達は無言で頷く。
その目は既に覚悟を決めたサムライの目だったが。
「却下」
リムリアは即座にそう口にすると。
「メディカル!」
全員を治療した。
ちなみにメディカルは発動させた瞬間、全ての常態異常や怪我を治癒する。
そしてその作用は10秒ほど継続。
そこから10秒ほどかけて効果が消え去っていく。
つまりメディカルを発動させてから10秒ちょっとなら。
邪神による振動ダメージから逃れる事が出来るワケだ。
しかし逆に言えば。
10秒ほどしか時間を稼げない。
だからリムリアは。
「メディカル」
「メディカル」
「メディカル」
効果が薄れ出すタイミングでメディカルを発動させる。
「リムリア殿! 拙者達のコトは放置して……」
「却下って言っただろ!」
懇願するトツカを、リムリアが怒鳴りつける。
「そんなつまんないコト言うヒマがあったら、どうやってこの状況をひっくり返すか必死で考える!」
リムリアに言われなくとも、和斗は必死に考えていた。
どうやったら、この危機から脱出できる?
ミンナを守りつつ、反撃に出るには?
くそ、音がこんなに厄介な兵器だなんて考えもしなかった。
チクショウ、どうしたらイイんだ!
和斗が心の中で叫ぶが。
「な!」
割れた空から、更に不気味な姿が現れるのを目にして絶句した。
大きさは人間より少し大きい程度。
しかし見た瞬間、確信する。
コイツも邪神の1柱だと。
いや、現れたのは1柱だけではない。
2柱、3柱、4柱……なんと5柱もの邪神が、コキュートスに降臨した。
新たに現れた邪神のサイズは、全員が人間程度だ。
が、姿はそれぞれ違う。
2本の角が頭から生えているモノ。
腕が4本あるモノ。
背中から12枚の翼が広がっているモノ。
全身を鎧が覆ているモノ。
頭が3つあるモノ。
全く共通点が見いだせない。
しかし大陸サイズの邪神と、同等以上の力を持っているのは間違いない。
つまり敵の戦力は、6倍になってしまった。
その邪神群を見つめながら、ルシファーが震える声を漏らす。
「まさか……異世界の邪神が7柱も現れるなんてありえない……どうなっているんだ……このままでは、この宇宙全体が危機に……」
ドッカァン!
ルシファーの声は、大音響によって遮られてしまう。
4腕の邪神が攻撃を仕掛けてきたからだ。
この1撃により、マローダー改は地面に叩き付けられてしまうが。
「やった! 触手から解放されたぞ!」
和斗が歓声を上げたように。
4腕邪神の攻撃は、マローダー改を拘束していた触手も引き千切っていた。
「チャンス!」
和斗は即座にレーザー砲の照準を邪神に合わせようとするが。
バカァン!
またしても大音響が響き渡り、マローダー改は吹き飛ばされてしまった。
角邪神の攻撃によって。
「ち!」
宙を舞うマローダー改の運転席で、和斗は舌打ちしながらも。
「見てろよ!」
着地した瞬間、反撃できるようマローダー改のハンドルを握った。
しかし。
ドゴォォォン!
翼邪神が宙を舞うマローダー改を蹴り飛ばす。
そして、その先に待つ三つ首邪神が。
バキィッ!
拳でマローダー改を殴りつけた。
その先で待ち構えるのは。
ガッコォォォォォン!
鎧邪神の体当たりだ。
そして、更に。
バチィン!
人間サイズに縮んだ大陸邪神の触手が叩き付けられる。
そして吹き飛んだ先では。
ドッカァン!
またしても4腕邪神の拳が。
どうやら邪神たちは、マローダー改を空中で攻撃し続ける気らしい。
しかも。
「「「「「ヴァァァァァァァァ」」」」」
新たに出現した5柱までもが、振動波攻撃を仕掛けてきやがった。
「ちくしょう!」
和斗は唇を噛む。
今のところ、和斗にダメージはない。
そしてリムリアのメディカルによって、振動攻撃も無効化できている。
しかしメディカルを発動するにはⅯPが必要だ。
つまりⅯPが尽きる前に、なんとかしなければならない。
という、この非常事態に。
「ウソだろ」
ドラゴンのような邪神。
翼の生えたライオンのような邪神。
ムカデのような邪神。
カマキリのような邪神。
クワガタのような邪神が、割れた空から侵入してきたのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