第百四十四話 おやつ勝負じゃ!
グリフォンは、羽目を手裏剣のように撃ち出す事が出来る。
しかし当然ながら、発射した羽は直ぐには生えてこない。
だから羽を撃ち出す、という攻撃はグリフォンにとって切り札のようなもの。
この切り札と、煉獄力で強化した大気の渦との複合攻撃。
それはグリフォン種が繰り出せる最強の攻撃だ。
その最強の攻撃を、グリフォン達が和斗の神霊力の刃に叩き付ける。
「訓練を受ける者が作り出した神霊力の刃に大気の塊を叩き付けて、結界樹の成木を切断する強度があるかを確認する。これが第7圏で行われる訓練です。というより試験ですけど。だから訓練は一瞬で終わります。まあ普通は大気の塊を叩き付けるだけなので、羽まで撃ち出したのには驚きましたけど」
と口にしながらラファエルが指差した先では。
キィン!
澄んだ音と共に、全ての羽が弾き返されていた。
もちろん大気の塊の直撃にも、和斗が生み出した刃はビクともしてない。
「そ、そんな……」
「こ、こんな事って……」
「ありえないわ……」
「信じられない……」
グリフォン達が、呆然と呟く中。
「カズト親分、想像以上の力でした」
トライは和斗の前に着陸すると、賞賛の眼差しを向けた。
「10メートルに伸ばした神霊力の刃を、1人のグリフォンが攻撃する。それが普通の訓練です。それをまさか10キロに伸ばした刃で、しかも羽まで撃ち出したのに1ミリたりとも揺るがないとは驚き、いえ驚愕しました」
トライの言葉と共に、空中のグリフォンが一斉に首を垂れる。
グリフォンは、ドラゴンと双璧をなす空の王者だ。
その王者が揃って頭を下げている光景は、荘厳ですらある。
が、リムリアにとっては、どーでもイイ事らしい。
「飛んだまま頭を下げるなんて、器用なモンだね」
呑気な感想を口にしてから、トライに質問する。
「でもさっきの攻撃って、かなりのモンだよね。もしかしてムルオイやバオウよりトライの方が強いんじゃない?」
それはムルオイもバオウも感じていたのだろう。
「む」
「ぬ」
2人が険しい顔で、同時に声を漏らすが。
「いえ、そんなコトありません。大気の刃を飛ばす程度なら瞬時に行えますが、先程と同じ威力を持つ大気の塊を叩き付けるとなると、最低3分、全ての意識を集中して煉獄力を練り上げる必要があります。しかし戦いの中、3分も全ての意識を集中させる事など不可能です。そして大気の刃程度では、ムルオイの兄貴にもバオウの兄貴にも歯が立ちませんよ」
トライの言葉に、ムルオイとバオウの顔がゆるむ。
「うむ、よく分かってるじゃねぇか」
「ふむ、己と相手の実力を客観的に分析しているのである!」
満足気な笑みを浮かべるムルオイとバオウに、トライも笑みで返す。
「ムルオイの兄貴やバオウの兄貴に勝てない事くらい、よく分かっています。だから弟分である事に異論などありませんし、逆に兄鬼達の弟分である事に、誇りをもってますよ」
「潔い言葉じゃな、気に入ったぞ」
「良き弟分を得て、満足なのである!」
上機嫌のムルオイとバオウだったが、そこでウズウズしている者が。
「オロチに加えてトライまでもカズト親分の力を肌で感じた以上、アタシだって直にカズト親分に相手して貰いたいもんだねェ」
ゴーゴン連合の連合長、ステンノだ。
「ねえカズト親分。ここまでやったのなら、ついでに……」
ステンノは、第8圏での訓練も受けて欲しいと口にしようとしたが。
「まさかこれ以上、休憩の邪魔しないよね?」
リムリアが、不機嫌な声を上げた。
「ボク、もう2回も邪魔されてるんだけど」
「いえいえ、さっさと休憩にしましょうと、言いかけたトコですよ」
慌てて愛想笑いを浮かべるステンノを、リムリアがジロリと睨む。
「ならイイんだけど……」
もちろん本気で怒っているワケではない。
それでも、僅かな戦闘力がリムリアから漏れ出た。
それはリムリアにとって、体温レベルのエネルギーでしかない。
しかしマローダー改のステータスの1部を得た者の体温だ。
つまり大陸くらいなら、一瞬で消滅するレベルの力が立ち昇ったワケだ。
結果。
「これがリムリアの姉御の力でござるか……!」
「さすがカズト様のパートナー……!」
