第百三十四話 ナンのマネ?
どういう脈絡で、こうなったのか良く分からない。
『親子盃を降ろして頂きたい』
というトツカの勢いに、つい『ウン』と答えてしまった瞬間。
「皆の者! 盃の準備を!」
トツカが声を張り上げた。
そして和斗がリムリアとキャス、ヒヨを供に風呂から連れ出されると。
案内された大宴会場の中央には、盃を乗せた三方が用意されていた。
(注……三方=神前に物を供える時に使用する器物)
その三方を取り囲んで、凄い数のウェポンタイガーの獣人が着席している。
どうやらウェポンタイガー一家全員が揃っているみたいだ。
トツカは親子盃と口にした。
養子縁組みたいなものかな?
あるいは単に家族として付き合いたい、というコトかな?
などと考えたりもしたが、どうやら違うみたいだ。
というより、コレってアンダーグラウンド組織の儀式だよな?
……やらかしてしまったかも。
などと和斗が心の中で冷や汗を流していると。
「ささ、こちらへ」
「あ、ああ」
和斗はコテツの勧めで、三方の前に座らされた。
そして三方を挟んで。
「カズト殿」
トツカが和斗の前に座り、平服した。
それを確認したコテツが、声を張り上げる。
「ではカズト様とトツカ様との親子盃の儀を執り行います!」
そしてコテツは三方に乗せられた盃に酒を注ぐと。
「ではカズト様。神酒に口をつけ、ウェポンタイガー一家組長への思いの分だけ御残し下さい」
和斗にそう告げた。
ナニを言ってるかよく分からない。
けど、この酒に口を付けて少し残したらイイのだろう。
というコトで和斗は半分ほど酒を飲むと、盃を三方に戻す。
「ではウェポンタイガー一家組長。カズト様への忠誠と命を捧げる覚悟がありましたら、盃の神酒を全て飲み干してください」
コテツの声と共に、トツカが盃に残った酒を一気に飲み干した。
そして。
「ではこれにてウェポンタイガー一家組長は忠誠をカズト様に捧げ申した。これにてウェポンタイガー一家もカズト様を、命を捧げる主と定め、忠誠を捧げ申す」
コテツが、そう宣言すると。
『ははーっ』
ウェポンタイガー一家全員が平服する。
続いて。
「では、この盃ごとを祝う席を始めるでござる!」
コテツの言葉と共に、大量の酒と料理が運び込まれ。
「では皆の者、乾杯!」
『乾杯!!!!』
コテツの音頭で全員が盃を掲げ、そして大宴会が始まったのだった。
いつの間にか混ざっていた、ラファエルも一緒に。
そして翌日の朝。
「改めて紹介いたすでござる」
和斗の前に、トツカが部下と共に整列していた。
「拙者が組長なのは変わらないのでござるが、パンデミック・ウィードに寄生された一件により、組内の大改革を執り行ったでござる。それによりコテツは若頭を襲名させたでござる」
若頭とは組長であるトツカが不在の時、一家を率いる立場。
つまり副組長みたいなモンらしい。
「そしてカ、キ、ク、ケ、コが、ドウジギリヤスツナ、オニマルクニツナ、ミカヅキムネチカ、オオデンタミツヨ、ジュズマルツネツグという『銘』を授かり、大業物となったゆえ、舎弟頭に抜擢したでござる」
舎弟頭とは、組員の集団を束ねる隊長みたいなモノらしい。
現在ウェポンタイガー一家は、5つに組分けされている。
なので第1舎弟頭~第5舎弟頭というのが彼らの役職名だ。
因みに彼らの正式『銘』は長いので。
ドウジ、オニマル、ミカヅキ、デンタ、ジュズと呼ばれているらしい。
「全員、戦闘力が驚異的に上がり申した。おそらく戦闘力ではウェポンタイガー一家の1番から5番を占める者達でござる」
そういえばトツカも大幅に戦闘力がアップしたようだが……。
レッドハンドとの戦闘が、ナニか影響しているのだろうか?
