第百三十六話 今度は『草刈り』の訓練ですね
「ではカズト様とケルベロス一家との親子盃の儀を執り行います」
コテツが、三方の上の盃に酒を注ぐと和斗に頭を下げる。
「ではカズト様。神酒に口をつけ、ケルベロス一家組長への思いの分だけ御残し下さい」
そして和斗が半分ほど酒を飲んで、盃を三方に戻すと。
「ケルベロス一家組長。カズト様への忠誠と命を捧げる覚悟が定まりましたら、盃の神酒を全て飲み干してください」
コテツの声と共に、ザガンが盃に残った酒を一気に飲み干した。
ちなみにザガンとは、ケルベロス一家の組長の名前だ。
そして。
「ではこれにてケルベロス一家組長は忠誠をカズト様に捧げ申した。これにてウェポンタイガー一家もカズト様を、命を捧げる主と定め、忠誠を捧げ申す」
コテツが宣言し、ケルベロス一家は和斗の配下となったのだった。
などいう出来事があったものの、今まだ昼まで2時間はある。
そんな微妙な時間帯の中。
「では皆さんは『地拵え』と『苗植え』はマスターしたようですし、今度は『草刈り』の訓練ですね」
ラファエルが、にこやかな声を上げた。
「草刈り、って草を刈り取る、ってコトだよね? 地拵えと何が違うの?」
聞き返すリムリアに、ラファエルが微笑む。
「地拵えは、言わば広範囲無差別攻撃。草刈りは広範囲精密攻撃です」
ちなみに地球でいう『草刈り』とは。
植えた木の周りに生えた雑草を刈り取る作業の事を指す。
「よく分かんない」
リムリアの即答にラファエルが苦笑する。
「百聞は一見に如かず、と異世界の諺にありますが、やっぱり見て貰うのが1番みたいですね」
ラファエルはそう口にすると、全員を見回す。
和斗、リムリア、ヒヨを肩車したキャス、そしてトツカとザガンだ。
ちなみにザガンも5人の部下を連れて来ると騒いだ結果。
それでは多過ぎると、トツカとザガンのみが同行する事となった。
「では『草刈り』の訓練を行う為、第4圏に向かいますが宜しいですか?」
というラファエルの言葉に、和斗はトツカとザガンに目を向けると。
「ワザワザ訓練にまで付いてこなくてもイイんだぞ」
と声をかけてみた。
1日中、ただ後ろに付き従ってるのも退屈かな、と思っての事だが。
「いえ、拙者の命はカズト殿のもの。どんな場所にも同行するでござる」
「常にカズト様の傍にいないと、いざという時、カズト様の為に死ねません」
トツカとザガンは即答した。
ま、そこまで言うのなら、と和斗は苦笑してからラファエルに視線を戻す。
「ああ、いつでもイイぞ」
「では」
ラファエルがピッと指を立てると、周囲の景色が一瞬で変わった。
「ここが第4圏か」
和斗はそう呟いて、周囲を見回す。
まず1番に目を引くのは、地面を覆い尽くす針だ。
いや、よく見ると針ではない。
針のように鋭い、何かの結晶だ。
ラファエルによると、金剛水晶と呼ばれているらしい・
「こんなトコ歩いたら、普通の人なら足ズタズタになっちゃうね」
「でも平気な生き物もいる」
キャスが指差した先には、ミノタウルスいた。
が普通のミノタウルスではない。
身長5メートルもある体を、分厚い装甲板が覆っている。
針をバリバリと踏み砕いているので、蹄も硬そうだ。
「アーマーミノタウルスです。草刈りの訓練に協力してくれています」
ラファエルの説明に、リムリアが首を傾げる。
「訓練に?」
「はい。アーマーミノタウルスは戦闘種族なのですが、知能が高いからだと思いますが、この第4圏で金貨の詰まった袋を転がして自分を鍛える習性があります。そのアーマーミノタウルスを避けて、金剛水晶の結晶を神霊力で斬り裂く。それが草刈りの訓練です」
「なんで金貨なの?」
「この第4圏で生産される鉱物の中で1番重いからです」
即答したラファエルに、リムリアが更に質問する。
「でも針の山を転がしたら袋なんてアッという間に破れるんじゃないの?」
「アーマーミノタウルスが転がしている袋は、強靭なスチールスパイダーの糸で造られた網状の袋です。だから金剛水晶の結晶は網の隙間に食い込むだけで、糸が破損して袋が破れる事はないのです」
「なるほど」
リムリアが納得したトコで、ラファエルが建物を指差す。
射撃場みたいな感じの建物だ。
「では草刈りの訓練場所に向かいましょう」
ラファエルに案内されて到着してみると。
やはり射撃場と同じような造りの建物だった。
屋根だけの建物に前には、何処までも広がる針の山。
その針の山の上を、アーマーミノタウルスが大きな袋を転がしている。
が、よく見るとアーマーミノタウルスの大きさが違う。
転がしている袋の大きさも違うし、転がす速度もいろいろだ。
まあ、それはそれとして。
こんなトコで草刈りの訓練など、出来るのだろうか?
