第百二十四話 アタタタタタタタタァ!
「カズトさん、どうしたらイイと思いますか?」
ラファエルの質問に和斗は苦笑する。
「いや、俺に聞いてどうすんだよ。チート転生者の手首についてはラファエルの方が詳しいんだろ?」
和斗に言い返されて、ラファエルも苦笑を浮かべた。
「いやぁ、そう言われたらそうなんですが、私が知っているのは辺獄の林業作業士全員で攻撃しても、チート転生者の手首に傷一つ負わせる事が出来ずに全滅したという事だけです。正確に言えば、チート転生者の手首が纏う邪悪な気すら突破できなかった、ですけど」
「そんなに防御力が高いのか?」
「はい。神霊力を操れるようになった林業作業士の戦闘力は、地拵えを出来るようになったばかりの新人でも4000万を超えます。そして一人前なら3億、ベテランなら6億ほどになるのですが、その戦闘力を集めても邪悪な気すら突破できませんでした」
「じゃあ打つ手なしじゃん」
リムリアの率直過ぎる意見に苦笑しながらもラファエルは和斗に視線を戻す。
「だから最強の攻撃力による一点突破です」
「つまり俺に、全力で攻撃しろ、という事か?」
「はい。殴るのか。蹴るのか。武器を使うのか。方法はお任せします」
どんな手段でチート転生者の手首を攻撃するか。
先程の『どうしたらイイ』とは、そういう意味らしい。
なら、初撃は決まりだ。
「取り敢えず正拳突きを放ってみるか」
空手で最初に習う技。
全ての基本にして空手を極める為には避けて通れない技=正拳突き。
和斗は、その正拳突きを初撃に選んだ。
もちろん生身で挑むつもりはない。
だが、その前に確認しておく事が。
「ところでラファエル。全林業作業士でチート転生者の手首を攻撃した時、どんな反撃を食らったんだ?」
そう。
チート転生者の手首を攻撃した場合。
どんな攻撃が帰ってくるのか聞いておく必要はある。
なにしろ防御力は、全林業作業士の攻撃にも傷つかない程高い、との事。
なら攻撃力も、とんでもなく高いはず。
と思ったが、ラファエルの答えは意外なものだった。
「それが、石を投げつけてくるのです」
「「はぁ?」」
声を揃えた和斗とリムリアにラファエルが繰り返す。
「石を投げつけてきたのです」
「いや聞こえなかったワケじゃなくて……」
困り顔のリムリアにラファエルが真剣な顔で続ける。
「メテオという攻撃呪文を知っていますよね。チート転生者の手首が投げつけてくる石は、メテオに匹敵する破壊力があるのです」
メテオの破壊力は原爆30個相当だったはず。
その破壊力なら、林業作業士を全滅させたのも頷ける。
「チート転生者の本体と戦った時もそうでした。チート転生者の手首が投げつけてくる石の前に、私は手も足も出せませんでした」
その言葉に違和感を覚え、和斗は聞き返す。
「チート転生者の本体と手首? まるで本体と手首が別々みたいな表現だな」
「ああ、そう思われるのも当然です。チート転生者は、100の腕を持っているのですから」
「「100の腕!?」」
思わず大声を重ねた和斗とリムリアに、ラファエルが頷く。
「はい。100の腕を持つ巨人=ヘカトンケイル。それがチート転生者の戦闘時の姿です」
「千手観音みたいな見た目かな」
という和斗の感想に、ラファエルが首を横に振る。
「いえ、サイズは別として、チート転生者本人は人間の姿をしています。ただ戦闘時、普段は異空間に収納している100の腕を使って攻撃してくるのです」
「突然過ぎる話だな」
「すみません。その内、ちゃんと説明しようと思っていたのですが、いきなりチート転生者の手首が現れてしまったので、こんな形でチート転生者の正体を告げる事になってしまいました」
頭を下げるラファエルに、今度は和斗が首を横に振る。
「いや、今回の事は仕方ないと思う。だから気にしないでくれ」
そう口にしてから、和斗はチート転生者の手首へと向き直った。
「それより今は、俺の力がチート転生者の手首に通用するかどうか、だよな」
和斗はチート転生者の手首を見つめる。
纏っている邪悪な気から、物凄い力を感じる。
が、その中の手首から感じる力はもっと凄い。
まるで地獄に引きずり込まれるみたいだ。
だから和斗は。
「装鎧」
マローダー改を纏っってチート転生者の手首の前に立つと。
「むん!」
気合を入れながら、戦いの構えをとった。
そしてリムリア、ヒヨを肩車したキャス、ラファエルを見回すと。
「じゃあ神霊力を纏わせない、純粋なマローダー改の物理的なパワーを叩き付けてみるぞ」
そう口にした。
そして右の拳を正拳の形に握ると。
「せい!」
正拳突きをチート転生者の手首に放った。
正確には、放とうとした、その瞬間。
ヒュゴッ!