などと和斗が考えていると。
「こうしてウェポンタイガー一家の態勢も整ったでござるので、ウェポンタイガー一家のコトはコテツに任せ、拙者はカズト殿に付き従いたいと思いますが、お許し頂けるでござろうか?」
トツカが思いもしなかったコトを言いだした。
「は?」
想像もしなかった展開にフリーズする和斗の横で。
「そんなのダメに決まってるだろ!」
和斗より早く、リムリアが声を上げた。
「だいたいトツカって組長なんだろ!? そのウェポンタイガー一家の最高責任者が組を放り出して、カズトに付いて来るなんて出来るワケないじゃん!」
もっともな意見だったが、トツカは揺るがない。
「若頭になった時点で、コテツは次期組長みたいなものでござる。なので、いずれウェポンタイガー一家を取り仕切る者として、今のウチに経験を積んでおいた方が良いのでござる。よって組をコテツに任せる事に何の問題もないでござる」
流れるように答えるトツカに、リムリアが食い下がる。
「で、でも組長であるトツカがカズトと行動を共にするなんて問題だろ!?」
「なぜでござる? 親子盃を降ろして頂いた以上、カズト殿は我々ウェポンタイガー一家の親。その親であるカズト殿の子である拙者とウェポンタイガー一家が、身命を賭してカズト殿に仕えるのでござる、何の不思議もありませぬ。というか、カズト殿に付き従っていない方が不自然でござる」
「え、うぁ、おおぅ……」
言い返す言葉が無くなったリムリアに、トツカはニコリと微笑むと。
「ではカズト殿。不束者ですが末永く宜しくお願いいたすでござる」
和斗に深々と頭を下げた。
ちなみにキャスは無表情で和斗の後ろに立っている。
そのキャスに肩車されたヒヨは、話に付いてこれなかったのだろう。
朝早いコトもあって、ウトウトしている。
そして当たり前のような顔で同席しているラファエルが和斗に。
「これもウェポンタイガーのシキタリなので、受けるしかないと思いますよ」
コッソリと囁いた。
「ウェポンタイガーは君主に忠誠を尽くす習性があるので、ここで断ると、命を捧げますと言って腹を斬りかねませんよ」
「重い過ぎるだろ、ソレ」
和斗は、そう口にしてから溜め息交じりに口を開く。
「分かった、トツカの好きなようにしてくれ」
「御意!」
トツカは満面の笑みでそう答え、常に和斗の行動を共にするようになった。
ドウジ、オニマル、ミカヅキ、デンタ、ジュズと共に。
「え~~と、なんで、この5人も一緒に付いて来てるのかな?」
リムリアの疑問に、ドウジが真剣な顔で答える。
「舎弟頭とは、組員を取り仕切る立場ではござるが、1番重要な役目は組長の護衛でござる。よって基本的には組長と行動を共にするのが普通でござる」
というコトで和斗は、ウェポンタイガー一家組長であるトツカに加え。
ウェポンタイガー一家の5強を従えて歩くコトになったのだった。
こうしてトツカと5人衆を引き連れて、林業師のエリアへと向かう事にしたが。
「おい、あれウェポンタイガー一家の組長じゃねえか?」
「ああ、一時、いろんな組と縄張り争いしてたヤツ等だろ?」
「ありゃあパンデミック・ウィードに寄生されてたからって噂だぜ?」
「じゃあ元の、義理と人情を重んじる組に戻ったのか?」
「そうらしいぜ。ケンカしてた組にも詫びを入れたらしいし」
「詫びを入れたにしちゃあ、迫力が増してねえか?」
「おう、それがよ。最近、急に強い組員が増えたらしいぜ」
「それくらい見りゃ分かるよ」
「そうだな、明らかに戦闘力がアップしてる」
「というか、普通の林業師よりも強そうに見えるわよ」
「今なら本気出しゃ、ホントに辺獄を統一できるんじゃないか?」
道行く人々から、物凄く注目を浴びる事になった。
いや、注目どころではない。