トツカとザガンは、顔色を変えていた。
まあ、この2人は、リムリアとの付き合いも長い。
この程度でリムリアが、暴れたりしないと分かっている。
しかし。
「まさかこれ程とは……!」
「恐るべしなのである!」
ムルオイとバオウは、恐怖で体を震わせているし。
「こりゃあ勝てんのう……いや、勝てる筈がないわい」
「これがインフェルノ連合会のナンバーツーの力……!」
「カズト親分って、もっと強いのよね……やっぱ訓練、やめとこうかな……」
オロチ、トライ、ステンノに至っては気絶寸前だった。
と、そこで。
「はいはい! では皆さん! リムリアさんのリクエストに応えて、休憩にしましょう!」
ラファエルはパンと手を打つと、転移の魔法陣を作動させた。
そしてトツカの宿屋に到着すると、ラファエルは組長達を見回し。
「ではカズトさん、リムリアさん、キャスさん、ヒヨの為に、誰かおやつを用意してもらえませんか?」
と口にした。
その言葉に。
「ならば拙者が!」
トツカが瞬時に反応するが、その横で。
「いや、それは下っ端の仕事じゃ。儂が用意しよう」
「それならジブンが!」
「なに言ってんの! おやつ、つまり甘いモンならアタシが1番詳しいに決まってるじゃない!」
オロチ、トライ、ステンノが言い争いを始めた。
「儂の縄張りには甘いモンの店も多い。最高のオヤツを用意してみせる!」
「店の数では負けていますが、店の質ならジブンの縄張りの方が上。最高のオヤツはジブンが用意してみせましょう」
「だ・か・ら! 女の子の好みは女の子が1番分かるの! リムリアの姉御に1番喜んでもらえるスイーツを用意できるのはアタシよ!」
「「女の子?」」
オロチとトライが声を揃えるが。
「なにか文句でもあるの!?」
急に凄みを増したステンノに、慌てて首を横に振る。
「いや、文句などないぞ」
「そうそう。ジブン達が、いつ文句を言いました?」
誤魔化そうとしているのがバレバレの2人を、ステンノが睨み付ける。
「ふん、まあイイわ。でも歳のこと口にするなら……命を懸けなさいよね」
ゴ! ゴ! ゴ! ゴ!
という音が聞こえそうな迫力のステンノに、2人はコクコクと頷く。
「わ、わかったわい」
「了解しました」
「ふん!」
ステンノは洗い鼻息を放つと。
「ではカズト親分。スイーツはアタシが用意させてもらいます。少々お待ちくださいね」
和斗に別人のような笑顔を向けてから、弾むような足取りで立ち去った。
オロチとトライは、そんなステンノの後ろ姿を眺めていたが。
「あ、ついステンノの兄妹の気に呑まれてしまったが、おやつを用意する件まで譲った覚えはないぞ!」
「そ、そうでした! でもステンノの兄妹は、もう行ってしまいましたよ」
「なら儂も用意する! おやつ勝負じゃ!」
「わかりました。その勝負、受けて立ちましょう」
そしてオロチとトライは、駆け去っていった。
「なんか話は変な方向に発展してしまったな」
やや呆れ気味の和斗に、リムリアが楽しそうな声を上げる。
「でも面白くなってきたんじゃない? ヒドラ一家、グリフォン自警団、ゴーゴン連合はメンツにかけて用意するスイーツ。どんなモンが出て来るか、ちょっとワクワクしてきた」
「それもそうか。うん、面白いかも」
などと和斗とリムリアが話していると。
ドドドドドドドドドドドド!
オロチが駆け戻ってきた。
「もう? えらく早いな」
小さく呟く和斗に、オロチが木の箱を差し出す。
大きさは30センチ×60センチくらい。
かなりデカい。
その木の箱のフタを開けながら、オロチが得意げに語る。
「もち米で作った団子を、甘く炊いた大豆の餡で包んだ物じゃ。見た目は素朴じゃが、味は最高じゃぞ!」
日本ではボタモチとかオハギと呼ばれている物だ。
ちなみにボタモチとオハギは、それ自体は同じモノ。
牡丹の季節である春のお彼岸に食べられるのがボタモチ。
萩の花の季節である秋のお彼岸に食べられるのがオハギ。
だったような気がする。
しかしココは辺獄。
季節も彼岸の関係ない場所だから、きっと違う呼び方をするのだろう。
と和斗が思ったトコで、オロチが付け加える。
「ちなみに辺獄ではアンコロモチと呼ばれておるんじゃ」
ああ、見た目通りですね!