チート転生者の手の平から岩が撃ち出された。
その岩は瞬時に巨大化すると。
ドッカァン!
和斗に命中し、木の壁へと叩きつけた。
いや、叩き付けただけではない。
バコォ!
巨大な樹の壁をも撃ち抜き、和斗は外へと撃ち出されてしまった。
「カズト!」
最初に反応したのはリムリアだ。
壁に開いた大穴へと駆け寄り、周囲を見回す。
「カズト、大丈夫!?」
今のマローダー改の質量は2億tもある。
そのマローダー改が吹き飛ばされてしまうとは、思ってもいなかった。
それほどの攻撃を食らって和斗は無事なのだろうか?
リムリアは真っ青になって和斗を探すが。
「おーいリム。オレは大丈夫だぞ」
和斗の呑気な声が帰ってきた。
「カズト!」
声が帰ってきた方へと、リムリアが涙ぐんだ目を向けると。
「ちょっと焦ったぜ」
吹き飛ばされた和斗が、こっちに歩き出すトコだった。
しかし和斗がいる場所は500メートル以上も離れている。
まさかその距離を、2億tのマローダー改が吹き飛ばされるとは!
チート転生者の手首の攻撃力は、計り知れないモノかもしれない。
という不安に、リムリアは冷や汗を流すが。
「神霊力の操作は難しいな」
組長の部屋に戻ってきた和斗の声には余裕の響きがあった。
「カズト、大丈夫だったの!?」
飛び付くリムリアに、和斗は微笑んでみせる。
「ああ、傷一つ負ってないぜ。それに、マローダー改の防御力にも何の不安もないから安心してくれ。俺が神霊力を纏わない状態にしちまったモンだから、踏ん張りが効かなくなってしまって、吹き飛ばされたダケだから」
そして和斗はラファエルに冷たい目を向けた。
「おいラファエル。あいついきなり巨大岩を撃ち出してきやがったぞ。石を投げつけてくるんじゃなかったのかよ」
「すみません、前回は確かに石を投げつけてきたんですが……カズトさんの戦闘力に警戒して、攻撃手段のギアを1つ、上げたのだと思います」
「まあ、ダメージを受けなかったから、それはイイけど……」
そこで和斗はリムリア達の方へと視線を向ける。
「でも俺が吹き飛ばされたのが、リムやヒヨ達のいない方向で助かったよ。もしもあの勢いでリムにぶつかったら怪我してたかもしれない。いや、ひょっとしたら大怪我してたかもしれない」
が、その和斗の言葉に。
「その心配は無用です」
キャスが静かな声を上げた。
「もしリムリアやヒヨに危害が及ぶ可能性があったなら、防護フィールドを張り巡らせましたので」
「え! ボクも助けてくれるの?」
意外だ、という表情にリムリアに、キャスがそっけなく続ける。
「初めて会った時、リムリアはカズト様と結婚すると宣言しました。その時、言った筈です。リムリアも護ると」
「あ」
リムリアはギロチンダンジョンでキャスと初めて話した時の事を思い出す。
あの時リムリアは、和斗の伴侶かとキャスに聞かれ。
『今はまだだけど、この旅を終えたらボクは、カズトと結婚するんだい!』
そう言い切った。
そんなリムリアに対して、キャスは。
『ならリムリアも護りましょう』
と言ってくれた。
その言葉にウソはなかったのだ。
もちろん、それはキャスが機械だからかもしれない。
態度もそっけないし。
でもそこには、間違いなくキャスの意思がある、
だからリムリアは、ちょっと照れくさそうに、でもハッキリと。
「キャス、ありがと」
そう口にすると、輝くような笑みを浮かべた。
が、さすがに照れ臭かったらしい。
「ちょっと、ラファエル!」
リムリアは顔を真っ赤にしながら、ラファエルに向かって大声を上げた。
「カズトの戦闘力を警戒して、ってどーゆーコト!? 手首なのに脳ミソがあるっての!?」
照れ隠しなのは見え見えだ。
それに気が付かないラファエルではなかったが。
「そうですね」
それを顔に出す事なく、口を開く。
「想像するしかありませんが、それなりの判断力は持っていると考えた方が良さそうですね」