「そんな猛者を引き連れた、あの男は何モンだ?」
「組長の態度からして、とてつもない実力者なんだろな」
「あ、オレ知ってる。カズトっていう新しい林業師だ」
「え!? 歴代最強って噂の、あのカズトか?」
「噂どころか地拵えも苗植えも規格外の威力だって聞いたわよ」
「その戦闘力でウェポンタイガー一家を手下にした、ってワケか」
「見た目は普通の兄ちゃんなのに、ねぇ」
「バカかオマエ! あの、とんでもない神霊力の気配が分からないのか!?」
「いや、あのレベルじゃ仕方ないよ」
「そうそう、上位林業師じゃないと気付かないだろな。格が違い過ぎて」
畏怖の目を向けられてしまっていた。
そんな周囲の空気に。
「ナンか居心地ワルいな」
リムリアがため息をつく。
「ねえトツカ。アンタ達、実は嫌われ者なんじゃないの?」
「何を言われるリムリア殿。拙者達は筋を通した商売しかしてござらん。まあパンデミック・ウィードに寄生されていた時の事がある故、まだ怖がられるのは仕方ないかもしれないでござるが、そこは日々の行いで信用を回復していくより方法は無いでござる」
トツカが真剣な眼差しで答えるが。
「あ! あの屋台で売ってるスイーツ、美味しそう!」
話に飽きたのだろう。
リムリアはトツカに目もくれず、屋台目がけて走り出した。
「ああ、悪いなトツカ。リムも悪気があるワケじゃないんだけど」
フォローする和斗に、トツカが首を横に振る。
「いえ。カズト殿の眷属の方が何をなされようと、我らは黙って付き従うのみ。それがウェポンタイガー一家の忠誠でござる」
本気でそう口にするトツカに和斗が呟く。
「そんなにカタく考えなくてもイイんだけどな」
いつの間にかトツカの主になってしまったのは、まあ仕方ないとして。
当然ながら、ウェポンタイガー一家のボスになる気などない。
さて、どうしたモンか。
と悩む和斗を気に留める事もなく。
「ねえ、コレなに!?」
リムリアは屋台を覗き込んでいた。
そのリムリアの後ろから、ヒヨを肩車したキャスが。
「フルーツをキャンディーやチョコレートでコーティングしたモノです」
屋台のスイーツの説明を始める。
「酸味、甘さ、まろやかさ、上品さなど、特徴を持たせた種類構成です。なかなかレベルの高いスイーツと言えます」
が、そこで。
「おっと、ゴメンよぉ!」
リムリアに犬の獣人がぶつかってきた。
不注意ではない。
その獣人は、ぶつかった瞬間、リムリアのポケットへと手を伸ばした。
スリだ。
が、リムリアのステータスは、マローダー改の1割。
スリの動きなど止まって見える。
だから当然。
「ナンのマネ?」
リムリアは、スリの腕をガシッと掴み止めた。
「痛ぇぇぇぇぇぇぇ!」
スリは掴まれた腕に痛みに悲鳴を上げるが。
「クソ、放せ! チクショウ、オレはケルベロス一家のプルートさんを知ってるんだぞ! 後々面倒なコトになるのが嫌なら、さっさとこの手を放せよ!」
開き直って、逆に脅しを仕掛けてきた。
が、リムリアがそんなコト、気にする訳がない。
「ダレそれ? そんなのボクが気にするワケないじゃん」
それだけ口にすると、スリの腕をクイッと捻り上げる。
「いげぁああああああ!」
あまりの痛みに、スリが悲鳴を上げるが、そこで。
「ち、しくじりやがって」
「しょうがネェなぁ」
屋台の後ろや路地裏から、人相の悪い男がゾロゾロと出てきた。
その数、およそ30。
しかも、これ見よがしに、腰に吊るした武器に手を掛けている。
あきらかに犯罪者の集団だ。
というか、チンピラそのものだ。
そのチンピラの中で1番凶悪な顔をした獣人の男が。
「ブン。オマエの腕も落ちたモンだな。そんなガキに捕まるなんて」
スリを睨み付けて野太い声を上げた。
2022 オオネ サクヤⒸ