第百四十八話 愚か者め!
「何をしている」
響き渡った声の主は、ルシファーだった。
「な、何って……」
リムリエルの体を抱き締めたままのミカエルに。
「愚か者め!」
ルシファーが鋼鉄のような声を叩き付けた。
「ミカエル! キサマは天使軍の副司令官だろう! ベールゼブブ! ベルフェゴール! キサマ等は天使軍最強の特殊部隊の隊長と副隊長だろ! そんなキサマ等が、こんな所で時間を無駄にしてどうする!」
「無駄って……私達には仲間の死を悼む時間さえないって言うのですか……」
ミカエルが、消え入るような声で漏らすと。
「そうです……大事な……本当に大事な隊員を失ってしまったんです……いくら特殊部隊の隊員といっても、身体中から力が抜け落ちるような喪失感から、動けなくなる事だってあります」
ベールゼブブも囁くような声で抗議し。
「悲しみに押し潰されそう」
めったに感情を現さないベルフェゴールですら、そう口にした。
そんな天使達に。
「この大バカ者どもが!!」
ルシファーは、『神の雷』並みの声で怒鳴りつけた。
「キサマ等、何を聞いていた!? 転生者は惑星級破壊神すらゾンビに変えるまでに力を増大させているから、即座に対応が必要! それが、リムリエルが命に替えて報告した事だろう!?」
ルシファーに怒鳴られて、ミカエルはハッとなる。
自分は、こんな非常事態を前にして、何をしてたんだろう?
愕然とするミカエルに、ルシファーの叱責が更に叩き付け足られる。
「惑星級破壊神ゾンビに噛まれても、天使軍医務兵に連絡すれば助かる。しかし医務兵が駆けつけるまで1日はかかるだろう。しかしあの星のゾンビ化進行状況からすると、その1日が致命傷となる。だからリムリエルは、超々長距離転移する事を選んだのだ。力を使い果たし、ゾンビ化するのを承知の上で」
「「「ぐ」」」
ルシファーの言葉に、ミカエルもベールゼブブもベルフェゴールも黙り込む。
確かに言われた通り。
ゾンビが1匹増えれば、転生者は1匹分強くなってしまう。
そして惑星級破壊神までゾンビ化されてしまった今。
惑星の全生命をゾンビ化し、転生者の力となるのも時間の問題だろう。
正に1秒も無駄にできない状況だ。
なのに自分達は、その貴重な時間を浪費してしまった。
リムリエルが今の彼女達を見たら、何というだろう?
「リム、すまない……」
「うう……」
「反省……」
後悔の念に押し潰されそうなミカエル達を、ラファエルが一喝する。
「キサマ等、いつまでメソメソしている!? 仲間の死を悼むだと!? ふざけるな! リムリエルはキサマ等の大事な仲間なんだろ!? その大事な仲間の仇を討つのは、天使軍最強の特殊部隊であるキサマ等じゃないのか!?」
「「「!」」」
戦士の目を取り戻したミカエル達に、ルシファーは更に声を荒げる。
「メソメソする前に、天を突く怒りをたぎらせろ! 身を引き千切られるような悔しさを力に変えろ! 至高神様の使いである天使に手を出したらどうなるか、全宇宙に知らしめるのだ!」
そこでルシファーは表情を鋼鉄に変えると。
「30秒後に出撃する。備えよ!」
ミカエル達を一喝した。
その命令に。
「「「は!!!」」」
ミカエル達は、気合いに満ちた声と共に駆け出した。
それを見送るルシファーの目から、1粒だけ涙がこぼれる。
「リムリエル、よくやったな。オマエの命を懸けた報告、決して無駄にはしないからな。でもな、リムリエル……やっぱり生きて帰って欲しかったぞ」
が、それも一瞬だけ。
ルシファーは顔を、神の敵を滅ぼす処刑人へと変えると。
「転生者よ、キサマはこの手で処刑してやる」
さっきの言葉通り、天を突く程の怒りに身を染め。
「コイツが、リムリエルの命を奪った転生者か」
千里眼によって、転生者の現在位置を確認した。
そして転生者の姿を目にして舌打ちする。
