第百四十話 待っとったぞ
ムルオイとバオウとの盃の儀式の後。
「では親子盃も交わした事でござるし、これから親睦会の始まりでござる!」
トツカがそう宣言し。
「カズト殿、まずは拙者に酌をさせて欲しいでござる」
和斗の盃に酒を注いだ。
「午前中から酒盛り、ってのは何となく気が引けるけど、今回は仕方ないか」
酒を飲んでも、メディカルで瞬時に酔いを醒ますコトが出来る。
なので朝から酒を飲んでも問題ないのだが、和斗は夜しか酒を飲まない。
それが何となく決めたルールだったが、断れる雰囲気ではなかった。
だから和斗はトツカが注いでくれた酒を一気に煽る。
「うん、酒自体は美味いんだよな」
と、和斗が酒を飲み干しした盃にトツカが手を伸ばす。
「カズト殿。ウェポンタイガーには、親と子は同じ盃で酒を酌み交わす慣わしがござって……その盃で御返杯、頂けないでござろうか?」
「別にかまわないぞ」
関節キスじゃないのか?
とも思うが、それを気にするほど和斗も繊細じゃない。
だから和斗は手にした盃をトツカに手渡すと。
「じゃあ」
トツカの盃に酒を注いだ。
「感謝感激でござる!」
トツカは潤んだ目を和斗に向けてから盃に視線を落とすと。
「頂きますでござる!」
盃に口を付けた。
(ああ、カズト殿の盃……憧れの人が口を付けた盃に、拙者も口を付ける……何という幸福な時間でござろう!)
「人生最高の時でござるよ……」
まさに感無量、といったトツカだったが、そこに邪魔者登場。
「カズト様! ぜひワシにも!」
「なら我輩も!」
ムルオイとバオウだ。
「アーマーミノタウルスは、強者と酒を酌み交わす事を、人生最高の喜びとする種族でもある! カズト様、ぜひともワシと酒を酌み交わしてもらいたい!」
「我輩もなのである! 強さに憧れる者として、カズト様とはサシで呑みたいものなのである!」
すでに酔っているムルオイとバオウに、トツカが冷たい目を向ける。
「この世界での上下関係は絶対でござる。新参者がカズト殿と飲めるのは、拙者がカズト殿とユックリ盃を交わした後でござる」
つまり邪魔するな、と暗に言ったのだが。
「ならトツカの姉さんの次はオレが!」
遠回しな表現など理解できないザガンまで登場。
「空気の読めぬバカ共でござるな」
トツカの額に青筋が浮かぶが、ザガンにムルオイとンバオウまで続く。
「いや、トツカの姉さんの後は、ワシが!」
「いや、我輩なのである!」
という流れで。
親子盃の後、インフェルノ連合会結成の大宴会は始まったのだった。
そして翌日。
「ではカズトさん。あともう1日、枝打ちの訓練をして、神霊力を無意識に纏えるようになりましょう」
というラファエルに従って、第5圏に向かうコトになった。
ちなみに昨夜、和斗が飲んだ酒の量はハンパない。
が、マローダー改のステータスのお蔭だろう。
二日酔いになるコトなく、和斗は爽やかな朝を迎えている。
いや、爽やかな朝だったが。
「待っとったぞ」
宿の入り口ではヒドラ一家組長、オロチが待ち構えていた。
「また待ち伏せかよ」
呟く和斗をオロチがギロリと睨み付ける。
「カタギのお客さんに迷惑をかけるワケにゃあいかんから、ココで待たせてもらったが、インフェルノ連合会とかいうふざけた集まりはヌシ達かのう!?」
今のオロチの姿は獣人バージョン。
頭は1つで、その頭はワニに似ている。
体型は、太った人間とあまり変わらない。
が、その声はヒドラの巨体の時のまま。
つまり宿の扉がビリビリと震える程の声量だ。
「いや、その大声だけで十分迷惑かけてるだろう。まあ、こんな高級な宿にお世話になってるんだから、とりあえず俺が話を聞くコトにするか」
和斗は溜め息をついてから、オロチの前に進み出ようとするが。
「お待ちくだされ。こういった輩を相手にするのは子分の仕事でござる」
トツカが和斗に一礼してから。
「話は拙者が聞くでござる。で、ヒドラ一家の組長が拙者等に何用でござる?」
オロチの前に立ち塞がった。
理由は知らないが、和斗と親子盃を交わして以来。
トツカが身に纏う剣気は、日ごとに研ぎ澄まされている。
