第百三十話 チクシュルーブ隕石
「じゃあな、アークセット、レッサーセット」
和斗は勝利を確信した呟きを漏らした。
だが、その直後。
「ん?」
周囲が闇に包まれた。
「いや、これは影?」
和斗が慌てて空を見上げると、そこには20キロ近い大岩が浮いていた。
「なんだこりゃ?」
和斗の呟きに、サポートシステムが律儀に答える。
――ゴッドハンドが撃ち出した隕石です。
直径は17キロメートル。
チクシュルーブ隕石級の質量です。
「チクシュルーブ隕石?」
和斗の呟きに、再びサポートシステムが解説を始める。
――チクシュルーブ隕石とはユカタン半島に落下した隕石の事です。
直径10~15キロメートル、質量は10兆トン。
激突により発生した地震の規模はマグニチュード10~11。
発生した津波は高さ300~1500メートル。
広島型原爆の10億倍のエネルギーです。
(諸説あり)
これにより地球は氷河期を迎え、恐竜は絶滅しました。
「つまり恐竜を絶滅させた隕石と同じくらいのサイズ、ってコトか」
――その通りです。
「とんでもないモンを撃ち出しやがって」
和斗は頭上の隕石を見上げた。
こうして改めて見ると、とんでもないサイズだ。
上空を覆い尽くしている。
恐竜を絶滅させた程の隕石。
そんなモノを撃ち出すとは、ゴッドハンドの戦闘力は想像以上みたいだ。
しかし、それほどの隕石でも。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
100基のチェーンガンによって、凄いスピードで砕かれていく。
さすが4000万倍に強化されているだけはある。
しかしアークセットが逃げる時間は、稼がれてしまった。
が、問題はソコではない。
巨大隕石を撃ち込んできた手首、つまりゴッドハンドが2つも出現した事だ。
いや、出現したのはゴッドハンドだけではない。
15メートルの手首が8に、10メートルの手首が16。
多分、コイツ等がロードハンドとカイザーハンドなのだろう。
その上、セットとなる頭まで出現している。
「切り札は手元に残すんじゃなかったのかよ」
和斗は、話が違うとラファエルを睨む。
が、そのラファエルは呆然と空を見上げてフリーズしていた。
「ロードハンドにカイザーハンドにゴッドハンドまで? バカな……あの小心者の卑怯者が、全ての戦力を繰り出してくるなんて?」
なんてラファエルの言葉など、和斗に聞こえる筈もない。
しかし見れば分かる。
大きさ3メートルのレッサーハンドが40。
6メートルのアークハンドが34。
10メートルのロードハンドが16。
15メートルのカイザーハンドが8。
20メートルのゴッドハンドが2。
計100の手首と、50の頭のセットだ。
「でも、ナンで不意打ちしてこなかったんだろ?」
というリムリアの疑問は、この場にいる全員が思うコトだった。
100の手首と50の頭による攻撃力は、想像を絶するものだろう。
それに攻撃手段が、隕石を撃ち出すだけとは思えない。
和斗を抹殺する気だったなら、持てる全ての攻撃を叩き込むべきだった。
なのにやった事といえば、10兆トン隕石でアークハンドを守っただけ。
何を考えているのだろう?
