第百三十五話 カズト殿の仲間でござるぞ
「おいブン。オマエの腕も落ちたモンだな。そんなガキに捕まるなんて」
野太い声を上げたのは、スリと同じく犬の獣人だった。
が、スリより一回り、いや二回りも大きい。
顔には大きな傷が走っており、体も傷だらけ。
一目で暴力を生業にしている事が分かる。
その顔に傷のある獣人が、リムリアに凄む。
「おい嬢ちゃん。ケルベロス一家の名を聞いても平気な顔してるなんて、大したモンだと思うぜ。でもな、利口とは言えねぇな。悪いコト言わねぇ。ここは頭を下げて、有り金全部置いてきな。それで見逃してやるからよ」
普通の人間なら、気を失いかねない迫力だ。
が、リムリアには通用しない。
逆に。
「ナンで見逃して貰わないといけないの? ってか、どうせヤルんだよね? だったらサッサとかかってきたら?」
リムリアはケンカを買う気満々だった。
その一言でチンピラ達が、一斉に殺気立つ。
中には武器を抜こうとするモノもいる。
が、そんなチンピラ達に。
「こんな小ちゃな女の子相手に、道具抜くバカがどこにいる!」
そう怒鳴ったのは、顔に傷のある獣人だった。
とはいうものの、獣人の額にはピキッと青筋が浮かんでいる。
こいつも爆発寸前らしい。
「おいおい嬢ちゃん。せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのによぉ、シャレになんねぇぜ。が、自業自得だ。顔に傷を付けるのは避けてやるが、痛い目に遭ってもらうぜ!」
やっぱり暴れ出した。
が、獣人の拳がリムリアに届く寸前。
「待つでござる!」
トツカが声を張り上げた。
その声で、獣人はピタリと動きを止める。
「ああん? ち、ウェポンタイガー一家の組長か」
流石にウェポンタイガー一家の組長を無視する訳にはいかないらしい。
顔に傷がある獣人の威勢が急に悪くなる。
が、それでも顔に傷がある獣人はトツカから視線を逸らす事なく言い返す。
「でもよぉ、ウェポンタイガー一家の組長さんよ。オレ達の稼業は、ナメられたら終りって事くらい、アンタだって分かってるんだろ? こんな嬢ちゃんにナメられたままじゃ、俺達ぁこれから生きていけねぇんだよ! それにココはケルベロス一家のシマだ。口出しは無しにしてもらおうか!」
言葉こそ荒々しいが、顔に傷がある獣人はダラダラと汗を流している。
どうやらトツカに敵わない事くらい分かっているようだ。
その上で引き下がらない、と口にするのは、意地が邪魔しているのだろうか。
が、トツカは涼しい顔で続ける。
「別に口出しなどする気もござらんよ。しかし其方、その方が誰か知った上での言葉なのでござろうな」
「ああん?」
まだ暴力の気配を纏ったままの獣人に、トツカがニヤリと笑う。
「その方はカズト殿の仲間でござるぞ」
その一言で。
『!』
顔に傷がある獣人もスリもチンピラ達も、その場で凍りついた。
それを見たトツカが、更に笑みを深めながら言葉を続ける。
「もちろん其方らも知っているでござるよな。第3圏の邪悪な気を纏った手首をカズト殿が倒してくれたおかげで、ケルベロス一家だけでなくケルベロスという種が助かった事を?」
トツカの言葉に、獣人達の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。
「そして第3圏の手首を倒す時、それよりも遥かに格上の手首も出現したでござるが、カズト殿は簡単に皆殺しにした事も知っているでござるよな。まあ辺獄の住人で、そのコトを知らぬ者などござらぬが」
この言葉で、獣人達は真っ青になってブルブルと震え出す。
「ちなみに1番強い手首は、1撃で辺獄を消滅させるレベルの攻撃を連射したでござるが、カズト殿に傷一つ付ける事も出来なかった上、カズト殿の1撃で呆気なく倒されたでござる」
そして獣人達の顔色は、一層悪くなった。
土気色に変わり、ガクガクと大きく震えている。
「あ、そうそう。カン違いとはいえ、カズト殿の機嫌を損ねたケルベロス一家が壊滅するところだったでござるが、その寸前、誤解が解けて何とか和睦にこぎつけたコトも知っているでござろう? そのカズト殿の仲間にケンカを売ったなどとケルベロス一家の耳に入ったら……お主ら、ケルベロス一家の組長にブチ殺されるかもしれないでござるな」
この言葉が止めだった。
死人の顔色へと変わった獣人達が、腰を抜かしてへたり込む。
が、まだトツカは言葉で追い詰める。