「ち! コイツが転生者か。外見は人間の若者だが、恨みがましい卑屈な目をしている。そのクセ自尊心だけは高く、無能なくせに、自分が無能だと認めたくない思いが屈折して、残虐で無慈悲な虐殺者となりはてたのか。クズの見本みたいなカスだな」
さすが最も偉大な天使。
転生者の人格を正確に把握したようだ。
そのクズっぷりに、更なる怒りを燃え上がらせると。
「準備は完璧か?」
目の前に整列した特殊部隊へと問いかけた。
特殊部隊は最強の天使の集まりだ。
彼ら以上に戦闘力が高い天使は、天使軍に存在しない。
その天使達でさえ、ルシファーの怒りに息を呑んだ。
恐ろしさに身がすくむ。
それはミカエルも同じだった。
(これが最も偉大な天使、ルシファー司令官の本気なのか……やはりルシファー司令官には敵わないな……いや、今考えるべきは、そんな事じゃない。リムの思いに報いるんだ)
ミカエルは決意を胸に、特殊部隊に目をやる。
ここにいるのは、戦闘力ではナンバー1からナンバー24までの24名。
この24名を、3つの分隊に編成。
その3つの分隊をミカエル、ベールゼブブ、ベルフェゴールが率いる。
ちなみに特殊部隊は、その名の通り特殊な部隊。
天使軍副司令官であるミカエル直属の、最強戦力だ。
(この天使軍最強の戦闘力で、転生者を叩き潰したやる)
ミカエルは自分で自分に誓いながら、報告を口にする。
「特殊部隊第1分隊、準備よし!」
「特殊部隊第2分隊、準備よし!」
「特殊部隊第3分隊、準備よし!」
ちなみに、ここまでで30秒。
ルシファーの命令に1秒たりとも遅れていない。
不測の事態が発生しても瞬時に出撃できるよう、常に備えているのだ。
さすが天使軍最強部隊といったところか。
そんな特殊部隊兵士を見回してからルシファーは、大きく息を吸うと。
「作戦を説明する! これより転生者の目前に転移! 同時に全戦力を叩き付け転生者を殲滅する! 質問は!?」
鋭い声を張り上げた。
が、質問はない。
あたりまえだ。
どんな戦場でも最高の戦果を上げるよう訓練されている。
それが特殊部隊なのだから。
だからルシファーは、ミカエル達の予想通りの反応に小さく頷くと。
「出撃する!」
全員を引き連れ、転生者の前へと転移した。
転生者のいる惑星から天使軍本部。
この距離を転移するのに、リムリエルは天使としても力を使い果たした。
つまり特殊部隊に所属するほどの天使でさえ、命を失う距離。
そのとんでもない距離をルシファーは顔色一つ変えずに転移した。
特殊部隊24名とミカエル達を引き連れて。
これだけでもルシファーの力が、どれほど偉大なのか分かる。
その偉大な天使が。
「はッ!」
転移と同時に、目の前の転生者に神霊力の1撃を放った。
ところで今さらだが、特殊部隊の基本の隊形を説明しよう。
分隊員は万が一に備えて、分隊長を守るように楔形に展開。
その陣形で、全員が一斉攻撃を敢行する。
それで決着が付かなかった場合、分隊員は手数を優先して攻撃。
こうして分隊員が時間を稼いでいる間に。
分隊長が、威力を優先した攻撃を仕掛ける。
なにしろ1番攻撃力が高いのは分隊長なのだから。
そして、今回のような奇襲攻撃の場合。
その楔形隊形で最強の攻撃を放つ準備をし、転移と同時に放つ。
つまり転移と同時に最強の攻撃を叩き込み、初撃で敵を殲滅する。
この戦法で倒せなかった敵は存在しない。
だから今回も、転生者は奇襲攻撃を受けると同時に消滅する筈だった。
実際。
ドドドドドドドドドドドドドドドドォン!!!!!!!!
ラファエル、ミカエル達3人、そして特殊部隊兵24名。
この天使軍の最高戦力の前に、転生者は消滅した。
1秒もかかっていない。
転移と同時に転生者はこの世から消え去ったのだ。
実に呆気ない最後だった。
が、逆に、呆気なかったからこそ。
「こんなヤツの為に、リムリエルは命を懸けたのか……」
ミカエルは、言いようのない悔しさで胸が潰れそうだった。
この程度の敵なら、リムリエルを失わない方法もあった筈。
では、何故リムリエルは死んだのか?
