第百五十一話 悪ふざけはそのくらいで
調子に乗って和斗に告白したステンノは今。
「拙者の目の前でカズト殿を誘惑するとは……命などいらないと解釈して良いでござるな?」
トツカにより、命の危機に晒された。
それに対してステンノは。
「そんな筈、無いじゃないですかぁ。カズトおやぶんの隣に相応しいのは、カズトおやぶんを誰よりも愛しているトツカの姉御しかいません!」
それは、まったく心の籠っていないセリフだったのだが。
「誰よりも愛してるなんて、そんな……」
トツカは顔を赤くして、モジモジしだす。
どうやらステンノの褒め殺しは成功したらしい。
そんなトツカに、ステンノは必死の形相でまくし立てる。
「いえ、カズトおやぶんへの愛、忠誠、献身! どれをとってもトツカの姉御以上の者などいません! もちろんカズトおやぶんだって、トツカの姉御を1番大切に思われているに違いありません!」
「そ、そうでござるかな?」
もう『可愛らしい乙女』状態のトツカに、ステンノが更に畳み掛ける。
「絶対です! カズトおやぶんに相応しいのは、トツカの姉御だけです!」
背水の陣。
まさに今のステンノの心境だったが、そこに。
「それってボクよりトツカの方が、カズトに相応しいってコト?」
リムリアの怒りに満ちた声が響いた。
と同時に、トツカの殺気がそよ風に思えるほどの殺気が叩き付けられた。
この想像もしなかった事態に。
「わひぃ――!!」
ステンノは、涙目で悲鳴を上げた。
まあ、無理もない。
『背水の陣』が『前門の虎、後門の狼』へと悪化したのだから。
もうダメ~~。
死んじゃうよ~~。
なんて言ったらイイのよ~~。
余りの事態に、幼児化してしまうステンノだったが、そこに。
「リム、からかうのも程々にな」
和斗が呆れた声を上げた。
「へへ。つい面白そうだったから」
「ステンノ、マジでビビってるんじゃないか? 可哀そうだろ」
「テヘ、やりすぎたかな?」
などとやり取りを交わす和斗とリムリアに。
「助かった……?」
ステンノは、その場にへたり込んだのだった。
どうやらリムリアはステンノをからかっただけらしい。
もう魂が抜けそうなほどの安堵と脱力感に包まれるステンノだったが。
「ひ!」
トツカの目を見て、小さく息を呑む。
和斗とリムリアの会話で、冗談だったという事に話は落ち着いた。
が、トツカの目はマジだった。
マジで和斗にチョッカイかけたら『消す』
トツカの目は、そう語っていた。
(分かってます! 二度と調子に乗りません!)
トツカに目で訴えかけるステンノだったが、そこで。
「はいはい、みなさん。悪ふざけはそのくらいで」
ラファエルの静かな、しかし良く通る声が響いた。
そしてラファエルの背中から、バサリと翼が広がる。
白銀に輝く、美しい翼だ。
それを合図に、トツカとステンノはピタリと口を閉じ。
ズザ!