折れず曲がらず、それでいて、あらゆるモノを切断する剛の剣。
今のトツカを目にした者、全員が受ける印象だ。
そんなトツカの佇まいに、オロチは一瞬目を見開くが。
「知れた事よ!」
直ぐに、その目に強い光を取り戻す。
「インフェルノ連合会を名乗るようじゃが、それじゃと儂等も配下みたいに聞こえるじゃろうが。さっさと、その名前を変えるか……」
「変えるか?」
オーム返しに問い直すトツカにオロチは。
「どうしてもインフェルノ連合会を名乗りたいなら、儂を叩きのめしてからにして貰おうかのう!」
そう怒鳴るとヒドラへと姿を変えた。
「インフェルノ・ヒドラ種の体長は15メートルで、首の数は5つじゃ! しかし儂は体長30メートル! 首の数は8つの変異種、ヤマタノオロチじゃ! それに聞き及んでおるじゃろう、儂のブレスの威力を! いくらウェポンタイガー種が強くなっても、このワシにゃあ勝てんぞ!」
オロチの言葉に、通りを歩いている人々は。
「ひぃ!」
「蒸発しちまうぞ!」
「逃げろ!」
血相を変えて逃げ去っていった。
が、もしもオロチがブレスを吐いたなら、逃げ切れる筈がない。
勿論、建物にも被害が出てしまうだろう。
だから和斗は。
「おい。何の関係もない人々に迷惑をかける気なのか?」
オロチに問いかけた。
その声は静かだ。
しかし。
(人に被害を与える事なんて気にしないヤツなら、この場で叩き殺す)
答え次第では、オロチを瞬殺する気の和斗だった。
だが、その和斗からは僅かな殺気も感じられない。
それも当然だろう。
今の和斗にとってオロチを潰す事も、アリを潰す事も同じ。
アリを潰すのに殺気立つ者などいる筈もない。
しかし逆に殺気がなかったからだろう。
「いや、カタギさんに迷惑かける気なんぞないわい」
オロチの答えは冷静だった。
「しかしこうなった以上、勝負は避けられんわなぁ」
そう口にしてからオロチは、ラファエルへと視線を移した。
「ラファエルさんよ。アンタも知ってるじゃろうが、こりゃあ儂等の意地の問題じゃが、組の名を賭けた勝負でもあるんじゃ。じゃから、公衆の面前で勝負を付けたい。場所を提供してくれんかのう?」
「そうですねぇ、なら林業師の修行場の1つ、第3闘技場を解放しましょう。あそこなら十分な広さがあるし、観客は神霊力で守られていますから、思いっ切り暴れられますよ」
即答するラファエルに、オロチは8つの顔で笑う。
「そうか、そりゃあエエ。じゃあウェポンタイガー一家の組長よ。今日の午後1時に勝負じゃ。それでエエか?」
オロチの問いに。
「結構ですよ」
「承知」
ラファエルとトツカが同時に頷いた。
オロチは、それに頷き返すと獣人姿に戻り。
「じゃあ待っとるぞ」
それだけを口にして、背を向けた。
こうして立ち去るオロチの後ろ姿を眺めながら、ラファエルは。
「では皆さん。枝打ちの訓練に向かいましょう」
いつもの変わらぬ笑みを浮かべたのだった。
こうして昼まで枝打ちの訓練に打ち込んだ後。
「ではオロチさんとの約束通り、闘技場に向かいましょうか」
和斗達はラファエルの案内で、第3闘技場へと向かうコトとなった。
もちろんトツカも一緒だが、今回は。
「「「「「お供いたします!」」」」」
ドウジことドウジギリヤスツナ。
オニマルことオニマルクニツナ。
ミカヅキことミカヅキムネチカ。
デンタことオオデンタミツヨ。
ジュズマルことジュズマルツネツグ。
このウェポンタイガー一家の5強も同行する。
まあ、組長であるトツカが、組の威信をかけた勝負をするのだ。
当然といえば当然だろう。
到着した第3闘技場は、国際競技場みたいな建物だった。
サッカー場2つ分くらいの広場を観客席が取り囲んでいる。
その観客席は、既に満員。
今から始まる、組長同士の戦いへの期待と興奮が渦巻いていた。
そんな観客席の後ろに設置されているのは、巨大な魔導スクリーン。
ラファエルの説明によると、これに広場のアップが映し出されるらしい。
つまりどの観客席からも、戦いの全てが見える作りになっている。
と同時に。
辺獄中に設置された街頭テレビ(?)にも映し出される、とのコト。
