第百四十七話 遥か昔のこと。
「人が何を言っても、自分が正しいと思う道を行く、変わり者。そして弱い者を見捨てる事の出来ない、お人好し。チート転生者を倒す力を与えるのは、そんな者が相応しいのでしょう」
というラファエルの言葉に。
「台無しだろ」
和斗は苦笑してから、ラファエルにジトリとした目を向けた。
「しかし、ナンで今までチート転生者の事や、チート転生者をルシファーって天使が時の牢獄に閉じ込めてる事や、ケーコの事なんかを隠してたんだ?」
この和斗の棘のある質問に。
「別に隠していたワケじゃないんですけど……」
ラファエルは陰のある笑みを浮かべた。
「話して楽しい内容ではないので、ついつい避けしまいました。そうですね、この際だから詳しく説明しておきましょう」
遥か昔のこと。
大天使長ルシファーの執務室に。
「異世界から転生した人間が、地上で破壊活動を行っています!」
大天使ミカエルが大声で報告しながら駆けこんで来た。
「破壊の規模は?」
ルシファーの問いに、ミカエルは悲痛な顔で答える。
「人口1000人の町が全滅しました。文字通り、皆殺しです」
その数字に、ルシファーは考え込む。
「人口1000人ですか……」
1000人の人間の命。
決して少ない数字ではない。
しかし人間同士の戦争では、もっと多くの人命が失われる。
この程度の被害では、天使軍を動かす事はできない。
天使の役目は、地上を見守る事。
そして星に与える被害が許容量を超えた時のみ。
天使は破壊神の配下たる役目を果たす。
すなわち、許容できない者を消滅させる為に出撃する。
「1000人では、許容できない被害とは言い難いですね。1000人の命が失われた事実には胸が痛みます。しかし残念ながら、我々が手を下せる段階ではありません」
「そ、そうですね」
肩を落とすミカエルだったが。
「しかし、今後はどうなるか分かりません。その転生者から目を離さないように手配してもらえますか」
というルシファーの指示に。
「はい! では部下に観察を命じます!」
ミカエルは顔を輝かせると、大天使の執務室を後にした。
そして自分の執務室に戻ったミカエルは。
「リムリエル!」
最も信用し、かつ1番可愛がっている天使の名を口にした。
「リムリエル、地上を荒らす転生者が出現した。キミには、その転生者を見張って貰いたい」
「分かりました! 天使軍第一連隊特殊部隊所属リムリエル! 天使軍、次席司令官ミカエル様の命令に従い、任務に就きます!」
優秀な天使のみで構成される天使軍特殊部隊。
その特殊部隊に所属する天使リムリエルは、ビシッと敬礼した。
天使軍の司令官は、最も偉大な天使であるルシファーだ。
ミカエルは、そのルシファーにも劣らない力を持つ。
その気になれば、ミカエルが天使軍の総司令官になる事も可能だったろう。
が、ミカエルは司令官補佐の地位を選んだ。
ルシファーの力を、誰よりも知っていたから。
そんなミカエルの思いを、ルシファーも理解していた。
だから天使軍への命令は、ミカエルの口を通して伝える事が多い。
ミカエルが最高位の天使と考える人間がいる理由だ。
そしてリムリエルがミカエルを慕っている理由でもある。
「きっとミカエル様に役に立ってみせます!」
フンスと鼻息荒く答えたリムリエルに。
「期待してます」
ミカエルは優しい目を向けた。
「しかし私の為ではなく、至高神様の為に励みなさい。それが我々天使軍の使命ですよ」
と口にして、ミカエルはリムリエルの頭にポンと手を置く。
もう上官と部下として話しているのではない、という合図だ。
そんなミカエルに、リムリエルは少し頬を膨らませる。
「それは分かってますけど、ボクはミカエル様こそ天使軍総司令官に相応しいって証明したいんです! 1番偉大な天使はルシファー様かもしれないけど、最高の司令官はミカエル様だって証明したいんです! だからこの任務、絶対に成功させてみせます!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいのですけど、力、知力、懐の深さ、至高神様からの信用、どれをとっても1番はルシファー様ですよ」