全てのゴーゴンが、ラファエルに首を垂れた。
と同時に、インフェルノ連合の幹部全員が地面に膝を着く。
そして彼らを代表して、トツカが緊張した面持ちで尋ねる。
「ラファエル殿。その姿に戻られたという事は、今から天使としての立場に戻るというコトでござるか?」
「その通りです。この訓練を通してカズトさんは神霊力を無意識に纏えるようになりました。今の和斗さんなら、寝ている間も神霊力を纏ったままの筈です。これで何の心配もなくカズトさんにはレベルを上げてもらえます」
「やっぱり、俺が光速に対応できなかったから、神霊力を纏えるようになる訓練を優先してたんだな」
苦笑いを浮かべる和斗に、ラファエルが頷く。
「はい。あ、でもルシファー様の『時獄』が破られるまで、まだ少し余裕があるのも事実ですから、まだそんなに急ぐ必要はない、というのも本当です」
ラファエルは、そう取り繕ったが。
「でも速く倒せるのなら、その方が良いんだろ?」
という和斗の言葉に、ラファエルは真面目な顔で頷く。
「そうですね。ルシファー様が、言わば相討ちの形でチート転生者を封印したあの時から、待ち続けてきました。自分の無力さに怒りを覚えながら……あの時もっと情報を集めてれば結果は違っただろうという後悔と共に」
ラファエルが遠い目になるが、その背後から。
「それは違うわ」
ケーコの声が響いた。
いやルシファーと言った方が正解か。
なにしろ背中から、12枚の輝く羽が広がっているのだから。
「ラファエル、アナタの所為ではありません。あれほど急激に力を付けた生物の事例など、今まで1度も報告された事はありませんでした。誰も予測できなくて当然だったのです」
「でも私は天使軍情報部の将校です! あらゆる情報を収集・分析して、例え誰も予測できない事に対しても適切な対応が出来るようにするのが任務です! やっぱり私の責任なのです!」
見ている方がつらくなるような表情でラファエルが感情を吐き出す。
「ミカエル様から言われてたんです! 『ルシファー様は、最も偉大な天使。でも偉大であるがゆえ考えが及ばない事柄もあります。だからラファエルの視点で、ルシファー様が見落とした事柄を拾ってください』と! なのに私は、その役目を果たす事ができなかった! 全て私の責任なのです!」
ラファエルが声を荒げるトコなど初めてだった。
いつも飄々として、何を考えているか分からない笑みを絶やさない。
和斗は、そんなラファエルしか知らなかった。
が、その胸の内には、激しい思いが渦巻いていたのだろう。
そんなラファエルに、ルシファーがもう1度、繰り返す。
「それは違うわ。それらを全て考慮して作戦を進めるのが、総司令官たるワタシの役目。特殊部隊の隊員達を失ったのも、ワタシの肉体を使って転生者を封印する事になったのも、ワタシの判断が甘かったからです。いいですか。最終的責任は、司令官であるワタシになります。いえ、言い直しましょう。最終的責任を負う為に司令官は存在するのです」
「で、ですが!」
まだ自分を責めているラファエルを、ルシファーが優しい声で遮る。
「ラファエル。アナタはワタシの期待以上の働きをしてくれました。カズトさんとリムリアを、見事に導いてくれました。さすが旅人を守護する天使ですね」
旅人を守護する天使。
ラファエルの数ある呼び名の1つだ。
「アナタにカズトさんとリムリアを任せて正解でした。きっとカズトさんは、転生者を倒してくれるでしょう。ラファエル、ご苦労様でした」
ルシファーの労いの言葉にラファエルは。
「もったいない、お言葉……」
俯いて体を震わせるが、そこに。
「ケーコって天使だったんだよね? なのにどうして今、ドラクルの長老になってるの?」
リムリアの遠慮のない声が響いた。
空気読め、という声が聞こえてきたような気がするが。
まだ精神年齢が低い所為だろうか。
リムリアはナニも気にせず質問を続ける。
「ジャーマニアの長老って、ハッキリ言ったらドラクルで1番の権力を持った家柄だよね? そのジャーマニアの長老が、どうしてケーコなの?」
ケーコの正体は、最も偉大な天使ルシファーの精神体。
リムリアの態度は、かなり罰当たりなモノと言えるだろう。
が、そんなリムリアの態度に対して。
「それはチート転生者を倒した後で説明しましょう。カズトさんがチート転生者を倒せる力を付けた今、できるだけ早く倒すべきですから」
ケーコは優しい笑みで答えた。
さすが最も偉大な天使。
少し無礼な態度など、笑って赦してくれるしい。
まあ、ソレはソレとして。
ケーコがそう言うのも当然だろう。
時獄の封印が破られるまで時間があったとしても。
チート転生者に時間を与えると、何らかの方法で力を得るかもしれない。
実際、クーロン帝国を操って力を得ていた。