が、その疑問は直ぐに判明する。
「カズトといったか? 話がある」
ゴッドハンドとセットの頭が話しかけてきたからだ。
ゴッドハンドとセットの頭……メンドクサイからゴッドヘッドと呼ぶか。
そのゴッドヘッドが続ける。
「オマエの戦闘力には驚いた。そこで相談なのだが、オレと手を組まないか? 同じ地球出身の異世界召喚者だ、上手くやっていけると思うぜ」
「具体的に言うと?」
和斗の質問に、ゴッドヘッドがニタリと笑う。
「オレが支配した世界の半分をオマエにやろう」
その答えに、今度は和斗がニヤリと笑う。
「で、その話にウンと答えたら、黒闇に閉じ込められるんだろ?『約束通り、世界の半分である闇をお前のモノにしてやる』とかナンとな言って」
「そんなネタ、今の時代、誰も知らんぞ!」
絶叫するゴッドヘッドに、和斗は冷たい声で言い返す。
「クーロン帝国ってオマエの眷属なんだろ? そのクーロンを見たら、オマエがどれほど最低なヤツかバカでも分かるぞ」
クーロン帝国の軍事力は強大だ。
しかし強大だからこそ、植民地化しなくても共栄共存する事は簡単だ。
公平な態度で互いに利益のある関係を結び、不正は力で正せば良いのだから。
なのにクーロンがやったのは、力ずくの侵略だ。
あるいは汚い騙し討ちなど、軽蔑される事ばかり。
何が何でも自分が1番じゃないと気が済まないチンピラ。
国土と戦力だけは大国なのに、やる事はずる賢い小悪党。
それがクーロンに対する世界の評価だ。
「オマエみたいなクソチンピラと手を組むヤツがいたら、そいつには精神鑑定が必要だと思うぞ」
和斗には、人を罵る才能はない……と思う。
しかし今の言葉は、ゴッドヘッドを怒らせるには十分だったようだ。
「愚か者め」
ゴッドヘッドの表情が、怒り狂ったチンピラのモノに変わった。
「オレの誘いを蹴った事、死ぬほど後悔させてやる! いや、死んで後悔しろ!」
「セリフもチンピラそのものだな」
尚も減らず口を叩く和斗に。
『死ね!!!!!』
50の頭が声を揃え。
ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガン!!!!
100の手首が隕石を撃ち出してきた。
レッサーハンドが撃ち出してきた岩の大きさは直径15メートル前後。
重量1万トン級の隕石だが、簡単に対処できるのは確認済み。
しかし他の手首による隕石攻撃は、レッサーハンドとは大違い。
アークハンドの撃ち出す隕石は100万トン級だ。
が、降り注ぐ隕石は1万トン級と100万トン級だけではない。
ロードハンドが撃ち出した隕石は1億t級。
カイザーハンドが撃ち出すのは100億トン級。
そしてゴッドハンドは、先程通り10兆トン級の隕石を撃ち出してきた。
しかしマローダー改の防御力を打ち破れるレベルではない。
だから和斗は。
「ふん、無駄なことを」
余裕で隕石を迎え撃った。
いや、迎え討とうとして、和斗は。
「マジかよ」
目の前を覆い尽くす隕石群に、思わず呟いた。
マローダー改のサイズは全長12メートルだ。
その12メートルの的に15~17000メートルの隕石が殺到したのだ。
当然ながら隕石は互いにぶつかり合う。
そして無数に砕け散りながら、和斗へと襲いかかってくる。
隕石の速度など、和斗にとってスローモーションみたいなもの。
しかし砕けた隕石のサイズは、小さいものは小石サイズ。
その全てを撃ち落す事は、マローダー改の速度でも不可能だった。
「ち!」
それでもマローダー改の防御力を突破するほどではない。
なので和斗は腕をクロスして防御態勢を取るが。
ドッカァァァァン!!!!
大音響と共に、和斗は吹き飛ばされてしまった。
「くそ、バカか俺は!」
和斗は自分で自分を罵る。
発射された隕石には100億トン級に加えて10兆トン級まで混じっている。
対してマローダー改の重量は2億トン。
神霊力が足りなければ簡単に吹き飛ばされてしまう質量差だ。
「ええい、くそ!」
和斗は慌てて態勢と立て直そうとするが。
ドカァン!!! ドカァン!!! ドカァン!!! ドカァン!!!
ドッカァァァァン!!!!
100億トン級隕石と10兆トン級隕石のコンビネーションによって。
「うおおおおおお!?」
ピンボールのように何度も撥ね飛ばされてしまった。
「チクショウ、ふざけやがって!」
和斗は神霊力を高めて踏ん張るが。
ドッカァァァァァァン!!!
「どわ!」
今度は背後から10兆トン級隕石に直撃されて、またしても吹っ飛んでしまう。
そしてまたしても。
ドカァン!!! ドカァン!!! ドカァン!!! ドカァン!!!
ドッカァァァァン!!!!