だからこの勝負の過程も結果も、リアルタイムで住民に伝わるワケだ。
そういやメイルファイトでも、同じようなモノだったっけ。
まあ、それは置いといて。
闘技場の中央広場では。
「待っとったぞ」
既にヤマタノオロチへと姿を変えたオロチが待ち構えていた。
やっぱりデカい。
こうして見下ろすと、改めて巨大さが際立つようだ。
しかも身に纏うオーラが、その巨体を更に大きく見せている。
さすがヒドラの頂点に立つ、ヤマタノオロチといったトコだ。
だがトツカは、そのオロチの姿に臆する事なく。
「ではカズト殿。カズト殿に逆らう愚か者を圧倒的な力でねじ伏せ、インフェルノ連合会の名を轟かせてくるでござる」
静かな闘志と共にそう口にすると。
「オロチ! 待たせたでござるな!」
裂帛の気迫と共にジャンプ。
ストン! とオロチの眼前に着地を決めた。
眼前といっても、それはオロチの巨体からしたらの話。
実際は30メートルほど離れた位置だ。
まあ、それはおいといて。
トツカのジャンプを目にしたオロチは。
「ほう。この距離を、たった1度の跳躍で無にするか。こりゃあ今までのウェポンタイガー一家の組長じゃないようじゃの」
予想していた、トツカの戦闘力を上方修正する。
経験値から考えて、自分の方が圧倒的に上だと思っていた。
しかし今の跳躍は、とんでもない筋力なくては出来ないもの。
油断して良い相手ではない。
「しかし儂は、インフェルノ・ヒドラの最上位種=ヤマタノオロチ! ウェポンタイガーごときに負けるワケにゃあ、いかんのじゃ!」
そう叫んで己を鼓舞するオロチに、トツカも声を張り上げる。
「我が銘を忘れたでござるか!? 我の正式銘はトツカノツルギ! 八岐大蛇と呼ばれる怪物を討ち果たした異界の神が、手にしていた剣の銘。それがトツカノツルギでござる!」
トツカノツルギ=十束剣。
須佐之男命は、この剣で八岐大蛇を倒した。
という日本の神話通りなら、トツカの勝ちなのだろうが。
「儂のブレスの温度は10万度じゃ! 食らって生き残った者など、1人もおらん! いや直撃せんでも、2キロ以内におる者は黒焦げじゃ! ウェポンタイガーの剣なんぞ、儂のブレスの前にゃあ無力じゃと、思い知るがエエ!」
神話に出て来る八岐大蛇はブレスなど吐かない。
その上、オロチによると2キロ圏内は黒焦げになるらしい。
となるとトツカは、闘技場のドコいてもブレスの餌食になってしまう。
しかも十束剣を使った須佐之男命とは、神話でも最強クラスの神。
いくらトツカでも、須佐之男命と同じ戦闘力を持っている筈がない。
それを考えると、トツカは不利なんじゃないだろうか?
と心配する和斗の横で、ラファエルが呑気な声を上げる。
「あ、始まりそうですね」
「え? 審判とかいないの?」
目を丸くするラムリアに、後ろに控えたドウジが答える。
「組長と組長との正式な果し合いなので、何を合図として始めるのかも、勝者を決めるのも、組長2人の判断なのです」
「へえ、そういうモンなんだ」
とリムリアが呟いた、その時。
「では参る!」
「おう、どっからでも掛かってこい!」
トツカとオロチが同時に声を上げた。
その直後。
ドパァ! ×8
オロチは8つの口からブレスを吐いた。
ブレスと聞いたら、どんなモノを人は想像するのだろうか?
ブワ~~と放射される焔を想像する人が多いと思う。
しかし10万度もの高熱となると、これはもう焔ではない。
ちなみに焔とは燃焼中の気体のこと。
そして気体が燃焼する最高温度は3800℃。
10万度という温度だと、焔ではなくプラズマとなってしまう。
つまりオロチのブレスとは、プラズマのジェット流。
高熱のレーザーのようなモノだと思っていい。
(もちろん、ブレスの発射速度は光速より遥かに劣るが)
そんな10万度のブレスが8発。
確かに生き残る者など殆どいない攻撃なのだが。
「チェイスト!!」
トツカは、鬼気迫る気合いと共に剣を振り下ろし。
ズパァ!
オロチの体を深々と斬り裂いたのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