和斗は心の中でツッコんでから、アンコロモチへと視線を向けた。
確かにアンコロモチだ。
(しかも粒アンのアンコロモチか。嬉しいな、俺、粒アンの方が好きなんだ)
と密かに喜ぶ和斗の横で、リムリアがアンコロモチに手を伸ばす。
「ふうん、アンコロモチかぁ。初めて見たけど、とにかく食べてみるね」
リムリアは興味津々、といった様子でアンコロモチを一口。
そして次の瞬間。
「美味しい!」
リムリアは目を輝かせて、残りのアンコロモチを一気に頬張った。
「これ、凄く美味しい!」
満面の笑みで、2つ、3つと手を伸ばすリムリアに。
「じゃろう? 味なら辺獄で1番の甘味じゃ」
オロチが得意げな声を上げた。
和斗もアンコロモチを味わってみるが……美味い。
小豆の美味さ。
もち米の美味さ。
供に素晴らしい。
その2つの味が、互いを高め合って、されに上の美味しさを引き出している。
「確かに美味いな」
「親分に喜んでもらえるとは、嬉しい限りじゃのう」
オロチの声が、更に自慢げになるが、そこに。
「待ってください! 辺獄で1番は、チョコレートケーキを作らせたら並ぶものなし、と言われるケーキ店『ガレット』のチョコレートケーキです!」
トライがケーキの箱を抱えて戻ってきた。
「それぞれ違うナッツを練り込んだスポンジケーキを11層重ね、シットリしたチョコレートでコーティングした絶品です! ぜひ味をみてください」
「へえ、なんかスゴそう」
トライの説明を聞いたリムリアが、チョコケーキを乗せた皿に手を伸ばす。
すかさずトツカが差し出したフォークで、チョコケーキを1口。
と同時に。
「うわ、コレも美味しい!」
リムリアは、とろけるような笑顔になった。
「どれどれ」
和斗もチョコケーキを食べてみる。
「お!」
これも美味い。
味の違う11層のスポンジケーキが巧みに溶け合い。
それだけでも至高の味わいなのに、チョコレートが更に次元をアップさせてる。
「どっちが美味いか、と聞かれたら、どっちも、としか言いようがないな」
アンコロモチが素材の美味さを追求したモノだとしたら。
チョコケーキは技術の粋を凝らした逸品と言えよう。
それぞれの良さがあり、どちらが上というモノではない。
「カズト親分も喜んでくれておるし、リムリアの姉御も喜んでくれておる。こりゃあ、引き分けかのう?」
「そうですね。引き分けでイイのではないですか?」
オロチとトライが笑みを交わす。
角が立たなくて、良かった。
などとホッとする和斗だったが。
「ふん、アンコロモチにガレットのチョコケーキかい?」
いつの間にか戻っていたステンノが、鼻を鳴らすと。
「確かにどっちも超1流品だけど、真のスイーツはコレさ!」
見た事もないフルーツを差し出した。
大きさはバスケットボールくらい。
7色に煌めく、淡い緑色をしている。
スイーツと言ってるんだから、何かの果物か?
その果物らしきモノを目にして、ラファエルが首をひねる。
「おや? どこかで見たような?」
が、それを無視して。
「さあカズト親分、リムリアの姉御、食べてみておくれ」
ステンノは謎の実を、素手にも関わらず、綺麗に切り分ける。
どうやらステンノも、神霊力の刃を操れるみたいだ。
そして皿に乗せた果物を和斗とリムリアに差し出した。
「ありがとな」
和斗は更を受け取ると、果物らしきモノをシゲシゲと眺める。
色は鮮やかなオレンジ。
シットリした果肉の質感はマンゴーに似ているか?
爽やかだが、芳醇な香りに、思わずウットリしそうだ。
「うん、美味そうだ」
和斗はそう呟くと、謎の果物を1口。
そして。
「うおっ!」
余りの美味さに、つい大声を上げてしまった。
確かにアンコロモチもチョコケーキも、至高の味だった。
が、この果物の素材の素晴らしさの前では、それらも霞んでしまう。
それほど圧倒的に美味しい果物だった。
と和斗が感動していると。
――パラパパッパッパパーー!
今まで何度も耳にしたファンファーレが鳴り響いた。
2022 オオネ サクヤⒸ