「そんなコトないもん!」
「もう。リムは偶に、子供みたいですね」
ミカエルは苦笑してから、表情を引き締める。
「ではリムリエル特殊戦闘兵! 任務に向かいたまえ!」
「は!」
という事でリムリエルは、転生者監視の為、地上へと向かったのだった。
そして任務初日。
「これってヤバいんじゃないかな?」
リムリエルは、冷や汗を流しながら呟いた。
転生者の能力は、噛み付いた相手のステータスを自分のものにする事。
確かに厄介な能力だし、時間さえかければ最強の生物に進化するだろう。
例えば5分に1人を襲ったとして、1時間で得られる力は12人相当。
寝ないで襲い続けても、得られる力は1日で288人相当でしかない。
1年でも105120人分。
確かに10万と言うステータスは、高い方と言える。
しかし100年間、不眠不休で襲い続けても、得られる力は1000万相当。
大悪魔の中では弱い方に入る程度の戦闘力でしかない。
だが。
「襲った人間がゾンビ化して、どんどんゾンビが増えてる。しかもゾンビ化した人間の力が転生者に集めるようになってるよ」
リムリエルが漏らしたように、ゾンビ化した物の力を得てるとなるとヤバい。
5分で1人、ゾンビ化するとして。
最初のゾンビが出現してから1時間で、ゾンビの数は4096。
この時点では大したことないが、もしこのペースでゾンビ化が進むと。
2時間後では16777216人がゾンビと化す。
3時間後では、なんと686億を超える。
まあ、あくまで計算の上ではだが。
が、それでも数日で、1つの都市がゾンビ化するだろう。
少なくとも今、リムリエルの目の前にあるのはゾンビ化した都市だ。
ひょっとしたら生き残っている人間がいるかもしれない。
しかし今現在、見える範囲で動いているのはゾンビだけだ。
「5万人規模の都市が全滅かぁ。これだけで転生者は5万人分のステータスを得たワケだよね……5万かぁ……まだ星の危機ってほどじゃないけど、そうなるのも時間の問題じゃないかな?」
この世界で1番大きな国の人口は13億。
それを考慮して。
「看過できないラインは、人口1億3千万人くらいかな」
リムリエルは呟いた。
現在、ゾンビの数は増え続けている。
しかし人間もバカではない。
人間だけで、事態を収束させるかも。
だからリムリエルは、もう少し見張る事にしたのだが、しかし。
「これって……」
人間だけではなく魔獣までゾンビ化しているのを発見して顔をしかめる。
「どうしよう? 人間以外の生物までゾンビ化させて力を得る事ができるなんて想定外だよ……う~~ん」
リムリエルは、考えた末。
「これは一刻を争う事態と判断。リムリエル特殊部隊兵、帰還します!」
報告の為、天使軍本部に戻る事を選択した。
しかし。
その判断は、あまりにも遅すぎた。
ガシッ。
リムリエルは、何かに足首を掴まれてしまう。
「ん?」
リムリエルが足元に目を向けると。
そこには1体のゾンビがいた。
ちなみに、リムリエルは天使軍特殊部隊所属。
つまり、かなり高い戦闘力を有している。
そんなリムリエルの戦闘力なら、ゾンビを倒すなど簡単だ。
いや、1撃でゾンビは爆散するだろう。
しかし、その場合。
飛び散ったゾンビの肉や血を、まともに浴びる事になる。
それはイヤだな。
この考えが、リムリエルの動きを一瞬止めた。
が、それはリムリエル最大のミスだった。
その一瞬。
がぶ。
素早い動きで、ゾンビがリムリアの喉に食らいついた。
が、リムリエルは慌てない。
なにしろリムリエルは、天使軍特殊部隊所属の天使兵。
ゾンビごときに、傷を負わされる事などあり得ない。
……筈だったのに。
ブチブチブチブチ。
「え?」
リムリエルの喉元からは、肉の塊が食い千切られ。
ブシャァァァァァ!