だから倒せるのなら、一刻も早く倒すべきだ。
今も誰かが、チート転生者の眷属に襲われているかもしれないのだから。
「そうだね。じゃあ今からチート転生者を倒しに行く?」
とのリムリアの質問に、ケーコが当然という表情で答える。
「そうですね。チート転生者の眷属である植物系モンスターを倒しながら、時獄に向かいましょうか。カズトさんのレベルをアップさせながら」
なるほど。
時獄に行く以上、どうやったってチート転生者の眷属と遭遇する事になる。
もちろん、一刻を争うのならスルーしただろう。
が、そこまで急ぐ必要もなさそうだ。
なら進路上のモンスターを倒して経験値を稼ぐのもアリだろう。
などと考える和斗に、ラファエルが確認する。
「ではカズトさん。チート転生者を封印しているインフェルノの最下層に向かいます。準備はイイですか?」
もちろん、何時でもイイぞ。
と和斗は答えようとしたが、そこで。
「ねえ。ケーコが一緒なのは当然として、ベールゼブブとベルフェゴールは一緒に行かないの?」
リムリアが不思議そうな声を上げた。
「カズト1人で戦力としては十分なのかもしれないケド、普通なら自分も一緒に行って、チート転生者がキッチリと倒されるトコを見届けたいと思うんじゃないかな? なにしろ仲間をゾンビにした上、上司が自分の体を犠牲にして封印した、憎い相手なんだから」
この質問にも、ケーコは優しい笑みで答える。
「もちろん同行したいと言い張りましたよ。でも2人にはチャレンジタワーを維持してもらわなければなりません。なにしろ今、この瞬間にもタワー内ではチャレンジしている人達がいるのですから」
「そっか。可哀そうだね。チート転生者との戦いの結果の報告を、ジリジリと待つしかないなんて」
リムリアの素直な感想に、ケーコの表情が更に優しいものになる。
「大丈夫ですよ。あの2人ほどの実力者なら、神霊力を使ってチート転生者との戦いを観る事など簡単ですから」
「よかった。なら安心して時獄に向かえるね」
パァッと笑うリムリアにケーコが頷く。
「はい。ではラファエル、先導、お願いします」
「は」
ケーコの言葉にラファエルが答えた直後。
和斗達はコキュートスに立っていた。
コキュートス、すなわちインフェルノの第9圏。
ステンノ達ゴーゴン族が支配する第8圏の、更に下に位置する最下層だ。
そのコキュートスを見回しながら、リムリアが前方を指差す。
「ねえ、ココって前、地拵えして苗植えした場所だよね?」
その言葉通り、この場所は。
以前、和斗が地拵えと苗植えを練習した土地だ。
ついでにいえば、大量の経験値を獲得してレベルアップできた土地でもある。
もちろんリムリアも、その事は覚えていた。
だから。
「よーし、じゃあカズト。チート転生者の眷属の植物系モンスターをなぎ倒してレベルアップしよ!」
リムリアはウキウキした顔で、駆け出そうとするが。
「リムリアさん。どの方向に向かえば良いのか分かっているのですか?」
「あ」
ケーコに指摘され、テヘッと舌を出と。
「ラファエル、何してんの。早く案内してよ」
妙に堂々とした態度でラファエルに文句を言う。
そんなリムリアに。
「はいはい、こちらです」
ラファエルは苦笑しながらも、先頭を切って歩き出した。
そして植林地の端から、生い茂る植物系モンスターを指差す。
「この方向へ向かいます。ではカズトさん、地拵えをお願いしますね」
「おう」
ラファエルの言葉に、そう答えると同時に。
「ふん!」
和斗は神霊力を前方に放った。
以前、和斗は地拵えで10キロ四方を更地に変えた。
が、それは和斗の全力ではない。
加えて和斗のステータスは、その時より遥かにアップしている。
だから、今回の和斗の神霊力は。
チュドドドドドドドドドドドドドドドドォン!!!!!
地の彼方まで、モンスターを薙ぎ払った。
(まるで巨神兵の1撃だな)
和斗は、かつて目にした蟲の姫のアニメ映画を思い出した。
が、今の和斗の1撃は、そんなレベルではない。
アニメを観た者は、きっと1000倍以上の威力だったと言うだろう。
それ程の攻撃は、前方の植物系モンスターを全て消滅させ。
遥か彼方まで続く、幅10キロの道を作り上げたのだった。
そして、地を覆い尽くしていた植物系モンスターが一掃された結果。
巨大な道の先に、淡い光を放つ星が現れた。
ここからは、単なる光の点にしか見えない星だ。
しかしリムリアは、その星を目にするなり顔つきを変え。
「あれって、ひょっとして?」
ラファエルに、問いかけた。
そのリムリアの質問に。
「そうです」
ラファエルは、感情を押し殺した声で答えた。
「あれこそが……」
言葉を続けようとするラファエルだったが、そこで。
――パラパパッパッパパーー!
何度も聞いたファンファーレが鳴り響いた。
2022 オオネ サクヤⒸ