「ケルベロス一家のシマだから口出しするな、と申したが、ケルベロス一家のシマだからこそ、ケルベロス種の恩人であり、そしてケルベロス一家の組長が必死の思いで手打ちに持ち込んだカズト殿にケンカを売るような真似はマズいのではござらぬか?」
「あ……あ……」
さっきの勢いなど消え失せ、負け犬の目になった獣人に。
「いや、もう遅いでござるな。カズト殿に見られてしまったでござるよ、其方がカズト殿の大切な人を脅す所を。林業師が総がかりでも倒せなかった邪悪な気を纏った手首を簡単に皆殺しにしたカズト殿に」
そしてトツカは、犬の獣人達にニィッと笑いかけた。
「では其方の望み通り、拙者は口を挟むのは止めるでござる。カズト殿に挑んで瞬殺されるも良し、逃げまわったあげくケルベロス一家捕まって殺されるも良し、好きにするでござる」
「そ……そんなぁ……」
既に鼻水まで垂れ流している獣人達に、トツカは背を向ける。
「ではさらばでござる。もう2度と会う事もないでござろう」
「うぁ……うわぁぁ……ひぃぃぃ……」
「イヤだぁ、死にたくねェ……」
遂には泣き崩れる獣人達だったが、そこに。
「ウェポンタイガー一家の組長。その位にしてもらえないだろうか」
七色に輝くケルベロスの獣人が、路地から現れた。
その七色ケルベロスを目にするなり。
「ほう、ケルベロス一家の組長のお出ましか」
トツカの目が、凶暴な光を放つ。
「よかろう。実を申すと、カズト殿への無礼、拙者の手で落とし前をつけたいと思っていたでござる。末端の組員に直接手を下すのは大人げないと思い、無礼打ちにする事は止めたのでござるが、其方なら相手にとって不足なし。カズト殿へと忠義を示す為、拙者が叩き斬ってやるでござる!」
トツカがシャキン! と手の甲から刀を生やすが。
「争う気は無い!」
七色ケルベロスは、いきなり腹を上にして地面に転がった。
その様子を見てリムリアが、和斗に囁く。
「ねえカズト。これって犬がよくやる降参のポーズだよね?」
「そうだな。やっぱりケルベロスってイヌ科なのかな?」
「どっちにしても、ナンか気が失せちゃった」
というリムリアの言葉に。
「ありがとうございます!」
七色ケルベロスは一瞬で土下座の姿勢になった。
「ケルベロス一家はカズト様に逆らう気など、これっぽっちもありません! この馬鹿どもはキッチリと落とし前をつけさせた上、即刻破門に致しますので、どうか穏便に!」
が、その言葉にトツカが目を吊り上げる。
「落とし前をつけた上、破門? カズト殿への無礼でござるぞ! 斬首以外、ありえぬでござろうが!」
「ぐ……そこを何とか指くらいでカンベンしてもらえないだろうか? 金なら組の全財産を差し出す! だから命だけは助けてやってくれないか!?」
「キサマ、事の重大さを理解しておるのでござるか!? カズト殿への無礼でござるぞ! キサマがやらぬのなら拙者が首を刎ねてやるでござる!」
遂には怒鳴り出すトツカだったが。
「まあ、ちょっと待ってくれないか?」
和斗がそう口にすると、トツカはピタリと口を閉じて和斗の後ろに控えた。
更にその後ろにはドウジ、オニマル、ミカヅキ、デンタ、ジュズが控えている。
そんな和斗の前には、土下座した七色ケルベロス。
その後ろには、いつの間にかチンピラ達が並んで土下座していた。
冷や汗で地面に水溜りを作りながら。
(なんか水戸黄○みたいだな)
などと苦笑しながら和斗は、リムリアへと目を向ける。
「ええと、まずはリムがどうしたいか、だと思うんだけど、リムはどうしたい?」
ハッキリ言って、和斗はチンピラの事などドーでもイイ。
というか、言葉は悪いがアリ以下。
なんの驚異でもないし、その気になった瞬間、プチッと潰せる程度の存在だ。
だからリムリアに聞いてみた。
絡まれたのはリムリアなんだから、本人の気が済むようにすればイイ。
なにしろリムリアには、その力があるのだから。
その当人だが。
「さっき言ったけど、戦う気なんてなくなったかな?」
アッサリと、そう言ってのけた。
「まあ、襲いかかってきたら反撃するけど、やる気ないのなら消えてイイよ」
リムリアが腹を立ててないなら、これ以上、言うコトなどない。
「そういう事らしいから、ソイツ等を連れて帰ったらイイぞ」
和斗が、そう口にした瞬間。
『ありがとうございます!!』
ケルベロス一家の組長と組員は、頭を地面にこすり付けた。
ちなみにココは、街の大通り。
当然ながら、多くの人が行きかう場所でもある。
だから。
「何だ、ありゃ」
「ケルベロス一家の組長が土下座してるぞ?」
「ええ!? あのケルベロス一家の組長がか?」