などと和斗が考え込んでいると。
「草刈りでは、苗植えのように神霊力を放つのではなく、体から伸ばした状態の神霊力を自在に操る訓練をします」
ラファエルが説明を始めた。
「神霊力を鞭のように操り、駆け回るアーマーミノタウルスを避けて、金剛水晶の結晶だけを刈り取ってください。もっと詳しく説明すると、神霊力を鞭のように柔軟に操ると同時に、金剛水晶の結晶を切断できるだけの鋭利さを持たせる。その訓練をしてもらいます」
「それって失敗したら、アーマーミノタウルスの斬殺死体が出来上がるんじゃないの?」
もっともな質問を口にするリムリアに。
「大丈夫です。コレを使ってもらいますから」
ラファエルが、筒のようなモノを取り出した。
直径は3センチほどで、長さは15センチくらい。
金属で出来ていて、筒全体に魔法陣が描かれている。
「神霊力の出力をセーブする魔道具です。具体的に言えば、金剛水晶の結晶は切断出来るがアーマーミノタウルスの装甲を斬る事は出来ない威力までしか、神霊力を発する事が出来ないようにするブレーカーです」
「ブレーカー? ってコトは……」
言いかける和斗にラファエルが頷く。
「はい。神霊力が強すぎると壊れてしまいます。特にカズトさん。アナタの神霊力は強すぎますので、壊さないように気を付けてくださいね。リムリアさんも強いのですが、リムリアさんの制御技術なら、多分大丈夫でしょう」
今までの訓練から考えると。
制御技術というならキャスはきっと完璧だろう。
付け加えるなら、ヒヨもカズトより上達が早かった。
つまり。
「気を付けるのは俺だけ、ってコトか」
溜め息をつく和斗にラファエルが微笑む。
「ガッカリする必要はありませんよ。その神霊力ブレーカーを必要とするほど強大な神霊力の持ち主など、この辺獄でも5人しかいないのですから。ではコレを使ってください」
和斗は、差し出された神霊力ブレーカーを手に取ってみる。
なるほど、確かにある量までしか神霊力を込める事が出来ないみたいだ。
で、無理に込めようとすると壊れる、と。
「カズトさん。神霊力ブレーカーを無意識のうちに使いこなせる事が、カズトさんの目標です」
「それって訓練の目的は『草刈り』の為だけじゃないってコトか?」
「はい。普通の林業師なら『草刈り』の訓練を行うだけで精一杯なのですが、カズトさんの場合、無意識のうちに神霊力を身に纏う訓練にもなる筈です。いずれ光速で動ける日がやって来るのですから」
そうだった。
現在のマローダー改の最高速度は光速の2倍。
そしてレベルアップする限り、最高速度もアップし続けるだろう。
というコトは、和斗も光速で動ける日が来るという事。
まあ、最高速度がアップするのはイイ事ではある。
しかし問題は、光速で動くと空気原子と衝突して原子爆発が起きる事だ。
和斗の防御力なら、原子爆発など何でもない。
しかし周囲の人々の命は、ほぼ間違いなくなくなる。
ついウッカリで人殺しなんて、絶対にゴメンだ。
だから何も考えなくても神霊力を身に纏えるようになる必要がある。
纏った神霊力は周囲への被害を制御してくれるのだから。
というコトで。
和斗はさっそく神霊力ブレーカーを通して神霊力を操ってみる。
「神霊力を鞭のように、か」
和斗は呟きながら神霊力を操って、細長く伸ばしてみた。
1メートル……10メートル……100……1000……。
とりあえず5キロメートルほどに伸ばしたところで。
「コレを鞭のように操って針を切断する、か」
和斗は神霊力の鞭を振るってみる事にする。
が、その前に。
「やっぱ、もう1度確認しておくか。ラファエル」
「何でしょう?」
「念の為に聞いておくけど、ホントに神霊力ブレーカーを使ってたらアーマーミノタウルスに当たっても危害を加えるコト無いんだよな」
和斗の質問に。
「ではコレを見てください」
ラファエルが1枚の紙を取り出した。
それにはいつもの様に。
アーマーミノタウルス種
ハードアーマー 1000万
ヘビーアーマー 2000万
グレートアーマー 4000万
アルテマアーマー 6000万
アーマーミノタウルス種の経験値が記入されていた。
「なんか他の種族より経験値が高くないか?」
和斗の感想にラファエルがニッと笑う。
「そうです。そして経験値が高い理由は、攻撃力が高いのではなく防御力が飛び抜けて高いからなのです。つまり防御力が突出した種族、それがアーマーミノタウルスなのです。だから経験値に比例した防御力を持っているので、怪我をさせる心配はありません。神霊力ブレーカーを使用している限りは、ですが」
「分かった。安心したよ」
和斗はラファエルの答えに満足すると、伸ばした神霊力で針を薙ぎ払う。
いきなり5キロメートルもの長さの神霊力を操るのは無理かな?