「私が無能だったからだ……」
ミカエルは悔しそうに呟いた。
その声を聞きつけたベールゼブブは。
「それは違います……」
ミカエルに視線を向け、その言葉を否定した。
その思いはベルフェゴールも同じだった。
いやベルフェゴールだけではない。
ルシファーだって、ミカエルの落ち度などとは、微塵も思っていない。
しかしミカエルにかける言葉など思いつかない。
何を言っても、ミカエルの悲しみが晴れる事などないのだから。
だからルシファーもベールゼブブもベルフェゴールも。
悔やみ続けるミカエルを、見つめる事しかできなかった。
が、それは後悔してもしきれない失敗だった。
全員の注意がミカエルに向いた、その瞬間。
「うわ!?」
「な!?」
「ひ!?」
天使の焦ったような声が、幾つも響き。
「どうした?」
ルシファーが、その声へと目を向けてみると、そこでは。
『ギャァァァァァァァァァァ!!』
特殊部隊兵24名が、ゾンビに喉を食い千切られていた。
「な!?」
絶句したルシファーだったが。
「キサマ!」
転生者の姿を目にして、ギリリと歯を噛み鳴らす。
「天使の一斉攻撃を食らいながら、どうして命があるか分からないが……今度こそキサマを消滅させてやる!」
先程の攻撃は全力で放った。
渾身の一撃と言っても良い。
その最も偉大な天使の最強の攻撃を受け、転生者は消滅した筈。
いや、間違いなく消滅した。
なのに、今ルシファーの目の前には、転生者が無傷で立っていた。
ならばリムリエルがやったように。
「命を燃焼させて、限界以上の力を振り絞って叩き付けてやる!」
そう叫んで、ルシファーは力を掻き集めるが。
ぞぶ。
「え?」
喉に食い込む歯の感触に、目を見開いた。
そして気付く。
自分の首に、転生者が噛み付いている事に。
油断だった。
チート転生者は、ゾンビを瞬間転移させて天使を襲わせていたのだ。
それに気付かず、自らも瞬間転移した転生者に噛みつかれてしまった。
いつものルシファーなら、絶対に犯さないミスだ。
やはり怒りで我を忘れていたのだろう。
「私とした事が」
自分自身に怒りを覚えるルシファーだったが、そこで。
「これは!?」
自分の力が、転生者に奪われかけている事に気が付いた。
そしてルシファーは瞬時に決断する。
「こんなヤツに、私の力を奪れてたまるか!」
ルシファーはそう叫ぶと。
「ミカエル! ベールゼブブ! ベルフェゴール! 後は任せたぞ!」
3人に最後の言葉を伝え。
「時獄結界!!!」
自分ごと、転生者を時間の停止した空間に封印した。
微かな光を放つ空間の中で動きを止めた転生者とルシファーの姿に。
「ルシファー司令官!」
大声で叫ぶミカエルだったが。
「狼狽えるな、私はここにいる」
そんなミカエルの横で声を上げたのは、なんとルシファーだった。
「え? あれ? だって司令官は、あそこに……?」
転生者と共に時獄に封印されているルシファーに目をやるミカエルに。
「私の1部を切り離した」
目の前のルシファーが、時獄を指差す。
「あそこにいるのが本体ではあるが、その本体から意識の半分を切り離して肉体を再構築したのが私だ」
「ではいずれ、元の力を取り戻せるのですね」
ホッとするミカエルに、ルシファーは首を横に振る。
「いや、自ら封印したのだから、私の力は時獄から回収できない。今の私の力は特殊部隊の隊員並みでしかない」
それでも凄いコトなのだが、ルシファーの表情は暗い。
「しかも、だ。時獄結界も永遠ではない。1000年先か、1万年先かは分からないが、いつの日にか封印は解けてしまうだろう。それまでに、今度こそ転生者を倒せるよう準備を整えなければならない」
ここまで一気に語ると、ラファエルは。
「こうしてルシファー様は、ベールゼブブとベルフェゴールの力を借りてチャレンジ・シティーを作ったのです」
そう話を締めくくった。
2022 オオネ サクヤⒸ