「獰猛で有名な組長が土下座するなんて、相手は何者だ?」
沢山の人々が、立ち止まってヒソヒソと話を始めた。
が。
「ああ、あの人はカズトさんだ」
「え!? 第3圏の邪悪な手首を瞬殺した、あのカズトさんか?」
「ならケルベロス一家の組長が頭を下げるのも当たり前か」
「だって辺獄最強の男と、助けられたケルベロス一家の組長だからな」
「そうね、そんなに驚く事じゃないわね」
といったやり取りを交わすと、直ぐに立ち去っていく。
どうやら辺獄では、そんな認識をされているみたいだ。
(まいったな)
和斗は苦笑いするが、そこに。
「ところで、畏れながらカズト様。ウェポンタイガー一家の組長と話をするのをお許しいただけないでしょうか?」
ケルベロス一家の組長が、怯えた目で尋ねてきた。
「ん? べつに構わないぞ」
和斗がそう答えると、ケルベロス一家の組長はトツカに目を向ける。
「ウェポンタイガー一家の組長よ。何でオマエがカズト様と同行してるんだ? 5人も舎弟頭を引き連れて」
「それはもちろん、親子盃を降ろして頂いたからでござる」
「親子盃だと!?」
トツカの答えに、ケルベロス一家の組長が目を見開く。
「ウェポンタイガー一家の組長よ! オマエ、カズト様から親子盃を降ろして貰ったというのか!?」
「だからそう言ってござろう。昨夜、盃を降ろして頂き、ウェポンタイガー一家はカズト殿の忠実な家来となったでござる。よって拙者と舎弟頭がカズト殿に付き従うのは当然の事でござろう」
トツカが当然とばかりに答えると。
「カズト様! 我々ケルベロス一家にも親子盃を降ろしてください!!」
ケルベロス一家の組長は、再び地面に頭をこすり付けた。
「ケルベロスという種はカズト様のお力により、邪悪な者の眷属から解放されました! そのご恩に報いるチャンスをお与えください! ケルベロスという種の忠誠心は、どんな種族よりも上です! 必ずカズト様の役に立ってみせます!」
が、そのケルベロス一家の組長の懇願に。
「聞き捨てならぬな」
トツカが怒りの声を上げる。
「忠誠心は、どんな種族より上でござるだと!? 主への忠誠心なら我々ウェポンタイガー一家、どんな者にも負けはせぬ! ケルベロス一家が出しゃばる場面ではござらん!」
「ウェポンタイガー一家の組長は黙ってろ! これはケルベロス一家とカズト様との話だ!」
ケルベロス一家の組長はトツカにそう怒鳴ると、和斗に真摯な目を向けてきた。
「カズト様。カズト様の為ならば、命を惜しむ者などケルベロス一家には1人もいません。どうか我々にも盃を降ろしてください、必ず役に立ってみせます!」
「え~~と……」
和斗は考え込む。
トツカに盃を降ろしたのは、勢いに呑まれて、だ。
別に部下が欲しかったワケじゃない。
その上、ケルベロス一家まで家来になる?
俺に何を期待してるんだ?
と、混乱気味の和斗に。
「カズト殿、拙者の話をさせていただけないでしょうか?」
トツカが律儀に伺いを立てて来た。
「ああ、いいぞ」
和斗が、そう口にすると同時に。
「ケルベロス一家の組長よ。カズト殿の子分はウェポンタイガー一家だけで十分でござる」
トツカはケルベロス一家の組長に、冷たい目を向けた。
「カズト殿は辺獄最強の戦士でござる。そんな方にお仕えするには、それなりの品位が必要でござる。我々ウェポンタイガー一家のように」
「いやいや、何を言っている! ケルベロス一家がウェポンタイガー一家より下の筈がないだろ!」
「何を言ってるでござる! 格式、歴史、実力、どれをとってもウェポンタイガー一家の方が上でござる」
「それはウェポンタイガー一家の勝手な言い分だろう。ケルベロス一家だって負けてはいない!」
と、言い合いを始める2人だったが。
「いや、それより……」
ケルベロス一家の組長は、冷静さを取り戻すと。
「配下の組が1つより2つの方が、カズト様の名に箔が付くと思わないか?」
トツカを説得し始めた。
「どうだ? 2つの組でカズト様に仕えないか? もちろんケルベロス一家の方が後だから、カズト様の1の子分は、ウェポンタイガー一家の組長、すなわちオマエというコトになるぞ」
「カズト殿の1の子分! そ、そうでござるな、悪い提案ではないでござるな」
「え? ナンの話?」
和斗は焦った声を上げるが。
「ではカズト様。ウェポンタイガー一家の組長も賛成してくれた事ですし、我らケルベロス一家にも親子盃を降ろしてください」
いつの間にか、ケルベロス一家も配下になってしまったのだった。
2022 オオネ サクヤⒸ