「つまりあの手首には、明確な意思があるってコト? 手首だけなのに?」
首を傾げるリムリアに、ラファエルが言葉を選ぶ。
「いえ、意思というより反射神経みたいなモノだと思います。危険をもたらすと思われる存在に対して、自動的に攻撃を加える程度の」
「というワリには、強力な攻撃だったね」
壁に開いた大穴へと視線を向けるリムリアに、ラファエルが説明を始める。
「巨大な質量を超高速で撃ち出すという単純な物理攻撃ではありますが、逆に単純であるがゆえ、非常に強力な攻撃でもあります。そしてチート転生者は、そのメテオに匹敵する攻撃を連発できる腕を100持つバケモノなのです」
そしてラファエルは、チート転生者の手首に視線を移す。
「あの手首は今、チート転生者に操られてはいません。いわば予めプログラミングされた事に従って動いている状態です。だから攻撃手段も岩を放ってくるだけだと思います。まあ、絶対ではありませんけど」
「そっか。でもプログラムに従ってるだけなら動きも単調だろうから、それにさえ注意すればイイってコトだよね。ね、カズト」
「そうだな。もしそうなら、怖い相手じゃなさそうだ。まあ油断大敵だけどな」
気を引き締める和斗に、リムリアが尋ねる。
「で、どうすんの?」
「神霊力を展開した上で、もう1回殴ってみようと思う」
和斗はそう答えると、再びチート転生者の手首の前に立った。
「どうやら近づいたダケじゃ攻撃してこないみたいだな」
そう口にしてから和斗は戦の構えを取る。
まだ攻撃してこない。
攻撃しなければ反撃してこないという事なのだろうか。
なら、こういうのはどうだろう。
「しゃ!」
和斗はノーモーションで拳を放ってみる。
ヨミとの戦いでも使ったジャブ、いや左の正拳突きだ。
と、今度は。
ズシン!
和斗の正拳は邪悪な気を貫通し、チート転生者の手首に命中した。
しかし和斗の正拳突きにもチート転生者の手首はビクともしない。
確かに邪悪な気によって、正拳の破壊力は低下していた。
それでも山脈を撃ち抜く程度の威力はあった筈なのに。
「こりゃあ、想像以上に厄介な敵かも」
和斗の頬を、一筋の汗が流れた。
その次の瞬間。
ドカン! ドカン! ドカン! ドカン!
チート転生者の手首が大岩を連射してきた。
大岩の直径は15から17メートルほど。
撃ち出される速度は、時速7万2千キロくらいはありそうだ。
つまりマッハ58超。
まさにメテオを連射されたようなもの。
林業作業士が全滅しても不思議じゃない攻撃だ。
が、和斗の最高速度は時速152万キロ。
時速7万2千キロなど、比喩ではなく本当に止まって見える。
だから、さっきみたいに不意打ちの形で喰らわなければ、余裕で対応できる。
というコトで。
「アタタタタタタタタァ!」
和斗はチート転生者の手首が撃ち出した大岩全てを、拳で打ち砕いた。
一子相伝の拳法家の真似をするくらい余裕をもって。
そして。
「アタァ!」
もう1度、チート転生者の手首に正拳突きを撃ち込んだ。
今回のは、さっきのノーモーションからの1撃ではない。
足腰の回転とバネを拳に乗せた、全力の正拳突きだ。
その渾身の1撃はチート転生者の手首に命中し。
ドン!
その手の平に、深々とめり込んだ。
と同時に、チート転生者の手の平が大きく裂け、牙の並んだ口が出現し。
「ギョェエエエエエ!」
苦悶の叫びを上げた。
かなりのダメージを与えたみたいだ。
が、まだ戦う気満々だ。
「シャギョオオオオ!」
チート転生者の手首は叫び声を上げると、和斗に握りかかってきた。
どの位の握力か分からないが、このまま和斗を握り潰す気なのだろう。
もちろん、大人しく握り潰される気などない。
和斗は迫りくるチート転生者の手首に。
「オラオラオラオラオラ!」
連打を繰り出した。
2021 オオネ サクヤⒸ