とも思ったが、神霊力の鞭は、アーマーミノタウルスの当たる事なく。
バリィン!
一面を覆い尽くす針だけを撃ち砕いた。
「ほう、いきなり5キロもの長さの神霊力を操れるとは驚きました」
ラファエルが感心するが、実を言うと、和斗は出来るだろうと思っていた。
チート転生者の手首との戦いで100機のアパッチを操って以来。
ドローンを操る技術が、今までより格段に研ぎ澄まされたように思う。
そしてその感覚は、神霊力にも共通するもののような気がしていた。
ドローンを1列に並べて、それ全体で1つと考えて操る。
そんな感覚で神霊力を操作したのだが、上手くいったようだ。
と思ったら。
「でも、まだ甘いですね」
ラファエルからダメ出しされてしまった。
「カズトさん、よく見てください。神霊力の強大さに任せて、針を撃ち砕いてしまっています。鞭のようにしなやかさと、針を切断できる鋭利さ。この2つを同時に実現させる事が必要なのです」
そう説明したラファエルに。
「こうか?」
シュパァン!
和斗は、一面の針を斬り飛ばしてみせた。
「なるほど。1機1機のアパッチの質を調整する感じか」
そう呟く和斗に、ラファエルが目を丸くする。
「とんでもないですね。辺獄最強の林業師の射程距離でも500メートルだというのに、初めて成功させた長さが5キロだなんて規格外過ぎですよ。しかもまだまだ余裕がありそうですし」
が、直ぐにラファエルは納得した顔になった。
「そうでしたね、カズトさん。マローダー改のレベルアップによって、アナタもレベルアップしていたのでした」
そしてラファエルは、第4圏を見回してホウと息を吐く。
「見事ですカズトさん。これ程の操作速度で、しかもこれ程の広範囲攻撃であるにも関わらず、アーマーミノタウルスには微塵も触れてもいない。草刈りの訓練、合格です。次の段階に進みましょう」
「それは嬉しいけど、他の皆はどうするんだ?」
「大丈夫、あの通りです」
ラファエルが視線を向けた方へと目を向けてみると。
「あ、思ったより簡単だ」
「簡単ですぅ!」
「対応済」
リムリアもヒヨもキャスも、神霊力の鞭を自由自在に操っていた。
「ちぇ。今度は俺の方が早く習得できたと思ったんだけどなぁ」
少し寂しそうな声を漏らす和斗に、ラファエルが微笑む。
「いいえ、今回は全員1番です。なにしろ皆さん、開始と同時に神霊力を自在に操ってたのですから」
「じゃあやっぱり1回やり直した俺がドベかよ」
「まあまあカズトさん。1回のやり直しなど誤差みたいなモノです。気にする必要はありませんよ」
慰められると、逆に傷つくぜ。
という言葉を飲み込む和斗に。
「では丁度お昼になった事ですし、お昼ご飯にしましょうか」
ラファエルが話を切り変えた。
その言葉に。
「お昼ご飯ですぅ!?」
1番に反応したのはヒヨだ。
よほどお腹がすいていたのだろう。
もう口から涎を垂らしてる。
そんなヒヨを見てると、ドベだったコトなど、どうでもよくなった。
だから和斗はウ~~ンと伸びをすると。
「そうだな。じゃあメシにするか」
呑気な声を上げたのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