かなりの量の肉を失った喉元から、大量の血が吹き出した。
「あ……あ……」
血が溢れ出る喉を押さえながらも、リムリエルは特殊部隊の兵として思考する。
(なんでゾンビごときにボクの喉を食い千切る攻撃力が?)
と、そこでリムリエルは、ゾンビの正体に気が付く。
(こ、これは、この星の破壊神!?)
なぜ気が付かなかったのだろう?
目の前にいるゾンビの深奥から感じる力。
それは紛れもなく、この星を破壊できる力だ。
つまり惑星級破壊神。
それが目の前のゾンビの在りし姿だ。
(まさか神を殺してゾンビ化させる力を持ってるの!?)
惑星が、どうしようもないほど堕落した時。
惑星を破壊するのが、惑星級破壊神の役目。
その星1つを破壊できるレベルの神を殺し、ゾンビに変えて力を奪ったのだ。
それは転生者が、想定を遥かに超える力を持っている事を意味する。
(この力は危険だ!)
と、そこで。
ぐちゃぁ!
「ごばぁ!」
更に喉の肉を食い千切られ、リムリエルの口から血が溢れた。
そして リムリエルの体から力が抜け。
「あ~~~~~~~」
破壊神ゾンビに引きずり倒されそうになる。
しかしリムリエルは。
(……ここで死ねない! この事を報告しないと!)
身体中から神霊力を掻き集めると。
「がぁああああああ!」
普通の天使では不可能な距離を転移した。
もちろん転移した先は。
「ミカエル様!」
リムリエルが口にしたように、彼女が敬愛する上司、ミカエルの元だ。
そのミカエルに、残った命を全て使ってリムリエルは報告する。
「報告! 転生者は惑星級破壊神すらゾンビに変え、その力を増大中! 即座に対応が必要と思われます!」
そしてリムリエルは、人生最後の言葉を絞り出す。
「すみません。ゾンビ化した、あの星の破壊神に噛まれました。ゾンビ化する前に処理してください」
その言葉を口にすると同時に。
とさ。
意外なほど軽い音と共に、リムリエルは床に倒れた。
と同時に、ミカエルはリムリエルに駆け寄ると。
「く、リム……報告は受け取ったぞ」
倒れたリムリエルに、そっと手を置いた。
最も偉大な天使はルシファーで間違いない。
しかしミカエルの方が勝っている面だって少なくないのだ。
そんな実力者のミカエルだ。
リムリエルを見た瞬間、彼女に残された時間が数秒である事を見抜いていた。
そしてリムリエルは、その最後の数秒を何に費やすかも。
だからミカエルはリムリエルの意思を尊重し、上官として報告を受けた。
が、上官を貫くのも、ここまでが限界。
「く……ぐ……うぐぅ……」
ミカエルは嗚咽を組み殺しながらリムリエルに抱き付いた。
「リム…………私が最高の司令官だと証明するんじゃなかったのか……もしそう思ってくれてたんなら、私が司令官になる前に命を落としてどうするんだ……」
と、そこに。
「「リムリエル!」」
2人の天使が駆けつけた。
天使軍特殊部隊隊長のベールゼブブと、副隊長のベルフェゴールだ。
ベールゼブブはフラフラとした足取りでリムリエルに近づくと。
「このバカ……至高神様に仕えるのが天使の任務だぞ……こんなトコで死んで、どうするんだ……」
涙を流しながら、リムリエルの傍らに膝を着いた。
そしてすすり泣き始めるベールゼブブの横で。
「死ぬのはダメ……生きて生きて、生き抜かないとダメ」
ベルフェゴールが唇を噛んで、空を仰ぐ。
零れる涙を堪える為だ。
ひたすらリムリエルの死を悼む3人だったが、そこに。
「何をしている」
怒りでマグマのように煮えたぎった声が響き渡った。
2022 オオネ サクヤⒸ