100億トン級と10兆トン級の隕石によって、何度も撥ね飛ばされてまくる。
「くそ、なら!」
和斗は砕けた隕石による目くらましを無視した。
目標を100t級と10兆トン級だけに絞る為だ。
カイザーハンドの数は8。
ゴッドハンドなら2しかない。
この10の手首にだけ集中すれば、対応できない速度ではない。
「今度は正面から撃ち砕いて、そのまま突っ込んで一撃喰らわせてやるぜ!」
というのが和斗の計画だった。
そして。
ズガガガガガガガガガガガガァン!!!!
100億トン級と10兆トン級隕石を打ち砕くと共に。
「おうりゃぁ!」
和斗はゴッドハンドに殴り掛かった。
もちろん神霊力は限界まで高めている。
直撃したら、ゴッドハンドも倒せる筈だったが。
ピッシャァン! ×10
&
ビィー!!
10の稲妻と、1条のビームが和斗を襲った。
カイザーヘッドが放った雷撃と、ゴッドヘッドが放ったレーザー光線だ。
現在のマローダー改の速度は時速3億キロ。
秒速83333キロメートル。
チクシュルーブ隕石の秒速20キロなど比べ物にならないほど速い。
しかし稲妻の速度は秒速10万キロメートル。
レーザーは光速だから秒速30万メートル。
その速度はマローダー改の最高速度よりも上だ。
結果。
和斗の拳は、雷撃とビームに邪魔されてゴッドハンドに届かなかった。
「くそ……」
悔し気な声を漏ら和斗だったが、それに対して。
「キサマ、本当に人間か?」
ゴッドヘッドは驚愕の声を漏らしていた。
「カイザーヘッドの雷撃は自然界の稲妻の100倍の威力なのだぞ? なのにそれを食らって無傷なんて、有り得ないだろうが。いや、それ以上に、オレが放つレーザーの焦点温度は1兆℃なんだぞ! 太陽系を消滅させる威力を持つ1兆℃のレーザーが命中したのに、ナンで無傷なんだよぉ!」
最後は絶叫するゴッドヘッドだったが、急に冷めた声になる。
「なるほどなぁ。キサマ、神と天使の手先なのか。なら出し惜しみしてる場合じゃないよなぁ!」
ゴッドヘッドのセリフと同時に、全ての頭が血走った目を見開く。
「うわ、不気味!」
リムリアの声が聞こえたような気がしたが。
「……」
急に聞こえなくなった。
「気のせいかな」
呟く和斗にサポートシステムが告げる。
――レッサーセットが創り出した、真空の結界です。
「真空? 普通の生物だったら数分で倒せる必殺の戦法だな。でもマローダー改は完全密封と空気浄化の能力を持ってるから、真空でも平気だけどな」
平然と答える和斗に、サポートシステムが厳しい声を上げる。
――マスター。
そんな甘い攻撃ではなさそうです。
サポートシステムの言葉が聞こえたのだろうか。
ゴッドヘッドが得意気に口を開く。
「まさかこの結界が、窒息を狙ったなんて思っていないよな? これは次の攻撃の為のモンだ。キサマを確実に殺す為のな」
真空なのに、どうしてゴッドヘッドの声が聞こえるのだろう?
などと関係ないコトを考えた和斗に、ゴッドヘッドの声が。
「言っておくが、これはキサマの鎧を直接振動させて言葉を伝えている。ついでにキサマの言葉も振動としてオレに伝わるようにしてある。キサマの絶望と後悔の声を聞く為にな」
「そりゃあ、どうもご丁寧に」
そう皮肉を口にする和斗にゴッドヘッドが口を歪める。
「じゃあ攻撃の本番といこうか。とはいえ、いきなり本気で攻撃したりしない。少しずつ威力を上げていく。さて、どこまで耐えられるか楽しみだ」
ゴッドヘッドがそう言った直後。
カァン!
「な!」
マローダー改に隕石が撃ち込まれた。
サイズは直径数ミリ程度。
だからダメージはない。
しかし問題は、マローダー改よりも早い速度で撃ち込まれた事だった。
Ⓒオオネ サクヤ 2022